「ビッグ・ピクチャー 顔のない逃亡者」:家族を描くヒューマンな序盤からサスペンスフルな後半を、ロマン・デュリスが一気に駆け抜ける
「ビッグ・ピクチャー 顔のない逃亡者」(原題:L'homme qui voulait vivre sa vie、英題:The Big Picture)は2010年公開のフランスのサスペンス&ドラマ映画です。アメリカの作家ダグラス・ケネディの1997年の小説「ビッグ・ピクチャー」を原作とし、舞台をフランスに翻案、エリック・ラルティゴー監督、エリック・ラルティゴー/ローラン・ド・バルティヤ脚本、ロマン・デュリスらの出演で、パリで法律事務所を共同経営、郊外の高級住宅地で美しい妻と二人の子供と暮らす子煩悩な弁護士が、生活の綻びから自らの人生を大きく変えていく様を描いています。日本では劇場未公開ですが、ソフトで視聴できます。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:エリック・ラルティゴー
脚本:エリック・ラルティゴー/ローラン・ド・バルティヤ
原作:ダグラス・ケネディ「ビッグ・ピクチャー」
出演:ロマン・デュリス(ポール・エグズベン、パリのエリート弁護士)
マリナ・フォイス(サラ・エグズベン、ポールの妻、作家志望)
ニエル・アレストリュプ(バルトロメ、ベオグラード新報の主筆、飲んだくれ)
エリック・リュフ(グレゴワール・クレメール、サラの不倫相手、写真家)
ブランカ・カティッチ(イヴァナ、バルトロメの同僚、後にポールと愛し合う)
カトリーヌ・ドヌーヴ(アンヌ・ダマゾ、ポールの弁護士事務所の共同経営者)
ほか
あらすじ
パリのエリート弁護士ポール(ロマン・デュリス)は妻サラ(マリナ・フォイス)と2人の子供の4人で郊外で暮らしています。子煩悩なポールは傍目には幸せに見えますが、妻との関係はぎくしゃくしています。ある日、ポールはサラが隣人の売れない写真家グレゴワール(エリック・リュフ)と不倫関係にあることに気づきます。サラはポールとの離婚を考え家を出て行き、ポールはグレゴワールに会いに行きます。サラとの関係をあっさり認めたグレゴワールにカッとなったポールは、はずみでグレゴワールを死なせてしまいます。途方に暮れたポールは、愛する2人の子を「殺人犯の子」にしないために、グレゴワールに成り済まし、代わりに自分はヨットの事故死を装います。偽装工作が成功し、グレゴワールとして別の人生を歩もうとやって来た東欧のある国で、ふとしたことから出会った初老の男バルトロメ(ニエル・アレストリュプ)の口利きで、ポールは写真家として新聞社と契約します・・・。
レビュー・解説
家族や周囲との関係を濃密に描くヒューマン・タッチの序盤から、サスペンス・タッチにがらりと変わる中盤、終盤を、ロマン・デュリス演じる主人公が一気に駆け抜ける、示唆に富んだ娯楽映画です。
赤ちゃんが夜泣きする声から始まるこの映画は、主人公ポールと、彼と周囲の関係を最初の30分で濃密に描いています。彼は好き放題やっていた20歳の時に、父親に説得されて弁護士の道に進み、成功しています。共同経営者には、株を譲渡するので所長になってくれと言われています。子供を育てるの良いからという妻の意向で、通勤時間のかかる郊外の高級住宅街に住んでいます。写真が好きで、庭の手入れもせずに地下に暗室を作っています。妻のサラは自宅で育児をしながら作家を目指しますが、うまく行きません。無邪気でエネルギッシュで子煩悩な彼ですが、妻の微妙な気持ちを汲む事ができません。妻の不満が募る中、彼は妻が浮気をしているのではないかと、疑念を抱きます。
この最初の30分の人物描写、状況描写が素晴らしく、サスペンスタッチに変わる残りの1時間半弱は、ここで濃密に描かれたキャラクターの勢いで展開しているかの観があります。これは原作自体が持つ特徴で、その点を批判する人もいるようですが、エリック・ラルティゴー監督は原作をなぞります。他人に成りなりまして異国の地で生きる主人公をサスペンスフルに描きながら、彼はポールが抱える問題と選択、その結果を、是非の判断を加えることなく描いています。
ポールが抱えていた問題は、
- 弁護士ではなく、カメラマンになりたかった。
- 妻との関係がギクシャクしており、妻が去る事を恐れていたが、妻は不倫をし、家を出て行った。
- 子供と別れるのは辛かったが、彼らを「殺人者の子」と呼ばれたくなかった。
才能に溢れ、人柄も良い彼は、アンヌやバルトロメなどの良き理解者に恵まれるとともに、妻とその浮気相手への対応の為、様々な選択の機会に遭遇します。
