【閑話休題】#MeToo運動のインパクトとビジネスマンがとるべき規範
レイプ被害に関して刑事不起訴となった伊藤詩織さんが、民事訴訟を通して自らの体験・経緯を明らかにし、広く社会での議論を喚起、性犯罪を取り巻く法的・社会的状況の改善を促すだろうと高く評価されています。日本では低調とされていた#MeToo運動ですが、彼女の勇気ある行動は、今後の法制度のあり方や捜査体制のあり方、企業のコンプライアンスのあり方に影響を与えるのではないかと思います。
実は、過去にハーヴェイ・ワインスタインが糾弾された際に、#MeToo運動のインパクトに関する記事を書きかけたのですが、この機会に残っていた下書きを引っ張り出して加筆してみました。本稿は、#MeToo運動に関して中立の立場から、運動が与えたインパクトと、主として男性が留意するべきことを現実的な視点でまとめたものです。
目次
#MeToo運動のインパクト
ハーヴェイ・ワインスタイン
数多くの名作をプロデュースし、業界に大きな影響力を持ったハーヴェイ・ワインスタインは、#MeToo運動で大きな打撃を受けました。最近のニュースによると、30人以上のレイプやハラスメント被害者と総額27億円以上の和解金に合意したようです。
因みに、ワインスタイン氏は過ちを犯したと認める必要も、和解金を自身で支払う必要もなく、破産した彼の映画会社ワインスタイン・カンパニーの保険会社が和解金の支払いを引き受けるそうです。日本でも、長く手間のかかる法廷闘争はお互いに為にならないと示談で解決することが少なくないようですが、ある意味スマートな解決方法かもしれません。因みにワインスタイン氏は逮捕、訴追され、ワインスタイン・カンパニーは総額525億円以上の負債を抱え破産しています。数多くの名作をプロデュースした、ハーヴェイ・ワインスタインですが、手持ちの現金は皆無に等しく、社会的信用も失っている為、再起は極めて難しいと思われます。
ワインスタインがプロデュースした作品の例
トゥルー・ロマンス (1993年) Emma エマ(1996年年) スクリーム (1996年) イングリッシュ・ペイシェント(1996年年) グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち (1997年) スクリーム2(1997年) ジャッキー・ブラウン (1997年) 恋におちたシェイクスピア (1998年) スパイキッズ Spy Kids (2001年) ロード・オブ・ザ・リング (2001年) ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔 (2002年) シカゴ(2002年) キル・ビル Kill Bill (2003年) ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還(2003年) |
華氏911 (2004年) アビエイター (2004年) ネバーランド(2004年) グラインドハウス(2007年) シッコ(2007年) イングロリアス・バスターズ(2009年) 英国王のスピーチ(2010年) ジャンゴ 繋がれざる者(2012年) 世界にひとつのプレイブック(2012年) ソウルガールズ(2012年) キャロル(2015年) シングストリート(2016年) LIONライオン〜25年目のただいま〜(2016年) |
ジョン・ラセター
CGの可能性にいち早く注目、一連のディズニー/ピクサーアニメを監督、プロデュースしたジョン・ラセターは、今日のディズニー/ピクサーアニメを築き上げた立役者です。
しかし、#MeToo運動が盛り上がりを見せた2017年、彼は突然、「望まれていないハグや、一線を越えていると思われる行為」について謝罪、休暇に入り、翌年にピクサー/ディズニーを辞任しました。
ラセター氏の行為はワインスタイン氏に比べて軽微との印象ですが、
- ディズニーの名声に与える影響を最小限にする
- 早めに動いてアニメ作りを続ける機会を得る
為の辞任と思われます。ディズニーは手放したくなかったようですが、株主を説得する術もなく、彼はスカイウォーカーという新興アニメ会社のトップに職を得ます。しかし、社内外の女性を中心に「セクハラ加害者を許してもいいのか?」という声が渦巻いているそうで、彼の将来は決して明るくないようです。
ウディ・アレン
80歳を過ぎてなお現役のウディ・アレン監督は、一年に一本のペースでインディーズ映画を制作、数々の名作を残してきた名監督です。
