夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ファントム・スレッド」:引退するダニエル・デイ=ルイスの卓越した演技、美しい衣装、甘い音楽で紡がれたゴシック・ロマンス風ドラマ

ファントム・スレッド」(原題:Phantom Thread)は、2017年公開のアメリカのドラマ映画です。ポール・トーマス・アンダーソン監督・脚本、ダニエル・デイ=ルイスレスリー・マンヴィルら出演で、1950年代のイギリスを舞台に著名なオートクチュールの仕立て屋と若いウェイトレスとの愛を、ゴシック・ロマンス(18世紀末に流行した、古い城や大きな屋敷を舞台にした神秘的、幻想的小説)風に描いています。第90回アカデミー賞で、作品、監督、主演男優、助演女優、衣装デザイン、作曲の6部門にノミネートされ、衣装デザイン賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス(レイノルズ・ウッドコック)
   ヴィッキー・クリープス(アルマ・エルソン)
   レスリー・マンヴィル(シリル・ウッドコック)
   カミーラ・ラザフォード(ジョアンナ)
   ジーナ・マッキー(ヘンリエッタ・ハーディング伯爵夫人)
   ブライアン・グリーソン(ドクター・ロバート・ハーディ
   ハリエット・サンソム・ハリス(バーバラ・ローズ)
   ルイザ・リヒター(モナ・ブラガンザ王女)
   ジュリア・デイヴィス(レディ・ボルティモア
   ニコラス・マンダー(ロード・ボルティモア
   フィリップ・フランクス(ピーター・マーティン)
   フィリス・マクマホン(ティッピー)
   サイラス・カーソン(ルビオ・ゲレロ)
   リチャード・グレアム(ジョージ・ライリー)
   マーティン・ドゥー(ジョン・エヴァンス)
   イアン・ハロッズ(戸籍係)
   ジェーン・ペリー(ミセス・ヴォーン)
   ほか

あらすじ

1950年代のロンドン。オートクチュールの仕立屋レイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)は、英国ファッションの中心的存在として社交界から注目されています。ある日、レイノルズは若いウェイトレス、アルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会い、恋に落ちます。レイノルズはアルマをミューズとして迎え入れ、魅力的な美の世界に誘います。幸せそうな二人でしたが、数々の女性のドレスを仕立て、多くの女性の心や体に触れてきたレイノルズが未婚であることに、アルマは疑問を抱きます・・・。

レビュー・解説

サスペンス、ホラー、コメディの要素が入念に織り込まれ、本作を最後に俳優からの引退を発表したダニエル・デイ=ルイスの卓越したパフォーマンス、1950年代のロンドンのドレス・ファッション、ジョニー・グリーンウッドの甘いサウンドトラックで紡がれた、ゴッシック・ロマンス風のドラマ映画です。

 

引退するダニエル・デイ=ルイスの卓越した演技が紡ぐゴシック・ロマンス

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観る者の心を掴む見事な導入

冒頭、暖かなロウソクの光の中で女がある男について語るシーンが流れます、画面が一転、美しい音楽を背景にロンドンの高級なタウンハウスにあるドレス・メーカーの朝が映し出されます。仕立て屋のレイノルズとドレス・メーカーを仕切る姉シリル、お針子たち、レイノルズのパートナーと思しき女が登場します。やがて、ドレスの完成を待ちわびていた伯爵夫人が訪れ、「美しい、時間をかけた甲斐があった、ドレスに勇気づけられる」と熱く謝辞を述べます。弟と愛人の朝のやり取りを聞き潮時と感じた姉シリルは、弟との夕食の際に愛人に手切れのドレスを渡すことを提案、レイノルズはこれを了承します。亡き母の気配を身近に感じる、今なお見守られていると思うと心が安らぐと、レイノルズは姉に心の内を明かします。

 

