夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「母よ、」:常に自分自身に満足できない女性監督が母の衰えに直面する姿を、コメディとペーソスを織り交ぜた絶妙なタッチで描くドラマ

「母よ、」は、2015年公開のイタリア・フランス合作のヒューマン・ドラマ映画です。ナンニ・モレッティ監督、マルゲリータ・ブイ、ジョン・タトゥーロら出演で、仕事も家族との関係もうまくいかず悶々とする一人の女性映画監督が、母の喪失に直面する姿をユーモアを交えて描いています。第68回カンヌ国際映画祭パルムドールを争い、エキュメニカル審査員賞を受賞した作品です。

 

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スタッフ・キャスト

監督:ナンニ・モレッティ
脚本:ナンニ・モレッティ/フランチェスコ・ピッコロ/ ヴァリア・サンテッラ
出演:マルゲリータ・ブイ(マルゲリータ、アーダの娘、夫と離婚、新作を監督)
   ジョン・タトゥーロ(バリー、アメリカの俳優、マルゲリータの新作に出演)
   ナンニ・モレッティ(ジョヴァンニ、マルゲリータの兄、仕事を辞め母を看護)
   ジュリア・ラッツァリーニ(アーダ、マルゲリータとジョヴァンニの母)
   ベアトリス・マンシーニ(リヴィア、マルゲリータと別れた夫との娘)
   ほか

あらすじ

  • 女性映画監督のマルゲリータマルゲリータ・ブイ)は、新作の撮影を開始しますが思うような映像が撮れません。恋人ヴィットリオとは別れ、離婚した夫との娘リヴィアは反抗期です。
  • 入院中の母アーダ(ジュリア・ラッツァリーニ)が最も気がかりです。マルゲリータの兄ジョヴァンニ(ナンニ・モレッティ)が手料理を差し入れますが、見舞うマルゲリータに母は家に帰りたいと嘆きます。医師から母の病状は重いと説明され、ジョヴァンニは受け入れますが、マルゲリータは受け入れられません。
  • 新作で主役を演じるアメリカ人俳優バリー(ジョン・タトゥーロ)が到着しますが、冗談なのか真面目なのかわからない発言で周囲を煙に巻きます。歓迎のディナーで酒を飲むとハイテンションで深夜まで騒ぎ、マルゲリータは撮影の行末を危ぶみます。
  • 病状が進行して呼吸困難に陥った母は集中治療室に入り、気管を切開します。声を出せない母に、退院してラテン語を教えてくれるのをリヴィアが待っているとマルゲリータは励まします。あと5分ですと看護師に急かされると、「あなたがいるのがいちばんの治療なのに」と母はノートに書いて微笑みます。
  • バリーは絶不調で、食堂のシーンでは何度も台詞を忘れ、挙句の果てに脚本のせいにします。マルゲリータも言い返し、それぞれの鬱憤をぶつけるように二人は激しく罵り合います。
  • 重い気持ちを抱えたまま病室へ戻ったマルゲリータは、たったの数歩も歩けない母を怒鳴りつけてしまいます。マルゲリータは家にバリーを招待、手料理でもてなすジョヴァンニと笑顔のリヴィアが作ってくれた和やかな空気の中、バリーは自分が人の顔を覚えられない病気だと打ち明けます。マルゲリータとバリーはワイングラスを掲げ、仲直りの乾杯します。
  • やがて、マルゲリータとジョヴァンニは、病院から母が余命わずかだと宣告されてしまいます・・・。

レビュー・解説

ナンニ・モレッティ監督自身の分身である、仕事にも家族との関係にも満足できず悶々とする女性監督が、母の喪失に直面する姿を、コメディとペーソスを巧みに織り交ぜながら描いた、絶妙なタッチのヒューマン・ドラマ映画です。

 

主人公のマリゲリータは、自分がやっていることになかなか満足できず、常に何か足りないのではないかと不安を感じています。そんな彼女は、母親が病で衰えていくことを素直に受け入れることができません。マリゲリータは十分に母親の面倒を見れていないと感じており、また、これまでに母親に冷たく当たってきたことを思い出します。そんな彼女の悶々とした不満にもかかわらず、彼女の新作の撮影や母の病が進んでいく様を、ナンニ・モレッティ監督はユーモアを交えたり、夢と現実を区別しない手法を取り入れながら、深刻になりすぎないよう、巧みに描いています。

