「とうもろこしの島」:ジョージアの紛争ライン上の河の中洲で黙々と生活の糧を得る農民と孫娘の姿を通し、人生の意味を静かに問いかける
「とうもろこしの島」(原題: სიმინდის კუნძული, 音訳: simindis k'undzuli、英題:Corn Island)は、 2014年公開のジョージア(旧名:グルジア)のドラマ映画です。独立をめぐる紛争が勃発したジョージアとアブハジアの間を流れるエングリ川を舞台に、両陣営の兵士を乗せたボートが行き交うのを横目に黙々ととうもろこし畑を耕す老人と孫娘の姿を描いています。第87回アカデミー外国語映画賞でジョージア代表作品に選出された作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ギオルギ・オヴァシヴィリ
脚本:ギオルギ・オヴァシヴィリ/ヌグザル・シャタイゼ /ルロフ・ジャン・ミネボー
出演:イリアス・サルマン(老人)
マリアム・ブツリシヴィリ(少女)
イラクリ・サムシア(ジョージア兵)
タメル・レヴェント(アブハジア士官)
ほか
あらすじ
1990年代、黒海に面するアブハジアはジョージアからの独立を求め、両陣営の間に紛争が起きています。両陣営の境界を流れるエングリ川では、毎年、春になると洪水が肥沃な土を運び、小さな中洲を作ります。一人の老人が孤児の孫娘の手を借りながら、中洲に移り住み、小屋を建て、とうもろこし畑を作ります。彼らはアブハジア人ですが、河を行き交うジョージア兵とは目と目で挨拶を交わします。そんなある日、傷ついたジョージア兵が島に逃げ込んで来ます・・・。
レビュー・解説
ジョージアから独立を求めるアブハジアの紛争ライン上の河を舞台に、どちらの領地にも属さない中洲で、老いた農民とその孫娘が大自然を相手に黙々と生活の糧を得る姿を描きながら、人生の意味を静かに問いかける作品です。
老人と少女が耕すとうもろこしの島
ジョージアのあるコーカサス地方は全体的に山がちな地形で、山あいには様々な言語、文化、宗教をもった民族集団が複雑に入り組んで暮らしており、世界でもっとも民族的に多様な地域であると言われています。コーカサス地方の南西部、黒海に面したジョージアはかつては旧ソビエト連邦の構成国でしたが、1991年のソ連崩壊に伴い、共産党が一党独裁体制で押さえ込んでいた民族問題が表面化、アブハジアがジョージアから独立を求めて紛争状態に陥ります。
アブハジアはエングリ川を南の境とするジョージアの北西部の地域です。エングリ川は、コーカサス山脈を水源に様々な谷間を流れ黒海に注ぐ、全長200キロメートルほどの川です。その上流にはイングリダムという、全高が300メートル近い世界最大級のコンクリート製アーチ式ダムが建設されています。エングリ川を航空写真で見てみると中洲が非常に多いことがわかりますが、治水も進んだ現在、映画で描かれているような氾濫農耕がどれだけ行われているかは不明です。ただ、
のように、大河が毎年定期的に氾濫、上流から肥沃な土を運ぶことにより農業が発達した地域があることは歴史的な事実であり、本作がそうした自然の脅威と恵みを意識したものであることは想像に難くありません。
本作に登場する老人と孫娘はアブハジ人で、エングリ川の中洲にとうもろこし畑を作って生活しています。エングリ川は、毎年、春の雪解けとともにコーカサス山脈から肥沃な土を運び、前年の中洲を洗い流し、新たな中州を作ります。老人は船で中洲に渡り、土を確かめ、孫娘の手を借りながら、掘っ立て小屋を建てます。土を耕し、籠で獲っては天日干しにした魚を食料に、中洲に寝泊まりしながらとうもろこしを育てます。本作にはセリフがほとんどなく、自然を相手に自給自足の生活をするには言葉は不要といわんばかりです。そんな中、少女が本作の鍵となる問いを老人に投げかけます。
少女:ここは 誰の土地?
老人:耕す者の土地だ。
兵士がパトロールに行きかい、ときおり銃声が聞こえる紛争ライン上で、毎年洪水で洗い流される中洲は両陣営に領地として認識されておらず、どちらの兵士も中洲に手を出すことはありません。文字通り、誰のものでもない、耕すものの土地です。ある日、二人はそんなとうもろこし畑で傷を負った若いジョージア兵を発見し、匿います。初潮を迎え、異性に興味を持ち始めた孫娘がジョージア兵と悪ふざけを始め、老人の頭痛の種となりますが、兵士に追手が迫り、それも長くは続きません。そうこうしているうちに、島は収穫の時期を迎えます・・・。
本作では戦闘シーンが描かれておらず、アブハジア紛争はあくまでも背景に過ぎません。老人にとって残された人生の目標は孤児である孫娘をなんとか卒業させることです。彼にとってアブハジアとジョージアの争いは眼中になく、傷ついたジョージア兵がいれば匿って助けます。本作は、戦いに身を捧げるのではなく、日々の糧を得るために大自然相手に奮闘を続ける農民の姿を描くことにより、紛争下における人生のあり方を静かに問いかけています。
コーカサス地方ではジョージアとアブハジアの他に、ジョージアと南オセチア、アゼルバイジャンとナゴルノ・カラバフの間で民族問題が顕在化しています。アメリカを始め、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、インド、マレーシアなど、世界には多民族国家が少なくありませんが、統治がしっかりしないと民族間の社会的分断が生じたり、民族相互の衝突や摩擦が激しくなってしまいます。ソ連の崩壊後、民族問題が表面化しているコーカサス地方ですが、こうした地域こそ、世界平和の鍵を握っているのではないかと思います。中国やロシアのように多数派民族の覇権のもとに多民族を統合するのではなく、フランスの様に共通の価値観によって国民を統合し、最終的には世界のどの地域に暮らしていようとも、自分の価値観のあった国に所属することができるのが理想ではないかと考えています。
イリアス・サルマン(老人)
イリアス・サルマン(1949年〜)は映画、舞台、テレビで活躍するトルコの俳優。
マリアム・ブツリシヴィリ(少女)
マリアム・ブツリシヴィリはアマチュア。主演女優の選考が難航する中、たまたま監督の友人がインタネットでブツリシヴィリの写真を見つけた。オヴァシヴィリ監督は主役はこの娘と直感、しかし、名前がわからず、内務省や教育省にも当たったが手がかりを得ることができなかった。オヴァシヴィリ監督は他の写真を探し当て、撮影者から2008年に紛争地帯にある学校の校庭で撮影したことを聞き出した。学校を探し当て、ブツリシヴィリを探し当て、出演してもらったという、こだわりのキャスティング。田舎の素朴な娘の雰囲気がよく出ている。映画評論家の評判もすこぶる良く、こだわり甲斐があったと言えよう。
撮影地(グーグル・マップ)
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関連作品
「コーカサスの虜」(1996年)
老人を描いた映画