【閑話休題】米アカデミー賞のもやもや〜外国映画に逃れるリベラルと多極時代のアメリカ映画らしさ
目次
物議を醸したアカデミー作品賞
ちょっと前の話になりますが、ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」が米アカデミーの作品賞を受賞し、物議を醸しました。国際映画賞(従来の外国語映画賞)という部門はありますが、米アカデミー賞は基本的にアメリカ映画の為の賞です。その本丸である作品賞を韓国映画が受賞しちゃったものですから、それは大騒ぎになります。
外国語映画初のアカデミー作品賞を受賞した韓国映画「パラサイト 半地下の家族」
驚いた日本の映画ファンも少なくないと思いますが、アメリカでも大騒ぎです。トランプ大統領までが、支援者集会の演説で言及しています。
ところで、今年のアカデミー賞がどれほど酷かったか、わかるだろ?「勝者は・・・、韓国映画です」、なんてこった。韓国相手に有り余るほどの貿易問題(筆者注:アメリカの貿易赤字)を抱えているのに、その上、今年最高の映画賞を与えるのか。そんなにいい映画か、俺にはわからん。「風と共に去りぬ」のような映画がいいんだ。あんな映画を復活させてくれ。「サンセット大通り」もいい、たくさんの素晴らしい映画があるんだ。それなのに、「勝者は、韓国映画です」なのか?外国語映画賞だと思ったが、そうではなかった。こんなことが今までにあったか?(ドロナルド・トランプ大統領)
ハリウッドは民主党の強固な支持基盤です。ハリウッド・スターは LGBT 問題などを挙げ自らのセレブ生活を脇に置いて民主党を支持します。そうしたポーズをとらなければ仕事を続けられなくなってしまうからです。かくしてハリウッドは共和党のトランプ大統領の天敵なのですが、貿易問題云々という政治的な下りを除けば、「なんで本丸の作品賞を韓国映画にあげちゃうの?アメリカ映画の素晴らしさを取り戻してくれ」という、トランプ大統領の主張もわからないではありません。
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サンセット大通り(1950年) |
アジア系はアカデミー賞を受賞しにくい
アカデミー賞には国際映画賞(従来の外国語映画賞)という部門があり、これがなかなかの魅力です。必ずしも幅広く受け入られ大きな興行成績を誇る作品ではないのですが、ハリウッド映画にはない強烈な個性やメッセージを放つ作品が少なくありません。
年度 | 作品賞 | 国際映画賞(外国語映画賞) | ||
2019 | パラサイト 半地下の家族 | 韓国 | パラサイト 半地下の家族 | 韓国 |
2018 | グリーンブック | 米国 | ROMA/ローマ | 墨・米 |
2017 | シェイプ・オブ・ウォーター | 米国 | ナチュラルウーマン | チリ |
2016 | ムーンライト | 米国 | セールスマン | イラン・仏 |
2015 | スポットライト 世紀のスクープ |
米国 | サウルの息子 | ハンガリー |
2014 | バードマン あるいは(無知 のもたらす予期せぬ奇跡) |
米国 | イーダ | ポーランド |
2013 | それでも夜は明ける | 英・米 | グレート・ビューティ ー/追憶のローマ |
仏・伊 |
2012 | アルゴ | 米国 | 愛、アムール | 独・仏・墺 |
2011 | アーティスト | 米・仏 | 別離 | イラン |
2010 | 英国王のスピーチ | 英・豪・米 | 未来を生きる君たちへ | 丁・端 |
2009 | ハートロッカー | 米国 | 瞳の奥の秘密 | アルゼンチン |
2008 | スラムドッグ$ミリオネア | 英国 | おくりびと | 日本 |
2007 | ノーカントリー | 米国 | ヒトラーの贋札 | 独・墺 |
2006 | ディパーテッド | 米国 | 善き人のためのソナタ | 独国 |
2005 | クラッシュ | 米国 | ツォツィ | 英国・南ア |
2004 | ミリオンダラー・ベイビー | 米国 | 海を飛ぶ夢 | 西・仏・伊 |
2003 | ロード・オブ・ザ・リング /王の帰還 |
新・米 | みなさん、さようなら | 加・仏国 |
2002 | シカゴ | 米国 | 名もなきアフリカの地で | 独国 |
