夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「猿の惑星:聖戦記」:名作SFをリブート、戦争と復讐に突き動かされる猿のリーダーの心情を精緻に表現し、種の歴史を描く聖書的叙事詩

猿の惑星:聖戦記」(原題:War for the Planet of the Apes)は、2017年公開のアメリカのSF映画です。ピエール・ブールによる同名のSF小説を原作にした「猿の惑星」シリーズをリブートした新三部作の完結編で、高度な知能を得て反乱を起こした猿たちと人類の戦いのさなか、猿のシーザーがリーダーの使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤する姿を描いています。第90回アカデミー賞で、視覚効果賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:マット・リーヴス
脚本:マーク・ボンバック/マット・リーヴス
原作:リック・ジャッファ/アマンダ・シルヴァー(キャラクター創造)
   ピエール・ブール猿の惑星」(原作小説)
出演:猿(エイプ)
   アンディ・サーキス(シーザー)
   スティーヴ・ザーン(バッド・エイプ)
   カリン・コノヴァル(モーリス)
   テリー・ノタリー(ロケット)
   タイ・オルソン(レッド・ドンキー)
   マイケル・アダムスウェイト(ルカ)
   トビー・ケベル(コバ)
   ジュディ・グリア(コーネリア)
   サラ・カニング(レイク)
   マックス・ロイド=ジョーンズ(ブルーアイズ)
   デヴィン・ダルトンコーネリアス
   アレクス・ポーノヴィッチ(ウインター)
   人間
   ウディ・ハレルソン(大佐)
   アミア・ミラー(ノヴァ)
   ガブリエル・チャバリア(プリーチャー)
   ほか

