夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ムーンライズ・キングダム」:12歳の少年少女の駆け落ちを、完璧な構図の中でユーモラスに描くウェス・アンダーソン監督のコメディ

ムーンライズ・キングダム」(原題:Moonrise Kingdom)は、2012年公開のアメリカのコメディ映画です。ウェス・アンダーソン監督、ウェス・アンダーソン/ロマン・コッポラ共同脚本、ブルース・ウィリスビル・マーレイら出演で、駆け落ちした12歳の男女と、彼らを心配する親や周囲の人々の姿をユーモラスに描いています。第85回アカデミー賞で、脚本賞にノミネートされた作品です。

 

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 目次

スタッフ・キャスト

監督:ウェス・アンダーソン
脚本:ウェス・アンダーソン/ロマン・コッポラ
撮影:ロバート・D・イェーマン
出演:ジャレッド・ギルマン(サム・シャカスキー)
   カーラ・ヘイワード(スージー・ビショップ)
   ブルース・ウィリス(シャープ警部)
   エドワード・ノートン(ウォード隊長)
   ビル・マーレイ(ウォルト・ビショップ)
   フランシス・マクドーマンド(ローラ・ビショップ)
   ティルダ・スウィントン(福祉局員)
   ジェイソン・シュワルツマン(いとこのベン)
   ハーヴェイ・カイテル(ピアース司令官)
   ルーカス・ヘッジズ(レッドフォード)
   ボブ・バラバン(ナレーター)
   ほか

あらすじ

  • 1965年、アメリカのニューイングランド沖に浮かぶニューペンザンス島。12歳のスージー・ビショップ(カーラ・ヘイワード)は、厳格で堅い父ウォルト(ビル・マーレイ)と、口うるさくせわしない母ローラ(フランシス・マクドーマンド)、そして3人の幼い弟たちと海沿いの大きな屋敷で暮らしています。スージーの趣味は本を読んで自分の世界に浸ることと、双眼鏡で遠くを観察することです。ある日、スージーは双眼鏡で母とシャープ警部(ブルース・ウィリス)の密会を目撃します。同じ頃、ウォード隊長(エドワード・ノートン)率いるボーイスカウトのキャンプ地では、隊員の一人が置き手紙を残して姿を消します。
  • 1年前、ボーイスカウトの活動で劇を観に行ったサム・シャカスキー(ジャレッド・ギルマン)とカラス役で出演していたスージーは、わずかな言葉を交わしただけで惹かれ合い文通を開始しました。二人は1年にわたる手紙のやりとりを通して密かに駆け落ちの計画を練っていました。草原で落ち合った二人は「3.25海里 潮流口」を目指して愛の逃避行に出ます。手つかずの自然が残ったその美しい入江を「ムーンライズ・キングダム」と名付けた二人は、海に飛び込み、絵を描き、本を読み、夢を語り合い、ダンスを踊り、初めてのキスをします。
  • 翌朝、二人がいなくなったことに気付いた大人たちは右往左往、ビショップ夫妻は娘が誘惑されたとウォード隊長に食って掛かりますが、ボーイスカウトの少年たちによって二人は見つかり、離ればなれにされてしまいます。サムの両親は里親で「変わり者のサムはもう引き受けられない」と言い、福祉局(ティルダ・スウィントン)は問題児のサムは少年収容所に戻される可能性が高いと言います。長年、孤独な生活を送ってきたシャープ警部は身寄りのないサムを預かり語り合い、スージーも自分の思いを母親に打ち明けます。サムをのけ者にしていたボーイスカウトのメンバーたちもサムに同情するようになり、ウォード隊長に内緒で二人の駆け落ちを手助けし、スージーとサムは、小さなボートで島からの脱出を図ります・・・。 

レビュー・解説

映画は空想の記憶。完璧な構図・色調の中で、ウェス・アンダーソン監督の独特な世界を二人の子役と豪華なアンサンブルキャストが美しく演じた、暖かく、風変わりで、感動的なコメディです。

 

ブルース・ウィリスの最も好きな映画のひとつと言われる本作は、かつて少年だった男性を楽しくて幸せな気分にさせる映画ではないかと思います。冒険あり、サバイバルあり、そして何よりも大好きな女の子と駆け落ちしてしまうと言う、スリリングで楽しい映画です。それは風刺でもなければ、ほろ苦い少年の思い出でもない、いわば空想の記憶であり、現実に汚れていない無垢な話です。

12歳の自分が観たら心を掴まれる映画だと思います。彼らは映画を自分自身の経験に結びつけることができます。大人は昔を思い出し、もっともらしいと感じてくれればと思います。

先週のカンヌ映画祭で、ある人に「空想の記憶」と言われましたが、その通りだと思います。この年令、この学年の時の感覚を覚えています。実際に起ったことではありません。私にはその頃、起こるかもしれないことを空想をしました。この映画はその登場人物の一人が描いたものだと思います。(ウェス・アンダーソン監督)

  

