「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(原題: Trumbo)は、2015年公開のアメリカの伝記ドラマ映画です。ブルース・クックの評伝「Dalton Trumbo」を原作に、ジェイ・ローチ監督、ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、ヘレン・ミレンら出演で、冷戦下のアメリカで行なわれた赤狩りの標的となり、ハリウッドで仕事を失いながらも、偽名を使ったり、格安のギャラでB級映画の脚本を手がけるなど懸命に創作活動に続け、「ローマの休日」、「スパルタカス」などの名作を手がけた脚本家、ダルトン・トランボを描いています。第88回アカデミー賞で主演男優賞(ブライアン・クランストン)にノミネートされた作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ジェイ・ローチ
脚本:ジョン・マクナマラ
原作:ブルース・クック「Dalton Trumbo」
出演:ブライアン・クランストン(ダルトン・トランボ)
ダイアン・レイン(クレオ・トランボ、ダルトンの妻)
ヘレン・ミレン(ヘッダ・ホッパー、影響力を持つゴシップ・コラムニスト)
ルイ・C・K(アーレン・ハード、複数の実在の脚本家を複合した架空の作家)
エル・ファニング(ニコラ・トランボ、ダルトンの娘)
ジョン・グッドマン(フランク・キング)
マイケル・スタールバーグ(エドワード・G・ロビンソン、追放された俳優)
アラン・テュディック(イアン・マクレラン・ハンター、脚本家)
アドウェール・アキノエ=アグバエ(ヴァージル・ブルックス)
ディーン・オゴーマン(カーク・ダグラス、出演作にトランボをクレジット)
スティーヴン・ルート(ハイミー・キング)
ロジャー・バート(バディ・ロス)
デヴィッド・ジェームズ・エリオット(ジョン・ウェイン 、赤狩り組織の一員)
ピーター・マッケンジー(ロバート・ケニー)
ジョン・ゲッツ(サム・ウッド、ハリウッドの赤狩り組織の一員)
ダン・バッケダール(ロイ・ブリューワー 、ハリウッドの赤狩り組織の理事長)
リチャード・ポートナウ(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー創始者)
クリスチャン・ベルケル(オットー・プレミンジャー、監督作にトランボを起用)
メーガン・ウルフ(ミッツィ・トランボ)
ミッチェル・サコックス(クリス・トランボ)
ほか
あらすじ
1940年代にハリウッドの脚本家として華々しい成功を収めていたダルトン・トランボ(ブライアン・クランストン)は、アメリカ共産党の党員でした。第二次世界大戦後、アメリカにマッカーシズムが吹き荒れ、共産主義排斥活動「赤狩り」が猛威を振るまいます。その理不尽な弾圧はハリウッドにも飛び火し、トランボは議会での証言拒否を理由に投獄され、アメリカ映画界から追放されてしまいます。やがて出所し、最愛の家族の元に戻ったものの、赤狩りでハリウッドでのキャリアを絶たれた彼には仕事がありません。しかし、密かに友人に脚本を託した「ローマの休日」がアカデミー賞に輝いたトランボは、脚本家として復帰するべく、偽名を使ってB級映画の脚本を書きながら、自らを排斥したアメリカ政府と映画製作会社に立ち向かっていきます・・・。
レビュー・解説
赤狩り旋風の中で理不尽なハリウッド・ブラックリストに載せられ、激しい弾圧に受けながらも信念を持って戦い抜き、アカデミー脚本賞を二度も受賞した聡明な作家を讃える作品です。
本作は、トランボの戦いを中心に、
- ジョン・ウェインやヘッダ・ホッパーなど共産主義をハリウッドから駆逐しようとする勢力
- 失業、離婚、家を手放すなど悲惨な運命を辿る脚本家の仲間たち
- 脚本家たちを支援しながら、裏切らざるを得なかったエドワード・ロビンソン
- トランボの復活に手を貸したカーク・ダグラスやオットー・プレミンジャー
- 妻や娘達、トランボの家族の協力と不和
などを絡めて描いています。トランボの人物像の描き方が見事で、トランボを演じるブライアン・クランストンを始め、ダイアン・レイン、ダイアン・レイン、ヘレン・ミレン、ジョン・グッドマン、デヴィッド・ジェームズ・エリオット、クリスチャン・ベルケルらの助演が光ります。娘ではエル・ファニングもさることながら、メーガン・ウルフが存在感があり、可愛らしいさが際立ちます。ローチ監督初のコメディ以外の作品ですが、シリアスになりすぎない様、コメディ要素が混ぜており、
- トランボの妻を演じるダイアン・レインがジャグリングをする
- ブライアン・クランストン演じるトランボがバス・タブで原稿を書く
- B旧映画制作者を演じるジョン・グッドマンがバットを振り回す
シーンなど、効果的なスパイスにとなっています。