 

モレッティ監督は、前作「ローマ法王の休日」(2011年)の制作中に最愛の母を失います。もともとマルゲリータ・ブイを主役にした映画を撮りたいと思っていた彼は、自身の母の喪失体験をこれに重ね合わせます。映画を撮り終えるとしばらく休養して、自分自身の中から前作のイメージを拭い去る彼ですが、本作に関しては前作の公開直後に制作準備に取り掛かっています。彼にとって母の喪失はそれだけインパクトの大きな出来事でした。

 

母と娘、そして孫娘の三代の女性の視点で描くと面白いと思ったモレッティ監督は、ヴァリア・サンテッラら三人の女性脚本家の助力を得て、脚本を書いています。また、

  • マルゲリータの母アーダを、彼の母と同様、ラテン語の教師という設定にする
  • 辛かったが、母の闘病中に彼がつけていた日記を読み返し、脚本に反映する
  • アーダの部屋の本棚に、彼の両親(父も教師だった)の蔵書を並べる
  • アーダが病院で着る服に、実際に彼の母が着ていた服を使用する。
  • マルゲリータの車に、彼の車を使用する

などにより、リアリティを演出しています。

 

本作に深みを与えているのは、いつも自分がやっていることに満足できず、何か不足してるという不安にとらわれているマルゲリータの性格描写で、これをマルゲリータ・ブイが見事に演じています。実は、この性格はモレッティ監督が自覚している彼自身の性格のそのもので、本作に真の自伝的要素があるとしたらその部分だと彼は語っています。自分自身が演じるよりも、マルゲリータ・ブイが演じる方がはるかにいい映画になる(彼女はイタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を7度も受賞している)と言うモレッティ監督は、代わりにマルゲリータの兄ジョヴァンニを演じています。ジョヴァンニは、母の病を受け入れ、仕事を辞めて母の看護に専念します。また、マルゲリータの幻想の中で彼女に「今までと違う映画を撮るんだ、型を破れ」と話しかけます。これらはモレッティ監督が実生活で自分に欠けていると認識しているもので、それを自分自身で演じるという、面白いキャスティングです。

 

<ネタバレ>

母親を退院させたマルゲリータは、最後のシーンの撮影中に母親危篤の連絡を受けます。映画を撮り終えた後、母の元に駆けつけ、看取ります。偶然、訪ねてきた母の教え子から、彼女が知らなかった母の一面を聞かされ、母がマルゲリータだけのものではなかったことを改めて認識します。幻想の中の母に「何をし考えているの?」とマルゲリータが聞くと、母は「明日のことよ」と答えます。微笑みと悲しみの入りまじたマルゲリータの表情をアップで映し出し、映画は終わります。

<ネタバレ終わり>

 

洋画を見る楽しみのひとつは、異なる文化に触れられることです。イタリア語というと大声で喧嘩するかのような強い語調でのやりとりを思い浮かべますが、本作では、反抗期の孫娘リヴィアは跳ねっ返り気味の、ジョヴァンニの静かに押さえた、母アーダの優しげなトーンで、イタリア語の様々な表情を楽しませてくれます。また、リヴィアはラテン語の勉強を余儀なくされています。ハリウッド映画でもよくラテン語に言及されましたが、実用的でないこと、スノブな印象に与えかねないことからか、最近ではあまり見なくなりました。欧米の言語の源と言われ、ローマ帝国公用語だったラテン語は、イタリアにとっては依然として特別な言葉なのかもしれません。かつて隆盛を誇ったイタリア映画はすっかり衰退、フランス映画に比べても元気がないような気がします。なんとか奮起して、「グレート・ビューティー/追憶のローマ」のパオロ・ソレンティーノや本作のナンニ・モレッティのように、イタリアらしい映画で大いに楽しませて欲しいものです。



マルゲリータ・ブイ(マルゲリータ、アーダの娘、夫と離婚、新作を監督)

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ジョン・タトゥーロ(バリー、アメリカの俳優、マルゲリータの新作に出演)

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ナンニ・モレッティ(ジョヴァンニ、マルゲリータの兄、仕事を辞め母を看護)

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ジュリア・ラッツァリーニ(アーダ、マルゲリータとジョヴァンニの母)

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ベアトリス・マンシーニ(左、リヴィア、マルゲリータと別れた夫との娘)

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撮影地(グーグルマップ) 

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母よ(字幕版)

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