「ブラッド・ファーザー」:人間的な演技がメル・ギブソンの復活を印象づける、ノワール風味のスタイリッシュなアクション&ドラマ映画
「ブラッド・ファーザー」(原題:Blood Father)は、2016年公開のフランスのアクション&ドラマ映画です。ピーター・クレイグの同名小説を原作に、ジャン=フランソワ・リシェ監督、ピーター・クレイグ共同脚本、メル・ギブソン主演で、悪事に巻き込まれた17歳のひとり娘を救う前科者の父の自己犠牲的父性愛を、シンプルにスタイリッシュに描いています。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ジャン=フランソワ・リシェ
脚本:ピーター・クレイグ/アンドレア・バーロフ
原作:ピーター・クレイグ
出演:メル・ギブソン(ジョン・リンク)
エリン・モリアーティ(リディア・リンク)
ディエゴ・ルナ(ジョナ・ピンサーナ)
マイケル・パークス(牧師)
ウィリアム・H・メイシー(カービー・カーティス)
ミゲル・サンドバル(アルトゥーロ・リオス)
デイル・ディッキー(チェリーゼ)
リチャード・カブラル(ジョーカー)
ダニエル・モンカダ(シュープ)
ラウル・トルイロ(掃除屋)
トーマス・マン(ジェイソン)
ほか
あらすじ
前科者のジョン・リンク(メル・ギブソン)は血生臭い世界から足を洗い、アルコール依存症のリハビリをしながらトレーラーハウスで暮らしています。そんな彼の前に、数年前から行方不明になっていたひとり娘のリディア(エリン・モリアーティ)が、突然姿を現します。ギャングとトラブルを起こした彼女は、ギャングだけでなく警察からも追われる身となっていました。窮地に陥った娘を救うため、リンクはこれまで培ったアウトローのサバイバル術を駆使して彼らと闘うことを決意します・・・。
レビュー・解説
悪事に巻き込まれた愛娘を救う前科者の父をメル・ギブソンが人間味たっぷりに演じ、フランスのジャン=フランソワ・リシェ監督が70年代〜80年代のノワール映画のようにシンプルにスタイリッシュに演出した、B級テイストのアクション&ドラマ映画は、「ハクソー・リッジ」と並んでメル・ギブソンの復活を印象づける作品です。
悪事に巻き込まれた娘を救う前科者の父をメル・ギブソンが人間味たっぷりに演じる
スキャンダルで干されていたメル・ギブソン
主役を演じるメル・ギブソンは、「マッドマックス」シリーズ(1979〜1985年)、「リーサル・ウェポン」シリーズ(1987年〜1998年)の主演俳優として名を成し、さらに主演のみならず監督を務めた「ブレイブハート」(1995年)では、アカデミー作品賞、監督賞、撮影賞、メイクアップ賞、音響効果賞を受賞するなど、映画制作者としての才能を開花させます。しかしながら、後に監督を務めた「アポカリプト」(2006年)の評価が分かれた上に、プレイベートでも飲酒運転、速度超過で逮捕され、さらに反ユダヤ的な差別発言が報じられてしまいます。同年、長年連れ添った妻と別居、2009年には愛人にDVで訴えられ、2011年には妻との離婚が成立するなどのスキャンダルが続きます。この為、スキャンダルを嫌うハリウッドではメル・ギブソンの映画に予算がつきにくくなりました。映画制作の夢を追う彼は、自ら監督するヴァイキングをモチーフにした映画を企画、レオナルド・ディカプリオが主役に決まるなど、一度は復活の兆しが見えたかのように思われました。しかし、2009年のDVのスキャンダルを嫌ったディカプリオが主役を降りてプロジェクトが頓挫、他にも「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009年)の続編にカメオ出演するという話がやはり出演者の反対で潰れるなど、スキャンダルに厳しいハリウッドで復活の芽をつかめずにいました。