- アンヌの申し出に応じ、株の譲渡を受けて所長になるか、否か
- 妻の離婚を受け入れるか、妻の浮気相手と談判するか
- 自首するか、他人になりすまして逃亡するか
- バルトロメの口利きに応じ、写真家として新聞社と契約するか、否か
- イヴァナの奨めに応じ、個展を開くか、否か
フランス語の原題を直訳すると「自分の人生を生きたかった男」という意味で、最初の30分で描かれているのが彼の生きたかった人生でないことになります。彼がどのような選択するかには、正解はないでしょう。アイデンティティ、すなわち自分が自分であることは流動的です。しかしながら、どのような選択をしても、人生の重さは変わりません。
邦題の「ビッグ・ピクチャー」は原作小説のタイトル「The Big Picture」に由来します。日本語でも「大きな絵を描く」と言いますが、弁護士として生きるか、カメラマンとし生きるか、人生の大きな絵という意味に、傑作写真という意味がかけられています。邦題からはそのニュアンスを察しにくいかもしれません。
ロマン・デュリス(ポール・エグズベン)
ポールは子煩悩なエリート弁護士だが、妻とうまくいっていない。本作はロマン・デュリスの為の映画のようなものだが、最初から最後まで全開の出ずっぱりで、観客を飽きさせないのは、彼の力量。「真夜中のピアニスト」(2005年)、「ハートブレイカー」(2010年)、「彼は秘密の女友達」(2014年)と、彼はセザール賞(フランスのアカデミー賞)主演男優賞を三度、受賞している。
マリナ・フォイス(サラ・エグズベン)
サラは育児をしながら作家を目指したがうまくいかず、家庭に縛り付けられていると感じている。マリナは結婚に行き詰まった妻を、怖いほど巧みに演じている。「パリ警視庁:未成年保護部隊」(2011年)などで、三度、セザール賞主演女優賞にノミネートされている実力派女優。
カトリーヌ・ドヌーヴ(アンヌ・ダマゾ、左)
アンヌは法律事務所の知的な共同経営者で、ポールの良き理解者。カトリーヌ・ドヌーヴの出演時間は短いが、間合いや表情が醸し出す、初老の穏やかな存在感が素晴らしい。セザール賞主演女優賞に最多13回ノミネート(うち2回受賞)された名女優。ただ美しいだけの女優では老いてこの様な演技はできない。
ニエル・アレストリュプ(バルトロメ)
パルトロメはポールが逃亡先で出会う飲んだくれ。地方紙の主筆でポールの写真の才能を見いだす。ニエル・アレストリュプは「真夜中のピアニスト」(2005年)、「預言者」(2009年)と、セザール賞助演男優賞を受賞している名優。一癖も二癖もあるような役を見事に演じる。本作でも、セザール賞にノミネートされている。
ブランカ・カティッチ(イヴァナ)
イヴァナはパルトロメの同僚で、ポールと愛し合うようになる。イヴァナはキャリア・ウーマンだが、東欧(ユーゴスラビア)出身の女優ブランカ・カティッチは女性らしく演じている。ポールと愛し合う様になり、二人の幸せを願いたいところだが・・・。奇しくも、マリナとブランカは同じ年。
ポールが逃亡に使ったメルセデス・ベンツのスケール・モデル
(1/18)メルセデス・ベンツ ストリッチ 8 クーペ(Amazon)
ストリッチ 8(独:Strich Acht)はドイツ語で「/8」の読みで、1968年に発売された新世代の車として車体番号の銘版に「/8」と記載されたことから、こう呼ばれる。上位モデルのSクラスより小型で扱いやすいことから、「コンパクト」とも呼ばれた。英語でストローク(英:Stroke 8)と呼ばれているが、これは必ずしも正確な訳ではない。
撮影地(グーグルマップ)
- ポールとアンヌが昼食をとった日本食レストラン
回転寿しがある。 - サラがポールを呼び出したカフェ
- ポールがヨットに乗り込んだ港
- グレゴワールになりすましたポールが家を借りた東欧の街
設定ではハンガリーになっているが、撮影はポンテネグロで行われている。 - グレゴワールになりすましたポールが船を撮影した場所
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関連作品
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Douglas Kennedy "The Big Picture"(洋書)
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「スパニッシュ・アパートメント」(2002年)
「彼は秘密の女ともだち」(2014年)