「犬ヶ島」(原題:Isle of Dogs )は、2018年公開のアメリカ・ドイツ合作のストップモーション・アニメーション映画です。ウェス・アンダーソン監督、コーユー・ランキン、リーヴ・シュレイバー、ブライアン・クランストンら出演で、近未来の日本を舞台に犬インフルエンザの大流行で孤島に送られた愛犬を捜す少年と、それを助けるボス犬たちの冒険を描いています。第68回ベルリン国際映画祭で、アンダーソン監督が「グランド・ブタペスト・ホテル」(2014年)続き二作連続で銀熊賞を受賞した作品です。
目次
スタッフ・キャスト
監督:ウェス・アンダーソン
脚本:ウェス・アンダーソン
原案:ウェス・アンダーソン/ロマン・コッポラ/ジェイソン・シュワルツマン/野村訓市
出演:コーユー・ランキン(小林アタリ)
リーヴ・シュレイバー(スポッツ)
ブライアン・クランストン(チーフ)
エドワード・ノートン(レックス)
ボブ・バラバン(キング)
ビル・マーレイ(ボス)
ジェフ・ゴールドブラム(デューク)
スカーレット・ヨハンソン(ナツメグ)
F・マーリー・エイブラハム(ジュピター)
ティルダ・スウィントン(オラクル)
野村訓市(小林市長)
高山明(メイジャー・ドウモ)
伊藤晃(渡辺教授)
オノ・ヨーコ(科学者助手ヨーコ・オノ)
グレタ・ガーウィグ(トレイシー・ウォーカー)
村上虹郎(ヒロシ編集員)
フランシス・マクドーマンド(通訳ネルソン)
野田洋次郎(ニュースキャスター)
渡辺謙(筆頭執刀医)
夏木マリ(おばさん)
ハーヴェイ・カイテル(ゴンド)
フィッシャー・スティーヴンス(スクラップ)
コートニー・B・ヴァンス(ナレーター)
ほか
あらすじ
- 「その昔、犬と犬嫌いの小林一族との間で戦争があった」と序幕で語られます。劣勢の犬に同情した少年侍は戦に参加し、小林一族の長を殺害しますが少年も亡き者になり、その魂が祀られます。しかし犬は結局、小林一族に勝てず、人間への服従を余儀なくされます。
- 千年の時が流れ、今から20年後の日本。メガ崎市では犬の伝染病「ドッグ病」が蔓延し始め、社会問題となります。科学者である渡辺教授は「ドッグ病を治す血清がじきに完成する」と主張しますが、人間への感染を恐れた小林市長はそれを無視し、すべての犬をゴミ島である「犬ヶ島」に隔離することを宣言します。
- 数か月後、犬ヶ島では怒りと悲しみと空腹を抱えた犬たちがさまよっています。その中に、5匹のボス犬のグループがいます。かつては快適な家の中で飼われていたレックス、22本のドッグフードのCMに出演したキング、高校野球で最強チームのマスコットだったボス、健康管理に気を使ってくれる飼い主の愛犬だったデューク、そんな元ペットの4匹に「強く生きろ」と喝を入れるノラ犬のチーフの5匹です。
- そんなある時、一人の少年が小型飛行機で島に不時着します。彼の名はアタリ、護衛犬だったスポッツを捜しに来た小林市長の養子です。事故で両親を亡くしてひとりぼっちになり、遠縁の小林市長に引き取られた12歳のアタリにとって、スポッツだけが心を許せる親友でした。ゴミ島へ送られたスポッツは鍵のかかったオリから出られずに死んでしまったと思われましたが、それは「犬」違いでした。スポッツを救い出すべく探索を決意したアタリに感動したレックスは、伝説の予言犬ジュピターとオラクルを訪ねて教えを請おうと提案、アタリと勇敢で心優しい5匹の犬たちの旅が始まります。
