夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「こころに剣士を」:圧政下に身を隠す教師の葛藤とフェンシングを通して希望を取り戻す子供たちの絆を描き、反露的スタンスが新鮮な作品

「こころに剣士を」(原題:MIEKKAILIJA、英題:The Fencer)は、2015年公開のフィンランドエストニア・ドイツ合作のヒューマン・ドラマ映画です。元フェンシング選手の実話を基に、クラウス・ハロ監督、マルト・アバンディら出演で、人々が鬱屈した生活を強いられた第2次世界大戦後のソ連占領下のエストニアを舞台に、秘密警察に追われる主人公と子供たちの絆を描いています。アカデミー外国語映画賞フィンランド代表作品に選出され、第73回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞にもノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:クラウス・ハロ
脚本:アナ・ヘイナマー
出演:マルト・アバンディ(エンデル)
   ウルスラ・ラタセップ(カドリ)
   リーサ・コッペル(マルタ)
   レンビット・ウルフサク(ヤーンの祖父)
   ヨーナス・コッフ(ヤーン)
   ほか

あらすじ

1950年代初頭、ソ連の秘密警察から逃れてきた元フェンシング選手エンデル・エリス(マルト・アヴァンディ)は、エストニアの田舎町で小学校の教師としてフェンシングを教えることになります。ソ連の圧政により親を奪われた子供たちはフェンシングの虜になり、子供が苦手だったエンデルも、明るさを取り戻す子どもたちの表情に心を動かされ、新たな生きがいを見い出します。そんな折、レニングラードで開催される全国大会に出たいと子どもたちにせがまれたエンデルは、秘密警察に見つかることを恐れながらも、子どもたちの夢をかなえるべく出場を決意します・・・。

レビュー・解説

圧政下で身を隠すフェンシング教師の葛藤と、父を失い明るさを失った子供たちがフェンシングを通して希望を取り戻していく姿を描いた古典的とも言える作品ですが、ソ連崩壊以前の反露的スタンスが今さらながらに新鮮な作品でもあります。

 

舞台となるエストニアは、13世紀以降、デンマークドイツ騎士団スウェーデンロシア帝国などに支配されました。第一次大戦後にロシア帝国より独立しますが、第二次大戦中、

します。以降、ソ連の支配は1991年のソ連崩壊に伴い、バルト三国の独立が承認されるまで続きました。

 

エンデル・エリスはドイツ占領時代にドイツ軍に徴用された経験がある為、終戦後、ドイツに敵対したソ連政府に目をつけられぬように姓を変え、レニングラードの人混みに紛れて暮していましたが、その後、エストニアの小さな田舎町、ハープサルに移り住みます。映画に描かれているように秘密警察に追われていたわけではなかったようですが、彼はソ連による支配を嫌っており、また当局との間にフェンシングを続けられなくなるような何らかのトラブルがあったようです。映画に先立つこと数年前、エンデルの娘、ヘレンからエンデルの話を聞き、ハープサルを訪れた脚本家のアナ・ヘイナマーは、次の様に語っています。

エンデルのジレンマに心を動かされました。彼は、愛するフェンシングを諦めなければなりませんでした。彼の生きがいであった、たったひとつのことをです。

話の舞台となるエストニアの小さな田舎町ハープサルに知人を訪ねたのですが、街行く人々がフェンシングの道具袋をぶら下げて歩いているのに驚きました。こんな田舎町にフェンシング・クラブがあるの?って。(アナ・ヘイナマー)
http://www.mancunianmatters.co.uk/content/120175333-lifelong-learning-process-salford-uni-film-graduate-golden-globes-nomination-and

この頃、ヘイナマーは10年も作品を書いておらず、作家の情熱を半ば失いかけていた時期であり、フェンシングを諦めなければならなかったエンデルの痛みと、情熱を持ち続けることの大切さを痛感し、本作の脚本を書く大きな原動力になったようです。

 

そんな経緯で書かれた脚本ですが、ロマンスも織り込まれ、また子供を見つめる眼差しに、女性らしい優しさ、細やかさ、美しさも感じられる、魅力的な作品になっています。

エンデル:正直に言うと子供は苦手で、うまく指導できない。
カドリ:根気良く続けるしかない。何度も繰り返し練習させる。あの子達、みんなフェンシングに夢中よ。何かに一生懸命打ち込んでいる間は、つらいことも忘れる。

