夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ムーンライト」:貧困とドラッグに塗れる美しいマイアミの黒人社会を舞台にゲイの繊細な心情と成長を瑞々しく描く、稀有で画期的な作品

「ムーンライト」(原題:Moonlight)は、2016年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。タレル・アルヴィン・マクレイニーによる「In Moonlight Black Boys Look Blu」 を原案に、バリー・ジェンキンス監督、マクレイニーとジェンキンスの共同脚本、トレヴァンテ・ローズ、アンドレホランドら出演で、マイアミを舞台に一人の少年の成長を、少年期、青年期、大人になるまでと、3つの時代構成でつづり、自分の居場所を探し求める主人公の姿を、リアルで色彩豊かな映像で瑞々しく描いています。第89回アカデミー賞では8部門でノミネートされ、作品賞、助演男優賞マハーシャラ・アリ)、脚色賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:バリー・ジェンキンス
脚本:バリー・ジェンキンス
原案:タレル・アルヴィン・マクレイニー
原作:タレル・アルヴィン・マクレイニー作「In Moonlight Black Boys Look Blue」
出演:トレヴァンテ・ローズ(大人のシャロン、通称「ブラック」)
   アシュトン・サンダース(10代のシャロン
   アレックス・ヒバート(子どものシャロン、通称「リトル」)
   アンドレホランド(大人のケヴィン)
   ジャレル・ジェローム(10代のケヴィン)
   ジェイデン・パイナー(子どものケヴィン)
   ナオミ・ハリス(ポーラ)
   ジャネール・モネイテレサ
   マハーシャラ・アリ(フアン)
   パトリック・デシル(テレル)
   ほか

あらすじ

  1.  リトル
    シャロン(アレックス・ヒバート)は、「リトル」というあだ名の男の子です。ある日、いじめっ子たちから隠れていた彼は、キューバ人のクラック・コカイン売人、フアン(マハーシャラ・アリ)に助けられます。フアンは何も話さないシャロンを、恋人のテレサジャネール・モネイ)と暮らす自宅へ連れて行きます。夕食と食べ、一晩、泊まったシャロンはファンとテレサに心を開くようになります。翌朝、フアンは感情的で虐待する母ポーラ(ナオミ・ハリス)の元へシャロンを送り返します。クラスメートのケヴィン(ジェイデン・パイナー)しか友人がいないシャロンは、その後、フアンと多くの時間を共に過ごすようになり、ファンから「自分の道は自分で決めろ、周りに決めさせるな」と教わります。家に帰っても行き場のないシャロンにとって、フアンとケヴィンだけが心を許せる唯一の友人でした。
  2. シャロン
    10代なったシャロン(アシュトン・サンダースは、ケヴィン(ジャレル・ジェローム)と仲良くしているものの、テレル(パトリック・デシル)のグループに苛められる毎日を送っています。フアンは亡くなり、「うちのルールは愛と自信を持つこと」というテレサは時折、シャロンに食事を食べさせるなど、シャロンの面倒を見ています。母ポーラは薬物依存に陥り、売春でヤク代を稼いだり、テレサシャロンへ渡した金を巻き上げています。ある日、夜の浜辺に向かったシャロンは、ケヴィンに出くわします。密かにケヴィンに惹かれていたシャロンは、マリファナを吸い、初めてお互いの心に触れます。しかし翌日、テレルはケヴィンにシャロンを殴るよう命令し、ケヴィンはいやいやこれに従います。テレルや取り巻きがシャロンを囲み踏みつけ、蹴り始めますが、警備員が現れて彼らは逃げ出します。加害者を問うソーシャル・ワーカーに口を閉ざしたシャロンは、翌日、教室でテレルの背中を椅子で殴りつけ、逮捕されます。
  3. ブラック
    大人になったシャロントレヴァンテ・ローズ)は、アトランタでドラッグの売人として暮らしており、「ブラック」との通り名で知られています。少年院を出て売人を始めたシャロンは、体を鍛え上げ、心身に鎧を纏って、かつてのフアンと同様の人生を送っています。シャロンの元には、ポーラから頻繁に家に帰るよう求める電話がかかってきます。ある夜、彼はケヴィン(アンドレホランド)から電話を受け、自分が食堂で働いているマイアミを訪ねて欲しいと伝えられます。シャロンは薬物治療施設に暮らす母ポーラを訪ねます。母は売人を辞めるようシャロンを諭し、シャロンは今まで溜まっていた母への思いを吐気出します。その後、シャロンは会うためマイアミに向かい、レストランで働くケヴィンと再会します・・・。

