夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ハワーズ・エンド」:イギリスの美しい自然に囲まれた古びた別荘の相続を背景に、20世紀初頭の階級間の人間模様を描いた文芸作品

ハワーズ・エンド」(原題:Howards End)は、1992年公開のイギリスのドラマ映画です。1910年に出版されたE・M・フォースターの同名小説を原作に、ジェームズ・アイヴォリー監督、エマ・トンプソンアンソニー・ホプキンスらの出演で、知的で情緒豊かな中産階級の家庭と現実的な資産家の家庭の2つの家族が、別荘「ハワーズ・エンド」をめぐって繰り広げる人間模様を描いています。第65回アカデミー賞では作品賞を含む9部門にノミネートされ、主演女優賞(エマ・トンプソン)、脚色賞、美術賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ジェームズ・アイヴォリー
脚本:ルース・プラワー・ジャブヴァーラ
原作:E・M・フォースター「ハワーズ・エンド
出演:アンソニー・ホプキンス(ヘンリー・J・ウィルコックス)
   エマ・トンプソン(マーガレット・シュレーゲル)
   ヴァネッサ・レッドグレイヴ(ルース・ウィルコックス)
   ヘレナ・ボナム=カーター(ヘレン・シュレーゲル)
   ジェームズ・ウィルビー(チャールズ・ウィルコックス)
   サミュエル・ウェスト(レナード・バスト)
   ジェマ・レッドグレイヴ(イーヴィー・ウィルコックス)
   ニコラ・デュフェット(ジャッキー・バスト)
   エイドリアン・ロス・マジェンティ(ティビー・シュレーゲル)
   ほか

あらすじ

20世紀初頭、姉マーガレット(エマ・トンプソン)、妹ヘレン(ヘレナ・ボナム・カーター)、弟ティビー(エイドリアン・ロス・マジェンティ)、シュレーゲル家の三人姉弟はロンドンで暮らしていました。ヘレンは以前、資産家のウィルコックス家の次男のポール・ウィルコックスと恋愛沙汰を起こしたことで気まずい関係になっていましたが、ある日、向かいのマンションにウィルコックス家が引っ越してきます。マーガレットは、ウィルコックス家で唯一芸術を理解するルース夫人(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)の良き友人となりますが、やがてルースは「別荘ハワーズ・エンドはマーガレットに」と書き残して病死してしまいます。遺言は法的に有効ではなく遺族にもみ消されますが、マーガレットの優しさに心魅かれたウィルコックス家の当主ヘンリー(アンソニー・ホプキンス)は彼女に求婚、マーガレットは後添えに迎えられるます。一方、妹ヘレンは、知人のレナード・バスト(サミュエル・ウェスト)が、ヘンリーの助言により転職したあげく、人員整理で失業したことに腹を立て、姉とヘンリーの結婚式にレナードと妻ジャッキー(ニコラ・ダフェット)を連れて行きますが、偶然にもジャッキーは昔ヘンリーと愛人関係にあり、ヘンリーはうろたえ2人を追い出せとどなります。マーガレットは当惑しながらもヘンリーを許しますが、ヘレンはレナードに小切手を残し旅に出てしまいます・・・。

レビュー・解説

イギリスの美しい自然に囲まれた古びたカントリー・ハウスの相続を背景に、20世紀初頭の階級間の緊張感ある人間模様を描いた本作は、原作のツボを押さえた演出とキャストの卓越したパフォーマンスにより、芳醇で見応えのある文芸映画です。

 

E.M.(エドワード・モーガン・)フォースター(1879年〜1970年)は、「眺めのいい部屋」(1908年)、「ハワーズ・エンド」(1910年)、「モーリス」(1971年、死後に出版)などで知られるイギリスの小説家で、いずれの作品も映画化されています。異なる価値観をもつ者同士が接触することで巻き起こされる出来事について描いた作品が多く、しばしば、「社会の壁を越えて」お互いに理解し合おうとする人物たちが特徴となっています。「ハワーズ・エンド」でも、知的で自由主義的な中産階級であるシュレーゲル家と、保守的で功利的な中産階級のウィルコックス家、そして労働者階級のバスト夫妻と、三家族の人間模様が描かれています。

 

フォースター自身は中産階級の出身で、幼くして父を亡くしますが、資産家の叔母に引き取られ、ケンブリッジ大学卒業後は海外旅行をして過ごすなど、お金に困ることはなかったようです。本作では主として保守的で功利的な中産階級と知的で自由主義的な中産階級の労働者階級への接し方をめぐる摩擦を描きながら、自由主義的な視点で労働者階級の台頭を匂わす展開となっています。

 

タイトルにもなっている「ハワーズ・エンド」は、ウィルコックス家のカントリー・ハウス(別荘)です。豪奢なわけでもなく、古くて便が悪いとウィルコックス家のやっかいものですが、美しい自然に囲まれているのが取り柄。ウィルコックスの妻ルースにとっては自分が生まれたかけがえのない家であり、古き良きイギリスの象徴とも言えるこのカントリー・ハウスを誰が引き継ぐのかというのが、この作品の隠れたテーマになっています。

 