あらすじ

  • 復讐心に囚われた猿のコバ(トビー・ケベル)の反乱によって高度な知能を得た猿と人間の戦争が勃発して二年、地球の支配権と種の保存を賭けた争いが激化する中、シーザー(アンディ・サーキス)が率いる猿の群れは森の奥深くに潜んで人間に対する聖戦を画策していると噂されていました。一方、シーザーに粛清されたコバのかつての部下で、シーザーへの復讐に燃える赤毛のゴリラ、レッド(タイ・オルソン)を筆頭に、猿の中に人間側へと寝返る裏切り者も出始め、猿と人間の争いは混迷を極めつつありました。そんなある日、猿との戦いに敗れて囚われの身になったアルファ・オメガ部隊の人間が、シーザーと対面します。シーザーは噂に反して人間との戦いを望んではおらず、和平交渉の使者とする為に、敢えて人間の捕虜たちを無傷で送り返します。
  • 猿の集落に戻ったシーザーの前に、集落から離れていた側近のチンパンジー、ロケット(テリー・ノタリー)と、シーザーの息子にして後継者のブルーアイズ(マックス・ロイド=ジョーンズ)が現れます。安全な新天地を求めて旅に出ていたブルーアイズたちは、砂漠を越えた先に新天地とな安全な土地を見つけたと言います。翌日、新天地に向かうことにしてシーザーたちは眠りに就きますが、ふと目を覚ましたシーザーは、集落の中に人間の兵士たちが入り込んでいることを察知します。集落の内部での大規模な戦争は防いだものの、シーザーは息子のブルーアイズと妻のコーネリア(デヴィン・ダルトン)が、アルファ・オメガ部隊の指揮官である大佐(ウディ・ハレルソン)によって殺されてしまいます。翌朝、新天地に向かって旅立とうとする群れを尻目に、シーザーは大佐に復讐する為に単独で群れを離れます。古い仲間のロケットとオランウータンのモーリス(カリン・コノヴァル)、ゴリラのルカ(マイケル・アダムスウェイト)がこれを追い、シーザーと共に四匹の猿による決死の旅が始まります。
  • 旅の途中、シーザーたちはキャンプの跡地で人間の脱走兵と遭遇、銃撃しようとした脱走兵をシーザーが射殺します。跡地を調べたシーザーたちは、小屋の中で言葉を喋ることができない一人の少女ノヴァ(アミア・ミラー)を見つけます。シーザーはノヴァを置き去りにしようとしましたが、孤児になったノヴァを哀れんだモーリスが請願し、旅に同行させることにします。人間達のキャンプ地へ潜入したシーザーたちは、行方を晦ましていたアルビノのゴリラ、ウィンター(アレクス・ポーノヴィッチ)と再会します。ウィンターはレッドに脅されてスパイとなり、自らの身の安全と引き換えに猿の集落への襲撃を手引きしていました。大声を上げようとしたウィンターの口を塞いだシーザーは、誤ってウィンターを絞め殺してしまいます。「エイプ(猿)はエイプを殺さない」と自ら掲げておきながらウィンターを殺してしまった罪悪感から、シーザーは自身が粛清したコバの幻影に悩まされるようになります。
  • 人間たちの後を追うシーザーたちは、ノヴァのように言葉を喋れなくなった仲間の人間を彼らが処刑するのを目撃します。やがてシーザーたちは彼らを見失い、人間のように衣類を纏い、英語は喋れるが手話を使うことが出来ないという、動物園で育った変わり者のチンパンジー、バッドエイプ(スティーヴ・ザーン)が現れます。バッドエイプの話と人間のキャンプ地で聞いたウィンターの話から、猿インフルエンザ患者の隔離施設であったかつての「人間動物園」が、現在の大佐たちアルファ・オメガ部隊の拠点であることが推察されました。シーザーたちは、バッド・エイプの案内で大佐たちの拠点へと向かいます。雪山を越え、アルファ・オメガ部隊の基地へ辿りついたシーザーたちは、偵察の最中にルカを殺されてしまいます。自らの復讐にこれ以上付き合わせるわけにいかないと悟ったシーザーは仲間たちから離れ、単身、基地に乗り込もうとしますが、ゴリラのレッドに捕らえられてしまいます。
  • シーザーは、新天地に向かったはずの息子コーネリアスや亡きブルーアイズの恋人レイクをはじめとする仲間たちと、アルファ・オメガ部隊の基地で再会します。新天地を目指していた猿の群れはアルファ・オメガ部隊に捕らえられ、基地を改築する強制労働に従事させられていました。仲間たちが劣悪な環境で働かされている状況を目の当たりにしたシーザーは、かつてのコバと同様に復讐心に囚われて判断を誤ったことを後悔します。猿達の労働環境改善を交渉する為に大佐と対面したシーザーは、大佐のアルファ・オメガ部隊が実は軍の本部に反逆しているいること、猿達に作らせているのは本部との争いに備える防壁であることを見抜きます。一方、大佐は、猿に知能向上をもたらしながら多くの人命を奪った猿インフルエンザが数年の間に変異を起こしたこと、新型の猿インフルエンザに感染した人間は言葉を喋る能力を失い、知能も退化して動物同然になってしまうこと、大佐のアルファ・オメガ部隊はその蔓延を防ぐ為、聖戦と称して新型猿インフルエンザの発症者を殺していること、この新型猿インフルエンザへの対処を巡って大佐の部隊は軍の本部と抗争を起こしていることなど、驚くべき事実を語ります。
  • 基地の外で、捕らえられた仲間たちを救う方法を模索していたロケットたちは、かつての猿インフルエンザ患者達が脱走の為に作ったと思われる抜け穴を発見します。ロケットは、わざと捕らえられて檻の中へと入り込み、仲間たちの脱走を手引きをします。シーザーたちは仲間の猿達を基地の外へと逃がしますが、そこへ、反逆者であるアルファ・オメガ部隊を抹殺しようと人間の軍隊が現れ、人間同士による大規模な戦闘が始まります。自らの復讐にケリをつける為に、シーザーは単身、大佐の部屋へ忍び込みます・・・。

