夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「新感染 ファイナル・エクスプレス」:ゾンビ映画に現実味のあるキャラクター設定と社会的視点が盛り込まれた無類の娯楽アクション大作

新感染 ファイナル・エクスプレス」(原題:부산행、英題:Train to Busan)は、2016年公開の韓国のゾンビ&サバイバル・アクション映画です。ヨン・サンホ監督、コン・ユ、キム・スアン、チョン・ユミ、マ・ドンソクら出演で、ソウルからプサンへ向けて時速300km超で疾走する列車内で突如、凶暴化した感染者たちから逃れようとする父と幼い娘、妊娠中の妻とその夫、学生たちの人間模様を描いています。2016年の韓国で最多の興行成績を記録、世界各地の映画祭で注目を浴びた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ヨン・サンホ
脚本:パク・ジュスク
出演:コン・ユ(ソグ、仕事で頭が一杯のファンドマネージャー
   キム・スアン(スアン、ソグの娘、ソウルに住む母に会いたがっている)
   マ・ドンソク(サンファ、屈強な労働者)
   チョン・ユミ(ソンギョン、サンファの妻、妊娠している)
   チェ・ウシク(ヨングク、野球選手)
   アン・ソヒ(ジニ、ヨングクのガールフレンド)
   キム・ウィソン(ヨンソク、バス会社の重役)
   パク・ミョンシン(ジョンギル、老姉妹のひとり)
   イェ・スジョン(インギル、老姉妹のもうひとり)
   チャン・ヒョクチン(乗務員)
   チェ・グイファ(ホームレス)
   シム・ウンギョン(感染者の女)
   チョン・ソギョン(運転士)
   ほか

あらすじ

  • ファンドマネージャーで仕事人間のソグ(コン・ユ)は妻と別居、母と娘のスアン(キム・スアン)と暮らしています。「誕生日に釜山に行ってお母さんに会いたい」と言うスアンを連れて、ソグはソウル発釜山行きのKTX101列車の3号車に乗り込みます。 列車には、労働者のサンファ(マ・ドンソク)と妊娠中の妻ソンギョン(チョン・ユミ)、高校生野球チームのヨングク(チェ・ウシク)とジニ(アン・ソヒ)たち、高齢姉妹のインギル(イェ・スジョン)とジョンギル(パク・ミョンシン)、高速バス会社の常務ヨンソク(キム・ウィソン)らが乗っています。
  • 5時30分にソウル駅を発車する直前に、ひとりの女(シム・ウンギョン)が異様な様子で12号車に駆け込みます。スアンは発車直後、ホームで駅員が何者かに襲われるのを目撃しますが、他の乗客は気付きません。駆け込んできた女はゾンビウイルスの感染者で、介抱しようとした乗務員のミンジ(ウ・ドイム)に突然襲いかかります。噛みつかれ、感染した乗務員は、周囲の乗客を次々と襲い始めます。事態に気づいた乗客たちは他の車両へ逃げ出しますが、感染は逃げ場のない列車の中で一気に広がります。感染者は自力でドアを開けられず、また人を見ると反射的に襲い掛かることに気付いたソグは、客室ドアに新聞紙を貼って見えなくすることで感染者を中間の車両に隔離します。やがて「次の天安牙山駅(チョナン駅)には止まりません」と運転士のアナウンスが流れ、乗客たちは列車の窓から駅のホームで人々がゾンビに襲われている様を目の当たりにします。
  • 全国規模の暴動が発生し、死傷者が多数出ている為、政府が非常事態を宣言したと、車内のテレビが報じます。その後、列車は大田駅(テジョン駅)で運転を打ち切り、軍が車内を制圧する為、乗客は全員下車するよう、運転士から車内放送が入ります。ソグは仕事のコネを使って得た別ルートで逃げようとしますが、娘のスアンは自分たちだけ助かろうとする父を咎めます。バス会社の常務であるヨンソクは、政府とのコネを使って大田駅(テジョン駅)も既に安全でないことを知ります。誰もいない大田駅に列車が着き、何も知らない乗客たちが下車する中、「他の奴は見捨てて今すぐ釜山に行こう」とヨンソクは運転士に詰め寄りますが、運転士は断ります。
  • 駅の出口に向かった乗客たちは、感染した軍の兵士たちに襲われ、次々と犠牲になります。慌てて列車に戻った生存者たちははぐれてしまい、ソグ、サンファ、ヨングクが9号車、妊婦のソンギョン、幼いスアン、年老いたインギルとホームレス(チェ・グィファ)が13号車のトイレに、ヨンソク、姉とはぐれたジョンギル、ヨングクとはぐれたジ二ほか大多数が15号車と、感染者のいる車両を挟んで分散してしまいます。列車は再び走り出し、それぞれの大切な人が別の車両にいることを知ったサンファ、ソグ、ヨングクは、力を合わせてゾンビのいる車両の中を突破します。再会した一行は生存者の集まる15号車に向かいますが、「彼らは感染しているかもしれない」とヨンソクが扇動、15号車のドアを締め切られてしまいます。一行は何とかドアを破りますが、サンファとインギルはゾンビの犠牲となります。ソグはヨンソクを責めますが、ヨンソクは一行を連結部に締め出します。
  • やがて列車は東大邱駅(東テグ駅)の手前で停車します。破壊された列車とコンテナにより前方の線路が塞がれている為、生存者たちは下車して別の列車を探すことになります。運転士は車庫でディーゼル機関車を見つけますが、ヨングクとジ二はゾンビに追われていたヨンソクと遭遇し、ジニが犠牲になり、悲しみに暮れるヨングクもジニに噛まれてしまいます。ヨンソクは、操縦していた運転士を犠牲にして機関車に乗り込みます。ソグ、スアン、そしてソンギョンも同じ機関車へとたどり着き、追いすがるゾンビを蹴落としながら、最後の目的地である釜山を目指します。やがて機関車の運転室から感染したヨンソクが現れ、ソグはゾンビ化して襲い掛かってきたヨンソクを振り落としますが、彼自身も噛まれてしまいます・・・。