レイノルズのアトリエ

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姉の提案どおり、レイノルズは車で別荘へ向かいます。美しい音楽が流れる中、走る車が画面の中でゆらゆらと揺れ、まるでフランス映画のように叙情的です。朝に立ち寄った小さなホテルの食堂でウェイトレスを見初めたレイノルズは、彼女を夕食に誘います。ウェイトレスは「食いしん坊さんへ、私の名前はアルマ」と書いたメモを渡します。レイノルズは夕食の席で亡き母に仕事を教え込まれたこと、彼女の髪を洋服の胸に縫い込んであることをアルマに明かします。アルマを別荘へと案内したレイノルズは、母の再婚の際にウェディング・ドレスを縫ったこと、ウェディング・ドレスを縫うと結婚できないという迷信があり、メイドが手伝ってくれなかったこと、見かねた姉が最後に手伝ってくれたこと、姉は未だに独身であることを明かします。自分は何故、結婚しないのかと聞かれたレイノルズは、「私にはドレス作りがある」と答えます。「私は強い」と主張するレイノルズに、アルマは「誰に?私じゃないといいけど」と答えます。続いて作業場に彼女を案内したレイノルズは、彼女に服を脱ぐように言い、採寸を始めます。そこにレイノルズの姉シリルが現れます・・・・。

 

別荘に向かうレイノルズの車

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音楽が流れる中、走る車が画面の中でゆらゆらと揺れ、まるでフランス映画のように叙情的 

 

この間、約30分、叙情的に美しく、かつテンポが良く流れるような展開していきます。物語の設定をさり気なく織り込みながら、見るものの心をしっかりと掴む見事な導入です。やがて映画は中盤に入り、すべてが仕事中心に回るレイノルズの生活にアルマは翻弄されていきます。タイトルの「ファントム・スレッド」には、

  • 母の亡霊が乗り移ったかのようなレイノルズの仕事ぶりを象徴

するものと思われます。他にも、

  • レイノルズがドレスに縫い込む様々な秘密
  • 見えない糸で互いを絡め合うなレイノルズとアルマの関係

といった解釈があるようですが、何れにせよ広がりのある素晴らしいタイトルです。

 

 1955 Bristol 405のミニチュア(Amazon

撮影に使用されたのは1955年型の Bristol 405。レアな車種で、イギリス映画「17歳の肖像」(2009年)と同じ登録ナンバーの車体が使用されている。

巧みに引き出された俳優たちの魅力 

レイノルズと姉シリルの想定される背景について、ポール・トーマス・アンダーソン監督は次のように語っています。

裁縫が出来る将来有望な少年がいて、母親は彼に執着し、彼がなり得る最高のレベルへと後押しをした。そして、過小評価され隅に追いやられた娘は、「私が死んだら、彼の面倒を見るのよ」と言われたんだ。(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
http://www.moviecollection.jp/interview_new/detail.html?id=813 

この姉弟を演じるのが、ダニエル・デイ=ルイスレスリー・マンヴィルですが、二人のパフォーマンス、二人の間に漂う雰囲気が素晴らしく、ストーリーそっちのけでその表情や一挙手一投足をずっと見ていたいくらいです。アンダーソン監督がどうして再度組みたかったというダニエル・デイ=ルイスはもとより、レスリー・マンヴィルも出色のパフォーマンスを見せています。彼女は「家族の庭」(2010年)で酒に溺れる孤独な離婚女性を演じていますが、本作ではそれとは正反対に自制的で弟思いな独身女性を演じています。いずれも非常に説得力のあるパフォーマンスで、大女優の芸域の広さ、芸の確かさを感じさせます。

二人(ダニエルとレスリー)は黙って座っているだけで、とても居心地が良さそうだった。彼らが如何に近いか、共依存であるかをセリフで示すことはできる。でも、ダニエルとレスリーを一緒に撮れば、二人の間に自然に親密さを感じることができる。何故ならば、彼らはお互いに居心地の良さを感じているからだ。撮影の9ヶ月前だったが、私達は賢くも彼女を仲間に引き込んだ。いわば彼女の背後に広がる地平線を見た私達は、すぐに押さえるべき女優だと悟ったんだ。彼女に出演して欲しい、今すぐ頼もうってね。」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
https://www.rollingstone.com/movies/movie-features/paul-thomas-anderson-why-i-needed-to-make-phantom-thread-127368/

 

ダニエル・デイ=ルイス(レイノルズ・ウッドコック)

