【閑話休題】「湯を沸かすほどの熱い愛」を洋画の目(世界の目)で見てみる
先般、テレビ放映された際に録画しておいた、中野量太監督、宮沢りえ主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」を観ました。とても良い作品ですが、洋画の目(世界の目)から見て気づいたことが何点かありましたので、まとめてみました。
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目次
類を見ない話術、母娘を演じる女優達の好演
劇場公開時に「モンキー的映画のススメ」のモンキーさんが絶賛していたのを覚えており、テレビ放映を録画して観たものです。複数の母娘関係を縦糸に主人公双葉の生き方を描いた本作は、多少のアラはあるものの、涙と笑いで観客の心をダイナミックにゆさぶる中野量太監督の話術(ストーリーテリング)が類を見ない素晴らしさで、さらに母娘を演じる宮沢りえ、杉咲花、伊東蒼ら女優のパフォーマンスも出色です。
銭湯を舞台に涙と笑いで心を揺さぶる物語を女優陣が好演
実はこれが中野量太監督の商用長編映画デビュー作なのですが、全くそのようには見えない、傑出した作品です。第40回日本アカデミー賞では、
の6部門で受賞、他にも国内で様々な賞を受賞しています。詳しいレビューはモンキーさんの記事を参照していただくとして、本稿では本作を洋画の目(世界の目)で見た時に気づいたことを何点か挙げてみたいと思います。
洋画の目(世界の目)で見た時に気づいた点
この作品、邦画としてみた場合は面白すぎるくらい面白い作品ですが、洋画の目(世界の目)で見ると、気になる点がいくつかあります。
- 日本固有の文化でありながら廃れつつある銭湯を題材にしている点は非常に良い
- が、銭湯について知らない海外の人には理解しがたい
- 日本の葬式(火葬)を知らない人には理解しがたい
- 双葉の生き方には世界の人々を感動させる要素がある
- が、子育てしか眼中にない、男性に依存していると誤解されやすい
もちろん、すべての邦画が世界を目指さねばならないわけではありません。おそらく本作も、海外での国際映画祭への出品や、海外での劇場公開を前提に制作されたものではないと思われます。第90回アカデミー賞外国語映画賞の日本代表に選定され、第40回モントリオール世界映画祭、第21回釜山国際映画祭、2018年パームスプリング国際映画祭などにも出品されましたが、いずれでも何かの賞にノミネートされることもありませんでした。また韓国やタイなどいくつかの国で公開されたようでもありますが、興行収入等の記録が見つかりません。洋画の目(世界の目)で見た場合、これは無理からぬことです。本作の英題はネタバレしていますが、映画を観ただけでは理解できない人々にタイトルでネタバレしなければ伝わらなかったという、苦しい事情が見え隠れしています。
国際版を考えてみる
こんなにいい作品なのに国際的な評価が得られないのはもったいないので、「湯を沸かすほどの熱い愛」の国際版を勝手に考えてみました。国際版というと大げさですが、ちょっと工夫するだけで、海外の人たちにもわかりやすく、受け入れやすくなると思われます。
- オープニングに銭湯が賑わうシーンを挿入する
煙が上がっていない煙突、そして「湯気のごとく店主が蒸発しました。当分の間、お湯はわきません。幸の湯」という張り紙の映像から本編が始まっていますが、その前に賑わう銭湯を音と映像で描いたダイジェストを挿入したいところです。馴染みのない銭湯についてその概要を知ることができるのは日本以外の映画ファンにとっては大きな魅力ですし、銭湯が廃れつつあることを考えれば日本人にも意味ある映像になります。また、活気溢れる銭湯→(一転して静寂)煙の消えた煙突→休業の張り紙と繋がることで、よりメリハリの効いた、印象深い導入となります。 - 銭湯に重ね、地域社会とのかかわりを描く
複数の母娘の関係が本編の縦糸になっていますが、実はこれは銭湯とはあまり関係ありません。銭湯を題材にしているからといって、すべての人間関係を銭湯で縛る必要はありませんが、折角なので銭湯に集う人々と双葉の関わりを織り込みたいところです。欧米では子育てしか眼中にない女性が軽く見られがちですが、銭湯の営業に並行して地域社会に貢献する双葉を描くことにより、そうした偏見を回避することができます。また本編に登場するヒッチハイクの青年は、むしろ地域の青年の方が良いと個人的には思っています。 - 仕事のシーンを増やし、自活できることを印象づける
本編では双葉が外に出て仕事をしているシーンがほとんどありませんが、もう少し仕事のシーンを増やし、亭主がいなくても自活できる女性であることを印象づけたいところです。必ずしも本作の本筋ではありませんが、自活できない女性を軽く見がちな欧米人に双葉のキャラクターを誤解されない為です。双葉がお玉で亭主をなぐるシーンがありますが、加えて親としての務めを果たすように亭主にわかりやすく凄むシーンを入れておくと、双葉が亭主に依存する女性と誤解されることもないでしょう。 - <ネタバレ>火葬と並行して風呂に火を入れる
本編では告別式を銭湯でやっていますが、これはなかなか素晴らしいアイディアだと思います。葬式自体、興味深い題材で「お葬式」(1984年)のように映画が一本できてしまうほどですが、本作では花に囲まれた故人に告別という世界に共通するショットだけで十分でしょう。問題は双葉の遺体を銭湯で焼いてしまうことです。火葬の国は世界的に少数で、火葬に馴染みのない多くの国の人々にとって、これは理解できない展開です。また、本編では薪で湯を沸かしていますが、認可された設備で焼却しなければならないという法的な問題もさることながら、性能の低い銭湯の焼却炉で遺体を焼いたのでは悪臭でご近所さんに大変な迷惑をかけてしまいます。私は通常通り斎場で火葬を行い、斎場が火が入るのと同時に銭湯のボイラーにも火が入るという描写で十分だと思います。火葬であることさえ分かれば良いのでぐだぐたと説明する必要はありません。「湯を沸かすほどの」というのはあくまでも比喩ですので銭湯で遺体を焼くことに固執する必要はなく、家族や近所の人々が湧いたお湯で温まり、それが双葉のおかげだと感じさえすれば十分なのです。多少オカルトっぽく、亡くなった双葉の魔力でボイラーに自然に火が入り、遺体は斎場で燃えているが魂は銭湯から赤い煙とともに昇天するというのも良いのではないかと思います。 - 地域の人々に精進落しの湯を振る舞う
骨上げを終える頃には、風呂はちょうどいい湯加減となり、地域の人々に精進落しの湯を振る舞います。家族や地域の人々は、空を見上げながら双葉の新たな旅立ちを見送ります。オープニングの賑わう銭湯のダイジェストと対になる印象的なエンディングになります。<ネタバレ終わり>
最初から海外に出すことを想定すれば大した手間ではないのですが、海外に出すことを想定して作っていない為に相応の評価を得る機会を失っている邦画は少なくないような気がします。
撮影に使用された銭湯(花の湯)
銭湯は、東京の木造建築銭湯「月の湯」と足利市の「花の湯」の二箇所で撮影された。外観と釜場は「花の湯」で、それ以外は「月の湯」で撮影されたが、撮影後、「月の湯」は解体され、今はその姿を見ることできない。
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