夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「彼女が消えた浜辺」:カスピ海沿岸の別荘でイランの中流の人々が巻き込まれる事件を、緻密なプロットと緊張感のある会話でリアルに描く

彼女が消えた浜辺」(原題:درباره الی, 英題:About Elly)は、2009年公開のイランの心理サスペンス&ドラマ映画です。アスガル・ファルハーディー監督・脚本、ゴルシフテ・ファラハニら出演で、カスピ海沿岸の古びた別荘で休暇を過ごしていた男女のグループが、ひとりの女性の失踪をきっかけに男女の感情に揺れ動き、驚きの真実を直面するまでを描いています。第59回ベルリン国際映画祭で最優秀監督賞受賞(銀熊賞)を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:アスガル・ファルハーディー
脚本:アスガル・ファルハーディー
出演:ゴルシフテ・ファラハニ(セピデー)
   タラネ・アリシュスティ(エリ)
   シャハブ・ホセイニ(アーマド)
   メリッラ・ザレイ(ショーレ)
   ペイマン・モアディ(ペイマン)
   マニ・ハギギ(アミール)
   アーマッド・メランファール(マヌチュール)
   ラナ・アザディヴァール(ナジー)
   サベール・アバール(アリレザ)
   ほか

あらすじ

  • セピデー(ゴルシフテ・ファラハニ)は大学時代の友人たちに声をかけ、カスピ海沿岸のリゾート地に3日間のヴァカンスを過ごしにやって来ます。メンバーはセピデーの夫アミール(マニ・ハギギ)、ドイツ女性との結婚に破れたアーマド(シャハブ・ホセイニ)、その妹ナジー(ラナ・アザディヴァール)と夫マヌチュール(アーマッド・メランファール)、セピデーの友人ショーレ(メリッラ・ザレイ)と夫ペイマン(ペイマン・モアディ)と子供たち、セピデーの子供が通う保育園の先生エリ(タラネ・アリシュスティ)です。
  • セピデーはこの旅行を、エリとアーマドの出会いの場にしようと計画していました。セピデー以外のメンバーはエリと初対面でしたが、彼女の美しく聡明な彼女を温かく受け入れます。セピデーが予約していた別荘は三日間フルには確保できなかった為、海辺の古びた別荘に宿泊することにします。別荘は何年も使われてませんでしたが、目の前に海が広がる絶好のロケーションで、休暇を楽しむにはもってこいでした。楽しく初日を過ごす中、アーマドはエリが携帯で母親と話す態度や、着信を取らない様子にふと違和感を覚えます。
  • 一泊のつもりだったエリは、二日目の朝、セピデーに帰りたいと伝えますが、アーマドとの関係がまだ深まっていないことに焦ったセピデーは、強引に彼女を引き止めます。男たちがビーチバレーに興じ、女たちが食事の支度をしていると、ショーレとペイマンの子アラーシュが海で溺れてしまいます。アラーシュは助けられ、九死に一生を得ますが、その時、一行はエリが消えていることに気づきます。海難救助隊が出動しても、エリの行方はわかりません。彼女の痕跡はどこにも残っておらず、彼女の正式な名前すら誰も知らないことが明らかになります・・・。

レビュー・解説

カスピ海沿岸の古びた別荘を舞台に、イランの中流の人々が巻き込まれる事件を、緻密なプロットとテンポよく緊張感のある会話でリアルに描きながら、結婚や交友の人間関係を静かに問いかける、スリンリングなサスペンス&ドラマ映画です。

 

イランの中流の人々がささいなことから巻き込まれる事件を描く

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主な登場人物

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イランのイメージを払拭する、完成度の高いサスペンス・ドラマ

アスガル・ファルハーディー監督によると、本作を日本のとある映画祭に出品しようとしたところ、欧米社会がイランに対して抱くイメージと描写が全く違うという理由でうけつけてもらえなかったそうです。イランの正式名称はイラン・イスラム共和国で、イスラム共和制の元、人民が選出した代表が統治を行いますが、イスラムの教えやイスラム法そのものを国法として扱うなど、政治にイスラムが深く根付いています。こうした国々では、信教の自由・表現の自由の制限、非イスラム教徒への厳しい差別、女性の人権侵害、性的少数者の迫害が見られる場合が少なくありません。また、本作公開された当時、イランは核開発を巡って欧米諸国と鋭く対立しており、映画祭への出品が拒否された背景には、そうした政治的、宗教的な偏見があった可能性があります。