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ダニエル・デイ=ルイス(1957年〜)は、ロンドン出身のイギリス出身の元俳優。2018年現在、アカデミー主演男優賞を3回受賞している唯一の俳優である。父親は詩人、演劇学校で演技を学び、1971年に映画デビュー、舞台で活動する。「眺めのいい部屋」(1986年)等で注目される。「存在の耐えられない軽さ」(1988年)でアメリカに進出、「マイ・レフトフット」(1989年)でアカデミー主演男優賞を受賞。一時期、俳優を休業して靴屋になるためにイタリアで修行するも、マーティン・スコセッシ監督に説得され、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002年公開)で俳優に復帰、アカデミー主演男優賞にノミネートされる。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)でで二度目、「リンカーン」(2012年)で史上初の三度目のアカデミー賞主演男優賞を受賞し成し遂げる。「リンカーン」以上の演技は難しいとし、俳優から休業することを発表する。本作で、再び俳優に復帰するも、撮影終了後、俳優からの引退をは発表した。2014年、演劇への貢献を讃えられエリザベス2世よりナイト(KBE)を叙勲されている。


レスリー・マンヴィル(シリル・ウッドコック) 

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レスリー・マンヴィル(1956年〜)は、イングランド出身のイギリスの女優。15歳から演劇を学び、ミュージカルで舞台デビュー。マイク・リー監督作品の常連で、「トプシー・ターヴィー」(1999年)、「人生は、時々晴れ」(2002年)、「家族の庭」(2010年)、「ターナー、光に愛を求めて」(2014年)などに出演している。本作で第90回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされている。2015年、大英帝国勲章(OBE)を受勲している。ゲイリー・オールドマンの最初の妻で、1987年から1990年まで結婚、1男をもうけた。

 

母の亡霊やハウスを仕切る姉はあくまでも本作の要素のひとつに過ぎず、作品がホラーに大きく振れることはありません。主旋律となるレイノルズとアルマの関係を、アンダーソン監督は流麗に、象徴的に描いていきます。自己中心的なレイノルズの新たなミューズとなり、シリルが仕切るハウスで暮らし始める女性アルマを演じるのは、ルクセンブルグ、ドイツ、フランスの映画で活躍する女優、ヴィッキー・クリープスです。本作で彼女の最初の撮影は、レイノルズとアルマが出会う海辺の古い小さなレストランの朝食シーンでした。大俳優であるダニエルを前に彼女はとてもに緊張し、それを気取られまいと足下がおろそかになって躓いてしまいます。実はあがり症のダニエルも緊張していたのですが、それを見てヴィッキーとの距離感が一気につまり、「恋に落ちて」しまったそうです。彼女が躓く姿は本編にしっかりと残されています。ヴィッキーは基本的に監督の指示に従って演じていますが、レイノルズと海辺の丘の上を歩くシーンでは、膨大なセリフを削るべきと主張したそうです。彼女の目から見て不自然なところがあったのでしょう、期せずしてアルマが自意識過剰に描かれていたとしてセリフは大幅に減らされ、シーンも短くなっています。

 

本作に関するインタビューで制作動機を聞かれたアンダーソン監督は、

ある夜、ひどく具合がわるくなって寝ていると、妻(筆者注:「ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン」(2011年)などに出演しているコメディエンヌのマーヤ・ルドルフ)が、かつて見たことがないほどの愛と慈しみの眼差しで私を見ているのに気づいた。そこで、すぐにダニエルに電話をかけて、いい映画のアイディアを思いついたと言ったんだ。(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
https://www.youtube.com/watch?v=IOasnQC2eaQ

と、冗談めかして答えて会場や出演者を沸かしていますが、本作で描いている男女の感情は、実は必ずしも特異なものではなく、多くの男性、女性が持ちうるものです。ヴィッキーはダニエルやレスリーほど広く知られた女優ではありません。しかし、一介のウェイトレスがレイノルズと恋に落ち力関係を変えていく役柄と重なり、女性なら誰でも持ち得るであろう不思議な力をあたかも彼女が象徴するかのような、力強い効果を生んでいます。アンダーソン監督によると、彼女は見る角度によって表情が全く変わり、古い小さなレストランのウェイトレスと、ロングドレスを引きずる淑女の両方のイメージを顔で表現できる稀有な女優なのだそうです。また、ヴィッキー自身が持つ芯の強さは、アルマににぴったりだと言います。

