「BPM ビート・パー・ミニット」(原題:120 battements par minute)は、2017年公開のフランスのドラマ映画です。エイズ活動家団体「ACT UP」におけるロバン・カンピヨ監督とフィリッペ・マンジョの経験を基に、ロバン・カンピヨ監督/フィリッペ・マンジョ共同脚本、ナウエル・ペレ・ビスカヤー、アーノード・ヴァロワ、アデル・エネルら出演で、1990年代初頭のフランスを舞台に ACT UP パリの若いメンバーたちがエイズへの偏見や無理解への抵抗に命を燃やし、限りある生を謳歌する姿を描いています。第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリを受賞、第90回アカデミー賞外国語映画賞にフランス代表作として出品された作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ロバン・カンピヨ
脚本:ロバン・カンピヨ/フィリッペ・マンジョ
出演:ナウエル・ペレーズ・ビスカヤー(ショーン・ダルマゾ)
アーノード・ヴァロワ(ナタン)
アデル・エネル(ソフィー)
アントワン・ライナルツ(ティボー)
ほか
あらすじ
- 1990年代初頭のパリ、若い世代を中心にHIV/エイズの脅威が広がっていましたが、治療はまだ十分ではなく、政府も製薬業界も対策に本腰が入らないまま、社会には感染者に対する露骨な偏見や差別が広がっていました。そんな中、HIV/エイズ感染者や恋人、家族など身近な人、治療に当たる医療関係者など、対策を訴える者、問題意識を持つ者たちが、活動家団体である ACT UP パリに集まり、感染者への不当な差別への抵抗や環境改善の為に、デモ行進や政府・製薬会社への抗議、高校での性教育などの活動を行っていました。彼らにとってこの団体は本音を語り合える家族のようなものであり、活動に参加することは個人の支えにもなりました。
- この団体に新しく加わったナタン(アーノード・ヴァロワ)はHIV陰性でしたが、積極的にミーティングやデモ活動に参加します。HIV陽性で病気が進行しているショーン(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤー)はグループの中で最も行動的で、温和な活動だけでは現状を変えられないと積極的な活動を主張します。メンバーのまとめ役のティボー(アントワン・ライナルツ)や、オーガナイザーのソフィー(アデル・エネル)はそんな彼に、時に反発します。政府や製薬会社の無責任な態度に腹を立てる彼らの活動は、偏見や無関心さを抵抗する為に血液に見立てた真っ赤なペンキを製薬会社のオフィスにまいたり、許可なく学校を訪れコンドームを配ったりと、日に日にエスカレートしていきます。
- 内省的なナタンはやがて行動的なショーンに惹かれるようになり、ナタンに差別的な言葉を投げつけた女子学生に見せつけるようにショーンが彼にキスをしたことから、二人は一気に距離を縮めます。死への恐怖に抗うように生を謳歌し、二人は互いを求め合いますが、治療薬の開発は一向に進まず、ショーンの身体は病魔に蝕まれていきます・・・。
レビュー・解説
監督ら自らの活動家団体における経験を基に、1990年代初頭のパリを舞台に死の恐怖と戦いながら懸命に生きるエイズに冒された若者たちをリアルに描いた、心に残る感動的なドラマ映画です。
エイズに冒されながらも懸命に生きる若者たちを描く
若いエイズ活動家たちをリアルに描く
最近、流行りの同性愛ものかと思いながら軽い気持ちで見たところ、「ダラス・バイヤーズクラブ」(2013年)と同じくらいのインパクトを持った強烈な作品でした。「ダラス・バイヤーズクラブ」も本作も1990年台初頭が舞台で、エイズ患者の苦悩と製薬会社等との戦いを描いていますが、「ダラス・バイヤーズクラブ」がテキサスに実在したストレートのカウボーイが主人公の男前な話であるのに対して、本作の主人公はパリの活動家団体に集うクラブ好きなゲイの若者たちのリアルなドラマです。活動家というと時にその過激な行動についつい引き気味になりますが、その実、そうした活動家を内側から描いたあまり類を見ません。本作を見ていると、偏見や無関心に圧殺・黙殺される彼らは、
