夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「セッション」:緊張感溢れる師弟の相克が怒濤のドラム・パフォーマンスに収斂する体育会系音楽映画

「セッション」(原題: Whiplash)は、2014年公開のアメリカのドラマ映画です。デミアン・チャゼル監督・脚本、マイルズ・テラー主演で、名門音楽学校に入学したドラマーと伝説の鬼教師が繰り広げる狂気のレッスンとその行方を描き、第30回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞を受賞、第87回アカデミー賞では5部門にノミネートされ、J・K・シモンズ助演男優賞を含む3部門で受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:デミアン・チャゼル
脚本:デミアン・チャゼル
出演:マイルズ・テラー(アンドリュー・ニーマン)
   J・K・シモンズ(テレンス・フレッチャー)
   ポール・ライザー(ジム・ニーマン)
   メリッサ・ブノワ(ニコル)
   オースティン・ストウェル(ライアン・コノリー)
   ネイト・ラング(カール・タナー)
   ほか

あらすじ

  • バディ・リッチのような偉大なジャズ・ドラマーに憧れる19歳のアンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)は、アメリカで最高峰と言われる名門シェイファー音楽院に入学、日々孤独に練習に打ち込んでいました。ある日、一人で練習するニーマンの前にシェイファーの中でも最高の指揮者として名高いテレンス・フレッチャー(J・K・シモンズ)が現れますが、ほんの数秒聴いだけで出て行ってしまいます。数日後、彼の学ぶ初等教室へやって来たフレッチャーは、メンバー全員の音をチェックすると主奏者のライアン(オースティン・ストウェル)を差し置いて、ニーマンに自分のバンドに移籍するよう命じます。有頂天のニーマンは、思いを寄せていた映画館のアルバイト店員、ニコル(メリッサ・ブノワ)と交際を始めますが、練習初日、フレッチャーの登場とともに異様な緊張感に包まれるメンバーたちに違和感を覚えます。フレッチャーが生徒を恐怖で支配する中、教室でレッスンが始まり、トロンボーン奏者が僅かな音程のズレを責められ、その場でクビなります。最初は歓迎されたニーマンも、テンポが違うと怒りで豹変したフレッチャーに椅子を投げつけられ、ビンタでテンポを矯正され、悪魔のごとき形相で罵られます。泣いて帰ったニーマンでしたが、翌日からその悔しさをバネに血の噴き出す手に絆創膏を貼ってひたすらドラムを叩き続けます。
  • 文字通り血の滲むような練習を繰り返しながらも、ニーマンは補欠として主ドラマーの楽譜めくりの扱いでしたが、大事な舞台で主ドラマーの楽譜をなくしてしまったニーマンは、自分が Whiplash を暗譜で演奏することになります。これがきっかけで主ドラマーに格上げされたニーマンですが、彼の親戚たちの俗物的な価値観からドラムへの情熱を軽視され、彼はますます世俗的な考えから遠のいて、病的なまでドラムに執着していきます。しかしフレッチャーは、明らかにニーマンのほうが優れているにもかかわらず、初等教室でニーマンと一緒に学んでいたドラマー、ライアンを主奏者候補として連れてきます。偉大なドラマーへの強い執着と猛練習によって培われたニーマンの自負心は、かつて彼が震え上がったフレッチャーの逆鱗すら無視できるほどのものになっており、ニーマンは到底納得出来ないと声を荒らげてフレッチャーに食ってかかります。さらにニーマンは、利用できる全ての時間を練習に費やすことを決意、偉大なドラマーになる為に恋愛の時間を犠牲にする自分にニコルは愛想をつかすだろう考え、彼女に別れを切り出します。
  • 来る重要なコンペティションを前に、昔の教え子だったショーン・ケイシーが自動車事故で亡くなったことをバンドのメンバーに伝え、涙を流すフレッチャーにニーマンは衝撃を受けますが、これに続く指導は苛烈なものとなりました。ドラマー三名に極端に早いテンポでのドラム演奏を要求するフレッチャーは、自分が納得するまで三名に演奏を続けさせることを宣言します。演奏は数時間にも及び、ドラムセットはドラマー達の手から流れ落ちる血で血まみれになりますが、真夜中もとうに過ぎた頃、フレッチャーはニーマンを主演奏者に決めます。コンペティション当日、会場へ向かう途中、バスが故障で遅れ、ニーマンはレンタカーで会場に急ぎますが、車が横転し、自身も血まみれになるするほどの大事故に巻き込まれます。執念で開演直前に会場に辿り着いたニーマンは、そのまま舞台で演奏しますが、満足な演奏は出来ず、惨憺たる結果に終わります。冷酷に「お前は終わりだ」と宣言するフレッチャーに激昂したニーマンはフレッチャーに殴りかかり、会場から退去させられます。
  • この騒動を受けて、ニーマンはシャッファー音楽学校を退学になります。ニーマンの父親ジムはショーン・ケイシーの代理人を務める弁護士と接触します。弁護士は二人に、ケイシーは事故で死んだのではなく、自殺したのだと明かします。ケイシーはフレッチャーの指導を受けるようになってから、鬱に悩まされるようになったのでした。弁護士は、ニーマンの協力でフレッチャーを辞めさせ、二度と彼の体罰に遭う生徒が現れないようにできると彼に持ちかけます。数か月後、ニューヨークでドラッグストアの店員として働きはじめたニーマンは、フレッチャーがあるクラブで演奏者として出演しているのを見つけます。観客の中にニーマンを見つけたフレッチャーは彼を引き止め、酒を飲みながら二人は話をします。フレッチャーは音楽学校を辞めさせられたこと、教育方針には後悔していないこと、来るJVC音楽祭でバンドの指揮を執ること、現在のバンドのドラマーの質が十分ではないことをニーマンに告げ、彼に代役を務めることを持ちかけます・・・。

