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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「独裁者と小さな孫」:民主化が常に正しいわけではない、悪しき革命は悪しき独裁者による政治となんら変わらない

「独裁者と小さな孫」(原題:The President)は、2014年公開のジョージア・イギリス・フランス・ドイツの合作の映画です。モフセン・マフマルバフ監督、ミシャ・ゴミアシュヴィリら出演で、クーデターにより幼い孫と共に逃亡を余儀なくされた老独裁者が、行く先々で自分の圧政のために苦しんできた人々を目撃しながら、革命勢力に追い詰められていく姿を描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:モフセン・マフマルバフ
脚本:モフセン・マフマルバフ/マルズィエ・メシュキニ
出演:ミシャ・ゴミアシュヴィリ(大統領、妻と息子夫婦と死別、失脚し孫と逃亡)
   ダチ・オルヴェラシュヴィリ(大統領の孫、両親は暗殺、大統領の後継者)
   ラ・スキタシュヴィリ(売春婦、14歳の時に就任前の大統領と関係、姉は獄死)
   グジャ・ブルデュリ(歌手の政治犯、孫を処刑から保護する)
   ズラ・ベガリシュヴィリ(理髪師、大統領が服を奪う、革命政権に拘束される)
   ラシャ・ラミシュヴィリ(大統領の護衛、裏切った元帥に撃たれ死亡する)
   ソソ・クヴェデリゼ(愛に生きる政治犯、大統領の息子夫婦暗殺実行犯の一人)
   ダト・ベシタイシュヴィリ(寛大な政治犯、大統領への復讐に反対する)
   ほか

あらすじ

 独裁政権に支配されるとある国である日、クーデターが起こります。亡命する後妻や娘から「共に亡命しましょう」との勧めを断った大統領(ミシャ・ゴミアシュウィリ)は、恋するマリアと離れるのを嫌がった孫息子(ダチ・オルウェラシュウィリ)と共に首都に戻りますが、既に首都は陥落しています。大統領と孫息子は国外脱出を図るため空港に向かいますが、信頼する元帥が部隊ごと離反、空港を封鎖します。

二人は陸路で国内を脱出することになり、革命政権は二人に懸賞金をかけ行方を探します。大統領は町の理髪師から衣服を奪い、旅芸人に紛争して逃亡します。逃亡の途中、大統領は略奪を働く兵士たちと彼らにレイプされる花嫁、革命で財産を失い難民となった富豪、自分を憎み血眼になって探す民衆たちを目にし、自分が政権を握っていた頃に犯した罪と、国の混乱の責任を感じ始めます。大統領は、かつて関係を結んだ売春婦から逃亡資金を工面してもらい、協力者の待つ海へと向かいます。

海に向かう途中、大統領は革命政権により解放された政治犯たちと行動を共にします。政治犯たちの中には、大統領への報復を叫ぶ者や、争いの連鎖を断ち切ろうと主張する者など様々な考えの者がおり、その中には大統領の息子夫婦を暗殺した男もいます。男は「5年振りに妻と再会する」と話し、大統領は餞別として上着を渡しますが、妻は既に他の男と再婚して子供をもうけており、絶望した男は妻の目の前で自殺します。男の葬儀を見届けた大統領は、他の政治犯たちと別れ海岸に辿り着くが、2人を追って来た民衆と革命軍に発見され捕まってしまいます・・・。

レビュー・解説

小さな孫とともに逃避行を続けながら過去の悪行を自問せざるを得ない独裁者と、彼らを追う傍若無人な革命勢力を対比しながら、民主的革命の名の下に人々は何を成すのか?という強いメッセージを発している映画です。 低予算の為か、前半は出来の悪いコメディかと思うほどでしたが、後半にかけてシリアスにぐいぐいと見る者を引き込んでいきます。我々には無意識のうちに、「独裁者=悪」、「民主化=善」というステレオタイプがあります。孫との交流を通して観衆を独裁者に感情移入させる一方で、民主化勢力によるレイプ、略奪、殺人などの暴虐を描き、さらに独裁者を処刑すべきか否かという難題を問う本作に、居心地の悪さを感じる人もいるかもしれません。しかしこの映画は、独裁者の処刑の是非もさることならが、むしろ悪しき革命は悪しき独裁者による政治となんら変わらないことを問うています。

独裁者を作っているのは国民だし、独裁者だけが悪いのではなく国民も悪いということを言いたいのです。

独裁者は権力を簡単には手放しませんし、それを守るために血を流すことを厭いません。一方、民主化を求める人々は目的を果たすためなら、本意でなくとも暴力に訴えるでしょう。しかし勝利を手にした瞬間に、大抵はまた、勝利を象徴づけた同じ暴力行為によってもたらされる新たな悲劇に直面するのです。ですから、ある意味で革命以前に存在していた暴力は、何らかの形で革命後に引き継がれていると言えます。そして悲しいことに、多くの人々や国々が、この途切れることのない負のサイクルから抜け出せなくなっているのです。残念ながら、私たち人間が、この状況を打開するためのよりよい文化を築けない限りは、悪しきループを断ち切ることはできないでしょう。(モフセン・マフマルバフ監督)

