夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」:ナチス戦犯を自国の法律で裁くことに執念を燃やした検事を描く、含蓄のある伝記ドラマ

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」(原題:Der Staat gegen Fritz Bauer)は、2015年公開のドイツの伝記ドラマ映画です。ラース・クラウメ監督、ブルクハルト・クラウスナー、ロナルト・ツェアフェルトら出演で、1950年代後半のドイツ・フランクフルトを舞台に、ナチスの重要戦犯アドルフ・アイヒマン逮捕に重要な役割を果たしたドイツのフリッツ・バウアー検事の執念と苦悩を描いています。2016年のドイツ映画賞で、作品、監督、音楽、助演男優、美術、衣装デザインの6部門を受賞した作品です。

 

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アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」(Amazon

 

目次

スタッフ・キャスト

監督:ラース・クラウメ
脚本:ラース・クラウメ/オリヴィエ・ゲーズ
出演:ブルクハルト・クラウスナー(フリッツ・バウアー)
   ロナルト・ツェアフェルト(カール・アンガーマン)
   リリト・シュタンゲンベルク(ヴィクトリア)
   イェルク・シュットアウフ(パウル・ゲプハルト)
   ゼバスティアン・ブロンベルク(ウルリヒ・クライトラー)
   ミヒャエル・シェンク(アドルフ・アイヒマン
   ルーディガー・クリンク(ハインツ・マーラー
   ローラ・トンケ(シュット嬢)
   ゲッツ・シューベルト(ゲオルク=アウグスト・ツィン)
   ダニー・レヴィ(チェイム・コーン)
   コルネリア・グレーシェル(シャルロッテ・アンガーマン)
   ロベルト・アルツォルン(シャルロッテの父)
   マティアス・バイデン(ヘーファーツヴィ・アハロニ)
   パウルス・マンカー(フリードリヒ・モルラッハ)
   ティロ・ベルナーイ(サー・ハレル)
   ほか

あらすじ

1950年代後半の西ドイツフランクフルト。経済復興が進む一方、戦争の記憶が風化しようとしていく中、検事長のフリッツ・バウアーはナチス戦犯の告発に執念を燃やしています。そんなある日、彼のもとに、逃亡中のナチスの大物戦犯アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンに潜伏しているという重大な情報を記した手紙が届きます。バウアーはアイヒマンの罪をドイツの法廷で裁くため、部下のカールと共に証拠固めと潜伏場所の特定に奔走しますが、ドイツ国内に巣食うナチス残党による妨害や圧力にさらされ、孤立無援の苦闘を強いられます。バウアーは、そんな状況を打開する為にこの情報をイスラエル諜報特務庁(モサド)に提供することを考えつきます。これは国家反逆罪に問われかねない危険な行動でしたが、ナチス戦犯の告発に執念を燃やすバウアーはモサドへの接触を図ります・・・。

レビュー・解説 

ナチス戦犯を自国の法律で裁くことを執念を燃やしたフリッツ・バウアー検事長を描く本作は、反EU・反移民の極右勢力が台頭する現在のドイツの国民のみならず、日本にとっても含蓄のある伝記ドラマです。

 

冒頭、ドキュメンタリー映画アイヒマン第三帝国」(1961年)のフリッツ・バウアー本人のインタビュー映像が映し出されます。個性的な風貌と話し方が印象的で、追って現れるブルクハルト・クラウスナー演ずるフリッツ・バウアーはこの本人に似せた役作りをしています。古典的な伝記ドラマのスタイルをとる本作ですが、ブルクハルト・クラウスナーの個性的なパフォーマンスがフリッツ・バウアーの人間像をじわじわとあぶり出していきます。また、ゲイとの噂のあったフリッツ・バウアーの影の部分を、ロナルト・ツェアフェルトが演じるカール・アンガーマンという架空の人物のサブプロットで描き出しており、これが物語に立体感を与えています。自動車やフリッツ・バウアー検事の執務室、しきりに葉巻をふかす様子など、忠実に再現された当時の雰囲気も見どころです。

 