1994年、離婚に伴う親権裁判で、元妻のミア・ファローが彼の幼児虐待を取り上げましたが、決定的証拠がなく、また、州警察が捜査しましたが訴追されることはありませんでした。その後も、ミア・ファローとの間柄はくすぶり続けましたが、ウディ・アレンの社会的生命を抹殺するほどのインパクトはありませんでした。
しかし、#MeToo運動によって状況は一変します。詳細は省きますがミア・ファロー側が#MeToo 運動に乗じてウディ・アレンの社会的制裁を煽ったのです。中立だったグレタ・ガーウィグが批判に転じ、コリン・ファースやミラ・ソルビーノ、マリオン・コティヤールら、ウディ・アレン作品に出演した俳優たちが「二度と彼とは仕事をしない」と発表、ティモシー・シャラメやレベッカ・ホール、セレーナ・ゴメスらは出演料を全て寄付することを発表しました。ケイト・ブランシェットやスカーレット・ヨハンソンがウディ・アレンを擁護しましたが、逆に批判にさらされる始末でした。そんな中、アマゾン・スタジオは撮影済みの彼の作品をお蔵入りにし、残り三作を契約破棄することを通告、ウディ・アレンは逆にアマゾンの契約不履行を訴えます。しかし、ここを頂点に事態は収束に向かい、アマゾンとウディ・アレンは和解、ウディ・アレンの名誉も回復しつつあるようです。
ロマン・ポランスキー
「反撥」(1965年)、「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)、「チャイナタウン」(1974年)、「死と処女」(1994年)、「戦場のピアニスト」(2002年)、「ゴーストライター」(2010年)、「毛皮のヴィーナス」(2013年)などの名作を残し、今なお現役のロマン・ポランスキー監督は、13歳の少女に性的暴行を働いたとして1977年に司法取引で有罪となり、釈放中にフランスに亡命します。その後、「戦場のピアニスト」(2002年)でアカデミー監督賞を受賞しますが、#MeToo運動が活発化した2018年、彼は突然、アカデミー会員資格を剥奪されます。さらに今年になって、1978年、18歳の時にポランスキー監督にレイプされた(ポランスキー監督は否定)という元女優が名乗り出て、フェミニスト団体が映画館前で抗議を行い、新作「J'accuse」の試写会が中止に追い込まれています。
#MeToo運動の特徴
我慢する女性たち
被害に遭われた女性には申し訳ないのですが、これらの人々が成してきた偉業がもったいないと思ってしまいます。それでは、何故、このような偉業を成した人が問題を起こすのかでしょうか?いろいろな要因があるかと思いますが、ハーヴェイ・ワインスタインやジョン・ラセターの場合、彼等の社会的な地位がその要因のひとつではないかと思います。つまり、彼等と仕事の関係がある女性は、自分の仕事に不利にならないよう、多少、嫌なことがあっても我慢してしまい、一方、彼女からネガティブな反応がないと、彼等はそれが当然のこと、許されることと錯覚してしまうという構図です。我が身の安泰を考えると、周囲の人達も注意しづらいという状況もありそうです。
政治化、個人攻撃化、社会制裁化、遡及化
韓国の従軍慰安婦問題と似ているな思ったのですが、#MeToo運動には次のような特徴があるように思います。
- 政治化しやすい
伊藤詩織さんのケースは、さながら安倍(右派)vs反安倍(左派)の政争の様相を呈しました。法や人々の意識など既存の規範で解決しにくい場合、状況を打破する為に問題が政治化しやすいのがこの問題の特徴のひとつです。そんな中で、伊藤詩織さんがBBCがインタビューを受けることに成功、日本の司法に外圧を加えたことが民事勝訴に繋がったと分析する人もおり、単なる被害者としての意識ではなく、ジャーナリストとしての使命感が彼女を動かしたのではないかとも思われます。(彼女が、こうしたインタビューや外国人記者クラブで英語で自分の主張を堂々と述べる姿は頼もしいです。ジャーナリストとしての成果を出始めているようですが、さらなる飛躍を期待したいところです。) - 個人攻撃化しやすい
目に見えにくいこうした問題を世に知らしめる最も効果的な方法は、わかりやすい事例を徹底的にアピールすることです。日頃から、様々なことに耐えている女性のたちの怒りが一点に向かう破壊力は侮れません。また、社会のあちこちで軽微なペナルティを散発的に課すより、ハーヴェイ・ワインスタインの逮捕シーンを流す方が、社会にはより効果的でしょう。 - 社会制裁化、遡及化しやすい
彼女らは法や検察のあり方に不満を感じていることが少なくありません。法的制裁のみならず、社会的に葬るなど強力な社会的制裁を狙うのがこの#MeToo運動の特徴です。また、転職したジョン・ラセターに対するエマ・トンプソンの態度に見られるように、女性が勝ち得た社会環境を後戻りさせまいと、「決して許さない」という姿勢をとるのがこの運動の特徴です。さらに、ウディ・アレンやロマン・ポランスキーの例に見られるように、蒸し返すように過去の事件に遡求、過去の出来事も許しません。