 

この映画は、マフマルバフ監督が2006年にアフガニスタン、カーブルのダルラマン宮殿の廃墟を訪れた際に着想したと言います。

滞在中のアフガニスタンで廃墟と化したダルラマン宮殿からカブールの街を眺めている時に思いついたものです。突然、こんなふうに思ったのです。例えばもし大統領が子供を抱きながら宮殿の大きな窓から彼らの街を眺め、遊びで街じゅうの明かりをつけたり消したりして絶対的な権力を示すことで、その子を楽しませようとしたら。そして不意に、その明かりが消えたままつかなくなってしまったら、どうなるだろうかと。(モフセン・マフマルバフ監督)

(筆者注:ダルラマン宮殿は現在は廃墟となった西洋様式の宮殿建築で、1920年代初頭、近代化政策を進めたアフガニスタン国王アマーヌッラー・ハーンによって、将来の国会議事堂として建築された建物ですが、国王失脚後、建物は放置され、その後国防省の庁舎として使われるたものの、1990年代初頭のアフガニスタン紛争で廃墟となったものです。)

 

その後、マフマルバフ監督は「アラブの春」のさなかに脚本を書き直しますが、当時の様々な革命から多くのことを学んだと言います。「アラブの春」は、、2010年から2012年にかけてアラブ諸国など長く独裁政治が続いた国々に起こった一連の革命的民主化運動で、チュニジア、エジプト、リビア、イエメンでは政権が崩壊、その他の国々でも大小の成果が得られたと言われています。また、これらの革命の背景にはソーシャルネットワークの役割も大きいとされ、

  • 衛星放送やインターネットの普及で情報は瞬時に伝わり、
  • 携帯電話、ツイッターフェイスブックなどで抗議活動の呼びかけが行われ、
  • イスラム教の合同礼拝で情報や感情などが直接伝わり、
  • デモの弾圧などで犠牲となった死者の棺が大通りを練り歩き、
  • 治安部隊の行動は迅速に周知された

ことなどから、民主化の象徴的運動として日本でも快哉の声をあげた人が多いのではないかと思います。 しかしながら、ごく一部の国を除いては政権奪取後もうまくいっていないことや、民主化の過程で民主化勢力側にどのような行為があったかについて、注目している人はあまりいません。

 

そんな「アラブの春」からマフマルバフ監督が学んだのは、

  • 独裁者たちは独力で国家の悲劇を生み出せること
  • その結果として政権崩壊と革命がもたらされたこと
  • そして、暴力による革命がさらなる悲劇を生むこと
  • そこから新たに独裁主義や暴力、暴政が行われていくこと

といったことでした。三つ目と四つ目は、おそらくは多くの傍観者が見逃していることでしょう。また、「独裁者=悪」、「民主化=善」という図式を信じたい人には、これらは居心地の悪いことでもあります。

 

マフマルバフ監督はかつてパフラヴィー(パーレビ)朝時代に政治犯として死刑判決を受け収監されますが、イラン革命で解放されます。いわば革命で命を救われたわけですが、その後、政治を離れて映画制作者となるも、上映禁止などイラン政府による厳しい検閲に遭います。2005年に抗議して国外に出て、現在は亡命状態にあるのですが、イラン政府に何度も命を狙われるという危険な経験もしています。かつて自ら独裁政治に反旗を翻しイスラム主義の活動に身を投じたにもかかわらず、革命勢力にも厳しい目を向ける彼の原点はここにあるのかもしれません。これを、彼固有の体験として片付けるのは簡単ですが、真に問題とすべきは独裁者の枠にとどまらず、人々の悪しき心であるとする彼の見方は、独裁者の顔が見えないテロリズムをも説明しうるものであります。

 

大統領はその一部をパフラヴィー(パーレビ)国王をモデルとしているとマフマルバフ監督は語っていますが、必ずしも自身の経験を描いたわけではないとするものの、本作に登場する

  • 愛に生きる政治犯はパフラヴィー(パーレビ)朝を倒す為に警察官を刺傷した頃の彼自身、
  • 孫を処刑から保護する歌手の政治犯、大統領の処刑に反対する寛大な政治犯は、イラン革命により解放されて以降の彼自身