ナチス戦犯をドイツ法で裁いたフリッツ・バウアーの執念と苦悩を描く

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ナチスの戦犯をドイツの法律で裁いた男

フリッツ・バウアー(1903年〜1968年)は、ホロコーストに関わった収容所の幹部らをドイツの法律によって裁いたフランクフルト・アウシュビッツ裁判の検事総長を務めたドイツの判事、検事です。終戦後、主要なナチスの指導者は連合軍によるニュルンベルク国際軍事法廷と非ナチ化政策によって裁かれました。しかしながら、敗戦から十余年もたつと訴追は続くものの、証拠が集まらず有罪認定が難しくなります。そこで、フリッツ・バウアー検事長はネルマン検事長とともにナチ犯罪追及センターを設立、厳しい追求を続けました。彼は1959年にアウシュヴィッツ強制収容所の殺人記録を入手、この証拠書類をドイツ連邦最高裁判所に提出し、ドイツ国内で裁判を開く許可を得ます。裁判は1963年〜1965年にフランクフルトで行われ、被告6人が終身刑、11人が最長14年の懲役刑、3人が無罪となりました。国民の半数以上が反対する中で行われたこの裁判は、「もうたくさんだ」、「異常な状況下での行為に罪を問うのか」と古傷に触れたくないドイツ国民に「歴史と対決」することを促したと、歴史家に高く評価されています。

 

フリッツ・バウアー(本人)

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アイヒマン逮捕の舞台裏にフォーカス

ホロコーストに際し、数百万の人々の強制収容所への移送を指揮した重罪犯、アドルフ・アイヒマンの逮捕には、当初、サイモン・ウィーゼンタールが関与していたとされていましたが、実はフリッツ・バウアーが深く関与していたことが、彼の死後になった明らかになりました。アイヒマンの潜伏先がアルゼンチンに潜伏していることを突き止めたフリッツ・バウアー検事長は、国に対して訴追と身柄送検に必要な手続きを要請しました。しかしながら当時の司法内部にはナチ党員としての活動歴を隠す裁判官や検事が数多く存在、政治の中枢も国内での裁判を望みませんでした。彼は止む無くアイヒマンの情報をイスラエル諜報機関モサドに流し、モサドは潜伏地のアルゼンチンからアイヒマンを誘拐します。1961年、アイヒマンイスラエルの法廷で死刑判決が下され、翌年、処刑されます。本作はフランクフルト・アウシュビッツ裁判ではなく、その前日談とも言えるアイヒマン逮捕の舞台裏にフォーカスし、一度はナチスの魔の手から逃れたフリッツ・バウアーが、アイヒマンの起訴に執着する姿を描いています。

民間人に対する迫害、抑圧、虐殺をドイツの法律で裁く

戦犯を自国の法律で裁こうとするフリッツ・バウアーの執念には、興味深いものがあります。第二次世界大戦後、日本の戦犯は極東国際軍事裁判など、世界の約50箇所の法廷で裁かれましたが、日本人自身が日本の法律で戦犯を裁いたという話は聞いたことがありません。ドイツの戦争犯罪ニュルンベルク裁判など、連合国側の軍事法廷で裁かれましたが、フリッツ・バウアーのように、ドイツの法曹界にはナチスをドイツの法律によりドイツ自身の手によって裁こうとする動きがありました。終戦後、ドイツの司法機関が再建され、ひとつの要望書が纏められましたが、これには諸外国や非ドイツ人に対しての行為のみならず、終戦までにドイツの刑務所に収監されていた300万人の政治犯など、戦前からナチスによって行われた国内の民間人に対する迫害、抑圧、虐殺をドイツ人の裁判所で裁くべきと記されていました。

障害はドイツ自身にあった

しかしこれは、それほど簡単なものではありませんでした。1945年の解散時、ナチス党員は約850万人、協力者は300万人以上おり、当時のドイツの人口の約2割を占めていました。また官僚や政治家、企業経営者など社会の中核をなす層にもナチス関係者が浸透しており、徹底的に糾弾すれば戦後のドイツの復旧に差し障りが出るのは明らかでした。また、親族にナチス関係者がいる人々も、身内から処罰される人が出ることを嫌い、反対に回りました。裁判官や検事など司法官僚にも元ナチス関係者がおり、ナチスの追及の障害となりました。かくして最終的に有罪になったナチス関係者は、軽い罪を含めても6000人余り、1000万人を越えるナチス関係者全体の0.1%にも満たないものでした。本作の原題「Der Staat gegen Fritz Bauer」(国家対フリッツ・バウアー)や英題「The People vs. Fritz Bauer」(民衆対フリッツ・バウアー)は、フリッツ・バウアーが置かれていた当時の状況を端的に表したタイトルです。邦題の「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」は何やら冒険活劇のようなのキャッチーなタイトルですが、そういう意味では少々ミスリーディングです。

