夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「イット・フォローズ」:少年時代の悪夢の恐怖を広角レンズでじわりと表現、セックスで呪いが移る設定を加え話題を呼んだ新感覚ホラー 

「イット・フォローズ」(原題: It Follows)は、2014年のアメリカのホラー映画です。デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督・脚本、マイカ・モンローら出演で、人に乗り移り、死に至らしめる謎の存在「それ」から逃げのびようとするヒロインの恐怖を描いています。独創的なアイデアが評判となり、各国の映画祭で賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
脚本:デヴィッド・ロバート・ミッチェル
出演:マイカ・モンロー(ジェイ)
   キーア・ギルクリスト(ポール)
   ダニエル・ゾヴァット(グレッグ)
   ジェイク・ウィアリー(ヒュー / ジェフ)
   オリヴィア・ルッカルディ(ヤラ)
   リリー・セーペ(ケリー)
   ほか

あらすじ

  • 19歳の女子大生ジェイ(マイカ・モンロー)は、恋人のヒュー(ジェイク・ウィアリー)とデートを重ね、肉体関係を持ちます。その直後、ヒューはジェイにクロロホルムを嗅がせ、車椅子に縛りつけます。目覚めたジェイに、
    ・セックスによって呪いを移した
    ・その呪いに憑かれた者は、人間の姿をした「それ」に追いかけられる
    ・「それ」はゆっくりと歩き、呪いに憑かれていない者には見えない
    ・「それ」は呪いに憑かれた者を殺すと、その前に憑かれていた者を追いかける
    ことを伝えます。ヒューはジェイを追いかけ始めた「それ」を見せると、ジェイを車で自宅まで送り届けて、行方をくらまします。
  • 翌日、大学で「それ」に追いかけられて恐怖を感じたジェイは、妹のケリー(リリー・セーペ)、友人のポール(キーア・ギルクリスト)とヤラ(オリヴィア・ルッカルディ)と共に、いつどこで現われ、襲われるかわからない「それ」に不安な一夜を過ごします。「それ」に追いかけられたジェイは家を飛び出し、近くの運動場へ逃げます。
  • 隣人のグレッグ(ダニエル・ゾヴァット)の協力を得て、ジェイたちはヒューの本名がジェフであることを突き止め、彼の実家に会いに行きます。ジェフは、かつて一夜限りの関係で他の女性から呪いを移されたことや、ジェイもセックスによって他の人物に呪いを移せることを、ジェイたちに説明します。
  • 仲間たちとグレッグの別荘に滞在していたジェイは、「それ」に襲われ、車で逃走を図りますが、事故を起こして意識を失います。病院で目覚めたジェイは、グレッグと肉体関係をもちます。彼に呪いを移した数日後、グレッグは「それ」に殺されてしまいます。ジェイと友人たちは「それ」をプールにおびき寄せて感電死させようと計画、室内プールへ向かいます・・・。

レビュー・解説

少年時代に見た悪夢の恐怖を、広角系の映像でじわりと表現、セックスで呪いが移るというセンセーショナルで設定を加える一方、文学的な背景で抑制を効かせ、様々なレベルで多様な解釈が可能な、独創的新感覚ホラー映画です。

 

長編監督デビュー作「アメリカン・スリープオーバー」(2010年)で注目を浴びたデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督の長編第二作めの作品です。第一作目はコメディ&ドラマ映画でしたが、本作は新たな感覚で怖さを演出する本格的なホラー映画で、ミッチェル監督の多彩な才能を感じさせる作品です。なお、タイトルが類似する「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」(2017年)は、スティーヴン・キングのホラー小説を原作にしたTVドラマシリーズ「IT」(1990年)のリメイクで、本作の続編ではありません。