自作小説の映画化を進めたピーター・クレイグ
本作の原作を執筆、本作にも共同脚本で参画したピーター・クレイグは、「ノーマ・レイ」(1979年)、「プレイス・イン・ザ・ハート」(1984年)で2度アカデミー主演女優賞を受賞したサリー・フィールドの息子で、「ザ・タウン」(2010年)、「ハンガー・ゲーム FINAL」シリーズ(2014〜2015年)の脚本で知られる作家、脚本家です。1990年代より中西部で教師として働きながら小説を書いていた彼は、本作の原作となった小説「Blood Father」(2005年)が売れて、ようやくロス・アンジェルスに引っ越すことができました。小説は、新旧のドラッグや、ロス・アンジェルスやカリパトリア、チョコレート・マウンテン、インペリアル・ヴァレー、メキシコ国境など南カルフォルニアのドラッグを求めて歩く旅を描いていました。彼は、この小説を映画にすべく、脚本を書いて何人かの監督に送りますが、その一人がジャン=フランソワ・リシェ監督でした。脚本は、原作同様、父と娘の本質的な繋がりをテーマにしており、低予算映画向けの脚本ながら、知性と感情に溢れたもので、リシェ監督の目に止まりました。
メル・ギブソンに賭けたジャン=フランソワ・リシェ監督
ジャン=フランソワ・リシェは、フランスの実在のギャングを描いた「ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵No.1と呼ばれた男」(2008年)でセザール賞最優秀監督賞を受賞している優れた監督ですが、2005年にはアメリカでイーサン・ホーク主演の「アサルト13 要塞警察」を監督するなど、フランスにとどまることのない、国際感覚に溢れた監督です。犯罪者や裏社会を描くことの多いリシェ監督は、クレイグの脚本に低予算映画の命とも言えるキャラクターがよく描かれていること、特に裏社会との関わりが良く描かれていることに興味を覚えました。一通り脚本を読んだリシェ監督は、父親役はメル・ギブソン以外にいないと考え、脚本と彼の「ジャック・メスリーヌ フランスで社会の敵No.1と呼ばれた男」のブルーレイを送ります。リシェ監督がメル・ギブソンを始めて見たのは「マッドマックス」(1979年)で、同シリーズや「リーサル・ウェポン」シリーズのメル・ギブソンは、「ランボー」シリーズや「ロッキー」シリーズの「シルベスター・スタローン」と並んで、一般大衆の意識を反映した、特別な俳優でした。
人間味溢れるパフォーマンスで期待に応えたメル・ギブソン
脚本も監督の作品も気にいったメル・ギブソンはリシェ監督に電話をかけ、二人はアメリカで会います。リシェ監督にとって幸いなことは、メル・ギブソンが彼の人生の中で時間が取れる時期で、低予算映画に出演したいと思う時期にあったことでした。リシェ監督は映画では原作の最後の部分のみ描くことに事にし、主役も変えてしまいます。原作は17歳の娘の成長の物語ですが、映画は父から娘への伝承の物語と視点を変え、より父親にフーカス、父親を主人公することにより主役のメル・ギブソンにスポットライトを与えるように脚色します。父親がアル中であることからメル・ギブソンをなぞったのではないかという見方がありますが、これは彼のスキャンダルが明らかになる前の原作の設定です。低予算B級映画の知性と感情に溢れた脚本をメル・ギブソンが演じてくれて助かった、いざとなったら彼をアップを撮ればいいと、リシェ監督は大絶賛です。スキャンダルに厳しいアメリカの制作会社に代わって、フランスの Why Not Productions が予算をつけました。かくして準備された舞台で、メル・ギブソンは人間味溢れる見事なパフォーマンスを披露、リシェ監督の期待に応えています。
余談:社会的制裁が殺伐とした世界をもたらす?