2001 | ビューティフル・マインド | 米国 | ノー・マンズ・ランド | ボスニア他 |
2000 | グラディエーター | 米国 | グリーン・デスティニー | 中・台・米他 |
国際映画賞(外国語映画賞)の傾向としては、
- 比較的市場規模の大きい中国やインドの作品が受賞することがほとんどない
- ドイツ、フランス、イタリアなどヨーロッパがらみの作品が受賞することが多い
- メキシコ、チリ、アルゼンチンなど中南米の作品が受賞することも少なくない
- ハンガリー、ポーランド、ボスニアなど東欧の作品が受賞することも少なくない
- 中近東ではイランの作品が受賞しやすいが、他の国の作品は受賞しにくい
- 日本の作品の受賞歴はあるが、他のアジアの国の作品は受賞しにくい
といったものがあります。一部例外はありますが、コーカソイド系の国が受賞しやすいく、モンゴロイド系の国が受賞しにくい傾向が伺われます(ネグロイド系の国についてはそもそも市場規模が小さいので何とも言えない)。
Data Source: Film Industry(Wikipedia)
個人的に残念だったのが、アジアの受験戦争という社会問題を題材に完成度の高いエンタメ作品にまとめ上げたタイの「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」(2017年)が、ノミネートさえされなかったことです(この年度はアカデミー賞にモンゴロイド系の国の作品が一つもノミネートされていない)。国際映画(外国語映画)ではありませんが、ロマンティック・コメディ形式を踏襲しながら中国系アメリカ人のアイデンティティを高度に描いたアメリカ映画「クレイジー・リッチ」(2018年)がアカデミー賞にひとつもノミネートされておらず、また、米中の文化の違いを描きながらも普遍的な共感を誘うアメリカ映画「フェアウエル」(2019年)も非常に評価が高いにもかかわらずアカデミー賞には全くノミネートされていません。やはりアジア系の作品は受賞し難いと、障壁の高さを実感しています。「白いアカデミー賞」と揶揄されますが、これはアジア系の冷遇も意味します。アフリカ系アメリカ人に関する問題はしばしば顕在化しますが、顕在化することが少ないネイティブ・アメリカンやアジア系などモンゴロイド系のアメリカ人は、アフリカ系よりも冷遇されていると言って良いかもしれません。
大統領選以降の作品賞の傾向
言うまでもなくアカデミー作品賞を受賞する作品は傑作ばかりなのですが、トランプが大統領選に勝利した 2016 年度からは、マイノリティなどリベラルな題材を扱った完成度の高い作品がたて続けに受賞しています。
- ムーンライト(2016年度):アフリカ系アメリカ人、ゲイ
- シェイプ・オブ・ウォーター(2017年度):女性、障害者、ゲイ、環境破壊
- グリーンブック(2018年度):アフリカ系アメリカ人
リベラルなハリウッドにとってトランプ政権は逆風ですが、それに負けまいとする抵抗する意識がこうした傾向を生んでいるものと思われます。特にアフリカ系アメリカ人を主役とする作品は充実してきており、作品賞候補まで目を広げると、
と粒ぞろいです。
しかし、今年度はアフリカ系アメリカ人を主役とする作品が不作だったのでしょうか?それとも、他にもマイノリティはいるのにアフリカ系アメリカ人が主役の作品ばかり称賛しても・・・という意識が働いたのでしょうか?グレタ・ガーウィグが監督した女性が主役の「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」がノミネートされていましたが、受賞には不足だったのでしょうか?次はアジア系アメリカ人の映画にと思ったのに適う作品がなかったのでしょうか?アカデミーは、韓国語映画である「パラサイト 半地下の家族」に本丸の作品賞を与える事を選びました。これは、アカデミーが、
- リベラルな題材を扱う作品を一貫して評価する
- アフリカ系のみならず、アジア系が主役の映画にも配慮している
- 外国語映画に作品賞を与えるほどインクルーシブ(包含的)である
姿勢を示すことできる非常にインパクトのある選択でした。