レビュー・解説

ひとりのアフリカ系アメリカ人の幼年期から青年期までを、三人の異なる俳優が演じ、貧困とドラッグに塗れる美しいマイアミのアフリカ系アメリカ人社会を舞台に、黒人の飲みのキャスティングで、ゲイの少年の繊細な心情と成長を瑞々しく描く、稀有で画期的な作品です。

似た生い立ちの原作者の戯曲を大胆に映画化

バリー・ジェンキンス監督と原作者のタレル・アルヴィン・マクレイニーの両者をよく知る人が、マクレイニーが数年前に大学院進学の為に書いた未発表の戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」を、「良く知った世界では?」とジェンキンス監督に紹介したことがきっかけで、本作の映画化が実現しました。ジェンキンス監督とマクレイニーはともにマイアミのリバティー・シティで育ち、母親が麻薬中毒という共通した体験を持っており、ジェンキンス監督は麻薬中毒の母親との関係や、躍動感が溢れるマイアミの描写にいたく共感したと言います。しかし、同じ街出身のアフリカ系アメリカ人とはいえ、性的にはストレートで、2000ドルの超低予算長編映画を1本作ったことがあるだけのジェンキンス監督にとって、

など、観客の多くが映画ではほとんど見たことのないであろうキャラクターの人生を切り取ってみせるのは、とても勇気のいることでした。「キャリアを築く上で間違った選択ではないか?」と自問、友人にも「キャリアを構築する上で論理的な選択ではないし、かなり大胆なテーマの作品」と言われたそうです。最終的に「こんなに感動した作品から手を引いたらただの臆病者だ」と自分を奮い立たせそうですが、自らの感動を原点に、前例もなく何が起こるかもわからない作品作りに全力で取り組んだことが、第89回アカデミー賞で8部門にノミネート、作品賞、助演男優賞、脚色賞を受賞するという素晴らしい結果につながりました。

 

マイアミのアフリカ系アメリカ人社会が舞台

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ジェンキンス監督は、本作で外見や肉体的な変化を含めた主人公の変化や成長を示し、その孤独を感じてもらいたかったと言います。

僕にとって、今の世の中はお仕着せの世界だ。ソフトパワーというさりげない決まりごとが、世界から見たらアメリカにはたくさんあるんだ。例えば子どもに教えるときの歩き方はこうだとか、女性へのマナーや男性へのマナーなどでもね。これは男は男らしくという考え方で、当たり前のように存在する。古い概念だ。だから僕はスクリーンを通して、外見や肉体的な変化を含めた観客に主人公の成長を示したかった。それは僕が仕かけることで、彼らはそのままでよかったんだ。

同じ俳優で3部を撮るとは思っていなかった。それは無理だからね。環境のプレッシャーに負けてしまった時や、期待の重圧に負けてしまった時に人がどのように大幅に変わっていくのかを描きたかった。そこで、同じ感性を持った3人の俳優を探したんだ。決して外見が似てる俳優である必要はなかった。感性というのは、目を見れば分かるんだ。ウォルター・マーチの「映画の瞬き」にも「心の窓」である目について書かれている。似通った魂を持つ3人を見つけられれば外見だけが似てるよりも醸し出す雰囲気が、目を通して分かる。内面的なもので同一人物だと伝わると思ったんだ。

僕はアメリカ中にいるシャロンのような子に焦点を当てたかった。突然、人生に他人が割り込み、そして放置される。観客にはシャロンの孤独を感じてもらいたい。」(バリー・ジェンキンス監督)http://eiga.com/news/20170403/3/
http://fnmnl.tv/2017/04/03/26761

映像とキャスティングも素晴らしい

ジェンキンス監督が原作を読んだ時、「高熱が出たときに見る夢みたい」に感じたそうですが、本作もハンディカメラで捉えたリアルな臨場感がある映像の中にも、一種、夢のような感覚が漂います。また、肌が輝く、色彩感のある映像も魅力的で、