「私はあなたを愛している。でもあなたはおばかさんで、どれだけ私が愛しているか、どれだけ私が尽くしているかわからない。あなたがわかってくれるまで、私はどこにも行かないわ。」ヴィッキーは、ひと目でそれを感じさせることができる女優です。(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
https://www.rollingstone.com/movies/movie-features/paul-thomas-anderson-why-i-needed-to-make-phantom-thread-127368/

 

ヴィッキー・クリープス(アルマ・エルソン)

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ヴィッキー・クリープス(1983年〜)の女優。ルクセンブル、フランス、ドイツの作品に数多く出演している。、彼女が出演する小規ドイツ映画「The Chambermaid Lynn」(2014年)を観たポール・トーマス・アンダーソン監督が、本作の主役に抜擢した。

 

後半に登場する茸

 

通称White Woolly Milk-Mushroom(fleecy milk-cap)、学名 Lactifluus vellereus、和名ケシロハツ
但し、性質は通称Jack-o-Lantern Mushroom、学名Omphalotus olearius、和名ジャック・ォ・ランタンキノコとして描かれている印象

ダニエル・デイ=ルイスが引退した理由

ダニエル・デイ=ルイスは本作の撮影終了後、公開前という異例のタイミングで俳優からの引退を発表しました。作品の前評判を傷つけかねない異例のタイミングですが、ダニエル・デイ=ルイスは、その経緯について次のように語っています。

ひとつの作品を撮り終えると役者は抜け殻のようになる。精神状態がもろくなるんだ。そんな状態で大きな判断を下すべきではない。そんなことはよくわかっている。僕自身何度もつらい経験をしている。でも、何度もつらい経験をしたからこそ、今回で最後にしたいと感じた。決断を下す時期は悪かっただろうけどね。

映画を作る前、自分が演じるのを止めることになるとは思っていなかった。撮影に入るまでポールと僕はよく笑っていた。それから僕らは笑わなくなった。悲しい気持ちに打ちのめされたんだ。それは突然だった。私達は自分たちが生み出したものをわかっていなかったんだ。この映画と共に生きるのは辛かった。その気持は今も変わらない。

この映画を観たくないという気持ちは、僕が俳優としての仕事をやめる決断をしたことにつながっている。ただ、悲しみが消えない理由は説明できない。悲しみはこの物語が語られる最中に生まれたものだけれど、本当にその理由がわからないんだ。(中略)乱用されている「アーティスト」という言葉を使いたくはないが、アーティストの責任のようなものが存在し、僕にそれに悪酔いしている。僕は自分のやっていることの価値を信じる必要があるし、僕のやることは重要で魅力的なものになり得るとも思う。もし観客がその価値を信じてくれるなら、僕はそれで十分だと思っていた。でも、最近、そうは思えなくなったんだ。

僕は12歳から演技に興味を持ち、以来、劇場という光の箱以外の世界が全てが影に隠れてしまった。演じ始めた時は救済だったんだけどね。これからは違う方法で世界を探究したいんだ。(ダニエル・デイ=ルイス
https://www.youtube.com/watch?v=fn7cVFpKwcQ
https://www.wmagazine.com/story/exclusive-daniel-day-lewis-giving-up-acting-phantom-thread

 

映画の撮影中に突如、ダニエル・デイ=ルイスを襲った悲しみはいったい何なのか、もし作品が悪いのならば、良い作品に出ればいいだけで俳優を辞める必要はありません。実際、作品は完璧と言って良いほど素晴らしいものですので、作品の何かが進退に影響するほど彼の内面を強く揺さぶったと考えられます。本人が悲しみを説明できないと言っている以上、精神分析家にでもなったつもりで推察するしかないのですが、ダニエル・デイ=ルイスと彼が演じたレイノルズを比較すると、意外に共通点があることがわかります。

