夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ホイットニー〜オールウェイズ・ラヴ・ユー〜」:圧倒的な歌唱力で頂点を極めるも無念の死を遂げた大歌手に迫る充実のドキュメンタリー

「ホイットニー 〜オールウェイズ・ラヴ・ユー〜」(原題:Whitney)は、2018年公開のイギリス・アメリカ合作のドキュメンタリー映画です。圧倒的な歌唱力で音楽シーンをリードし、スーパーボールでアメリカ国歌斉唱の歴史を変え、映画「ボディガード」の主演とサウンドトラックで世界的な大成功を収め、南アフリカアパルトヘイト廃止後初の大規模コンサート行うなど、歌手として頂点を極めながらも、夫ボビー・ブラウンとの結婚を境に薬物問題や家庭問題などのゴシップにまみれる波乱の人生を辿り、2012年に48歳の若さで亡くなったホイットニー・ヒューストンを、ケヴィン・マクドナルド監督が様々な視点から描き出しています。第61回グラミー賞音楽映画賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ケヴィン・マクドナルド
脚本:ケヴィン・マクドナルド
出演:ホイットニー・ヒューストン
   ボビー・ブラウン(ホイットニーの元夫)
   ボビー・クリスティーナ・ブラウン(ホイットニーの娘)
   シシー・ヒューストン(ホイットニーの母)
   ジョン・ヒューストン(ホイットニーの父)
   ゲイリー・ヒューストン(ホイットニーの兄)
   エレン・ホワイト(クリスティーナの育ての親)
   メアリー・ジョーンズ(ホイットニーの個人アシスタント)
   パット・ヒューストン(ゲイリーの妻、ホイットニー財団の遺産管理人)
   クライヴ・ディヴィス(ホイットニーを発掘したアリスタ・レコードの社長)
   ケヴィン・コスナー(「ボディーガード」でホイットニーと共演した俳優)
   ケネス・“ベイビーフェイス”・エドモンズ(歌手、作曲家、プロデューサー)
   ほか

あらすじ

モデルとしてキャリアをスタート、スタジオ・セッション・シンガーとして頭角を現したホイットニー・ヒューストンは、1985年に歌手デビューします。7枚連続でシングルが全米1位となった唯一のアーティストであるホイットニー・ヒューストンは、類いまれな歌唱力で音楽シーンをリードし、スーパーボールで歴史に残るアメリカ国歌斉唱を行い、映画「ボディガード」の主演とサウンドトラックで世界的な大成功を収め、南アフリカアパルトヘイト廃止後初の大規模コンサート行うなど、大歌手として頂点を極めます。しかし、夫ボビー・ブラウンとの結婚を境に薬物や家庭問題などのゴシップにまみれ、順風満帆のはずだったキャリアと私生活の歯車が次第に狂っていきます・・・。

レビュー・解説

圧倒的な歌唱力で音楽シーンの頂点に上り詰め、大きな社会的影響を生みながらも、ドラッグにまみれ、無念の死を遂げたホイットニー・ヒューストンの真実にケヴィン・マクドナルド監督が迫る、充実のドキュメンタリーです。

 

圧倒的な歌唱力で上り詰めるも無念の死を遂げた大歌手のドキュメンタリー

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頂点に上り詰める前半、暗転する後半

ホイットニー・ヒューストンは自分の曲を書くこともなく、歌唱力だけで勝負しました。7曲連続で全米シングルチャート1位の記録を記録するなど、圧倒的な歌唱力で音楽シーンをリードするだけではなく、

など、ホイットニーは社会に大きなインパクトを与えました。しかし、R&B歌手のボビー・ブラウンと結婚し、一人娘のボビー・クリスティーナを出産して以降、彼女の人生は徐々に暗転していきます。本作の前半ではホイットニーが頂点に上り詰めるまでを、後半ではボビー・ブラウンとの結婚生活が破綻、ドラッグに溺れ、復帰に苦戦する中、ホテルの浴槽で溺死体で発見されるまでを描いています。

時代の課題を颯爽とクリアしたホイットニー

1980年代から90年代のアメリカは、

  • ロス・アンジェルス暴動など、根強く残る人種問題
  • 男女平等運動の中産階級白人から下層有色人種への広がり
  • 社会進出する女性の急増
  • 児童に対する性的虐待の頻発