ジェイ・ローチ監督は、防衛関係の仕事をする父親が保安の為に定期的に身辺調査を受けていた関係で、子供の頃から家族で政治思想に関して話し合う機会がありました。また、大学時代の先生にハリウッド・テンの一人がいたこともあって、こうした問題に関心が高ったと言います。そんな中、ローチ監督は、ブラックリストの対象者をトランボに集約したような脚本に出会いました。
魅力的な物語だと思ったし、政治に関する私の問題意識と通じるものがありました。特に重要なことに、本作品は思想の自由について語っていたことです。それはつまり、人はどの政党を選ぼうと自由ということです。私はたちまち夢中になりました。脚本家やマイケルと何ヵ月もやり取りを重ねた末、主演のブライアン・クランストンを加えて製作を始めた。
私を触発したのは、正義と公正さを求めて戦っている人々を破滅させるブラックリストという悪魔のようなシステムを、作家がその力を使って無力化したことです。それはまるで、ダビデとゴリアテ(小さな男が巨人を倒した聖書の話)のようです。脚本家達の生活は破壊されました。彼らは仕事を失い、離婚し、家を失いました。家族の面倒を見れなくなったのです。トランボは単なる犠牲者になることに甘んじませんでした。彼は書くことにより、文字通りそこから活路を見出したのですが、それは象徴的でもあります。彼はアカデミー賞を二度、受賞、「スパルタカス」や「エグゾダス」を書いて、ブラックリストの無力化を後押ししたのではないか?それは如何にもアメリカらしい話だと思います。(ジェイ・ローチ監督)
ダルトン・トランボの名を知る人は少ないと思いますが、映画「ローマの休日」の脚本を書いた人で、アカデミー脚本賞を二度、受賞しているというと大体のイメージは掴めるかと思います。トランボは、アメリカ政府の赤狩りの中で、ハリウッドの対象者の筆頭格として激しい弾圧を受けましたが、ハリウッド・テンと呼ばれるこの事件はアメリカの中でも記憶が薄れつつあるようです。映画で最も脚光を浴びるのは俳優、そして監督ですが、その重要性の割には脚本家が陽の光に当たる機会は限られています。待遇も決して良くなく、2007年から2008年にかけて全米脚本家組合がストを決行しました。四大ネットワークの人気トーク番組が次々と収録中止に追い込まれ、人気テレビドラマシリーズや大作映画の製作が次々と延期されました。ストは3ヶ月以上に及び、制作会社は社員を一時解雇、契約する脚本家やプロデューサーを次々と放出しました。テレビ番組や映画の製作が集中するロサンゼルス郡が被った経済損失は、20億ドルとも30億ドルとも言われています。その後、全米脚本家組合は和解しましたが、2017年に契約更新を控え、本作は、普段、目に触れることの少ない脚本家のプレゼンスを広く世に知らしめる効果もあったのではないかと思われれます。
自由と民主主義の国、アメリカで、ハリウッド・ブラックリストのような思想弾圧があったことには非常に興味深いです。即ち、自由と民主主義が必ずしも弾圧や冤罪がないことを保証するものではありません。赤狩りは共産主義に対する国民の恐怖が引き起こしたものですが、9.11同時多発テロを契機としたテロへの恐怖は、イスラム教徒やイスラム国家への恐怖に拡大し、プリズムのような市民の監視システム、共謀罪・愛国者法による数々の冤罪、アメリカの法律の及ばぬアブグレイブ刑務所の虐待、拷問、対イラク戦争正当化の為の大量破壊兵器のでっち上げなどを生み出しました。テロの脅威が増加する中、日本でも共謀罪(テロ等準備罪)が成立、施行されました。脅威に対して怠りなく準備することは必要ですが、赤狩りのような過剰反応がないように注意しなければなりません。
なお、本作公開の後、コーエン兄弟監督・脚本で同時期のハリウッドを描いたコメディ「ヘイル、シーザー!」(2016年)が公開されました。この作品は製作会社視点で描かれていますが、ハリウッド・テンを風刺したと思われる脚本家たちも登場します。本作と対比して見ても面白いのではないかと思います。
ブライアン・クランストン(1956年〜) は、ハリウッド出身のアメリカ国の俳優、声優、演出家。父、母、妻、娘も俳優。テレビ、映画等で活躍、テレビ・ドラマシリーズ「ブレイキング・バッド」(2008年〜2013年)でエミー賞を受賞、映画では本作でアカデミー主演男優賞にノミネートされている。
ダイアン・レイン(1965年〜)はニューヨーク出身のアメリカの女優。幼い頃から舞台に立ち、14歳でローレンス・オリヴィエと共演した映画デビュー作「リトル・ロマンス」(1979年)での演技が絶賛され、様々な雑誌のカバーを飾るなど一時は大変な人気になりました。その後フランシス・フォード・コッポラに出会い、彼の作品の常連となりますがヒットはせず、19歳で映画から遠ざかります。 3年後にカムバックするもののしばらく低迷、2000年頃から再び注目されはじめ、2002年「運命の女」で第75回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、以降、大人の女優として活躍しています。