の分身でしょう。また、本作には随所に音楽と踊りが挿入されていますが、これらは、

  • 独裁者と孫が政敵から身を隠す隠れ蓑となる
  • 多くの国の音楽を使用し、言葉によらない普遍性を演出する
  • 厳しい内容の映画に柔らかな感情ももたらす

などの役を担っています。マフマルバフ監督自身、政治活動という厳しい世界から映画制作という芸術の道に身を転じたわけですが、彼の芸術の捉え方がこの映画の歌や踊りに見え隠れしているようでもあります。

 

革命を経験し、自由な風が吹き始めたという理由で、本作の撮影地にはジョージアが選ばれ、キャスト・スタッフも全員ジョージア人が起用されていますが、「ひとつの国のひとつの問題ではなく、どこの国でもありえる物語として撮りたかった」マルバフ監督は、架空の国家を舞台にし、主要な登場人物にも名前が設定されていません。これまでアフガニスタン、インド、イスラエルタジキスタンなど、10ヵ国で撮影を行っているマフマルバフ監督は、人々は皆、同じような苦しみや夢を共有しているということを実感しており、本作も多くの国でも同様に起こり得る普遍的な話として語っています。

 

映画に描かれるような争いは統治の弱い国々に顕著で、日本や欧米諸国のように統治のしっかりした国には無縁のようにも思えますが、昨今、頻発するテロに見られるように、こうした暴力はもはや一国の統治の問題にとどまらず、ボーダーレスな国際的問題でもあります。他人事と軽んじるのではなく、人類に共通する我が身の問題として捉えることが必要でしょう。2001年にタリバーン世界遺産であるバーミヤンの石像を破壊、世界中が大騒ぎした際に、マフマルバフ監督は次のように語っています。

ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。仏像は、恥辱の為に崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた人々に対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。(モフセン・マフマルバフ監督)

 

ミシャ・ゴミアシュヴィリ(大統領)とダチ・オルヴェラシュヴィリ(孫)

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変装し、逃亡する大統領と孫

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モフセン・マフマルバフ監督について

モフセン・マフマルバフ監督は、1957年にテヘランに生まれ、10代半ばでイスラム主義に傾倒し、15歳でパフラヴィー(パーレビ)朝を倒すための地下活動に参加します。パフラヴィー(パーレビ)朝は、イランの近代化、西欧化を提唱し、広範囲にわたる白色革命(王の命令による革命)推し進めていましたが、その強引な手法は、旧来の伝統を色濃く残していた当時のイラン社会に大混乱をもたらていました。マフマルバフは、17歳の時に警察官を刺傷し逮捕され、死刑判決を受けます。

マフマルバフは、4年半に渡り獄中生活を送り、ホメイニー師を精神的指導者とするイスラムシーア派を中心とする国民の革命勢力が国王から政権を奪取した、1979年のイラン革命で釈放されますが、釈放後は政治から遠ざかり、作家となり、1983年に監督デビューします。1991年以降はロマン主義的な作品も製作するようになり、1996年に映画製作者の育成を目的として、マフマルバフ・フィルム・ハウスを設立しています。2001年には彼のスピーチやレポートを集めた「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」が出版されました。また、アフガニスタン難民キャンプに住む子供達の識字・衛生教育やアフガニスタン国内の学校建設などを熱心に支援しています。

彼の作品には個人と社会的・政治的環境との関係に主眼を置いたものが多く、自身の政治活動を参考にした作品も見られますが、彼の映画はイラン政府により上映を禁止され、厳しい検閲にかけられようになりました。彼はイラン政府による検閲に抗議し、2005年にイランを離れ、2009年以降はパリに住んでいます。現在のイラン政府に対する立場を、彼は次のように説明しています。

もし今、イランに戻ったとしたら、殺されないにしても、一生、監獄生活を送ることになるでしょう。自国を離れてからのこの10年の間に、イラン政府に数回、2度はアフガニスタンで、2度はフランスで、暗殺されそうになりました。(モフセン・マフマルバフ監督)

たかが芸術表現をめぐって暗殺とは大げさと思う人もいるかもしれませんが、1988年に発表されたイギリスの作家サルマン・ラシュディの小説「悪魔の詩」をめぐって、イスラム社会が冒涜的であると激しく反発、イラン最高指導者ホメイニ師によるラシュディへの死刑宣告に続き、各国の翻訳者・出版関係者を標的とした暗殺事件が発生し、何十人もの関係者が暗殺されました。日本語訳を出版した筑波大学五十嵐一教授も1991年に刺殺され、暗殺されたと考えられています。マフマルバフ監督のどのような言動が癇に障ったのかはわかりませんが、彼にはイスラム伝統のブルカを否定するなど欧米寄りな視点があり、世俗化していない宗教と政教分離していないイラン政府が彼の暗殺に関与しても不思議はないのです。

 

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アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」

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