- 二進も三進もいかない、切羽詰まった状況にある
- 社会に解決を促す為に、多少なりとも過激な行動をする必要がある
- その為には、彼らの怒りを誇張する必要がある
ことがよくわかります。
限りある命を燃やす若者たち
現在では、早期発見すれば病状をコントロールでき、普通と変わらない生活が送れるようになりましたが、当時のHIV/エイズはほぼ確実に死をもたらす病でした。それなりに生きて苦しんだ挙げ句の死の病ならいざ知らず、まだ10代、20代でのHIV/エイズ宣告は若者たちに逃げ場のない精神的苦痛をもたらしたのではないかと思います。エイズの症状が急速に進行し、病院に担ぎ込まれたジェレミーの独白が生々しいです。
ジェレミー(独白):とても怖い、まだ苦しんでいないから。
突如、そんな立場に置かれたところで、人はとても座して死を待つ心境にはなれないでしょう。HIV/エイズ宣告を受けた「ダラス・バイヤーズクラブ」のロンは、未承認薬の調達に奔走し、政府や製薬会社と戦います。本作に登場する若者たちは、ACT UP の集会で議論し、クラブで踊り、恋をし、示威行動に出かけて社会の偏見や政府・製薬会社の無関心と戦います。若い彼らはそうすることで限りある命を燃焼させますが、逆に言えば、そうせずにはいられなかったのではないかと思います。本作からは、決してヒーローではない、どこにでもいるような若者の、そうした生々しい心情が伝わってきます。
すべての死の病への普遍性が共感を誘う
ロバン・カンピヨ監督は、ゲイであることを公表しており、出演している俳優も基本的にオープン・ゲイです。あまり名を知られていない俳優が多いのですが、ソフィーを演じるアデル・エネルは「スザンヌ」(2013年)でセザール賞助演女優賞、「ミリタリーな彼女」(2014年)で同主演女優賞を受賞している実力派の有名女優です。彼女も、かつての出演作「水の中のつぼみ」(2007年)のセリーヌ・シアマ監督と同性愛の関係にあることをカミングアウトしています。そういう意味では、本作はゲイによるゲイの映画とも言えますが、死の病を突きつけられた時にどう反応するかにはゲイもストレートもありません。アフラックのCMで多くの人に知られた山下弘子さんが、肝臓がんの為、25歳で亡くなったのも記憶に新しいのですが、エイズの症状そのものを克明に追うことなく、死へと続く残された孤独な日々を創造的に生きる姿を描く本作は、HIV/エイズのみならず死に至るすべての病に普遍的であり、強烈な共感を誘います。
因みに、本作の原題の「120 battements par minute」は、毎秒120拍という意味です。これは、
- 作中に再三登場するクラブ音楽のテンポ
- ウォーキングや軽いジョギングをしている時の心拍数
で、死の病に直面した若者たちが座して死を待つのではなく、能動的に生を燃焼している状態を象徴しています。
ナウエル・ペレーズ・ビスカヤー(1986年〜) は、ブエノスアイレス出身のアルゼンチンの俳優。完璧なフランス語を話し、「El Aura」(2005年)、「グランド・セントラル」(2013年)、「Todos están muertos」(2014年)、「El futuro perfecto」(2016年)、「天国でまた会おう」(2017年)などに出演している。本作の主演で一躍世界に知られるようになった。
アーノード・ヴァロワ(ナタン)
アーノード・ヴァロワ(1984年〜)リヨン出身のフランスの俳優。演劇学校で二年間学び、俳優を目指したが芽が出ず、タイで半年間マッサージ療法を学び、マッサージ・スタジオを始める為にパリ戻る。彼のフィスブックのプロフィールがロバン・カンピヨ監督の目に止まり、本作に抜擢された。
アデル・エネル(ソフィー)
アデル・エネル(1989年〜)は、フランスの女優。13歳の頃から演劇クラスに通い、「クロエの棲む夢」(2002年)のヒロイン役でデビュー。セリーヌ・シアマ監督の「水の中のつぼみ」(2007年)でセザール賞有望若手女優賞にノミネートされ、広く知られる。「メゾン ある娼館の記憶」(2012年)で再び、同有望若手女優賞にノミネートされ、「スザンヌ」(2013年)で同助演女優賞、「ミリタリーな彼女」(2014年)で同主演女優賞を受賞している。セリーヌ・シアマ監督と同性愛の関係にあることをカミングアウトしている。