アンダーソン監督や共同脚本のロマン・コッポラが、少年の頃に好きな女の子との駆け落ちを空想したかどうかは謎ですが(きっとしたにに違いない)、スージーに手を焼く両親が読む「問題児への対処の仕方」というパンフレットをスージーが発見するのはアンダーソンの監督自身が経験したことであり、またスージーの母親が家の中で拡声器を使って話すのは、ロマン・コッポラの母エレノア、つまりフランシス・フォード・コッポラの妻が実際にやっていたことであり、彼らの経験がしっかりと脚本に織り込まれています。

 

アレハンドロ・イナリトゥ監督同様、ウェス・アンダーソン監督はイギリス映画「小さな恋のメロディ」の大ファンで、「ムーンライズ・キングダム」はウェス・アンダーソン版「小さな恋のメロディ」と言っていいほど、大きな影響を受けています。「小さな恋のメロディ」は、後にハリウッドで監督として成功したアラン・パーカーの脚本デビュー作で、恋をした11歳の男の子と女の子を中心に子供たちの純粋な行動が周囲の大人たちをとまどわせ、困らせる数々の出来事を描いています。本国でもアメリカでもヒットせず、日本で大ヒットしたという珍しい作品ですが、最近になって欧米でもその価値が見直されている名作です。

 

小さな恋のメロディ」に大きな影響を受けているとは言え、展開するのは完全にウェス・アンダーソンの世界です。彼の作品の特徴のひとつに絵作りの妙がありますが、これは長年に渡るロバート・D・イェーマン撮影監督との気心の知れたタッグに秘密があります。イェーマンは、 

と、1996年のウェス・アンダーソン監督の長編映画監督デビュー以来、すべての実写作品の撮影監督を務めています。

 

アンダーソン監督は、通常、撮影地の近くに邸宅を借り上げ、そこに編集室を作って、撮影監督とともに寝泊まりして作業します。これはお互いが目指すものを良く理解し、編集の際の議論を次の撮影にフィードバック、より完全な世界を実現するのに非常に効果的です。通常、アンダーソン監督は撮影したイメージを絵コンテにして、それをセットアップ、撮影に落とし込んでいくのですが、イェーマン撮影監督はその過程でアンダーソン監督が何を好んで、何を好まないか、知り尽くしていると言います。因みに、出演者には別にホテルを準備するのですが、「ムーンライズ・キングダム」の撮影の際には、ビル・マーレイエドワード・ノートンジェイソン・シュワルツマンらが、同じ家の空部屋に住み着いたと言います。俳優が実際に監督の編集ぶりを見て、その考え方を理解、次の演技に活かすというのも、ウェス・アンダーソンの世界を実現するのに効果的であるだけではなく、チームの強い絆にも貢献します(彼の作品に限らず、小さな町に泊まり込んでの撮影はスタッフ・キャストの絆が深まるとよく賞賛される)。

 

ウェス・アンダーソンの世界の実現はキャストの選択から始まります。本作が初めての映画出演である子役の二人、ジャレッド・ギルマン、カーラ・ヘイワードも見事にウェス・アンダーソンの世界を演じていますが、アンダーソン監督は「完璧な子役がいないとこの映画は成り立たない」と、長年、彼の仕事をしているキャスティング・ディレクターとともに時間をかけてこの二人を探し当てたと言います。この二人で行けると直感したアンダーソン監督は、

  • ボーイスカウト役を演じるギルマンには料理、カヌーなどのスカウトの活動
  • 読書家の少女を演じるヘイワードには何冊かの本読み

の課題を与えたと言います。彼は、

  1. キャスティングで子役のキャラクターを押さえ、
  2. 次に課題で役の基本となる行動を押さえ、
  3. 最後にリハーサルを繰り返して役を作り込む

というアプローチで、アンダーソン監督は完璧な子役のパフォーマンスを引き出しています。

 

二人の子役のパフォーマンスも素晴らしいのですが、 

という脇役のアンサンブル・キャスティングが豪華です。二人の子供に振り回される大人たちをコミカルに演じる彼らのパフォーマンスには、作品や子どもたちへのそこはかとない暖かさ優しさが感じられ、まさに子どもたちの無垢な夢を祝福しているかのようです。

 

ウェス・アンダーソンは通常、脚本、監督、プロデューサーの三役をこなし、一貫した作風でほとんどの作品に極めて高い評価を得ています。絵コンテから撮影に落とし込んでいく手法に加えて、気心の知れた撮影監督、キャスティング・ディレクター、そして常連やリピートの多い俳優たちが、彼独特の作風に貢献していることは間違いないでしょう。本作は、そんな彼の作品の中でも最高傑作と言って良い作品です。

 

ジャレッド・ギルマン(サム・シャカスキー)

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カーラ・ヘイワード(スージー・ビショップ)

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ブルース・ウィリス(シャープ警部)

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ブルース・ウィリスは独身の老警官を好演している。「ダイハード」シリーズなど、警官を演じることの多い彼だが、「ムーンライズ・キングダム」は、彼が最も好きな映画のひとつだという。