などが社会的なテーマとなっていました。そんな中、圧倒的な歌唱力を携えて彗星のごとく現れたホイットニーは、アフリカ系アメリカ人特有のソウルではなく、ポップスで幅広い人々を魅了します。美人だけど威圧的なところのない彼女は、可愛らしく親しみやすいタイプで、多くの白人男性を魅了した最初のアフリカ系アメリカ人のスターとなりました。それは、当時のアメリカが抱えた様々なテーマを軽々とクリアしたかのようでした。彼女が音楽シーンを席巻するだけではなく、自演するかのようにスター歌手を演じ、白人のボディーガードに身を守らせ、白人と恋に落ちてみせた映画「ボディガード」は、まさに時代の最先端を走る作品だったと言えます。 

成功が破綻の契機になる皮肉

映画「はじまりのうた」(2013年)で芸術の同じ分野で一緒に働くカップルに焦点を当て、一方だけが成功したら何が起きるのか、成功が信頼関係をどう揺るがすのかを描いたジョン・カーニー監督は、自らもミュージシャンとしてそのようなカップルを数多く見てきたと言います。本作で描かれているホイットニーと夫ボビーの関係が破綻する契機も、ホイットニー主演の映画「ボディガード」(1992年)とそのサウンドトラックの世界的な大成功でした。これが、ボビーが決して追いつけないほどの格をホイットニーに与えてしまい、二人の関係が破綻し始めます。一人娘のクリスティーナが生まれた頃からボビーの浮気やDVが始まり、二人はドラッグに溺れ、共依存の関係に落ちていきます。

ホイットニーを追い詰めた要因に迫る

夫ボビーと釣り合いの取れないホイットニーの大きな成功が、彼女が辿った悲劇の契機であることに間違いはなく、ケヴィン・マクドナルド監督もその点はしっかりと押さえています。しかし、アーティストのカップルのどちらか一方が成功すれば、ドラッグにまみれて無念の死を迎えることになるかと言えば、必ずしもそうではありません。人間の成否や生死というのは、それほど単純ではないでしょう。ケヴィン・マクドナルド監督は、75人、1人最多3回にも及ぶインタビューと、膨大な記録映像から精選されたカットで本作を構成しながら、ホイットニーと彼女を取り巻く環境を様々な視点からあぶり出しています。それは観る者に、

  • 幼少時に受けた性的虐待がトラウマとなり、薬物依存を加速した
  • 彼女の仕事がファミリー・ビジネス化し、意見できる家族がいなかった
  • 家族との軋轢により、心の支えだったガールフレンドのロビンと関係を断った
  • 愛する父がホイットニーの金を着服、父との関係を断ち、より孤独になった
  • 愛する父に損害賠償請求の訴訟を起こされ、父の死に目にも会わなかった
  • 音楽と私生活が完全に分離しており、彼女の葛藤が支持者に伝わらなかった
  • 彼女のポップ・プリンセスのイメージととジャンキーのギャップが反発を招いた
  • すべて彼女自身や母が決め、プロによるキャリア・デザインの支援がなかった
  • レコード会社は復帰を辛抱強く待ったが、積極的に手を貸すことはなかった
  • リハビリ費用を捻出する為に、声を取り戻せないまま世界ツァーに出た
  • 誰もそれを止めることができず、観客を落胆させた彼女は歌手生命を絶たれた

といった、彼女を追い詰めた様々な要因を示唆しています。

堕ちた偶像の末路

こうして見てくると、類いまれな歌唱力で音楽シーンをリードするだけではなく、社会的にポジティブなインパクトまでもたらした彼女が、いざ、ドラッグでつまずくと、周囲の理解も支援を全く得られないという、寒々とした現実が浮かび上がってきます。アフリカ系アメリカ人特有のソウルではなく、白人に好まれるポップスを歌うホイットニーを、一部の人がホワイトニー(白い)と皮肉るなど、実は当初から反発の兆候はあったのかもしれません。人種問題など、1980年代から90年代のアメリカが抱えた様々な問題を一挙にクリアしたように見えた彼女ですが、それは時代の人々が見たかった夢に過ぎず、化けの皮が剥がれ、単なるジャンキーに成り下がった彼女に誰も目もくれませんでした。何故なら、ジャンキーになった彼女は人々が見たいものではなかったからに他なりません。エンタメ要素、ゴシップ要素を併せ持つ本作ですが、こうした社会性を感じさせるあたり、アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した「ブラック・セプテンバー〜ミュンヘン・テロ事件の真実〜」(1999年)などのドキュメンタリー映画や、「ラストキング・オブ・スコットランド」(2006年)などの社会派ドラマを数多く手掛けるケヴィン・マクドナルド監督ならではの手腕と言えます。