  • 母の影響
    レイノルズは母に仕事を教わり、16歳の時には再婚する母にウェディング・ドレスを縫う。一方、母が女優だったダニエルは12歳から演技学校で演技を学び、14歳で映画デビューする。彼の母は高圧的でダニエルは避ける傾向にあったようだが、少なからず影響を受けているものと思われる。
  • 姉の存在
    レイノルズには、ハウスを仕切り弟を支える姉がいる。ダニエルにも大の仲良しの姉がおり、ダニエルが有名になってからも彼の作品に対する正直な評を姉に求めるなど支え合う関係にある。
  • 女性遍歴
    レイノルズは仕立てのひらめきをミューズに求め、鬱陶しくなると捨てて新たなミューズを求める。ダニエルはジュリエット・ビノシュジュリア・ロバーツウィノナ・ライダーなど、著名女優と交際するが、長く続きしなかった。6年間交際した女優のイザベル・アジャーニとの間に一児をもうけるが、結婚も子供の認知もしていない。
  • 結婚
    独身主義者を自称していたレイノルズは、アルマと巡り合って結婚、安定の兆しを見せる。ダニエルは、1996年にレベッカ・ミラー(作家アーサー・ミラーの娘で「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ」(2015年)、「マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)」(2017年)などで知られる映画監督)と結婚、二児をもうけ、現在に至る。 

 

レイノルズは仕事のひらめきをミューズに求めるほど常に仕事のことを考えており、相当量のストレスを溜め込んでいますが、休むのは病気になった時くらいです。一方、徹底したメソッド演技で知られるダニエルが作品に注ぎ込むエネルギーも、並大抵のものではありません。47年間で出演作が21本と寡作なのもその為と思われます。売れっ子俳優になったダニエルは、

  • 「マイ・レフトフット」(1989年)でアカデミー主演男優賞受賞
  • 父の祈りを」(1993年)でアカデミー主演男優賞にノミネート

と、名声を我が物にしますが、1998年、妻のレベッカ・ミラーと1歳の息子とともにローマのマンションに住み始め、イタリアの靴職人ステファノ・ベーメルの工房で靴屋になる為の修行を始めます。後にマーティン・スコセッシがイタリアを訪れ、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002年)の出演を説得するまでこれは続きました。復帰作「ギャング・オブ・ニューヨーク」でアカデミー主演男優賞にノミネートされたダニエルは、

という快挙を成し遂げます。しかしその後、「リンカーン」での演技を超えることができないとして、休業宣言します。彼はまだ55歳でしたが、さらなる高みを目指すエネルギーが残っていなかったのかもしれません。

 

本作の公開前に異例のタイミング発表された引退ですが、それは単に作品が悪いとか、監督が悪いということではなく、ダニエルの内面と深く関わるものと思われます。ピンポイントで指摘するのは難しいのですが、それは例えば次のようなものと推察されます。

  • これ以上シリアスなメソッド演技に耐えられないと感じていたダニエルは、コメディ要素がある本作に活路を見出そうとしたが、シリアスに演じたほうがコメディとして面白いという最近の風潮は彼に負担軽減をもたらすことがなかった
  • セットではなく、ロンドンのタウンハウスを使って撮影が行われ、キャストの控室はあったものの、撮影に合わせて部屋や機材、ケーブルの移動が頻繁に行われた為、メソッドで集中しづらく、ダニエルのストレスに拍車をかけた
  • レイノルズとダニエルには共通点があり、レイノルズを演じるうちにダニエル自身の過去の悲しみや葛藤が不意に喚起され、かつてない大きな負担をもたらしたが、彼自身が予期できない為、脚本段階や準備段階で気づくことはなく、また自身の実体験に根ざしていることからストレスは撮影後も消えなかった

  • 休業ではなく迷わず引退という対処をとっていることから、喚起された感情は「演技から開放されたい vs 観客の期待に対する責任」など、彼が内面で過去から繰り返してきた進退に関わる葛藤に連鎖するものである

 

一方、アンダーソン監督はダニエルの引退について次のように語っています。。

私は映画製作のチアリーダーみたいものだ。私はダニエルをよく知っている。私が鞭を鳴らさない限り、彼は今やっていることをいじくり回し続けるんだ。(休業していた)彼を私は扇動しなければならなかった。それは良いことだし、実際、椅子に座って「オーケー、それが我々がやろうとしていることだ」って言う役割が好きなんだ。

彼を思うとこういう言い方をしたくないが、つまるところ軽くて馬鹿げた映画が、実は憂鬱な制作プロセスの結果だったというのは滑稽だ。実際、憂鬱な日はたくさんあった。気難しいレイノルズが彼を愛するアルマにつらく当たるシーンの蓄積が一定期間続くと・・・。こう説明しよう、もし5日間続けて撮影現場に行って親指でアルマの首を押さえつけていたとしたら、それは精神に悪影響を与える。