 

しかしながら、そうした政治的、宗教的な制約がある一方で、実はイランはイスラム諸国の中では最も女性の開放が進んだ国のひとつで、最近ではテヘランの革命通りでヒジャブを外し静かな抗議行動起こす「革命通りの少女たち」が話題になるほどです。政治的、宗教的なイメージを覆し、イランの市井の人々の現代的な姿を生々しく見せてくれるのが、ファルハーディー監督作品の大きな魅力のひとつです。本作はカスピ海沿岸の別荘を舞台にした、ほぼワン・シチュエーションの低予算映画ですが、イランの中流の人々が巻き込まれていく事件は、世界のどこの地域でも起こりうるものです。ファルハーディー監督は、これを緻密なプロットとテンポよく緊張感溢れる会話でヴィヴィッドに描きながら、人々の結婚や交友など人間関係をさりげなく問いかけます。エスニックな舞台で性のあるテーマを描いた本作は、低予算ながら質の高い脚本、キャスティング、演出によって、非常に完成度の高い作品に仕上がっています。

緊迫感ある演出と映画が問いかけてくるもの

冒頭、明るく光が差し込む隙間に人々が次々に何か差し入れるシーンが、暗い箱の内部から映し出されます。これが暗いトンネルの中から見た明るい出口に重なり、トンネルの中ではしゃぐ人々の叫び声が流れます。最初の暗い箱はイランの街中に設置された喜捨箱で、人々はお金を入れるとともに旅の安全などの願いをかけます。やがて車はトンネルを出て、グループで旅行に出かける途中であることわかりますが、この旅が無事に終わるかどうか、ちょっとした不穏さを感じる導入です。他にも、

  • 部屋が三日間確保できず、使われていない古びた別荘に変更
  • 別荘の鍵がなかなか開かない
  • 子供たちが遊ぶ浜辺に打ち寄せる波が荒い
  • エリがアーマドに渡したガラスの破片が落ちて地面に散らばる
  • 「永遠の最悪より、最悪の最後がまし」というアーマドのセリフ

など、不穏さがさりげなく埋め込まれており、本作の緊迫感を高めています。

 

<ネタバレ>

一晩過ぎてもエリは見つからず、翌朝、エリの母に連絡したところ、エリは帰っていないが、旅行に出ているわけではないと言います。また、エリの携帯電話の着信履歴から折り返すと、兄だと名乗る男が出て、至急、会いに来ると言います。セピデーは、エリに兄弟はいない、会いに来るのはエリが別れたがっていた婚約者だと言います。エリがなかなか見つからず、まんじりともしないグループは、

  • 何故、エリは婚約者がいながらこの旅行に来たのか
  • 婚約者に本当のことを言うべきか、否か

と言い争いを始めます。やがて現れた婚約者は、「エリは婚約者がいるからと旅行を断らなかったのか?」としつこく食い下がり、セピデーは嫌々ながら「断らなかった」と答えます。やがてエリの死体が上がり、婚約者が確認します。悲嘆に暮れるグループはエリを探す為に浜辺に停めた車を引き上げようとしますが、波が打ち寄せる中、車は砂に埋まって動きません。冒頭のトンネルの中ではしゃぐのと対照的なこのシーンは、事件が人々に残した傷と悲しみを象徴するかのようです。

 

緊迫感ある演出により、サスペンス・ドラマとして十分に面白いのですが、

  • 離婚したアーマドとエリとの出会いの場を作ろうとする面倒見の良いセピデー
  • 嫌いな婚約者と別れてからと言いながら、まんざらでもないエリ
  • アーマドがドイツにたつ前にと、強引にエリを旅行に誘うセピデー
  • 婚約者がいるとは知らずに、エリとアーマドと結びつけようとする仲間たち
  • アーマドを気に入りながらも、一泊で切り上げて帰ろうとするエリ
  • 突然エリがいなくなり、お互いやセピデーを責め始める仲間たち

など、どこにでもありそうな些細な事が引き起こす騒ぎに、もし自分がエリだったら、セピデーだったら、アーマドだったら、セピデーの夫や一緒に旅行した仲間だったらと、考えてしまいます。エリが可愛らしく慎ましやかで、明るく快活なセピデーが傷つき憔悴していく様がリアルで、非常に強く感じさせる作品です。

