「スターリンの葬送狂騒曲」:旧ソ連の権力承継の狭間を描き、独裁や粛清が人間の普遍的欲望の反映であることを暗示する高度な政治悲喜劇
「スターリンの葬送狂騒曲」(原題:The Death of Stalin)は、2017年公開のイギリス・フランスの歴史ドラマ&コメディ映画です。フランスのグラフィック・ノベル「La mort de Staline」(スターリンの死)を原作に、アーマンド・イアヌッチ監督、スティーヴ・ブシェミら出演で、ソ連の最高権力者にして独裁者であったスターリンが1953年に急死、その国葬の準備の傍ら、権力の承継を巡って争いを繰り広げる男たちを男たちをコミカルに描いています。歴史的な象徴を冒涜するとして、ロシアで上映禁止となった作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:アーマンド・イアヌッチ(英語版)
脚本:アーマンド・イアヌッチ/デヴィッド・シュナイダー/イアン・マーティン
/ピーター・フェローズ
原作:ファビアン・ニュリ/ティエリ・ロビン「スターリンの葬送狂騒曲」
出演:スティーヴ・ブシェミ(ニキータ・フルシチョフ)
サイモン・ラッセル・ビール(ラヴレンチー・ベリヤ)
パディ・コンシダイン(ユーリ・アンドレーエフ)
ルパート・フレンド(ワシーリー・スターリン)
ジェイソン・アイザックス(ゲオルギー・ジューコフ)
マイケル・ペイリン(ヴャチェスラフ・モロトフ)
アンドレア・ライズボロー(スヴェトラーナ・アリルーエワ)
ジェフリー・タンバー(ゲオルギー・マレンコフ)
エイドリアン・マクラフリン(ヨシフ・スターリン)
オルガ・キュリレンコ(マリヤ・ユーディナ)
ポール・ホワイトハウス(アナスタス・ミコヤン)
ポール・チャヒディ(ニコライ・ブルガーニン)
ダーモット・クロウリー(ラーザリ・カガノーヴィチ)
ジェームズ・バリスケール(クリメント・ヴォロシーロフ)
リチャード・ブレイク(アナトリー・タラソフ)
ジャスティン・エドワーズ(スパルタク・ソコロフ)
ジョナサン・アリス(メツニコフ)
ロジャー・アシュトン=グリフィス(音楽家)
ほか
あらすじ
- 1953年のソ連・モスクワ。ラヴレンチー・ベリヤ(ルパート・フレンド)率いる内務人民委員部は「粛清リスト」に基いて国民の逮捕し、粛清を実行していました。ヨシフ・スターリン(エイドリアン・マクラフリン)に対する国民の畏怖は大きく、ラジオでコンサートの生放送を聞いたスターリンが録音を所望すると、その為に関係者が急遽再演奏するほどでした。コンサートのピアニスト、マリヤ・ユーディナ(オルガ・キュリレンコ)は、家族が受けた処分からスターリンを恨み、録音盤にスターリンを罵倒するメモを忍ばせます。届いた録音盤を執務室で聞いたスターリンは、メモを目にした直後に意識を失い、昏倒します。
- 翌朝、関係者が昏倒したスターリンを発見し、ソ連共産党の幹部たちが集まります。粛清の為、有能な医師がいなくなっていた中、医師と看護師がかき集められ、スターリンを診察します。「回復の見込みがない」という診断に幹部たちは驚喜、スターリンの娘であるスヴェトラーナ(アンドレア・ライズボロー)を味方に付けたり、無能だが権勢を笠に着る道楽息子のワシーリー(ルパート・フレンド)の介入を食い止めようと、互いに暗躍を始めます。権力の継承をめぐり、幹部たちの個人情報を握るベリヤは党内序列二位のゲオルギー・マレンコフ(ジェフリー・タンバー)と組み、ニキータ・フルシチョフ(スティーヴ・ブシェミ)はヴャチェスラフ・モロトフ(マイケル・ペイリン)やラーザリ・カガノーヴィチ(ダーモット・クロウリー)、アナスタス・ミコヤン(ポール・ホワイトハウス)らを仲間にして対抗します。ベリヤは「粛清リスト」からモロトフを外すとともに、反党活動容疑で収監されていたその妻を釈放するなどの懐柔策をとり、対抗勢力の切り崩しを図ります。
- スターリンは一瞬意識を取り戻したのちに死去、幹部たちはスターリンの葬儀と後継体制の構築に向けて動きます。序列二位のマレンコフがトップに昇格し、フルシチョフはベリヤの差し金で葬儀委員長に任じられます。実行力のないマレンコフに対し、ベリヤは政治犯の釈放や粛清リストの凍結などを提案、モスクワの警備を軍から内務人民委員部に変えさせます。さらにベリアは服喪のモスクワに入る列車を止めようとし、フルシチョフは鉄道は自分の管轄と反対しますが、ベリヤは強行します。フルシチョフは独断で列車の運行を許可、弔問に押し寄せた人民に警備の内務人民委員部隊員が発砲して数多くの死者が出ます。お互いに責任をなすりつけあうベリヤとフルシチョフは会議で対立、現場の警備責任者に罪をかぶせますが、それは上司であるベリヤの失点となります。葬儀の当日、スターリンの亡骸の周りに立つ幹部たちは他のメンバーの悪口を言い合います。ベリヤが弔問客に教会の関係者を含めたことについて、フルシチョフらは「スターリン主義に反する」とさや当てします。