エンデル:子供たちを失望させたくない。こんな僕をまるで・・・。
カドリ:父親のように・・・?
エンデル:ああ、そうだ。
カドリ:何故だかわかる、ねえ?
エンデル:分かっている。
カドリ:みんな父親を亡くしている。マルタは母親が仕事をしている間、二人の妹の世話をしている。ヤーンは父親と祖父も連行された。
エンデル:僕は・・・。
カドリ:あの子達にまた同じ悲しみを味あわせるの?帰らぬ人をいつまでも待ち続けるつらさを。行かないで。

 

本作の脚本をプロデューサーに紹介された時、クラウス・ハロ監督は、1950年代のエストニアの話など絶対に気に入らないと、読む気にならなかったそうです。

しかし、実際に読んで驚いたのは、こんな退屈な時代を、こんなにも美しく楽しく心が温まる、人を惹きつける物語にすることができたということが素晴らしく、驚きました。そうだ、僕が驚いたのだから、観客も驚かせることができるのかもしれない。そして、そういう映画にしたい、と思ったのを覚えています。主人公のエンデルと子供達が対峙したシーンを読んだ時、ああ、この子たちはこれからどういう風に変化していくのだろう、そして彼はどんな感情の変化をしていくのだろう、という部分に自分はとても惹かれたのです。(クラウス・ハロ監督)
http://cinetri.jp/interview/fencer_haro/

  

エンデルが秘密警察に追われているという脚本設定はヘイナマーによるフィクションで、恐らくはシンプルで力強いストーリー展開にする為でしょう。

私は、実際のエンデル・ネリスをよく知る多くの土地の人と話しましたが、歴史的な事実をかき集めることより、むしろ書くべきストーリーを強く感じました。

http://www.mancunianmatters.co.uk/content/120175333-lifelong-learning-process-salford-uni-film-graduate-golden-globes-nomination-and

これが、思わぬ効果を出しているように感じられます。第二次世界大戦中の社会問題としてはヒットラーナチス・ドイツが扱われることが多く、最近の大きな社会問題というとテロや難民問題に目が行きがちですが、本作はかつてソ連による連邦構成国への圧政があったことを今更ながらに思い出させます。脚本も監督もフィンランド人ですが、フィンランドエストニアもロシアに国境を接する、それぞれ人口が約530万人、約130万人の小国で、いずれも過去にソ連の支配に苦しめられた経験があります。2014年にロシアはウクライナに侵攻し物議を醸しましたが、ロシアに国境を接するこれらの小国は、大なり小なり、ロシアによる支配の脅威を未だに感じ続けています。

 

エストニア旧ソ連からの独立後、2004年には北大西洋条約機構NATO)と欧州連合(EU)に加盟し、西側社会との結びつきを強めていますが、2007年には首都タリンでロシア系住民による暴動が起きたり、ロシアから大規模なサイバー攻撃を受けネット機能が麻痺するなどの事件が起きています。

実際、欧州にとって難民は大問題ですが、ロシア絡みはまた別の大問題です。実は、感動的なシーンを撮影している最中にスタッフがスマホを見ているの気付き、少々苛ついた私は「フェイスブックの時間じゃないよ」と注意したのですが、スタッフが見せてくれたのはロシアのウクライナ侵攻のニュースでした。そのニュースは撮影現場のエネルギーに火をつけました。(クラウス・ハロ監督)
http://thefilmexperience.net/blog/2016/1/2/interview-klaus-haro-on-globe-nominee-oscar-finalist-the-fen.html

 

余談になりますが、アジアに目を転じてみると、今や大国化した中国は、様々な場所で国境を主張しています。

過去、中国による支配を受けたことのない国々では関心が低いかもしれませんし、また、日本は逆に過去に中国を支配した時期があることから微妙な問題でもありますが、現在、中国の支配下にある内蒙古チベットウイグルなどで何が起きているかは、注意深く見ておいた方が良いでしょう。国境を巡る問題、民族支配を巡る問題の本質は、時代や場所に依存しないような気がします。

 

マルト・アバンディ(エンデル)

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ウルスラ・ラタセップ(右、カドリ)

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リーサ・コッペル(マルタ)

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ヨーナス・コッフ(ヤーン)

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撮影地(グーグルマップ)

 

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