レビュー・解説

ゾンビ映画でありながら、現実的で普遍性のあるキャラクター、経済成長と格差、利己と共感、親子や世代間の関係など社会的視点がふんだんに盛り込まれた、ユニークでスリリングな娯楽アクション大作です。

 

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歪んだ経済成長が生み出すゾンビ

日本の新幹線同様、韓国のKTX韓国高速鉄道)は韓国の経済成長を象徴するもののひとつです。本作は、そんなKTXを舞台にした物語です。ヨン・サンホ監督はもともとアニメ映画の監督で、

  • 「豚の王」(2011年):学校における格差
  • 「我は神なり」(2013年):暴君のような父、信仰

といった家族関係の感情をテーマにした社会性のある作品を制作していました。その一方で、早くから、

  • 「地獄」(2003年):短編アニメ、ホラー

を制作するなど、ホラー映画の素地もあるヨン・サンホ監督は、ホームレスとゾンビを題材にした「ソウル駅ゾンビ」という作品の構想を練っていました。

ソウル駅という空間は経済発展の象徴である一方で、経済発展からはみ出してしまった人がホームレスになって住み着いている場所でもあります。そして非日常を生きているそんなホームレスたちを、我々は見て見ぬふりをして通り過ぎています。であるならば、ホームレスと姿形が非常に似ているゾンビがこの世に出現した時に、人々はどのようなリアクションをとるのだろうか?と考えました。

公権力から無関心に扱われる一般の人々がいて、そこにも含まれないホームレスがいるわけです。一般の人々からすると、ホームレスは異質なもの。ゾンビでもないんだけれど、普通の人とも違います。そういう存在を、果たして一般の人々は受け入れられるのかどうか。受け入れる姿勢・態度を見せることによって、普通の人々が変化していくところを見せられると思ったので、ホームレスは重要な存在です。(ヨン・サンホ監督)
https://movie.smt.docomo.ne.jp/article/1080460/
https://spice.eplus.jp/articles/143878

本作には一人のホームレスが登場しますが、実はこのホームレスは一般の人々とゾンビの狭間の存在として、物語の構成上、重要な役割を担っていることがわかります。

世紀末的世界で次世代に残すメッセージとは?