ヘレン・ミレン(左、ヘッダ・ホッパー、影響力を持つゴシップ・コラムニスト)
ヘレン・ミレン(1945年〜)は、ロンドン出身のイギリスの女優。父はロシア革命で亡命したロシア貴族、母はイギリス人。舞台女優としてキャリアを始め、その後、映画・テレビなどで活躍、「第一容疑者」(1991-2007年)でエミー賞を3回受賞、「キャル」(1984年)、「英国万歳!」(1994年)でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞、「英国万歳!」と「ゴスフォード・パーク」(2001年)でアカデミー助演女優賞にノミネート、「クィーン」(2006年)で同主演女優賞を受賞、2015年には舞台でトニー賞演劇主演女優賞を受賞している。2003年、大英帝国勲章を受勲、デイムの称号を授与されている。
ルイ・C・K(アーレン・ハード、脚本家、複数の実在の脚本家を複合した架空の人物)
ルイ・C・K(1967年〜)ワシントン出身のアメリカのコメディアン、脚本家、映画監督、俳優、声優、映画編集者。メキシコ系アメリカ人で、7歳までメキシコシティに住み、最初に覚えた言語はスペイン語で、今もメキシコ市民権を持っている。テレビ、映画などで活躍、エミー賞に25回ノミネートされている。
エル・ファニング(1998年〜)は、ジョージア出身のアメリカの女優。姉は女優のダコタ・ファニング。2歳8か月の時に演劇を開始、「アイ・アム・サム」(2001年)に出演する。以降、数多くの映画にコンスタントに出演し、「SUPER8/スーパーエイト」(2008年)、「ジンジャーの朝 〜さよなら、わたしが愛した世界」(2012年)、「20センチュリー・ウーマン」(2016年)などに出演している。
ジョン・グッドマン(1952年〜)はミズーリ出身のアメリカの俳優。オフ・ブロードウェイの舞台に立った後、テレビにも出演するようになり、1983年に映画デビューする。「バートン・フィンク」(1991年)、「ビッグリボウスキー」(1998年)と、コーエン兄弟監督作品で有名になる。「カーズ」(2006年)、「モンスターズ・ユニバーシティ」(2012年)など、アニメ作品への声の出演も少なくない。
マイケル・スタールバーグ(エドワード・G・ロビンソン、赤狩りで追放された俳優)
マイケル・S・スタールバーグ(1968年〜)は、カリフォルニア出身のアメリカの舞台、映画、テレビ俳優。大学卒業後、舞台俳優として活動し、トニー賞にノミネートされる。その後、テレビ、映画に活動の範囲を広げ、映画「シリアスマン」(2009年)で初主演を務める。以降、「ヒューゴの不思議な発明」(2011年)、「ブルージャスミン」(2013年)、「スティーブ・ジョブズ」(2015年)、「メッセージ」(2016年)、「ドクター・ストレンジ」(2016年)などに出演している。
ディーン・オゴーマン(カーク・ダグラス、俳優、出演作にトランボをクレジット)
ディーン・オゴーマン(1976年〜)は、オークランド出身のニュージーランドの俳優・フォトグラファー。主にニュージーランド国内のテレビ、映画でキャリアを重ね、2011年に「ホビット」三部作のフィーリ役に抜擢されている。
クリスチャン・ベルケル(オットー・プレミンジャー、監督作にトランボを起用)
クリスチャアン・ベルケル(1957年〜)はベルリン出身のドイツの俳優。1976年にイングマール・ベルイマン監督作品でデビュー。数多くのテレビ・ドラマ及び映画作品に出演する傍ら、90年代はじめからドイツ各地の劇場で舞台俳優としても活躍している。「ヒトラー 〜最期の12日間〜」(2004年)、「誰がため」(2008年)、「イングロリアス・バスターズ」(2009年)、「エル ELLE」(2016年)などに出演している。
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「オースティン・パワーズ」(1997年)
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「すべてをあなたに」(1996年)
「プライベート・ライアン(1998年)
「リトル・ミス・サンシャイン」(2006年)
「リンカーン弁護士」(2011年)
「コンテイジョン」(2011年)
「エクスカリバー」(1981年)
「キャル」(1984年)・・・輸入版、全リージョン、日本語なし
「英国万歳!」(1994年)・・・輸入版、リージョン2、日本語なし
「ゴスフォード・パーク」(2001年)
「消されたヘッドライン」(2009年)
「SUPER8/スーパーエイト」(2011年)