- 一方、メガ崎市では、小林政権を批判し、ドッグ病の治療薬を研究していた渡辺教授が軟禁されます。メガ崎高校新聞部のヒロシ編集員と留学生のウォーカーは、背後に潜む陰謀をかぎつけ調査を始めます。アタリと5匹は、予言犬ジュピターとオラクルの「旅を続けよ」という言葉に従いますが、思わぬアクシデントから、アタリとチーフが仲間からはぐれてしまいます。一人と一匹は少しずつ心を通い合わせ始めます・・・。
レビュー・解説
近未来の日本を舞台に、被写体に正対するシンメトリーな構図、細部へのこだわりなど、ウェス・アンダーソン監督ならでは世界観とストーリー・テリングの魅力が濃縮されたストップモーション・アニメーション映画です。
ウェス・アンダーソン監督の世界観が濃縮されたストップモーション・アニメ
細部へのこだわり
冒頭、神主が神社で祈りを捧げ、犬と犬嫌いの小林一族との戦の顛末が屏風絵風に語られます。神社も屏風絵も模写ではなく、本作のオリジナルなものですが、日本のアニメでもここまでやらないだろうという程、細部へのこだわりが感じられます。アメリカ人の監督によるオリジナル作品ですが、日本的な雰囲気な色濃く漂わせるオープニングです。
神社、屏風絵など、プロローグから細部へのこだわりを見せる
続いて流れる、動きの激しい和太鼓演奏をストップモーション・アニメで表現したオープニング・クレジットが圧巻です。
動きの激しい和太鼓演奏をストップモーション・アニメで表現
本編にも、寿司の調理シーンなど細部にこだわった映像が随所に見られます。
細部にこだわった寿司の調理シーン
純粋に撮りたい!という気持ちがこの場面を生み出しました。もっとも寿司を準備するシーンや日本の食卓を描いたシーンに深い意味は全くないのですが…。手間のかかるストップモーションアニメーションで、日本の食文化を細やかに再現しようなんて人は世界中で僕だけですよね。
複雑で大変な作業でした。例えば、包丁さばきひとつや料理人の動きひとつとってみても現実と離れてしまうと、深みがなくなってしまってチープな印象を与えてしまうからです。制作は、フランス人、デンマーク人、スペイン人など世界中から集まった様々なバックグラウンドを持つアニメイターが携わっていました。その中で、日本食の正しい作法を知っている人を探すのは非常に困難で。たった1つのシーンを制作するのに、正しい知識を持ったアメリカにいるアニメイターを見つけ出し、ようやく完成させることができたんです。(ウェス・アンダーソン監督)
https://www.fashion-press.net/news/29248
本作は、黒澤明監督の「天国と地獄」、「野良犬」、「悪い奴ほどよく眠る」「醜聞」、「醉いどれ天使」などを参考にしています。「もし『犬ヶ島』が1960年代に作られた映画で、設定は2005年やその先の近未来のことを描いた作品だったらどうなるだろう」とイマジネーションを膨らませ、サウンドトラックには黒澤作品の曲も使われています。他に、宮崎駿監督の作品、北斎や広重の絵画、軍艦島、渋谷のハチ公像なども参考にしています。これらの日本に関する映像はリアリティだけを追求したものではなく、オリジナルな部分も含まれていますが、例えば畳の敷き方がおかしいといういったような間違いが製作中に毎日にように指摘され、そうした間違いの修正を地道に積み重ねることにより、非常に質の高いこだわりが実現されています。
犬ヶ島は実在する?