  • マクレイニーいわく、美しい自然と過酷な貧困が隣り合わせの「美しい悪夢」
  • ジェンキンス監督いわく、美しい自然に囲まれながらも事件が起きる「美しい戦場」

というマイアミでの出来事を、美しくもスリリングに映し出しています。映画の8割方はマイアミのリバティ・シティ近辺で行われていますが、ここはアメリカの中で最も貧困が厳しい街のひとつで、発砲事件や死傷事件も多い、危険な場所でもあります。当初、撮影の安全性が懸念されましたが、原作者と監督がともにバティ・シティの出身であることがプラスにはたらき、かつてないほどの住民の歓迎と協力が得られました。ポーラを演じたナオミ・ハリスは、かつてないほど住民に理解され、安心して撮影に臨むことできたと語っています。

 

キャスティングも素晴らしいです。10代のシャロンを演じるアシュトン・サンダースが最初に決まったと言いますが、第三部で大人になったシャロンを演じるトレヴァンテ・ローズが登場すると、主人公のあまりの変貌ぶりにちょっと驚いてしまうかもしれません。実はこのトレヴァンテ・ローズが、監督の抱いていたイメージを一新し、本作の特徴的な描き方を決定づけました。

トレヴァンテは筋骨隆々のイメージで、とてつもなくマッチョに見えた。それでいて目には繊細さが宿っていた。彼のおかげで僕が抱いていたブラック役の外見が変わったんだ。彼と会った途端に役のイメージが一新された。トレヴァンテとの出会いから信念にもとづいて、より貪欲にキャスティングできた。(バリー・ジェンキンス監督)
http://fnmnl.tv/2017/04/03/26761

筋骨隆々の体つきとは裏腹の繊細な目の表情が、エンディングで時を経ても変わらぬシャロンの本質を見事に際立てます。

 

シャロンの母、ポーラを演じるナオミ・ハリスは、1部から3部まで通して出演する唯一の俳優で、言わば本作を貫く一本の芯のような重要な役柄を演じています。ハリスはロンドンの出身のイギリスの女優で、「28日後...」(2002年)、「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(2005年)、「007 スカイフォール」(2012年)などに出演していますが、本作では徐々に麻薬に蝕まれていくポーラを見事に演じています。実は彼女のビザの都合で、「007 スペクター」(2015年)のプロモーション・ツアーの合間の三日間で彼女の出演するシーンが撮影されたのですが、15年の間に麻薬に蝕まれている姿をわずか三日間で演じきっているのはさすがです。

 

テレサ役のジャネール・モネイとフアン役のマハーシャラ・アリも、見逃せません。この二人は本作と同時にアカデミー作品賞にノミネートされた「ドリーム」(2016年)にも出演している売れっ子俳優で、本作にも見事に華を添えています。特にアリは、わずか20分そこそこの出演時間でアカデミー助演男優賞を受賞するほどの素晴らしいパフォーマンスを見せています。因みにこの二人は、学校では虐められ、家では麻薬中毒の母に虐げられるシャノンの面倒を見る役柄ですが、リバティ・シティに住んでいたジェンキンス監督も原作者のマクレイニーも、実際にこのような家族ではない他人に助けられたと言います。裕福で安全な土地で隣人の顔も知らずに孤独に暮らす人もいる一方で、貧困と危険が蔓延する土地で助け合いながら暮らす人がいることは、心が温まる話でもあります。

ハリウッド映画に風穴を開ける作品

無名の原作者の作品を無名の監督がわずか150万ドルで映画化、実質的に最も低予算のアカデミー作品賞受賞作品となった本作は、斬新で感動的な素材を確かなセンスで纏めると、制作者の知名度や予算にかわらず、すばらし作品になることを実感させてくれる作品です。また、制作に名を連ね、資金集めに貢献したブラッド・ピットの目利きの力も素晴らしいです。興行成績最優先のハリウッド映画には、正直、食傷気味になることも少なくないのですが、「白いアカデミー賞」と揶揄される中で、見事、作品賞を受賞した本作は、映画が末永く愛されていく必要なことを、実証しているかのようでもあります。世の中には描かれていない題材や、優れた才能が、まだまだあるに違いありません。そうした才能や題材が今後も発掘されていくことを、期待したいところです。