彼には休息が必要なだけと思いたいが、本当のことはわからない。

「十分にやってくれた、好きに過ごして欲しい」とは思えない。十分ということは決してないんだ。(ポール・トーマス・アンダーソン監督)
https://www.rollingstone.com/movies/movie-features/paul-thomas-anderson-why-i-needed-to-make-phantom-thread-127368/

 

一連のインタビューを見たり、読んだりしているうちに、完璧な演技の陰に隠されたダニエルの繊細さが見えてきたような気がします。この繊細さを持ちながら、激しいメッソド演技に耐えるのはとても辛いことなのではないかと思います。 しかし彼はまだ61歳、映画ファンとしてはちょい役でもいいので、「さすが、ダニエル・デイ=ルイス!」という演技を今後も見せて欲しいものです。

サウンドトラック

 「ファントム・スレッド」のサウンドトラックCD(Amazon

iTunesで聴く*3 Amazon MP3で聴く*4
サウンドトラックはイギリスのロックバンドレディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドが作曲している。甘く美しい旋律で、第90回アカデミー賞の作曲賞にノミネートされてる。

1. Phantom Thread I
2. The Hem
3. Sandalwood I
4. The Tailor of Fritzovia
5. Alma
6. Boletus Felleus
7. Phantom Thread II
8. Catch Hold
9. Never Cursed
10. That's as May Be
11. Phantom Thread III
12. I'll Follow Tomorrow
13. House of Woodcock
14. Sandalwood II
15. Barbara Rose
16. Endless Superstition
17. Phantom Thread IV
18. For the Hungry Boy

動画クリップ(YouTube

  • 冒頭、女が男について語り、一転、映し出されるドレス・メーカーの朝
    冒頭、暖かなロウソクの光の中で女がある男について語り、画面が一転、美しい音楽を背景にロンドンの高級なタウンハウスにあるドレス・メーカーの朝が映し出される。仕立て屋のレイノルズとドレス・メーカーを仕切る姉シリル、お針子たち、レイノルズのパートナーと思しき女がテンポよく登場する、見事な導入。
  • ゆらゆらと揺れるドライブ・シーン
    甘い音楽が流れる中、走る車が画面の中でゆらゆらと揺れ、まるでフランス映画のように叙情的 。
  • レイノルズが立ち寄ったレストランでアルマがオーダーをとるシーン
    朝に立ち寄った古くて小さなホテルのレストランでウェイトレスを見初めたレイノルズは、彼女を夕食に誘う。彼女は「食いしん坊さんへ、私の名前はアルマ」と書いたメモを渡す。このシーンは彼女を最初の撮影シーン、大俳優であるダニエルを前にヴィキーはとてもに緊張し、それを気取られまいと足下がおろそかになって躓いてしまう。実はあがり症のダニエルも緊張していたが、それを見てヴィッキーとの距離感が一気につまり、「恋に落ちて」しまった。彼女が躓くシーンは、本編にしっかりと残されている。

撮影地(グーグルマップ)

 

 「ファントム・スレッド」のDVD(Amazon

関連作品

ポール・トーマス・アンダーソン監督 x ダニエル・デイ=ルイスのコラボ(Amazon

  「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)

 

ポール・トーマス・アンダーソン監督・脚本作品のDVD(Amazon

  「ブギーナイツ」(1997年)監督・脚本・製作

  「マグノリア」(1999年) 監督・脚本

  「パンチドランク・ラブ」(2002年)監督・脚本・製作

  「ザ・マスター」(2012年)監督・脚本・製作

  「インヒアレント・ヴァイス」(2014年)監督・脚本・製作

 

ダニエル・デイ=ルイス出演作品のDVD(Amazon

  「マイ・レフトフット」(1989年)

ラスト・オブ・モヒカン」(1992年)

  「父の祈りを」(1993年)

  「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」(1993年) 

  「ボクサー」(1997年) 

  「リンカーン」(2012年)

 

レスリー・マンヴィル出演作品のDVD(Amazon

  「トプシー・ターヴィー」(1999年)輸入盤、リージョン2、日本語なし

  「人生は、時々晴れ」(2002年)

  「家族の庭」(2010年)

  「ターナー、光に愛を求めて」(2014年)

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