「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」:偉業を知られる事無く、不名誉の内に非業の死を遂げたチューリングの生涯
「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」(原題:The Imitation Game)は、2014年公開のイギリス、アメリカ合作のドラマ映画です。アンドリュー・ホッジスによる伝記「Alan Turing: The Enigma」を基にグレアム・ムーアが脚本を執筆、モルテン・ティルドゥムが監督、ベネディクト・カンバーバッチが主演を務め、第二次世界大戦中に不可能と言われたドイツ軍の暗号「エニグマ」の解読に成功、のちに同性間の性的行為のかどで訴追を受けた実在のイギリス人天才数学者アラン・チューリングの数奇な運命を描き、戦争時の機密事項として英国政府が50年間も隠し続けていたチューリングの知られざる人物像を明らかにしています。第87回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞を含めた8部門でノミネートされ、ムーアが脚色賞を受賞しています。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:モルテン・ティルドゥム
脚本:グレアム・ムーア
原作:アンドリュー・ホッジス「Alan Turing: The Enigma」
出演:ベネディクト・カンバーバッチ(アラン・チューリング)
キーラ・ナイトレイ(ジョーン・クラーク)
マシュー・グッド(ヒュー・アレグザンダー)
ロリー・キニア(ロバート・ノック刑事)
アレン・リーチ(ジョン・ケアンクロス)
マシュー・ビアード(ピーター・ヒルトン)
チャールズ・ダンス(アラステア・デニストン)
マーク・ストロング(スチュアート・ミンギス少将)
ジェームズ・ノースコート(ジャック・ゴールド)
トム・グッドマン=ヒル(スタール軍曹)
スティーヴン・ウォディントン(スミス警視)
アレックス・ロウザー(若き日のチューリング)
ジャック・バノン(クリストファー・モーコム)
タペンス・ミドルトン(ヘレン)
ほか
あらすじ
- 1951年、数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の家が荒らされ、刑事の取り調べを受けたチューリングは、過去を回顧します。1927年、寄宿学校でいじめにあい、不遇の日々を送っていた若きチューリングは、友人クリストファー・モーコム(ジャック・バノン)に触発され、暗号の世界にのめりこみます。チューリングはモーコムに恋心を抱きますが、告白しようとした矢先にモーコムは結核で死んでしまいます。
- 1939年、イギリスがヒトラー率いるドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が始まり、27歳のケンブリッジ大学特別研究員のチューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)は、イギリス政府の為にドイツ軍が誇る解読不能と言われた暗号エニグマに挑むことになります。イギリス海軍のデニストン中佐(チャールズ・ダンス)は6人の精鋭による解読チームをブレッチリー・パークに集めますが、チューリングは一人で仕事をしたいと訴えます。MI6のスチュアート・ミンギス(マーク・ストロング)もチーム一丸となることを求めますが、同僚を見下すチューリングは協調性を欠き、リーダーのヒュー・アレグザンダー(マシュー・グード)のもと暗号文を分析するチームを横目に、ひとり暗号解読装置の設計に没頭します。子供の頃から孤立し、唯一の親友とも悲しい別れをしたチューリングには、他人との交流など不要でした。デニストンが装置の組立資金拠出を拒否すると、チューリングはチャーチル首相に直訴する手紙を送ります。チャーチルは拠出を許可し、チューリングをチームの責任者に任命、チューリングは能力不足としてファーマンとリチャーズをチームから解任します。