ハリウッドの映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインへの激しいバッシングで始まった昨今の社会的制裁への機運は、ソーシャル・メーディアの #MeToo ムーブメントで加速、多方面に拡がりを見せています。ハーベイ・ワインスタインのみならず、俳優のケビン・スペーシーも社会的地位を失い、ウディ・アレン監督も無罪になった過去の事件を巡って再びバッシングを受けています。日本でもタレントが不倫騒動などで激しいバッシングを受け、仕事を失うケースが続出しています。社会的なバッシングにより、家族など私的なものまで崩壊するケースもありますが、バッシング自体に違法性がないとしても、こうした動きが集団リンチとどこが違うのか、疑問に思います。「人々の総意」とか、「世論」と言えば聞こえが良いのですが、
- 客観的で思慮深い判断によるものなのか?
- 単なる好き嫌いの影響も受けるのではないか?
- 結果としてもたらされる制裁は合理的なものなのか?
- 判断に誤りがあった場合、誰が償うのか?
などなど様々なことが気になって、どうも感情にまかせてバッシングに乗ることに抵抗があります。
本作で俳優として人間味たっぷりのパフォーマンスをみせただけではなく、監督を務めた同年公開の「ハクソー・リッジ」では作品、監督、主演男優など6部門でアカデミー賞にノミネートされ、2部門で受賞を果たしたメル・ギブソンは、10年にわたって仕事から干されるという社会的制裁を乗り越えたかのように見えます。しかし、果たしてこの制裁は妥当なものであったのか?才能と強さ、そして強運を持つ人だからこそ乗り越えられたのではないか?と思うと複雑な気持になります。こうしたバッシングは世の現実なのかもしれませんが、ささいなことに過剰反応し炎上するソーシャル・メディアを見るにつけても、社会的制裁が人々を毒し、弱い者いじめや村八分が当然のことように世の中にはびこることにならなければいいなと思います。
メル・ギブソン(ジョン・リンク)
メル・ギブソン(1956年〜)は、ニューヨーク州出身の映画俳優、映画監督、脚本家、映画プロデューサー。父親の事業の失敗で1968年に家族でオーストラリアに移住、オーストラリア国立演劇学院で学ぶ。「マッドマックス」シリーズ(1979〜1985年)、「リーサル・ウェポン」シリーズ(1987年〜1998年)の主演俳優として名を成し、「ブレイブハート」(1995年)では主演のみならず監督を務め、アカデミー作品賞、監督賞、撮影賞、メイクアップ賞、音響効果賞を受賞するなど、映画制作者としての才能を開花させる。しかしながら、後に監督を務めた「アポカリプト」(2006年)の評価が分かれた上に、飲酒運転、速度超過で逮捕され、反ユダヤ的な差別発言が報じられ、同年、長年連れ添った妻と別居、2009年には愛人にDVで訴えられ、2011年には妻との離婚が成立するなど、スキャンダルが続く。スキャンダルを嫌うハリウッドで仕事を干されたが、映画制作の夢を追う彼は自ら監督するヴァイキングをモチーフにした映画を企画、レオナルド・ディカプリオが主役に決まるなど、一度は復活の兆しが見えたかのように思われた。しかし、2009年のDVのスキャンダルを嫌ったディカプリオが主役を降りてプロジェクトが頓挫、他にも「ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い」(2009年)の続編出演がやはり出演者の反対で潰れた。長く干された状態にあった。2016年、本作で主演を務めた他、「ハクソーリッジ」を監督し、作品、監督、主演男優などアカデミー賞で6部門にノミネートされ、録音賞と編集賞を受賞しするなど、見事、復活を果たした。
エリン・モリアーティ(リディア・リンク)
エリン・モリアーティ(1994年〜)は、ニューヨーク出身のアメリカの女優。テレビドラマシリーズに出演する他、キングス・オブ・サマー」(2013年)、「はじまりへの旅」(2016年)などの映画に出演している。メル・ギブソンとの共演は勇気ある決断だったと思われるが、本作でその知名度を大きく上げた。まだ若く、高校生を演じることもあるが、今後のさらなる活躍が期待される。
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「ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション」(2015年)
「マッドマックス2」(1981年)
「リーサル・ウェポン」(1987年)
「ハクソー・リッジ」(2016年)・・・監督のみ
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