レビュー・解説

名作SF映画猿の惑星」シリーズをリブート、戦争と家族を奪われた復讐心に突き動かされる猿のリーダーを心情を革命的に精緻に表現、西部劇とキャラクター描写の魅力を取り込みながら種の歴史を一コマを記述する聖書的な叙事詩映画シリーズの完結編です。

 

猿のリーダーの心情を革命的に精緻に表現する、聖書的な叙事詩映画シリーズ完結編

高まる人権意識の中、白人のカタルシスとなったオリジナル作品

オリジナルの「猿の惑星」シリーズ(1968年〜1973年)は、フランスの小説家ピエール・ブールが1963年に発表した同名のSF小説を原作にしています。ブールは第二次世界大戦時に自由フランス軍に加わり、アジアでレジスタンス活動を支援していましたが、この時に日本軍に捕らえられ捕虜になります。彼が1952年に発表し、映画「戦場にかける橋」(1957年)の原作となった同名小説は、この戦時体験に基づいていますが、猿が人間に支配されるというショッキングな設定の「猿の惑星」も、白人が有色人種に支配されるというアジアで体験した恐怖に触発されたものではないかと言われています。類を見ない設定とストーリー展開、人間社会への風刺が高く評価されており、それまでの西部劇で描かれてきたインディアンを悪者とする白人至上主義的勧善懲悪に代わって、白人の新たなカタルシスとしてシリーズ化された映画とも見られています。

知性を備えた猿の視点で種の歴史を描いた叙事詩的リブート作品

映画化の権利を持つ20世紀フォックスには、その後、様々なリメイクの企画が持ち込まれます。紆余曲折を経た後、ティム・バートン監督、マーク・ウォールバーグ主演で、猿が人間を支配しているという基本設定以外は全くストーリーが異なるリ・イマジネーション(再創造)映画、

が公開されますが、オリジナル映画シリーズを越える評価が得られず単発で終わります。その十年後、パフォーマンス・キャプチャーという高度な撮影技術で猿の豊かな感情表現が可能となり、オリジナル映画では語られていなかったストーリーを猿の視点から描いたリブート・シリーズが公開され、最も評価が高かったオリジナル第一作に匹敵する評価を得ます。本作は、そのリブート・シリーズの三作めの、完結編になります。

 

リブート・シリーズはオリジナル第一作に匹敵する高い評価を得る

主人公の猿の内面まで踏み込んだ、革命的な感情表現

猿に支配されるという設定があまりに強烈過ぎて、オリジナル・シリーズはあまりに好きになれなかったのですが、本作のリーダーとしての使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤する猿のシーザーの内面まで踏み込んだリアルな感情表現に、思わず惹き込まれてしまいました。人間以外の生物をリアルで精緻な感情表現で擬人化し、その内面まで踏み込んで主人公に仕立て上げ、一本の映画にしてしまうのは、もはや革命と言えます。

 

この革命的な作品は、主としてパフォーマンス・キャプチャーという撮影技術によって支えられています。これは、三次元空間における人間の動作に加え、表情の変化もデジタルデータとしてコンピューターに取り込む手法で、従来のモーション・キャプチャーよりもセンサーを大幅に増やし、専用のカメラで顔の表情をとらえることで、表情豊かな演技をコンピューターグラフィックスで再現するものです。さらに本作では、「キングコング」(2005年)のキングコング役、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ(2001〜2003年)、「ホビット」シリーズ(2012〜2014年)のゴラム役など、モーション・アクターとしても名高い俳優のアンディ・サーキスを主役のシーザー役に起用、迫真の演技を引き出しています。

 

パフォーマンス・キャプチャによる革命的な感情表現

西部劇やキャラクター描写の魅力を盛り込み、高い娯楽性を実現

高度な知能を持つ猿に人間が支配される惑星は、実は未来の地球だったというオリジナル・シーリーズの基本設定を踏まえながらも、本作では猿と人類の戦いのさなか、猿のシーザーがリーダーとしての使命感と家族を奪われた復讐心の狭間で葛藤するという、オリジナルでは描かれていないストーリーを、種の歴史を描く聖書のように叙事詩的にに描いています。復讐を果たす為に単身、馬に乗って旅立つシーザーに、