「ソウル駅ゾンビ」を構想した当時は大衆の多くはゾンビを好きではないと監督自身も考えており、出資・配給会社からも「ゾンビ映画を作ってもヒットしないから絶対に撮らないほうがいい」と言われていましたが、その後、ウェブ漫画等でゾンビを題材にした作品が盛んに作られて、若い世代のゾンビに対する関心が高まりました。そんな中、「今なら大衆も受け入れてくれて大丈夫なのではないか?」と、監督、プロデューサー、出資・配給会社の意見が一致、「ソウル駅ゾンビ」の構想を発展させて制作されたのが、

の二作品です。

ゾンビ映画構想を発展させて「ソウル・ステーション・パンデミック」という作品を作りました。これを見た出資・配給会社NEWが「実写版でリメイクを作ってみたら?」という提案をしてくださったんです。でも私としては、実写とアニメの違いはあれど、同じ作品を2回作るのは意味がない気がして。それで、ソウル駅から出発するKTX(韓国の新幹線)にゾンビが乗ってしまい、列車の中で急速に増えていく状況を考えました。そういう設定の中で、例えばコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』のような、滅亡していく世界での中での親子の関係を描きたいとも思いましたし、スティーブン・キングの『ミスト』のような、閉鎖空間での群衆と人間の心理をアクション映画として作りたいという考えもありました。

『次の世代に何を残せるか』ということを考えました。今が仮にひどい世代だとしたら、次の世代には何を残せるのだろうかという問いかけをしたいと。父親であるソグの世代が、子供であるスアンの世代に残せるものがあるとしたら、それは、とても簡単な「感情」なのではないかと思いました。ですから、それは歌*3に表されているようなものではないかなと思い、「次の世代に残せる感情」というものをテーマにしたのです。

親として子供に望むことは何か? どんなふうに育ってほしいか? と考えたときに、最初に思ったのが「この子は不幸にならないでほしい」ということでした。しかし、よくよく考えてみたら、この子が不幸ではないということは、「不幸な人を理解できない」ということにつながり、これはこれで悲劇だと思い、子供に対する期待を変えたのです。次に私が子供に期待したことは、人に共感できる能力を持ってほしいということでした。自分は体験していないのだけれども、他人が感じた感情をまるで自分が感じたように共感できる子になってほしいと願うようになりました。最終的には親として子供に望んだことはこのようなことでした。(ヨン・サンホ監督)
https://news.yahoo.co.jp/byline/atsumishiho/20170902-00075300/
https://top.tsite.jp/entertainment/cinema/i/36698428/index 

人々に内在する恐怖と競争社会への鎮魂歌

ファンドマネージャーとその娘、バス会社の重役、労働者と妊娠中の妻、学生とガールフレンドなど、旅行する老姉妹など、本作の登場する人々は普通の人々です。また、ゾンビも凝った特殊メイクや特殊能力、スプラッター的要素は抑え、むしろ暗い中では動きが鈍るなど、人間に近い設定になっています。オープニングも2010年に大流行した口蹄疫を思い起こさせる、現実味のあるものです(但しゾンビウィルスは口蹄疫の病原菌ではなく、工場から何かが漏れ出したことが示唆されている)。本作はゾンビ映画ですが、描いている恐怖はゾンビそのものがもたらす恐怖よりもむしろ、

  • 大切な人がゾンビのような異質なものになってしまう恐怖
  • 自分自身が異質なものになり、大切な人を攻撃する恐怖
  • 目的地が安全かどうか、わからない恐怖
  • 人間の性悪(エゴイズム)に対する恐怖

といった、人間そのものに内在する恐怖です。そうした恐怖が、格差の拡大や大企業のエゴといった抗し難い経済成長の弊害に重ね合わせられています。個々人が最大利益を追求すれば、神の「見えざる手」が働いて社会全体の利益となる望ましい状況が実現するという思想は市場原理主義の根底をなしていますが、果たして本当にそうなのか?競争社会が生み出す死屍累々がゾンビであるならば、そうした世紀末的世界にヨン・サンホ監督が捧げるのは叙情的「共感」の鎮魂歌です。人間生来の特質である「競争」と「共感」、このの折り合いをどうつけていくかは、人類の永遠のテーマかもしれません。

 

コン・ユ(ソグ、ファンドマネージャー、仕事で頭が一杯)