ノンジャンルの娯楽映画の視点とはいえ、「パラサイト 半地下の家族」が格差問題というリベラルな題材を扱っているのは事実ですし、国際的な視点を持つポン・ジュノ監督は韓国を題材にしても世界の人々の心を動かすことができる、アカデミー賞の名誉に恥じない実力ある監督です。問題はそこではなく、アカデミーが韓国映画に作品賞を与えざるを得なかった、アメリカ映画の窮状です。トランプ大統領が指摘するように誇れるアメリカ映画を失いつつあること、少なくともアメリカ映画よりも韓国映画の方がリベラルであるとアカデミーが認めるほど混迷していることです(「パラサイト 半地下の家族」はリベラルな題材を扱っているものの、必ずしもリベラルな作品ではない)。
多極時代のアメリカ映画らしさ
9.11 以降、世界はアメリカ一極の時代から、米、EU、中・・・といった多極の時代に突入しつつあります。ハリウッドも一段上の立場から外国語映画を引き立てるのではなく、どのようにしたらアメリカ映画の影響力を高め、アメリカの映画産業が生き残っていけるかを考える時代に入っています。従って、ハリウッドは今まで以上にアメリカらしい映画、アメリカならではの映画、アメリカの強みが発揮できる映画を志向する必要があります。トランプ大統領が素晴らしいアメリカ映画と例示するのは1930年代〜1950年代の映画ですが、何をもってアメリカらしいと感じるかには時代にもよるし、人にもよるでしょう。そこで、私がアメリカらしさを感じる映画の例を2000年以降の映画から、いくつか挙げてみたいと思います。
VFX技術に裏打ちされたアメコミ映画
アメリカン・コミックというくらいで、アメリカらしさを端的に体現する映画です。アメコミ映画にかかせない VFX 技術も、アメリカに圧倒的な優位があります。アカデミーはアメコミ映画を評価したらがらない傾向があるようですが、その理由を掘り下げる必要があるでしょう。正当に評価しないと、そのうち VFX 技術も他国の追従を許すことになります。
アメコミ映画の例(たくさんあるので代表例です)
「アベンジャーズ」(2012年〜2019年)
多様性とインクルシーブな世界を描く映画
多様性とそれを許容するインクルーシブ(包含的)な世界を描く作品です。これもアメリカ生来の特質を生かした、アメリカの強みを発揮できる映画で、リベラルな映画でもあります。基本的な規範としての意味合いが強いのか、子供も楽しめるアニメ映画に多く見られます。
インクルーシブな映画の例(たくさんあるので代表例です)
「ズートピア」(2016年)
アメリカ人のルーツとアイデンティを描く映画
アメリカ人という人種はおらず、先住民を除けばアメリカ人はすべてアメリカ以外にルーツを持っていますが、アメリカ人としての価値観と、ルーツがもたらす価値観のギャップを洒脱に描くことができるのはアメリカ映画ならではです。最近、移民が増えたヨーロッパ諸国でも可能となる題材ですが、やはりアメリカに大きな優位があると思われます。生来のというわけではありませんが、リベラルな視点で描くことは可能です。個人的にとても好きなジャンルですが、アジア系やインド・パキスタン系は残念ながらアカデミーには十分に評価されていない印象です。
「フェアウエル」(2019年)
「クレイジー・リッチ!」(2018年)
サバイバルや戦う姿勢を描いた映画
自然の中でのサバイバルや、戦いを描いた映画に、アメリカを感じます。徐々に薄れつつあるかも知れませんが、独立や開拓時代から代々受け継けつがれてきたアメリカ特有の精神でしょう。
サバイバルや戦う精神を描いた映画
「ハッシュパピー 〜バスタブ島の少女〜」(2012年)
「THE GREY 凍える太陽」(2012年)
ちょっと細かいですが、実話に基づきながらも、キャラクターを重視し、コミカルにテンポ良く展開する、荒唐無稽で娯楽性の高い犯罪映画にアメリカらしさを感じます。この場合、アメリカの優位は、道徳的判断のみで深刻にならず、型破りを愛する鷹揚な国民性にあるのかもしれません。
実話に基づきながらも、コミカルでテンポの良い犯罪映画
「バリー・シール/アメリカをはめた男」(2017年)
「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)
「アメリカン・ハッスル」(2013年)
アメリカ映画らしさは時代によって変わるだろうし、観る人によって違うのではないかと思いますが、皆さんはどんな作品にアメリカらしさを感じますか?
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