余談:アメリカ国歌斉唱ベスト5

ホイットニー・ヒューストンの歌唱力は素晴らしく、特にポップス・ファンでもない私でも「ザ・グレイテスト・ヒッツ」(2000年)や「アルティメイト・ホイットニー」(2008年)などのベストアルバムを持っているほどですが、そんな私を何よりも強く印象づけたのは YouTube で見た1991年のスーパーボウルでのアメリカ国歌斉唱です。フットボールやバスケットボールなど、アメリカではショーアップされた開会式でビッグアーティストがアメリカ国歌を斉唱する機会が多く、時にアメリカ空軍機による編隊飛行などの演出も加わるなど、とても見応えがあります。私はそんなアメリカ国歌斉唱のちょっとしたマニア(?)なのですが、本作にも挿入されているホイットニーのアメリカ国歌斉唱は間違いなく歴代トップで、30年近く経った今も彼女を超えるアメリカ国歌斉唱がありません。そこで、この機会を捉えて私の独断と偏見で歴代のアメリカ国歌斉唱は歴代ベスト5を挙げてみました。なお、リンク先はいずれもYouTubeです。

  1. ホイットニー・ヒューストン(1991年)
    湾岸戦争の最中に開催された1991年のスーパーボールの開会式で歌われたもので、アメリカ国歌斉唱のあり方を変えたと言われる、自由で誇らしく、力強い名唱です。湾岸戦争で戦った兵士とその家族の為のチャリティー・ソングとしてシングル盤がリリースされ、さらにその10年後、9.11同時多発テロの際にはラジオ番組が繰返してこの曲を流しました。テロの犠牲になった人達の為にチャリティー・ソングとしてシングル盤が再リリースされ、ビルボートのランキングでアメリカ国歌ととして異例のトップ10入り(最高6位)を果たします。時代を超えて愛され、今も色褪せることのない名唱です。
  2. レディ・ガガ(2016年)
    長い間、ホイットニーに続く感動的なアメリカ国歌の歌い手は見つかりませんでしたが、見事、レディ・ガガがホイットニーに迫る名パフォーマンスを披露しました。ホイットニーの影響を受けているという分析もありますが、勢いの強いホイットニーに対してレディ・ガガは女性らしく丁寧な力強さと高い完成度で歌いあげています。
  3. マーヴィン・ゲイ(1984年)
    ホイットニーは自身のアメリカ国歌斉唱に先駆け、マーヴィン・ゲイの自由なこのパフォーマンスを好んでいたと言われます。アメリカ国歌斉唱の歴史を塗り替えたホイットニーのパフォーマンスのルーツは、ここにあったと言って良いのかもしれません。すでに1984年に、これほど自由で完成度の高いアメリカ国歌斉唱が存在したことは驚きです。
  4. ビヨンセ(2004年)
    冒頭、若干の堅さを感じますが、それを力で乗り切り、感動的なエンディングに持ち込む技量が素晴らしいです。パワフルな彼女の人柄を感じさせるパフォーマンスです。
  5. マライア・キャリー(2002年)
    ホイットニーやビヨンセとは対照的なパフォーマンスです。「ホイットニーは、戦地に赴き、国の為に名誉の戦死をせんとする兵士たちを歌ったかのようだ。マライアは、長い戦いの末に勝利を収めて休息を得る、流血の戦争の後に故郷への凱旋する兵士を歌ったかのようだ。」とのコメントがYouTubeに寄せられていますが、まさに言い得て妙です。
  • 番外:デスティニー・チャイルド(2006年)
    2005年に解散したディスティー・チャイルドが、この日の為に一日だけ再結成されて行われた、女性三人によるゴージャスなパフォーマンスです。終盤の「はぁ〜♡」がご愛嬌ですが、さすが実力派グループだけあって最後はしっかりと締めています。アメリカは自由なだけではなく、表現の質が非常に高い国であることを感じさせるパフォーマンスです。
  • 番外:ビヨンセ記者会見でアメリカ国歌を斉唱(2013年)
    2013年1月のオバマ大統領2期目の就任式で、国歌斉唱を口パクしたという疑惑がかけられたビヨンセは、沈黙を守り、2月のスーパーボウルのハーフタイムショーの準備に専念していました。月末に行われたスーパーボウルの記者会見に登壇したビヨンセは、記者たちに起立を求め、いきなりアカペラで国歌を歌いました。感動する記者たちに「何か、ご質問は?」と言い放ったという、エンタテナーとして非常に高い危機管理能力を印象づけた、伝説の記者会見です。ディスティー・チャイルドを含めると、ビヨンセは三度も登場していますが、その幅広い話題提供は、さすが天性のエンターテイナーです。
  • 番外:アメリカの陸海空各兵学校の合唱団による合唱(2005年)
    ホイットニーの国歌斉唱では3/4拍子が4/4拍子に編曲されるなど、ビッグアーティストが歌うアメリカ国歌は大きなアレンジがされることが多いですがが、オリジナルが十分魅力的であることを示す名演奏です。