- 1940年、解読は一向に進まず、メンバーの苛立ちがチューリングに向けられる中、新聞に難解なクロスワードパズルを載せて求人、後任を探します。ケンブリッジ大学の卒業生ジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)がチューリングのテストに合格しますが、男性と同じ職場で働くことを両親に反対されます。チューリングは彼女が通信傍受係の女性職員と同じ場所で働けるよう手配し、彼女に解読装置の計画を教え、彼女はチューリングの心を少しずつ開いていきます。「クリストファー」と名付けられたチューリングの装置は完成するものの、ドイツ軍が毎日設定を変えるためエニグマの解読に至りません。デニストンは装置の破棄とチューリングの解雇を命じますが、チューリングの同僚たちは辞職をちらつかせてこれを阻止します。クラークが両親の意向に従って職場を去ろうとすると、チューリングは彼女に求婚し、彼女もこれを承諾します。チューリングの性的嗜好を知ったケアンクロスは、チューリングに隠し続けるよう忠告します。デニストン中佐から1カ月の猶予を引き出したチューリングは、通信の傍受内容にまつわる女性職員の会話から、通信内容に特定の言葉が含まれると分かっていれば、装置がそれを復号するようにプログラムすればよいことに気づきます・・・。
レビュー・解説
国を救うという偉業を成し遂げながらも、軍事機密の為に世に知られる事も無く、偉大な才能を持ちながらも理解無き時代に不名誉なレッテルを貼られ、41歳の若さで非業の死を遂げたアラン・チューリングの生涯を感動的に描いています。
この映画はアンドリュー・ホッジスによる伝記に基づいていますが、単なる伝記を超えて、戦争、暗号解読、コンピューティング、スパイ、ラブストーリー、人権問題と多彩な要素を取り込んだドラマに仕上がっています。
この映画は様々な要素を含んでいる。戦争の話であり、スパイスリラーであり、二つのラブストーリーと人権問題が入っている。これらの要素をいかにして自然につなげていくか話し合いを重ねた。私にとって映画はミステリーであり、観客は謎を解きながら話を追っていく。チューリングはパズルに夢中だったので、映画自体をパズルのようにしたかったんだ。(モルテン・ティルドゥム監督)
戦争の英雄で、ゲイのアイコン、そしてコンピューター科学の父……。あの短い生涯でこんなにも多くのことを成し遂げた。彼の人生は並外れているよ。(ベネディクト・カンバーバッチ)
インディペンダント系の製作で出演料も限られていますが、カンバーバッチはムーアの脚本を読んで「なぜこんなことが起きたのか、この物語を伝えなくてはならない」と決心、プロデューサーとモルテン・ティルドゥム監督に会って主役を得ました。
奇妙なプロセスだけど、僕は運がよかった。これは僕がやりたいことで、そのままどこかへやってしまうなんてできなかった。とても強い力を持った脚本だったんだ。(ベネディクト・カンバーバッチ)
彼は、役作りの為に伝記や資料を読むだけでなく、現存のチューリングの姪や彼の元同僚から話を聞いてその内面に迫りました。
彼らはアランの人間性、内面を教えてくれた。子供たちはアランと一緒に居るとき、ほかの大人たちと居るときよりもリラックスでき、楽しんだ。それはアランが対等に扱ってくれるからだ。対等という意味ではジョーンについても同じ。当時は完全な男性社会だったが、彼は彼女を同等に扱い、男性と同じ給料が支払われるよう計らった。彼は冷たく、心を閉ざした人というわけではなかったんだ。面白くて、礼儀正しくて、内向的ではあるがとても温かい人だった。(ベネディクト・カンバーバッチ)
アラン・チューリング自身がツンとした所があって、そこは別にアランが人に対して失礼な訳ではなくて、とにかく頭が回転しているからそういうそっけない素振りになってしまうっていう説明をずいぶんしたのを覚えているよ。(グレアム・ムーア)
周到な役作りの上に立ったカンバーバッチの熱演は、親族にも大きな好意を持って受け入れられました。
スクリーンのベネディクトを観ていると、まるで叔父さんが生き返ったかのようだった。彼は叔父に敬意を払ってくれた。(アランの姪、イナ・ペイン)
ベネディクトは完璧なキャスティングだ。他の誰も彼以上にはできないだろう。(アランの甥、ダーモット・チューリング)
ベネディクトは私が知らなかったことまで知っている。アランに関する知識量に驚かされた。(アランの甥の息子、ジェームズ・チューリング)
カンバーバッチは、最終シーンのひとつで涙が止まらず、自分をコントロールできなくなったと語っています。それは役者として、また、人間としてチューリングに惚れこんだカンバーバッチが、チューリングがどんな目にあい、どんな思いをしたか考えずにはいられなかったからでした。イギリス首相のゴードン・ブラウンは、2009年に政府として正式な謝罪を発表、当時のチューリングの扱いを「呆れたもの (appalling)」と表現しました。続いて2012年に英国貴族院に正式な恩赦の法案が提出され、2013年に女王、エリザベス2世の名をもって正式に恩赦が発効しました。
許す事ができるのは彼(チューリング)だけなんだ。映画を観て、彼が並外れて人間らしい人間だったこと、政府の扱いがひどかったことがわかってもらえればと思う。(ベネディクト・カンバーバッチ)
アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされたキーラ・ナイトレイの好演も光ります。実在したジョーン・クラークは飾り気のない女性だったようですが、婚約を解消されながらも、チューリングが亡くなるまで同志として交流を続けたジョーンを良く演じ、ひとつのラブ・ストーリーをうまく形作っています。
タイトルの「イミテーション・ゲーム」は、アラン・チューリングが書いた論文のタイトルに由来します。これはコンピューターと人間に同じ質問をして、それぞれがどちらの回答であるかを隠し、第三者に提示してどちらがコンピューターの回答であるかを判定させるというもので、人工知能(AI)の開発に利用されるテストです。
<ネタバレ>
映画では、取り調べの刑事の質問を「イミテーション・ゲーム」に見立て、チューリングが機械のように冷たいのか、暖かさを持った人間なのか、罪人なのか、偉人なのか、刑事に判断させようとすることに重ね合わせています。また、彼は初恋のクリストファーをなぞる為に装置を作りたかっただけで、政府の暗号解読の仕事はそれをカバーする為の真似事(イミテーション・ゲーム)だったことも示唆されます。実際のチューリングは裁判でも秘密を守り、自分の偉業をアピールすることはありませんでした。また、彼は自分の能力や専門領域に愛着を持っていたと思われますが、人工知能でクリストファーを再現する為に装置を作ったと解釈するには、少し飛躍があるような気がします。これらはむしろ、彼の人間像を浮き彫りにする為に脚色された象徴的なレトリックとして評価すべきでしょう。
<ネタバレ終り>
「イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密」は、第87回アカデミー賞で、脚色賞(グレアム・ムーア)、作品賞、監督賞(モルテン・ティルドゥム)、主演男優賞(ベネディクト・カンバーバッチ)、助演女優賞(キーラ・ナイトレイ)、編集賞、作曲賞、美術賞の8賞にノミネートされ、グレアム・ムーアが脚色賞を受賞しました。彼は、授賞式のスピーチで以下のように語っています。
短い時間ですが、僕には伝えたいことがあります。16歳の頃、僕は自殺を図りました。自分は変わり者で、他の人とは違い、居場所がないと感じたからです。そして今、僕はここに立っています。だから僕はこの時間を、自分は変わり者だとか、他の人とは違うとか、どこにも居場所がないと感じている若者のために捧げたいと思います。君の居場所はあります。僕が約束するよ。変わり者のままで、みんなと違うままでいいんだ。いつか君がここに立つ番が来た時には、どうか同じメッセージを次の人に伝えてください。どうもありがとう!(グレアム・ムーア)
ベネディクト・カンバーバッチ(1976年〜 )は、ロンドン出身のイギリスの俳優。マンチェスター大学、ロンドン音楽芸術学院で演劇を学ぶ。2001年からナショナル・シアターなどで舞台を演じ、2005年にローレンス・オリヴィエ賞助演部門にノミネート、2012年に同主演男優賞を受賞。映画「アメイジング・グレイス」(2006年)、「つぐない」(2007年)、「ブーリン家の姉妹」(2008年)、「戦火の馬」(2011年)などに出演、本作でアカデミー主演男優賞を受賞、2015年に大英帝国勲章を受勲している。
キーラ・ナイトレイ(左)
キーラ・ナイトレイ(1985年〜)は、ロンドン出身のイギリスの女優。 父は舞台役者 、母は劇作家。幼い頃から役者志望で、「学校が休みの時だけ演技の仕事をしてもいい」との約束でエージェントが付ける。識字障害で、10代の時に克服している。1993年にテレビドラマ・デビュー、1995年に映画デビュー。「ベッカムに恋して」(2002年)、「プライドと偏見」(2005年)、「つぐない」(2007年)、「わたしを離さないで」(2010年)、「はじまりのうた」(2013年)、「コレット」(2018年)、「オフィシャル・シークレッツ」(2019年)などに出演、「プライドと偏見」でアカデミー主演女優賞にノミネートされている。女優としてのキャリアとチャリティー活動が評価され、2018年に大英帝国勲章(第四位)を受勲している。
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「裏切りのサーカス」(2011年)
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「スター・トレック イントゥ・ダークネス」(2013年)
「ドクター・ストレンジ」(2016年)
「ベッカムに恋して」(2002年)
「プライドと偏見」(2005年)
「コレット」(2018年)
「オフィシャル・シークレッツ」(2019年)輸入盤、日本語なし