  • チンパンジーのロケット
  • オランウータンのモーリス
  • ゴリラのルカ

といった古くからの仲間が追いつき、さらに

  • 言葉を話せない人間の少女ノヴァ
  • 動物園で飼育されたチンパンジーのバッド・エイプ

と個性豊かなメンバーが増えていく様は、さながら西部劇を観ているような面白さです。

本作に影響を与えた作品

本作の制作に当り、マット・リーヴス監督は、オリジナルの「猿の惑星」シリーズに加えて、

などを参考にしたと言います。仲間に支えられながら復讐の為に大佐を探すシーザーは、「アウトロー」のジョージーウェールズのようであり、施設でのシーザーと大佐の関係は「戦場にかける橋」の捕虜のニコルソン大佐と収容所の斉藤所長との関係のようであり、地下道を通って猿たちが脱出する様は「大脱走」のようでもあります。また、軍の本部から孤立、アルファ・オメガ部隊をカリスマのように指揮する大佐は、「地獄の黙示録」のカーツ大佐のようですが、本作の地下道のに浮かび上がる猿(Ape)を引っ掛けた「Ape-plocalyps Now!」という落書きは、「地獄の黙示録」の原題「Apocalyps Now!」の落書きを意識したものです。

 

地下道に浮かび上がる「Ape-Pocalyps Now!」という落書き

 

地獄の黙示録」に映し出さされる原題「Apocalyps Now!」の落書き

揺り戻す差別主義への鎮魂歌

白人が有色人種に支配されるという恐怖に触発されたものが原作小説だとすれば、争いや裏切り、復讐、葛藤、友情、リーダーシップといった人間の世界にも猿の世界に共通することを描いているのが本作です。かつて西部劇ではインディアンが悪者で、白人至上主義的な勧善懲悪が描かれましたが、人権意識の高まりの中、オリジナル・シリーズは白人の新たなカタルシスとみなされました。そういう意味では、本作に西部劇の要素が取り込まれていることには興味深いものがあります。本作では西部劇の要素を取り込みながらも、猿と人間のどちらかが善でどちらかが悪ということではなく、各々が善と悪を内在し、両者の対立は互いの内部抗争によってもたらされています。反ポリティカル・コレクトネスや差別主義への揺り戻しの兆候が伺われる昨今ですが、本作はオリジナルの「猿の惑星」シリーズが浄化しきれない人間の心に潜む差別への鎮魂歌と言えるかもしれません。

 

シーザー(アンディ・サーキス

 

モーリス(カリン・コノヴァル)

 

ロケット(テリー・ノタリー)

 

ルカ(左、マイケル・アダムスウェイト)

 

スティーヴ・ザーン(バッド・エイプ)

 

ウディ・ハレルソン(大佐)

 

ノヴァ(アミア・ミラー) 

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

猿の惑星」オリジナル・シリーズの原作本Amazon

  ピエール・ブール著「猿の惑星

 

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  「猿の惑星」(1968年)

  「続・猿の惑星」(1970年)

  「新・猿の惑星」(1971年)

  「猿の惑星・征服」(1972年)

  「最後の猿の惑星」(1973年)

 

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  「PLANET OF THE APES/猿の惑星」(1999年)

 

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  「猿の惑星: 創世記」(2011年)

  「猿の惑星: 新世紀」(2014年)

  「猿の惑星: 聖戦記」(2017年)

 

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  「クローバーフィールド/HAKAISHA」(2008年):監督

  「モールス」(2010年):監督・脚本

  「猿の惑星: 新世紀」(2014年)

 

本作が影響を受けた映画のDVD(Amazon

  「十戒」(1956年)

  「戦場にかける橋」(1957年)

  「大脱走」(1959年)

  「ベン・ハー」(1959年)

  「アウトロー」(1976年)

  「地獄の黙示録」(1979年)

  「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」(1980年)

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