<ネタバレ終わり>

ファルハーディー監督作品の魅力

アスガル・ファルハーディーはイランの監督で、イランの大学で映画学、ドラマ芸術、舞台監督などを学び、脚本家としてイラン・イスラム共和国放送に所属します。その後、映画制作に関わるようになり、「別離 」(2011年)でアカデミー外国語映画賞を受賞し、西側社会にも広く知られるようになります。イランのイメージを払拭するリアルで完成度の高いサスペンス・ドラマという作風は彼の作品全般に共通するもので、本作を含む2011年以前の作品も西側社会でも公開され、非常に高い評価を得ています。

また、フランスを舞台にフランス語で制作、主役に外国人を起用した「ある過去の行方」を除いて、ゴルシフティ・ファラハニ、タラネ・アリシュスティ、シャハブ・ホセイニ、ババク・カリミなど、イランのトップクラスの俳優の傑出したパフォーマンスが見られるのも、彼の作品の魅力です。

タイトル 水曜日の花火 彼女が消えた
浜辺
別離 ある過去の
行方
セールスマン
公開年 2006年 2009年 2011年 2013年 2016年
タラネ・
アリシュスティ
 ◯       ◯ 
ゴルシフテ・
ファラハニ
         
シャハブ
ホセイニ
    ◯ 
メリッラ・ザレイ        
ペイマン・
モアディ
   

   
レイラ・ハタミ      ◯     
ババク・カリミ      ◯  ◯  ◯ 
ベレニス・ベジョ        ◯   
タハール・ラヒム        ◯   

 

ゴルシフテ・ファラハニ(セピデー) 

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ゴルシフテ・ファラハ(1983年〜)はテヘラン出身のイランの女優、音楽家、歌手。「The Patience Stone」(2012年、日本未公開)、「EDEN/エデン」(2014年)、「パターソン」(2016年)などに出演している。イランの俳優はイランの映画以外に出演してはならないという不文律を破り、「ワールド・オブ・ライズ」(2008年)でレオナルド・ディカプリオと共演した為に争議となり、本作がイラン映画最後の出演となった。現在はパリに居住している。

 

タラネ・アリシュスティ(エリ)

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タラネ・アリシュスティ(1984年〜)は、イランの女優。イランのトップ女優の一人で、国際的にはアスガル・ファルハーディー監督・脚本の「彼女が消えた浜辺」(2009年)、「別離 」(2011年)、「セールスマン」(2016年)で知られる。本作では可憐な役を演じているが、「セールスマン」(2016年)がアカデミー外国語映画賞を受賞した際にはトランプ大統領の移民政策に抗議して授賞式を欠席するなど、骨のある面を見せている。

 

シャハブ・ホセイニ(アーマド)

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シャハブ・ホセイニ(1974年〜)は、テヘラン出身のイランの俳優、映画監督。イラン国内で人気の俳優で、国際的にはアスガル・ファルハーディー監督・脚本の「彼女が消えた浜辺」(2009年)、「別離 」(2011年)、「セールスマン」(2016年)などで知られる。「別離 」でベルリン国際映画祭最優秀男優賞(銀熊賞)、「セールスマン」でカンヌ映画祭最優秀男優賞を受賞している。

 

ペイマン・モアディ(中央、ペイマン)

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ペイマン・モアディ(1970年〜)は、イランの俳優、脚本家、映画監督。アスガル・ファルハーディー監督・脚本の「彼女が消えた浜辺」(2009年)、「別離 」(2011年)、ピーター・サトラー監督の「レディ・ソルジャー」(2014年)などで知られる。

 

マニ・ハギギ(左、アミール)

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マニ・ハギギ(1969年〜)はテヘラン出身の、イランの映画制作者、脚本家、俳優。

 

メリッラ・ザレイ(中央手前、ショーレ)、ラナ・アザディヴァール(右、ナジー)

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メリッラ・ザレイ(1974年〜)はイランの女優、ラナ・アザディヴァール(1983年〜)はイランの女優、モデル。

 

アーマッド・メランファール(中央、マヌチュール)

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アーマッド・メランファールはイランの映画俳優、舞台俳優。 

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

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  「水曜日の花火」(2006年)・・・輸入版、日本語なし

   「別離」(2011年)

  「ある過去の行方」(2013年)

  「セールスマン」(2016年)

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