レビュー・解説 

練習シーンを含めた緊張感溢れるパフォーマンスが素晴らしい映画です。映画終盤の9分間のパフォーマンス、特にマイルズ・テラー扮するアンドリューの5分間のドラム・ソロの変化に富んだドラマティックなシーンには、時間を感じさせないほど引き込まれます。ドラムのソロの名演奏をいくつか聞いた事がありますが、これほど引き込まれることは滅多にありません。これはアンドリューを演ずるマイルズ・テラーの腕もさることながら、映画の緊張感をこの一点に向けて収斂させた演出と、巧みな編集を抜きに語る事はできないでしょう。

 

原題の「Whiplash」は、は1973年にハンク・レヴィが作曲した、目まぐるしくリズムが変わる激しいジャズナンバーで、ドラマーにとっても演奏が難しいものです。さらに「Whiplash」にはムチの先のしなやかな部分の意味があり、この映画で描かれる厳しいシゴキを暗示していますが、この作品はまさに厳しい指導者の下、苦悩の日々を過ごしたデイミアン・チャゼル監督自身の高校時代の体験を基に描かれています。

僕自身高校のときにジャズバンド部に所属してドラマーとして活動していたんだけど、その部の顧問がスパルタでね。ニュージャージー州にある母校のジャズバンド部は全国的にかなりの強豪部として知られていて、プロのバンド顔負けの練習をしていたんだ。もちろん鬼顧問にしごかれ、練習はとても厳しかった。とにかく当時のことを振り返ると僕の中には恐怖という思い出しか残っていない。リハーサルの前にはなにも喉を通らなくなったり、大会前には眠れなくなったり……。そういった僕自身が体験した、「音楽も他のスポーツ同様に過酷なものなんだよ」という点を映画に盛り込みたかったんだ。本作に登場する鬼教師のフレッチャーは、当時の顧問がインスピレーション源になっているよ。(デミアン・チャゼル監督)

 