 

エドワード・ノートン(ウォード隊長)

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エドワード・ノートンは、ウェス・アンダーソンの世界に完全に同化、気弱なところのあるボーイスカウトの隊長を巧みに演じている。役の解釈に一家言持つ性格が災いしてか業界の評価が分かれるが、天才的な役者であることは間違いない。彼はアンダーソン監督の次作「グランド・ブダペスト・ホテル」にも出演している。

 

ビル・マーレイ(右、ウォルト・ビショップ)と
フランシス・マクドーマンド(左、ローラ・ビショップ) 

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二人とも独特の味を持つ俳優だが、本作ではやや押さえている印象。ビル・マーレイは、ウェス・アンダーソン作品の常連。

 

ティルダ・スウィントン(福祉局員)

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ティルダ・スウィントンは、ソーシャル・ワーカーの役を演じている。彼女はアンダーソン監督の次作「グランド・ブダペスト・ホテル」にも出演している。

 

ジェイソン・シュワルツマン(いとこのベン)

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ジェイソン・シュワルツマンは、アンダーソン監督作品の常連。本作では出番が少ないが、個性的なパフォーマンスで終盤への展開を締めている。

 

ハーヴェイ・カイテル(右、ピアース司令官)

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ハーヴェイ・カイテルはアンダーソン監督の次作「グランド・ブダペスト・ホテル」にも出演している。

 

ボブ・バラバン(ナレーター)

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ボブ・バラバン語り部の役を演じている。彼はアンダーソン監督の次作「グランド・ブダペスト・ホテル」にも出演している。 

 

シンメトリー(左右対称)な映像がウェス・アンダーソンの基本

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ウェス・アンダーソンの映像は、左右対称のシンメトリーを基本に、それをアレンジしたものが多い。カラーやシャープネスも微妙にコントロールされ、統一感を出している。

 

サムとスージーの出会い

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劇の楽屋にサムがスージーを訪ねていく。少女たちの扮装といい、セットアップといい、如何にもウェス・アンダーソンらしい画作りだ。

 

いざ、駆け落ちに出発

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二人は如何にも真剣なのだが、その出で立ちの差がコミカルで微笑ましい。

 

サムの捜索に出発

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サムが所属していたボーイスカウトが、彼の捜索に向かう。エドワード・ノートンの隊長ぶりが秀逸。

 

結婚式を挙げるサムとスージー

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アメリカでは12歳では法的に結婚できないが、そんなことは二人には関係ない!

 

二人がムーンライズ・キングダムと名付けた入江

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サウンドトラック

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ムーンライズ・キングダム」オリジナル・サウンドトラック(Amazon

  1. 青少年のための管弦楽入門≫作品34から 主題A-F
  2. キャンプ・アイバンホー・ケイデンス・メドレー
  3. ≪シンプル・シンフォニー≫作品4から 第2楽章:遊び好きのピツィカート
  4. カウ・ライジャ (MONO)
  5. ≪ノアの洪水≫作品59から<ノアよ、汝の一族と方舟に入るべし>
  6. ザ・ヒロイック・ウェザー~コンディションズ・オブ・ザ・ユニバース パート1:ア・ヴェイルド・ミスト
  7. 同 パート2:スモーク/ファイヤー
  8. 同 パート3:ザ・ソルト・エアー
  9. 歌劇≪真夏の夜の夢≫作品64から<地べたの上でぐっすり眠れ>
  10. ロング・ゴーン・ロンサム・ブルース (MONO)
  11. ≪動物の謝肉祭≫から第10曲<大きな鳥かご>
  12. 恋の季節
  13. ≪音楽に寄せて≫
  14. ランブリン・マン (MONO)
  15. ≪金曜日の午後≫作品7から<エイブラム・ブラウン老>
  16. ザ・ヒロイック・ウェザー~コンディションズ・オブ・ザ・ユニバース パート4~6:サンダー、ライトニング、レイン
  17. ≪ノアの洪水≫作品59から<涯しも知られぬ> (抜粋)
  18. ≪ノアの洪水≫作品59から<ノアよ、汝の妻と子と共に方舟を出でよ> (抜粋)
  19. 青少年のための管弦楽入門≫作品34から フーガ
  20. ≪金曜日の午後≫作品7から<かっこう!>
  21. ザ・ヒロイック・ウェザー~コンディションズ・オブ・ザ・ユニバース パート7:アフター・ザ・ストーム 

撮影地(グーグル・マップ)

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関連作品

ムーンライズ・キングダム」に大きく影響を与えた作品のDVD(Amazon

  「小さな恋のメロディ」(1971年)

 

ウェス・アンダーソン監督・脚本作品のDVD(Amazon

  「アンソニーのハッピー・モーテル」(1996年)

  「天才マックスの世界」(1998年)

  「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001年)

  「ファンタスティック Mr.FOX」(2009年)

  「ムーンライズ・キングダム」(2012年)

  「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)

  「犬ヶ島」(2018年)

 

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