フリッツ・バウアーの執念を支えたもの

ニュルンベルク裁判等で責任の重い戦犯は既に裁かれており、「もうたくさんだ」、「異常な状況下での行為に罪を問うのか」、「ドイツの復興が優先だ」、「身内から戦犯を出したくない」と言ったドイツ国民の思いが交錯する中で、信念を貫き通したフリッツ・バウアーの原動力はどこにあったのでしょうか?彼はユダヤ人で、ゲイで、社会主義者という、言わばマイナリティの3乗、スーパー・マイノリティとも言える存在でした。彼は1933年に政治犯として強制収容所に収容され、開放と引き換えに政治的な転向書に署名してしまいます。その後、彼はデンマークスウェーデンへと亡命、終戦後の1949年にドイツ社会党首の呼びかけでドイツに戻りましたが、過去にナチスに屈してしまった彼には、友人や家族が殺されるのを亡命先で見ていたという忸怩たる思いがありました。法曹に生きる人間として民主的、人道的な正義を遂行することへの使命感だけではなく、ナチスに屈し、友人や家族を見殺しにしてしまったことへの贖罪の思いが、彼の執念を支えたのかもしれません。

何故、今、フリッツ・バウアーなのか?

歴史家など専門家には高く評価されるフリッツ・バウアーですが、ドイツ人でも彼を知っている人は少ないそうです。忌まわしい過去を忘れたいドイツ人にとって彼は煙たい存在だったようで、フランクフルト・アウシュビッツ裁判が終わるや否や、人々は彼を忘れ去ってしまったようです。しかしながら、ここに来て「顔のないヒトラーたち」(2014年)、「検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男」(2015年)など、フリッツ・バウアーやフランクフルト・アウシュビッツ裁判を描いた映画が注目されるようになりました。この背景には、反EU・反移民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」の台頭があります。2017年の総選挙では、メルケル首相率いる与党の得票率が過去最低レベルになる一方、極右政党「ドイツのための選択肢」が国政に進出、いきなり第三党に躍り出たこと、この為、メルケル首相が苦肉の大連立政権余儀なくされたことは、記憶に新しいと思います。

 

本作の冒頭のドキュメンタリー映像で、フリッツ・バウアーは語ります。

どんな日でも昼と夜があるように、どの民族の歴史にも陽の部分と影の部分がある。私は信じる。ドイツの若い世代なら可能なはずだ。過去の歴史と真実を知っても克服できる。しかしそれは、彼らの親世代には難しいことなのだ。(フリッツ・バウアー)

戦後70年以上経ち、親世代の多くが世を去った現在、ドイツの「若い世代」はまさに過去の歴史と真実を知った上で、自らの将来を決めることを求められているわけです。同じことは日本にも言えるでしょう。韓国や中国に再三、歴史認識を問われる日本ですが、日本の「若い世代」も過去の歴史と真実を知った上で、自ら判断することを求められていると言えます。極東国際軍事裁判など世界の法廷で裁かれたものの、日本人自身が日本の法律で戦犯を裁くことがなかったことを顧みれば、フリッツ・バウアーに学ぶべきことは実は日本の方がより大きいのかも知れません。

 

ブルクハルト・クラウスナー(フリッツ・バウアー)

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ブルクハルト・クラウスナー(1949年〜)は、ベルリン出身のドイツの俳優。「グッバイ、レーニン!」(2003年)、「白いリボン」(2009年)、「ブリッジ・オブ・スパイ」(2015年)などに出演している。

 

ロナルト・ツェアフェルト(カール・アンガーマン)

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ロナルト・ツェアフェルト(1977年〜 )は旧東ベルリン出身のドイツの俳優。13歳の時に東西ドイツ統一を経験する。2005年に映画デビュー、「東ベルリンから来た女」(2012年)、「あの日のように抱きしめて」(2014年)などに出演している。本作でドイツ映画賞助演男優賞を受賞している。

関連作品

フリッツ・バウアーの評伝(Amazon

  

ローネン・シュタインケ著「フリッツ・バウアー アイヒマンを追いつめた検事長

 

フランクフルト・アウシュビッツ裁判を題材にした映画のDVD(Amazon

  「愛を読むひと」(2008年)

  「顔のないヒトラーたち」(2014年)

  「検事フリッツ・バウアー ナチスを追い詰めた男」(2015年)

 

ブルクハルト・クラウスナー出演作品のDVD(Amazon

  「グッバイ、レーニン!」(2003年)

  「白いリボン」(2009年)

  「ブリッジ・オブ・スパイ」(2015年)

 

ロナルト・ツェアフェルト出演作品のDVD(Amazon

  「東ベルリンから来た女」(2012年)

  「あの日のように抱きしめて」(2014年)

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