- 軍の最高司令官で大戦の英雄であるゲオルギー・ジューコフ(ジェイソン・アイザックス)と組んだフルシチョフは、ベリヤの失脚に向けて協力を要請し、その準備が進められます。フルシチョフは他の共産党幹部の同意を取り付け、最後まで反対したマレンコフを半ば恫喝して処刑命令に署名させます。葬儀後に開かれた幹部の会議で、ベリヤの解任が提議され、マレンコフがテーブルのボタンを押すとジューコフら軍人が入り、連行されたベリヤは「少女への性的暴行」「国家反逆罪」「反ソビエト行為」などの容疑により即決で処刑されます。フルシチョフはべリヤの死後、ソ連の最高指導者になりますが、1964年にレオニード・ブレジネフの台頭により失脚したことが示されます。
レビュー・解説
史実に基づき、旧ソ連の権力承継の顛末をスティーヴ・ブシェミらが滑稽かつ凄絶に演じ、その後も広く世界で繰り返される独裁や粛清が、共産主義/資本主義という政治思想に依存せず、独占欲、権力欲という人間の普遍的欲望の反映であることを示唆する高度な政治悲喜劇です。
独裁や粛清が人間の普遍的欲望の反映であることを示唆する政治悲喜劇
スターリン亡き後の権力承継の混乱を描く
第二次世界大戦後、アメリカを中心とする資本主義諸国と旧ソ連を中心とする社会主義諸国が激しく対立、鉄のカーテンと呼ばれる封鎖線が敷かれ、世界は冷戦と呼ばれる二極構造になります。社会主義陣営の盟主であった旧ソ連に世界の目が注がれ、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフなど、その歴代の指導者は広く世界に知られることになりました。ソ連共産党による一党独裁体制は、ソ連崩壊直前の1990年にゴルバチョフが複数政党制を導入するまで続きましたが、初代のレーニン以降、歴代の最高指導者を見ていくと、スターリンの後にマレンコフという聞き慣れない名の人物が8日間で最高指導者の座を失っていることがわかります。本作は、その8日間とその前後の顛末を描いた作品ですが、一体何があったのか、それだけ興味をそそられます。
ソ連歴代最高指導者の在職期間
最高指導書 | 在職期間 |
ウラジーミル・レーニン | 1917年11月7日 - 1924年1月21日(7年) |
ヨシフ・スターリン | 1924年1月22日 - 1953年3月5日(29年) |
ゲオルギー・マレンコフ | 1953年3月5日 - 1953年3月13日(8日) |
ニキータ・フルシチョフ | 1953年3月14日 - 1964年10月14日(11年) |
レオニード・ブレジネフ | 1964年10月14日 - 1982年11月10日(18年) |
ユーリ・アンドロポフ | 1982年11月12日 - 1984年2月9日(2年) |
コンスタンティン・チェルネンコ | 1984年2月13日 - 1985年3月10日(1年) |
ミハイル・ゴルバチョフ | 1985年3月11日 - 1991年12月25日(6年) |
独裁や権力欲がもたらす滑稽さ凄惨さ
本作のほとんどが史実に基づいて構成され、露骨に笑いをとるような脚色はなされておらず、スティーヴ・ブシェミら芸達者な俳優のパフォーマンスが可笑しさと悲惨さををじわりと醸し出すい、抑えの効いた演出となっています。スティーヴ・ブシェミが演じるフルシチョフや、サイモン・ラッセル・ビールが演じるベリアの人物像が、前半から後半にかけて微妙に変化していく様も見どころです。冷戦時代の西側諸国では、資本主義=善、共産主義=悪といった構図の作品が少なくなかったのですが、本作ではそうした政治思想ではなく、フルシチョフやベリアといった人物像を通して独占欲や権力欲がもたらす滑稽さと凄惨さをあぶり出しています。
スティーヴ・ブシェミ(1957年〜)は、ニューヨーク出身のアメリカの俳優、映画監督。出演作品は80本を越え、ティム・バートン、コーエン兄弟、クエンティン・タランティーノ、アダム・サンドラー、ジム・ジャームッシュ、ロバート・ロドリゲス、マイケル・ベイら個性的な監督達の作品に数多く出演、一度見たら忘れられない、アクの強い風貌で、しばしば殺されたり喧嘩に巻き込まれたりする役で個性派俳優として活躍している。今なおエージェントを雇わずに自ら出演依頼の電話を受けることでも有名である。
サイモン・ラッセル・ビール(ラヴレンチー・ベリヤ)