 

トレヴァンテ・ローズ(大人のシャロン、通称「ブラック」)

トレヴァンテ・ローズ(1990年〜)はルイジアナ出身のアフリカ系アメリカ人の俳優。高校・大学時代はフットボール陸上競技短距離走)の選手だった。卒業と同時にロスアンジェルスで俳優を志し、本作で一躍、有名になった。

 

アシュトン・サンダース(10代のシャロン

アシュトン・サンダース(1995年〜)は、カリフォルニア出身のアフリカ系アメリカ人のの俳優。「 The Retrieval」(2013年)、「ストレイト・アウタ・コンプトン」(2015年)などに出演している。本作の演技が評価され、幾つかの賞を貰っている。

 

アレックス・ヒバート(子どものシャロン、通称「リトル」)

 

アンドレホランド(大人のケヴィン)

アンドレホランド(1979年〜)は、テレビ、映画で活躍する、アラバマ出身のアフリカ系アメリカ人の俳優。映画では「Sugar」(2008年)、「グローリー/明日への行進」(2014年)などに出演している。

 

ナオミ・ハリス(ポーラ)

ナオミ・ハリス(1976年〜)は、ロンドン出身のイギリスの女優。母親はジャマイカからの移民 。ケンブリッジ大学卒業後、演技の勉強をし、1995年に映画デビュー、「28日後...」(2002年)でヒロインを務め、注目を集める。2004年にハリウッド進出し、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ(2006年〜2007年)でティア・ダルマを演している。他に、「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(2005年)、「007 スカイフォール」(2012年)などにも出演、本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされている。

 

ジャネール・モネイテレサ

ジャネール・モネイ(1985年〜)は、カンザス州出身のアメリカの歌手、作曲家、音楽プロデューサー、女優、モデル。2007年のデビュー作から一貫してシンディーというオルターエゴに基づくコンセプトアルバムを発表して高い評価を受けるとともに、最近は女優としても活躍、「ドリーム」(2016年)にも出演している。

 

マハーシャラ・アリ(フアン)

マハーシャラ・アリ(1974年〜)は、カリフォルニア州出身のアフリカ系アメリカ人の俳優。大学で学んだ後、2001年よりテレビシリーズで活躍、映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」(2008年)では、その演技が評価され、「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」(2012年)などに出演、本作で第89回アカデミー助演男優賞を受賞したほか、本作と同時に作品賞にノミネートされた「ドリーム」(2016年)にも出演している。

サウンドトラック

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1. エブリ・ニガ・イズ・ア・スター
2. リトルのテーマ
3. 家への帰り道
4. 証聖者の荘厳晩課(ヴェスペレ)ハ長調K.339
   :ラウダーテ・ドミヌム

5. 地球の真ん中
6. スポット
7. インタールード
8. シャロンのテーマ
9. メトロレイル・クロージング
10. シャロンのテーマ
 (チョップド・アンド・スクリュード)
11. 知らないくせに
12. 私を見るな

13. セル・セラピー
14. アトランタは広くない
15. 甘美な夢
16. シェフのおすすめ
17. ハロー・ストレンジャー
18. ブラックのテーマ
19. お前は何者だ?
20. エンドクレジット
21. カルミネーション
 (ボーナストラック)

関連動画(YouTube

ジャネール・モネイ「タイトロープ(フィーチャリング・ビッグ・ボーイ)」

本作や「ドリーム」(2016年)で女優として大きなプレゼンスを示すジャネール・モネイは、歌手としてのキャリアが長く、評価も高い。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

ジャネール・モネイ x マハーシャラ・アリ共演作品のDVD(Amazon

  「ドリーム」(2016年)・・・輸入版、日本語なし

 

アシュトン・サンダース出演作品のDVD(Amazon

  「ストレイト・アウタ・コンプトン」(2015年)

 

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  「グローリー/明日への行進」(2014年)

 

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  「28日後...」(2002年)

  

「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(2005年)・・・輸入版、日本語なし

  「007 スカイフォール」(2012年)

 

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  「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」(2012年)