少年の頃の悪夢に刺激的な設定を加えた脚本

ミッチェル監督が悪夢を見たのは9歳か10歳の時で、悪夢に現れる「それ」は、「異なる人々に姿を変え、ゆっくりと追ってくるので注意さえ払っていれば逃げられるが、常に追いかけてくる」ものだったと言います。本作はその恐怖を描いていますが、鬼ごっこのようにその恐怖を「移す」ことができ、登場人物が物理的にも心理的にも結ばれるセックスで移るようにすれば面白いと思ったそうです。この独創的な発想が、後に大きな話題を呼ぶことになります。2011年に脚本を書き始めた彼は、流血やショッキングな出来事、ショットよりも、恐ろしいことがいつ、どこで、どのように起こるのかという、その合間の登場人物の反応や不安を、シークエンスの中でじっくりと描いています。また、デトロイト出身の彼は、郊外の閑静な住宅地やパッカード自動車工場跡、大きな精神病院の跡など、デトロイトの郊外や廃墟を魅力的な題材として取り込んでいます。

 

デトロイトの郊外を舞台に「それ」に追われる恐怖を描く

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あいまいな時代設定、10代の世界観の中で悪夢を描く

本作には60〜80年代を思わせる部分もあれば、携帯電話やタッチスクリーンのデバイスなど、それ以降の時代を象徴するデバイスも登場します。これはあえて時代設定をあいまいし、夢のようなイメージを出す演出です。また、ハロウィーンを思わせる描写はありますが、同じ理由で服装や行動によって特定の季節感を強調することも避けています。さらに、本作には基本的に大人は登場せず、10代の世界観の中で、自分には見えないものにも共感できるという10代ならではの友情を描いています。アルコール依存症が示唆されるジェイの母親はその顔が映ることはなく、ジェイも母親に相談することはありません。「それ」がその姿を借りて現れるグレッグの母親やジェイの父親も、ジェイの味方としては描かれていません。一方で、自傷摂食障害、薬物依存などを10代の問題を小道具で暗示したりしています。愛するもの代わって呪いを背負う為に、想いを寄せる人とセックスをしようとするアプローチも、滑稽なまでに純粋な10代特有の行動と言えます。なお、「それ」のルールはあくまでのヒューが学んだ彼の解釈として設定されており、映画はそのルールに従った展開を見せますが、呪いの起源や最初の被害者の割り出しなど、積極的な検証が行われることはありません。

 

自傷摂食障害、薬物依存などを10代の問題を暗示するショットが挿入されている

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広角レンズを多用した効果的な映像表現

異なる人々に姿を変え、ゆっくりと追ってくる「それ」を捉える為に、映画は主に「それ」と距離を置く、広角レンズで撮影されています。18ミリレンズで撮影された余白を残すフレームの中に、観客は恐怖の源を探すことになります。「それ」は何かに隠れているわけではなく、背景の中にいるかもしれないわけですが、ミッチェル監督は脚本を書いている時からカメラをパンさせ、疑心暗鬼を表現することを考えていたそうです。冒頭、広角レンズで360度のパンをする長回しのショットが見事です。事件の舞台となるデトロイト郊外の閑静な住宅街の情景の中に、他の人には見えない「それ」に恐怖する少女をしっかりと印象づけます。広角レンズのパンによる長回しは、序盤の大学の講義のシーンにも使われています。このシーンはジェイが女子大生であることを印象づけるとともに、彼女の日常の生活圏に初めて「それ」が入り込んでくる印象的なシーンとなっています。

ふんだんに織り込まれた予兆や暗示的表現

英語教師が朗読するT.S.エリオットの「アルフレッド・プルーフロックの恋歌」や、友人のヤラが朗読するドストエフスキーの「白痴」の一節は、いずれも本作の底を流れる死生観や死への恐怖に言及しています。

拷問には苦痛と傷が伴う。肉体的苦痛は精神的苦痛を超越し、人は傷の痛みに死の瞬間まで苦しむ。だが最悪の苦痛は傷そのものではない。最悪の苦痛はあと1時間、あと10分、あと30秒で、そして今、この瞬間に、魂が肉体を離れ、人でなくなると知ること。この世の最悪は、それが避けがたいと知ることだ。(ドストエフスキー、「白痴」)