サイモン・ラッセル・ビール(1961年〜)は、マレーシア出身のイギリスの俳優。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで多くの舞台に立ち、シェイクスピアのせりふを自分のものとして語れる役者として知られる。大英帝国勲章(CBE)を受勲している。「オルランド」(1992年)、「ハムレット」(1996年)、「理想の結婚」(1999年)、「マリリン 7日間の恋」(2011年)、「愛情は深い海の如く」(2012年)、「Museo」(2018年)などに出演している。
政治風刺劇を得意とするアーマンド・イアヌッチ監督は、独裁政権や権威主義、カリスマ性を持ち合わせているわけでもない一人の人物によって国家が恐怖に陥れられるさまを撮りたいと考えていました。そんな時に、ファビアン・ニュリ/ティエリ・ロビンによるフランスのグラッフィック・ノベル「La mort de Staline」(スターリンの死)を紹介されて実現したの本作です。トランプ大統領の就任以前に企画されたものですが、一部の人々にトランプ政権を風刺していると捉えられるなど、世界が東西に二分されていた冷戦時代にはありえない解釈に感慨深いものを感じます。旧ソ連を舞台にした作品ですが、
- ロシア訛りではない標準的な英語表現
- ロシア的な雰囲気を出しながらイギリスで撮影
- 実際の人物に似せながらも、抑えの効いたナチュラルな演出
により本作を描いたイアヌッチ監督は、ソ連の史実であることを印象づけながらも、滑稽で凄惨な悲喜劇が共産主義vs資本主義という政治思想の相違に帰するのではなく、独占欲や権力欲といった東西を問わない人間の普遍的な性に由来するものであることを暗示する、極めてハイレベルなアプローチに成功しています。
余談:葬送狂騒曲を見てみたい国々
安倍政権のモリカケ問題の顛末を見ていると、野党は一体なんでそんな大騒ぎしているのかと思えないこともありませんが、彼らの問題へのアプローチの仕方はともかくとして、その背景にあるのは安倍政権への過度の権力集中への懸念であり、そうした懸念を払拭する為に行動を起こすのは一概に悪いこととは言えません。ただし、モリカケ問題が映画になったら見たいと思うかは疑問で、むしろ多分にきな臭いものが感じられる近隣諸国の権力承継の顛末に強い興味をそそられます。
- 金正日の葬送狂騒曲(北朝鮮)
二代目最高指導者金正日の急死に伴い、三男の金正恩が三代目の最高指導者として権力を承継、地盤固めの為に数多くの粛清が行われたという。正日の長男で正恩の異母兄に当たる正男が、クアラルンプール国際空港で暗殺されたのは記憶に生々しい。 - 朴槿恵の葬送狂騒曲(大韓民国)
朴槿恵前大統領は存命だが、任期半ばで弾劾訴追を受け、懲役25年の二審判決を受けている。朴槿恵のみならず、李承晩(亡命)、朴正熙(暗殺)、全斗煥(無期懲役)、盧泰愚(懲役17年)、盧武鉉(捜査中に自殺)、李明博(懲役15年)と、韓国の大統領経験者はことごとく悲惨な運命を辿る。大統領に過度に権限が集中する政治構造に欠陥があるのか、旧勢力が体よく粛清されているのか、極端に振れるのが韓国の国民性なのか、興味深い。 - 胡錦濤の葬送狂騒曲(中華人民共和国)
胡錦濤は存命だが、2012年に最高指導者の権力を承継した習近平は着実に地盤を固め、元最高指導者江沢民の側近や、前最高指導者の胡錦濤の側近を汚職対策の一環で粛清している。超大国の風格を備えつつある中国の権力継承劇は北朝鮮や韓国ほど露骨ではないが、実質的な一党独裁体制における権力承継の実態は興味深い。
因みにイアヌッチ監督によると、トランプ大統領の実際の言動が既にフィクションのようである為、彼をコメディにするのは難しいそうですが、敢えて風刺劇を作るとしたら側近をクビにし続ける彼の欲求不満に注目したいそうです。こちらも、是非観てみたいものです。
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「In the Loop」(2009年)監督・脚本:輸入盤、Region 2,日本語なし
「Alan Partridge」(2014年)脚本:輸入盤、Region 2,日本語なし
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「ミラーズ・クロッシング」(1990年)
「バートン・フィンク」(1991年)
「レザボア・ドッグス」(1992年)
「パルプ・フィクション」(1994年)
「ビッグ・リボウスキ」(1998年)
「ゴーストワールド」(2001年)
「パリ、ジュテーム」(2006年)
「メッセンジャー」(2009年)
「嘘はフィクサーのはじまり」(2016年)
「Nancy」(2018年)