付録:ホイットニー・ヒューストンの年表

1963年 ニュージャージー州ニューアークで生まれる。
幼い頃に教会の聖歌隊に加わり、ゴスペルを学び、11歳でソリストとして活躍する。
10代の頃からモデルとして活動、バックボーカルなども務める。
1983年 敏腕プロデューサーのクライヴ・デイヴィスの目にとまり、アリスタ・レコードと契約する。
1985年 デビューアルバム「そよ風の贈りもの」をリリースし、爆発的人気を得る。
2作目のシングル「すべてをあなたに」から7曲連続で全米シングルチャート1位を記録する。
1987年 2枚目のアルバム「ホイットニーII〜すてきなSomebody」をリリースする。
1991年 スーパーボウルアメリカ国歌を斉唱、史上最高と絶賛され、シングルがリリースされる。
1992年 ケビン・コスナーと共演した初主演映画「ボディガード」が公開され、大成功を収める。
サウンドトラックは全世界で4,200万枚を売り上げる驚異的なヒットとなる。
「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は全米シングルチャートで14週連続No.1を記録する。
R&B歌手、ボビー・ブラウンと結婚する。
1993年 一人娘ボビー・クリスティーナ・ブラウンを出産する。
1994年 アパルトヘイト廃止後の南アフリカでスター歌手初の大規模コンサート行う。
1995年 主演映画「ため息つかせて」が公開される。
1996年 主演映画「天使の贈り物」が公開される。
1998年 7年ぶりのオリジナルアルバム「マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ」をリリースする。
2000年 ベスト・アルバムを発売する。ハワイの空港で大麻所持で拘束される。
大麻やコカイン等で健康を害し、夫が暴行等で幾度も逮捕されるなど、ゴシップが続く。
2001年 映画「プリティ・プリンセス」の音楽製作に携わる。
9.11同時多発テロのチャリティで、1991年のアメリカ国歌のシングルが再リリースされる。
2002年 テレビのインタビューでドラッグ依存を告白する。
2004年 リハビリに取り組む。
2006年 ボビー・ブラウンとの離婚が成立。
2008年 ニュー・アルバムのリリースを発表するも延期される。
2009年 アルバム「アイ・ルック・トゥ・ユー」がリリースされる。
1週目で30万枚以上を売り上げビルボード200の初登場1位を獲得、復活を果たす。
2010年 ワールドツアーを行うも、息切れしたり、呼吸器感染症で入院するなどのトラブルが続く。
2011年 アルコール・薬物依存からの復帰プログラムを再開する。
2011年 映画「マイケル・ジャクソン ライフ・オブ・アイコン 想い出をあつめて」に出演する。
2012年 破産寸前と報じられる。
ビバリーヒルトン・ホテルの浴槽の中に倒れた状態で発見され、死亡が確認される。
入浴中にコカインの影響で心臓発作を起こし溺死した可能性が高いと発表される。
遺作となった映画「スパークル」が公開される。
2015年 一人娘のクリスティーナが自宅の浴槽で意識不明の状態で発見される。
一時、意識回復とも報じられたが、半年後に生命維持装置が外され、死亡が確認された。
死因は、麻薬による酔いと溺水による肺炎および脳の損傷と発表された。

撮影地(Google Map)

 

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関連作品

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