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コン・ユ(1979年〜)は、韓国の俳優。デビュー後、しばらく大ヒットにめぐまれなかったが、徐々にプレゼンスを高めている。「密偵」(2016年)にも出演。本作では、清潔感のあるエリートの父親役を演じている。韓国には若い父親役ができる俳優が多くなく、イメージ的に父親役はやらないというスター俳優もいるが、コン・ユは父親役を演じた経験があり、ソグのイメージに近かったことから起用された。実際に撮影が始まると、演技のトーンがとても良く、考えていたソグのイメージよりもコン・ユが演じたソグのほうが良かったと、ヨン・サンホ監督が絶賛。

 

キム・スアン(スアン、ソグの娘、ソウルに住む母に会いたがっている)

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キム・スアン(2006年〜) は韓国の女優。ヨン・サンホ監督は、父と息子の関係を軸に、終末を扱ったコーマック・マッカーシーの小説「ザ・ロード」を本作のモチーフにしたが、男の子の子役がなかなか見つからず、以前、短編映画祭で審査員を務めたときに見ていいなと思い、ずっと頭にあったキム・スワンを起用した。打ち合わせを兼ねたオーディションで、映画に出てくる「アロハ・オエ」を歌ってもらったら、イメージとぴったり重なったので、設定を父と娘に変えたという。監督が惚れ込むだけ会って、父を呼ぶ叫び声や、「アロハ・オエ」の感情表現が素晴らしい。

 

マ・ドンソク(右、サンファ、屈強な労働者)
チョン・ユミ(左、ソンギョン、サンファの妻、妊娠している)

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マ・ドンソク(1971年〜)は、韓国ベースのアメリカの俳優。元マーシャル・アーツのトレイナー。アメリカではドン・リーの名で知られている。全編を通してスリリングな展開が続く中で、主人公のソグとは対照的な、彼の屈強でユーモラスなパフォーマンスが程よいスパイスになっている。「群盗」(2014年)、「犯罪都市」(2017年)などに出演している。

チョン・ユミ(1983年〜)は、韓国の女優。「甘い人生」(2005年)、「教授とわたし、そして映画」(2010年)、「他の国で」(2012年)などに出演している。直感力に優れ、現場で無理な要求をしても、すぐにその場でやってくれると、ヨン・サンホ監督が絶賛。

 

チェ・ウシク(右、ヨングク、野球選手)
アン・ソヒ(左、ジニ、ヨングクのガールフレンド)

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チェ・ウシク(1990年)は韓国の俳優。五年生の時に家族がカナダに移住、10年間をカナダで過ごし、2011年に韓国に戻り、俳優になる。「オクジャ/okja」(2017年)などに出演している。

アン・ソヒ(1992年〜)は、韓国の女優、歌手。2004年に子役デビュー。KーPopグループ、ワンダーガールズの元メンバーで、「Tell me」の振り付けで「国民の妹」と呼ばれるほどの人気を博した。2014年、演技の道へ進むためワンダーガールズを脱退。

 

キム・ウィソン(右、ヨンソク、バス会社の重役)

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キム・ウィソン(1965年〜) は、韓国の俳優。本作では利己的な重役といういやらしい役を演じ、最終的にソグと激しい戦いを見せる。ヨンソクはソグの利己的な一面を象徴でもあり、二人の戦いは誰にでもある内面の戦いと言える。

動画クリップ(YouTube

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関連作品

ノベライズ本Amazon

  「新感染 ファイナル・エクスプレス 'TRAIN TO BUSAN'」

 

ヨン・サンホ監督作品Amazon

  「豚の王」(2011年)・・・輸入盤、リージョン1、日本語なし

  「我は神なり」(2013年)

  「ソウル・ステーション/パンデミック」(2016年)

 

パンデミック(世界的な感染)を描いた映画Amazon

  「12モンキーズ」(1995年)

  「28日後...」(2002年)

  「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004年)

  「セレニティー」(2005年)

  「トゥモロー・ワールド」(2006年)

  「スリザー」(2006年)

  「REC/レック」(2007年)

  「ON AIR オンエア 脳・内・感・染」(2008年)

  「猿の惑星:創世記」(2011年)

  「コンテイジョン」(2011年)

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スアンが歌う「アロハ・オエ」。まだ若い王女であったハワイ王国のリリウオカラニによって作られた歌で、少女と軍人の別れを歌っているが、クーデターにより王位を追われ、イオラニ宮殿に幽閉されたリリウオカラニが、この歌に滅びゆく祖国の悲哀を重ね合わせ、国民への感謝と惜別、あるいは再決起や支持を求める思いを込めたとも言われている。