アントワン・ライナルツ(ティボー)
アントワン・ライナルツ(1985年)は、ノルウェー出身のフランスの俳優。本作でセザール賞の助演男優賞を受賞する好演を見せている。
ACT UP について
ACT UP は、AIDS Coalition to Unleash Power(力を結集するためのAIDS同盟の意)の略で、法整備、医学的研究、治療、政策、そして最終的に健康と生命の損失の軽減により、エイズとともに生きる人々の生活とエイズの爆発的な流行に対して影響を与える為に、直接行動する国際的な権利擁護団体です。1987年3月にニューヨークのレズビアン・アンド・ゲイ・サービス・センター内に結成されました。SILENCE=DEATHのロゴを使ったポスター、Tシャツ、バッジ、ネオンなど、アーティスト集団が手がけるグラフィックデザインや宣伝広告手法を駆使して行動を展開、エイズ治療薬の開発・普及を加速させる大きな力となりました。ACT UPは現在も、社会的弱者のニーズを汲んだヘルスケア・システム構築の緊急性を訴え続けています。
本作にもSILENCE=DEATH(仏語ではMORT)ロゴのポスターやT-シャツが登場する
SILENCE=DEATHのロゴをあしらったT-シャツ(Amazon)
サウンドトラック
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1 120 battements par minute 2 Premiers battements 3 Sean & Nathan la nuit 4 Meltonpharm 5 Jeremie est mort du sida 6 Pride 7 La parade 8 Smalltown Boy (Arnaud Rebotini Remix) by Bronski Beat 9 Le scanner |
10 Premier Club 11 AZT DDI DDC 12 Le pont 13 What About This Love ? (Kenlou Remix) by Mr. Fingers 14 Sean & Nathan 15 Minority's Swing 16 Housing Committee 17 A Prayer for You |
撮影地(グーグルマップ)
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関連作品
「タイム・アウト」(2001年)脚本(輸入盤、日本語なし )
「パリ20区、僕たちのクラス」(2008年)脚本
「Eastern Boys」(2013年)監督・脚本(輸入盤、日本語なし)
ナウエル・ペレーズ・ビスカヤー出演作品のDVD(Amazon)
「Todos están muertos」(2014年)、輸入盤、日本語なし
「El futuro perfecto」(2016年)
アデル・エネル出演作品のDVD(Amazon)
「メゾン ある娼館の記憶」(2011年)
「アリーヤ」(2012年)
「スザンヌ」(2013年)
「The Forbidden Room」(2015年)
「Common Threads: Stories from the Quilt」(1989年)、輸入盤、日本語なし
「Silverlake Life: The View From Here」(1993年)、輸入盤、日本語なし(楽天市場)
「運命の瞬間/そしてエイズは蔓延した」(1994年)、VHS
「エンジェルス・イン・アメリカ」(2003年)
「How to Survive a Plague」(2012年)、輸入盤、日本語なし
「ダラス・バイヤーズクラブ」(2013年)
「愛についてのキンゼイ・レポート」(2004年)
「キッズ・オールライト」(2010年)
「アデル、ブルーは熱い色」(2013年)
「君の名前で僕を呼んで」(2017年)
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