その他にも、様々な予兆や暗示が丁寧に織り込まれています。

  • ジェイに呪いが移った後、大学の講義で英語教師が朗読するエリオットの詩の「宇宙を小さなボールに丸め込み、永遠の疑問に向けて転がせれば良かったか」という下りを含め、ボールが様々な形で登場する
  • 前半のテレビから聞こえるセリフが、クライマックスの出来事を暗示している
  • ジェイの友人たちが遊ぶカードゲーム「オールド・メイド」は、いわゆるババを他人に取らせるババ抜きで、呪いを他の人に移す「それ」のルールを暗示しているだけではなく、映し出されるカードが映画の展開を暗示している 

    "Old Maid"(老女) 
    "Cranky Kluck"(怒れる教師) 
    "Winnie Waite"(ウェイトレス)
    "Bikey Bess" (自転車に乗った少女)
    "Bronco Buster" (銃を持ったカウボーイ)
    ”Ballet Betty"(踊る少女)
  • 死の暗示とともに、プールや湖など生を象徴する水が頻繁に描かれる
ヒューの隠れ家について

ジェイと友人たちはヒューの隠れ家を調べます。実は、この隠れ家は1890代から1930年代にかけて流行ったアメリカン・フォースクエアというタイプの住宅です。

 

ヒューの隠れ家

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何故、こんな古い家に隠れていたかというと、秘密はその間取りにあります。

 

アメリカン・フォースクエアの典型的な間取り

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http://www.searshomes.org/index.php/tag/american-four-square/

 

間取り図を見ればわかりますが、全ての部屋がドアで繋がっています。ヒューは、ジェイに「常に逃げ道を確保しろ」と教えますが、彼自身、いつ「それ」に襲われても他の部屋に逃げられるように、逃げ道を確保してしてわけです。ジェイに呪いを移し、追われる恐れがなくなったヒューは、隠れ家を後にして自宅に戻ります。

議論を呼んだ解釈

本作はミッチェル監督が少年時代に見た悪夢がベースで、また敢えて時代設定をあいまいにするなど、象徴的な表現をしており、エンディングも観客自身の解釈の委ねられるようにしています。彼は、「映画は何かと解決したがるが、これは悪夢なので論理的に説明する必要がない、さもなければ悪夢ではなくなる。」という趣旨のことも語っています。従って、彼は様々な解釈を受け入れる一方で、自身の解釈を語ろうとしないのですが、「本作はエイズなどセックスによる伝染病や、乱れた性関係のメタファーである」という解釈には、明確に反論しています。

セックスをしてはならないもの、見下すべきものとして描いたつもりは、私には全くありません。登場人物がセックスをことは自らの身を危険に晒すことですが、それは同時に、一瞬とはいえ、彼らが自らを解放する行為でもあります。私たちは多かれ少なかれ、自分たちがやがて死ぬ運命にあることと向き合っています。愛やセックスは、それを少しだけ向こうに押しやることができますが、それが私たちにできる抵抗です。私たちは他者とのそうした関係を通して、安らぎを覚えるのです。セックスはその一部をなす、重要なことです。私にとって、死からは逃れられないが、生と死と狭間で安らぎが得られるのがセックスなのです。

セックスは人生において危険が伴う行為のひとつですが、本作ではセックス以上のものも意味しています。ジェイがしていることは普通のことで、何か悪いことをしているわけではありません。でも、何か悪いことをしたわけでもないのに、恐ろしいことが起こります。だから、彼女は強くなければならないのです。(デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督)
https://www.moviemaker.com/archives/moviemaking/directing/it-follows-an-interview-with-david-robert-mitchell-on-his-sexy-scary-horror-film/
http://www.denofgeek.com/movies/it-follows/34247/david-robert-mitchell-interview-it-follows-and-horrordd

  

ミッチェル監督が少年の頃に見た「異なる人々に姿を変え、ゆっくりと追ってくるので、注意さえ払っていれば逃げられるが、常に追いかけてくる」という「それ」が何を意味するものだったのかは定かではありませんが、本作は人間が抱えるそうした潜在的恐怖を実にうまく描いています。「セックスで移る」というセンセーショナルな設定を加えたのは、映画制作者と巧みな発想です。ティーン・エージャーならば、これだけで感情移入し、