2005年に来日した際に、ウェス・アンダーソン監督は日本を舞台にした作品を撮りたいと思いました。その後、ロンドンで「ファンタスティック Mr.FOX」(2009年)を撮影している時に、「Isle of Dogs」という道標を見かけて面白いと思い、いろいろと想いを巡らせませした。「Isle of Dogs」は蛇行するテムズ川に突き出た半島状の地域の名前で、語源については、
- エドワード三世のグレイハウンドが置かれていた
- 野生の鳥が生息しており Isle of Ducks が訛った
などの説があるようですが、アンダーソン監督の監督の興味を惹いたのは、歴史でも景観でもなく、本作の原題にもなっているその名前です。
ロンドンに実在する「Isle of Dogs」
その後、アンダーソン監督は、島のゴミ捨て場に住むチーフ、デューク、ボス、キングという名前のボス犬の群れと、そこへ飼い犬を探しに行く男の子というアイデアを思いつきました。「ファンタスティック Mr.FOX」の後にもう一度ストップモーションアニメを撮りたいと思ったアンダーソン監督は、盟友のジェイソン・シュワルツマンとローマン・コッポラに話をし、一緒にストーリーを書くことになりました。彼らとは「日本の何かをやりたいね」と以前から話しており、ふたつのアイディアがひとつになって本作が生まれました。因みに、このようにグループで脚本を書くのは、彼が敬愛する黒澤明監督のスタイルでもあります。
豪華なキャスティング
黒澤明監督同様、アンダーソン監督は同じ俳優を繰り返して起用する傾向がありますが、本作からの出演も含めてオスカー俳優が4人、オスカー候補が8人、さらにアメリカで最も稼ぐ女優と言われるスカーレット・ヨハンソン、日本からは渡辺謙、故ジョン・レノンのオノ・ヨーコ夫人といった、非常に豪華なキャスティングを実現しています。また、「ファンタスティック Mr.FOX」の制作に関わったスタッフのほとんどが本作制作の為に再び集結しており、アンダーソン監督の俳優やスタッフを惹きつけつる求心力の強さが感じられます。
キャスティングの傾向
キャスト | 犬ヶ島 | グランド ・ブダペスト ・ホテル |
ムーンライズ ・キングダム |
オスカー歴 |
2018年 | 2014年 | 2012年 | ||
ビル・マーレイ | ◯ | ◯ | ◯ | 候補 |
エドワード・ノートン | ◯ | ◯ | ◯ | 候補 |
ハーヴェイ・カイテル | ◯ | ◯ | ◯ | 候補 |
ティルダ・スウィントン | ◯ | ◯ | ◯ | 受賞 |
ボブ・バラバン | ◯ | ◯ | ◯ | 候補 |
ジェイソン・シュワルツマン | 原案 | ◯ | ◯ | |
F・マーリー・エイブラハム | ◯ | ◯ | 受賞 | |
ジェフ・ゴールドブラム | ◯ | ◯ | 候補 | |
野村訓市 | ◯ | ◯ | ||
フランシス・マクドーマンド | ◯ | ◯ | 受賞 | |
カーラ・ヘイワード | ◯ | ◯ | ||
フィッシャー・スティーブンス | ◯ | 受賞 | ||
ブライン・クランストン | ◯ | 候補 | ||
グレタ・ガーウィグ | ◯ | 候補 | ||
ロマン・コッポラ | ◯ | 候補 | ||
コーユー・ランキン | ◯ | |||
スカーレット・ヨハンソン | ◯ | |||
リーブ・シュレイバー | ◯ | |||
アンジェリカ・ヒューストン | ◯ | |||
渡辺謙 | ◯ | |||
オノ・ヨーコ | ◯ |
5匹のボス犬と少年
左から、キング(ボブ・バラバン)、ボス(ビル・マーレイ)、レックス(エドワード・ノートン)、小林アタリ(コーユー・ランキン)、チーフ(ブライアン・クランストン)、デューク(ジェフ・ゴールドブラム)
核となる5匹の犬は、アンダーソン監督作品の常連俳優で固められています。チーフが野良犬、他の4匹は元ペットという設定ですが、芸達者な俳優たちがこれらの犬たちに個性を与えています。この作品には、出演する犬たちがインタビューに答えるお茶目な特別映像が作られており、冒頭のフィルムのカウント・ダウンに続いてブライアン・クランストン演じるチーフが登場、カメラ目線で自身のことや本作の物語について語ります。その後も、ビル・マーレイ演じるボス、エドワード・ノートン演じるレックス、リーブ・シュレイバー演じるスポッツ、F・マーリー・エイブラハム演じるジュピター、ジェフ・ゴールドブラム演じるデューク、スカーレット・ヨハンソン演じるナツメグ、ボブ・バラバン演じるキング、ティルダ・スウィントン演じるオラクルと、ウェス・アンダーソン監督が創り上げた本作のセットの中で次々にインタビューに答えてきます。これらの映像は声の出演を務めた俳優陣のインタビュー音声に、それぞれのキャラクターのストップモーション・アニメを当て込んで作られたもので、こうした特別映像にもアンダーソン監督のこだわりが感じられます。
出演する犬たちがインタビューに答えるお茶目な特別映像