ビジネスマンがとるべき対策
他人事ではない
自分はワインスタインやラセターのように社会的な地位が高くないから関係ないかというと、必ずしもそうではありません。女性の部下や同僚、家族の女性など、にこにこ笑いながら実はじっと我慢しているのかもしれません。セクハラのみならず、パワハラ、モラハラにじっと耐えており、男性本人がそれに気づいていないかもしれません。ハラスメントで訴えられた男性の殆どに自覚がないのです。我慢をしていない女性は世の中にいないと思っておいた方が良いでしょう。そして、一旦、問題に火がつくと、延焼、類焼し、決して鎮火しないのがこの問題の特徴です。
今般の伊藤詩織さんの民事勝訴は、今後の法制度のあり方や捜査体制のあり方、企業のコンプライアンスのあり方に影響を与えるのではないかと思っています。ハラスメント問題に詳しい弁護士によると、確固たる証拠がなくても民事訴訟や社内委員会では女性の言い分が通りやすいそうです。男性は自分の行動を厳しく律するだけではなく、冤罪被害にあわないように注意を払うに越したことはありません。ハラスメントは男性の社会的信用に回復不能なダメージを与えます。変な話ですが、例え冤罪でもそれを証明できない場合、社会的信用を守る為に示談にせざるを得ないことが少なくないそうです。
米国ビジネスマンの対策
そんな中で、#MeToo運動が広まったアメリカでは、ビジネスマンが対策をとり始めているようです。その例を挙げると、
- 不用意に女性を指導したり、女性と交流することを避ける
- 女性に言葉をかける際は慎重に言葉を選ぶ
- 自分の言動が女性を不快にさせない様に気をつける
- 女性を安易にミーティングや会合に招かない
- 女性の同僚や顧客と二人きりになることを避ける
- 窓がない部屋では女性とは会わない
- 女性と二人で打ち合わせする場合はドアを開けておくか、第三者を招く
- 女性と二人でエレベーターに乗らない、もしくは十分に距離をとる
- 35歳未満の女性とは一緒に夕食をとらない
- 女性とビジネス・ディナーをとらなければならない場合は、朝食にする
- 女性と二人だけの出張はなるべく避ける
- 女性と出張する場合は飛行機で隣同士の席をとらない
- 女性と出張する場合はホテルでの部屋は別の階にとる
- 不適切な言動の舞台にならぬよう、組織主催のパーティや二次会を行わない
行動規範の必要性
エチケット的なものもありますが、こうした規範は自分の行動をチェックする上でとても重要と私は思っています。女性への接し方に自信のある方には不必要かもしれませんが、私のようにそうした才能に恵まれていない者にとって自分の行動をチェックできる具体的な規範はとてもありがたいです。但し、これらを絶対的なものにすると「女性差別」になりかねないので、
- メリット、デメリット、リスクを考えた上で、女性との距離を柔軟にとる
という条件を付け加えておきたいと思います。例えば、有望な女性のメンターとなることを指示された場合は、その女性にも、自分自身にも、そして組織のメリットになることですので、「不用意に女性を指導したり交流することを避ける」という規範に忠実になる必要はありません(但しリスクを最小限にする工夫は必要)。また、職場恋愛などの機会もあるかもしれませんが、これも大人ですからメリット、デメリット、リスクを考えて慎重に行動して欲しいと思います。因みに、伊藤詩織さんのケースに照合してみますと、相手の男性は、
- 不用意に女性を指導したり、女性と交流することを避ける
- 女性を安易にミーティングや会合に招かない
- 女性の同僚や顧客と二人きりになることを避ける
- 35歳未満の女性とは一緒に夕食をとらない
- 女性とビジネス・ディナーをとらなければならない場合は、朝食にする
- ホテルでは同行する女性とは別の階の部屋をとる
といった米国ビジネスマンがとり始めている規範を超えていることがわかります。さらに、ハラスメント問題に詳しい日本の弁護士は、
- お酒に酔った女性をホテルで介抱する場合は、部屋まで従業員に付き添ってもらい、女性を部屋に残して自分はロビーで待つ
ことを提案しています。伊藤詩織さんの相手の男性は、この規範も超えているわけです。言い換えれば、もし、相手の男性がこうした行動規範を持っていれば、悲劇に至るまで少なくても数回、自分の行動をチェックする機会があったわけです。大人なのですから、メリット、デメリット、リスクを考えた上で規範を超えるのは個人の自由ですが、少なくても結果から見る限り、相手の男性はこれらを大きく読み間違えたのではないかと思われます。