  • もし自分がそうなったら、彼は救ってだろうか
  • もし彼女がそうなったら、自分は救うことができるだろうか

と自問するかもしれません。しかし、ミッチェル監督はこの潜在的な恐怖を誰にでもいつか訪れるであろう死への恐怖に重ね合わせると同時に、セックスを生の象徴として対置、より高度な解釈を可能にしています。広角レンズを用いたカメラワークや、随所に散りばめられた予兆や暗示的表現など、ホラーと言いながら非常に質の高い作品に仕上げています。ミッチェル監督は次作として「Under the Silver Lake」というクライム・スリラーを制作中ですが、今後が楽しみな監督です。

 

マイカ・モンロー(ジェイ、女子大生)

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マイカ・モンロー(1993年〜)はサンタ・バーバラ出身の女優、カイト・ボーダーです。2012年に映画デビューし、「ザ・ギフト」(2014年)と本作の成功で「スクリーム・クイーン」と呼ばれるようになります。オーディションで彼女を起用したミッチェル監督は、彼女は恐怖への入り込み方が上手く、どんな時でもすんなりと入り込んだと絶賛しています。なお、役名のジェイは、「スクリーム・クイーン」と呼ばれたジェイミー・リー・カーティスに因んだそうです。

 

キーア・ギルクリスト(左、ポール、ジェイの幼馴染)

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キーア・ギルクリスト(1992年)はロンドン出身のカナダの俳優です。「プリズン・エクスペリメント」(2017年)などに出演しています。

 

ダニエル・ゾヴァット(左、グレッグ、ジェイの隣人)

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ダニエル・ゾヴァット(1991年〜)は、コスタリカ出身の映画俳優、テレビ俳優です。2012年からホラー中心に活躍しており、「ドント・ブリーズ:(2016年)などに出演しています。

 

ジェイク・ウィアリー(左、ヒュー / ジェフ、ジェイの恋人)

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ジェイク・ウィアリー(1990年)は、アメリカの俳優、ミュージシャン、シンガー・ソングライター、音楽プロデューサーです。テレビドラマにも数多く出演しています。

 

オリヴィア・ルッカルディ(ヤラ、ジェイの友人)

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オリヴィア・ルッカルディ(1989年〜)はアメリカの女優、プロデューサーです。「Re:LIFE〜リライフ〜」(2014年)、「マネーモンスター 」(2016年)などに出演しています。

 

リリー・セーペ(左、ケリー、ジェイの妹)

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リリー・セーペ(1997年〜)は、アメリカの女優です。10歳の時に短編映画デビュー、2010年にはコメディ映画「Spork」に出演しています。

サウンドトラック

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ジョン・カーペンターや、ヴァンゲリスによるサウンドトラックが好きというミッチェル監督は、ゲーム FEZ の大ファンで、このゲームを作曲した Disasterpeace(Rich Vreeland)に脚本を送り、作曲を依頼しました。尚、 Disasterpeaceは、大学の構内アナウンスの声で映画にも出演しています。

1. Heels
2. Title
3. Jay
4. Anyone
5. Old Maid
6. Company
7. Detroit
8. Detritus
9. Playpen
10. Inquiry
11. Lakeward
12. Doppel
13. Relay
14. Greg
15. Snare
16. Pool
17. Father
18. Linger

動画クリップ(YouTube

  • 冒頭のシーン
    16ミリの広角レンズで環境を写し込みながらキャラクターを追い、360度パンする約2分の長回しで映画が始まる。
  • 大学の講義を受けるシーン
    ここでも16ミリの広角レンズをゆっくりとパンさせ、環境を写し込みながらキャラクターの状況を説明している。1分程度の長回しだが、多くの学生が映り込むので、イメージ通りに撮るのが結構難しかった模様。

撮影地(グーグルマップ)

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関連作品

デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督作品のDVD(Amazon

  「アメリカン・スリープオーバー」(2010年)

 

マイカ・モンロー出演作品のDVD(Amazon

  「ザ・ゲスト」(2014年)

 

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  「プリズン・エクスペリメント」(2017年)

 

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  「ドント・ブリーズ」(2016年)

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