エマ・トンプソンアンソニー・ホプキンスヴァネッサ・レッドグレイヴ、ヘレナ・ボナム=カーターといった、蒼々たるキャスティングもこの映画の魅力です。冒頭、ウィルコックス家の妻として登場するヴァネッサ・レッドグレイヴの存在感が素晴らしい。病気で気弱になる老妻を演じているのですが、画面に収まった瞬間、彼女はまるで主役のように惹きつけます。彼女の前では小娘のようなエマ・トンプソンですが、後半に向けて控えめに、ユーモラスに、知的に、少しずつ存在感を増していきます。ケンブリッジ大学で英文学を専攻する傍ら劇団で活動した経歴を持ち、文芸作品を得意とするエマ・トンプソンは、この作品で才能を開花、第65回アカデミー賞主演女優賞を含む13の賞にノミネートされ、すべて受賞しています。また、決して派手ではないのですが、登場人物のキャラクターを踏まえた衣装も素晴らしいです。

 

映画では花開いたエマ・トンプソンですが、妹役を演じたヘレナ・ボム・カーターとエマの夫のケネス・ブラナーの不倫が発覚、エマは1995年に離婚します。「寝室で泣きまくったあと、バラバラになった心を引き出しにしまって、笑顔で外に出ることを繰り返していたため、それが女優としての自分にはプラスになった」というエマですが、「いつか晴れた日に」(1995年)で妹役で共演したケイト・ウィンスレットが俳優のグレッグ・ワイズとエマの仲を取り持ち、エマは1999年に二人の子供を出産、2003年に再婚します。私生活も映画に泣き、映画に笑う人生のようです。ちなみに、ヘレナ・ボム・カーターとはその後、和解しているそうです。

 

原作が出版された20世紀初頭は、保守党の帝国主義的植民地政策が行き詰まり、イギリス史上初めて自由党政権が誕生、スト権を保護する労働争議法、労働者賠償法、学童給食法、養老年金法、職業紹介所法、国民保険法の制定などの社会政策が実現し始めた時期です。後に自由党を凌駕、「ゆりかごから墓場まで」というイギリスの福祉政策を作り出した労働党が結党されたのもこの時期です。

 

映画が制作された1990年代初頭は、保守党のサッチャー政権の下で新自由主義に基づく構造改革が進み、経済状況が回復する中、労働組合に依存する労働党有権者の支持を得られず、低迷していました。労働者のあり方が問われる一方、所得格差が拡大した時代でもあります。映画公開後の1997年、自由主義経済と福祉政策の両立を謳った労働党が、拡大した所得格差に不満を持った人々や、長期政権に飽きた有権者の支持を集めて、ブレア政権が誕生しています。

 

イギリスの映画界は1989年に底を打ちますが、翌年から観客動員数が増え始めます。奇しくもこの頃から、文芸映画のヒット作が増えています。詳しく調べたわけではありませんが、映画よりもむしろ文学や演劇で世界をリードしてきたイギリスを見つめ直す動きだったのではないかと思います。功利的、享楽的なハリウッド映画では得がたい、伝統や情緒が感じられる作品が多く、一部のアメリカ映画やフランス映画がイギリスで撮影されるようになるなど、世界にも大きな影響を与え、イギリス俳優のハリウッド進出も、増えたように見受けられます。

 

エマ・トンプソン(マーガレット・シュレーゲル)

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アンソニー・ホプキンス(ヘンリー・J・ウィルコックス) 

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ヴァネッサ・レッドグレイヴ(ルース・ウィルコックス)

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ヘレナ・ボナム=カーター(ヘレン・シュレーゲル)

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撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

ハワーズ・エンド」の原作本Amazon

  E.M.フォースター著「ハワーズ・エンド

  E.M.Forster "Howards End"(Kindle版)

 

 

ジェイムズ・アイヴォリー監督・脚本作品のDVD(Amazon) 

  「ボストニアン」(1984年):監督

  「眺めのいい部屋」(1986年):監督

  「モーリス」(1987年):監督・脚本 

  「君の名前で僕を呼んで」(2017年):脚本

 

ジェームズ・アイヴォリー監督 x エマ・トンプソンのコラボ作品のDVD(Amazon

  「日の名残り」(1993年):監督・脚本

 

エマ・トンプソン出演作品

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1990年代のイギリスの文芸映のDVD(Amazon

 

  「魅せられて四月」(1992年)

      ・・・エリザベス・フォン・アーニムの同名小説が原作

  「日の名残り」(1993年)・・・カズオ・イシグロの同名小説が原作

  「から騒ぎ」(1993年)・・・シェイクスピアの同名戯曲が原作

  「いつか晴れた日に」(1995年)

      ・・・ジェーン・オースティン の「分別と多感」が原作

  「Emma エマ」(1996年)

      ・・・ジェーン・オースティンの小説「エマ」が原作

  「イングリッシュ・ペイシェント」(1996年)

      ・・・マイケル・オンダーチェの小説「イギリス人の患者」が原作

  「鳩の翼」(1997年)・・・ヘンリー・ジェイムズの同名小説を原作

  「恋におちたシェイクスピア」(1998年)

      ・・・シェイクスピア戯曲「ロミオとジュリエット」、「十二夜」が原作

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