アタリ少年が探す飼い犬のスポッツ(リーヴ・シュレイバー)
ミステリアスな美女犬ナツメグ(スカーレット・ヨハンソン)
ちょっと驚いたのが、ミステリアスな美女犬ナツメグを演じたスカーレット・ヨハンソンです。声でミステリアスな美女の存在感を醸し出す、見事なパフォーマンスです。彼女は「her/世界でひとつの彼女」(2013年)で、やはり声だけで魅力的な AI を演じきり、声だけの出演で第8回ローマ映画祭最優秀女優賞を受賞するという、あまり例のない快挙を成し遂げています。アメリカではセクシー派女優として位置づけられているようですが、声だけでこれだけの存在感を表現できる彼女はなかなかのものです。
ジュピター(F・マーリー・エイブラハム)
オラクル(ティルダ・スウィントン)
小林市長(野村訓市)
メイジャー・ドウモ(高山明)
渡辺教授(伊藤晃)
トレイシー・ウォーカー(手前左、グレタ・ガーウィグ)
アンダーソン監督の次作は、フランスの架空の都市を舞台した実写作品で、2019年2月からフランスで撮影に入るようです。今度は、どんな作品で楽しませてくれるのか、期待が膨らみます。
サウンドトラック
1.神社 2.太鼓ドラミング 3.市営ドーム 4.シックス・マンス・レイター + ドッグ・ファイト 5.ヒーロー・パック 6.ファースト・クラッシュ・ランディング 7.勘兵衛と勝四郎~菊千代のマンボ (『七人の侍』より) 8.セカンド・クラッシュ・ランディング + バス・ハウス + ビーチ・アタック 9.ナツメグ 10.小雨の丘 (『酔いどれ天使』より) |
11.アイ・ウォント・ハート・ユー 12.トシロー 13.ジュピター・アンド・オラクル + 土着の犬たち 14.すし・シーン 15.ミッドナイト・スレイライド 16.パゴダ・スライド 17.ファースト・バス・オブ・ア・ストレイ・ドッグ 18.TVドラミング 19.小林・犬テスト・研究室 20.東京シューシャインボーイ 21.再選挙の夜・パート1~3 22.エンド・タイトルズ |
動画クリップ(YouTube)
- パペットのメイキング映像
作られた人形の数は1,097体。500体以上の人間と500体の犬。人形のサイズは各種あり、クローズアップの場合に使用する特大、大、中、小に分かれ、かなりのワイドショットの場合は極小サイズを使用。アタリの髪は手で植え込まれ、完成するまでに2日を要す。眉毛はピンセットを使い一つ一つ付けられている。各人形製作には約16週間かかった。完璧なナツメグの人形には6ヶ月を要した。人間のキャラクターは、様々な表情を表現するため53の顔が作られた。それぞれには、会話に合わせるために48の差し替え用の口が個別に作られ、色付けされた。顔と口だけでも3,000以上が作られた。トレイシーの顔には321のそばかすがある。メインの人形に描いたそばかすに照らし合わせて、様々な大きさの人形にそばかすを描き込む為、ペイントチームは合計40,000個のそばかすを描いた。
関連作品
The Wes Anderson Collection: メイキングブック 犬ヶ島
ウェス・アンダーソン監督・脚本作品のDVD(Amazon)
「アンソニーのハッピー・モーテル」(1996年)
「天才マックスの世界」(1998年)
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001年)
「ファンタスティック Mr.FOX」(2009年)
「ムーンライズ・キングダム」(2012年)
「グランド・ブダペスト・ホテル」(2014年)
おすすめストップモーション・アニメーション映画のDVD(Amazon)
「ファンタスティック・プラネット」(1973年)
「The Adventures of Mark Twain」(1985年):輸入版、日本語なし
「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993年)
「ジャイアント・ピーチ」(1996年)
「チキンラン」(2000年)
「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」(2005年)
「ティム・バートンのコープスブライド」 (2005年)
「A Town Called Panic」(2009年):輸入版、リージョン1,日本語なし
「コララインとボタンの魔女」(2009年)
「フランケンウィニー」(2012年)
「パラノーマン ブライス・ホローの謎」(2012年)
「ザ・パイレーツ! バンド・オブ・ミスフィッツ」(2012年)
「LEGO ムービー」(2014年)
「ひつじのショーン バック・トゥ・ザ・ホーム」(2015年)
「リトルプリンス 星の王子さまと私」(2015年)
「KUBO クボ 二本の弦の秘密」(2016年)
「ぼくの名前はズッキーニ」(2017年)
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