しかしながら、当初の脚本原稿はサイコ・スリラーを意図されたほどで、内容には創造的な誇張が含まれています。

実際に僕が師事した指揮者の方は、J・Kと同じぐらい怖かったけど、意地悪ではなかった。ある意味、素晴らしい教師であり、インスピレーションを与えてくれる方だ。指導する時、大声で叫んだりして、恐怖心を利用して指導するタイプの先生ではあったけど、フレッチャーみたいに一線を越えるようなことは一切しなかった。(中略)今回の映画で問いかけたいことは、そういうジレンマだった。素晴らしい演奏にするために、どこまでやって良いのかというジレンマに焦点を当てたかったから、強調するためにもっと怖いキャラクターにしたんだ。自分がその体験をした時、ちょっと萎縮したり、音楽をやること自体に恐怖を感じるようになってしまったりもしたので。そういった物語をいままで映画で見たことがなかったので、それをベースに映画を作ろうと思ったよ。(デミアン・チャゼル監督)

 

一方で、恐怖を与えるフレッチャーの鬼教師にも、ひとつの流儀を与えています。

彼の考え方も物の見方も理解できず、彼の才能にも敬意を払わないなら、フレッチャーといても無意味だと思う。重要な人物でもなく、注目もされないなら、誰が気にする? ただ怒りを抱えて叫んでシンバルを投げるだけの男だ。でも彼はもっとやり遂げるために生徒たちの意欲をかき立てる。自分にメガホンで叫びまくる野球のコーチや監督がいて、彼らに残酷に扱われる。まるで間抜けみたいに。でもフレッチャーは違う。似たような感じだけど、彼のは全て渇望から出てきたことだ。彼の独白があるように、自分のやり方が型破りなことも、最高の尊敬を得られないことも彼は知っている。でも彼は苦しくても言い訳するような人じゃないんだ。(マイルズ・テラー

 

今の世、音楽にせよ、運動にせよ、とにかくシゴキはダメという結論になりそうですが、敢えて教える方、教わる方の相克に緊張感を演出しながら、劇的な終盤に持ち込んでいることがわかります。脚本・監督を担当したデミアン・チャゼルは撮影当時、弱冠28歳、当初、必要な予算が獲得できず、ショートフィルムを作成してサンダンス映画祭に出品、ジュリー賞受賞の実績を得て、後のファンディングを確保しました。長編の本作品の予算は330万ドルと少なく、撮影期間もわずか19日と極めて短いのにも関わらず、第87回アカデミー賞では作品、助演男優、脚色、編集、録音の5部門にノミネート、助演男優賞J・K・シモンズ)、編集賞、録音賞の三賞を受賞したデミアン・チャゼル監督の手腕には目を見張るものがあり、今後の活躍も期待されます。

 

アンドリューを演ずるマイルズ・テラー

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フレッチャーを演ずるJ・K・シモンズ

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ニコルを演じるメリッサ・ブノワ

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サウンドトラック

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1.スネアのリフトオフ (ダイアローグ) 
2.オーバーチュア
3.トゥー・ヒップ・トゥ・リタイア 
4.ウィップラッシュ
5.フレッチャーズ・ソング  
6.キャラバン
7.名前は? (ダイアローグ)
8.練習
9.スタジオ・バンド加入
10.父の電話
11.事故
12.父の抱擁 
13.ドラムとドローン 
14.カーネギー
15.ライアン/破局
16.ドラム対決 
17.解任
18.いい出来だ (ダイアローグ)  
19.イントイト
20.ノー・トゥー・ワーズ
21.ホエン・アイ・ウェイク 
22.ケイシーズ・ソング
23.アップスウィンギン
24.リハーサル・メドレー


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関連作品

デミアン・チャゼル監督作品のDVD(Amazon

ラ・ラ・ランド」(2016年)

  「ファースト・マン」(2019年)

 

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  「グレン・ミラー物語」(1954年)

  「ベニー・グッドマン物語」(1956年)

  「5つの銅貨」(1959年)

  「真夏の夜のジャズ」(1960年)

  「ザ・コネクション」(1961年):輸入版、日本語なし

  「ラウンド・ミッドナイト」(1986年)

  「バード」(1988年)

  「セロニアス・モンク/ストレート・ノー・チェイサー」(1988年)

  「モ'・ベター・ブルース」(1990年)

  

「ア・グレイト・デイ・イン・ハーレム  57人のジャズミュージシャンの肖像」(1995年)

  「Keep on Keepin' On」(2014年):輸入版、日本語なし

「ブルーに生まれついて」(2015年)

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