夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

河出書房新社「ウディ・アレン」:作家・俳優・映画監督として活躍、世界映画史を代表する知性の様々な側面を浮き彫りにする

ウディ・アレン(副題:振り返りながら前進する)は、芝山幹郎×渡部幻の対談や、おおもり・さわこ、井上一馬らの論考、川本三郎片岡義男らのエッセイなど、再録を含む20人以上の対談、エッセイ、コラム、作品評、論考から、作家・俳優・映画監督として活躍、世界映画史を代表する知性であるウディ・アレンの全貌を浮き彫りにする、河出書房新社のムック「文藝別冊」シリーズの最新刊です。

 

 河出書房新社ウディ・アレン」(Amazon

レビュー・解説

創業三十周年記念で新作を含むレンタルDVDがなんと30枚で1000円という破格の出血大サービスにつられて訪れたツタヤで、ついでに購入した書籍です。ウディ・アレンの人物・作風に関しては、既に包括的な伝記ドキュメンタリー「映画と恋とウディ・アレン」(2011年)を見ていますが、蔦屋書店のポイント5倍キャンペーンにつられ、「寄稿者が多いので様々な視点が楽しめるに違いない」と期待しながら購入しました。

 

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最近、書籍を購入しても積読が多いのですが、本書は期待に違わず様々な視点が興味深く、一気に読了しました。一般的な解釈や難解な評論は飛ばして、特に面白いと感じた部分を挙げます。

 

十歳のアランは背が低くて発育不全のように見えたし、実際自分の容姿に自信をもっておらず、青白い顔には冴えない表情をたたえていた。おかげで内気に見えたし、後に映画俳優となった彼はその外観を利用して負け犬的な役柄ばかり演じることになるのだが、実のところはにかみ屋でもなければ抑圧されていたわけでもなかった。近所では有名な「悪たれ」だったのである。(遠山純生、映画評論家)

アレンには、「コンプレックスを抱えた知識人」的なステレオタイプがありますが、コンプレックスと知識だけで、50年もの間、映画制作の第一人者であり続けるとは考えづらいものがあります。例えば、「悪たれ」的要素が彼のハイペースでハイレベルな創作活動の原動力になっているとし、それが具体的に何なのか、考えてみるのも面白そうです。

 

では、ウディ・アレンスタンダップネタは、どんなものだったのだろうか?(いいをじゅんこ、クラシック喜劇研究家/ライター)

いいをじゅんこは、いくつかのネタを具体的に紹介しながら、アレンのネタの類型が「ミスディレクション」と「マジックリアリズム」であることを示しています。アレンのコメディ映画のベースが、スタンダップ・コメディアン時代にあることに疑いはありませんが、彼のスタンダップのネタは意外に知られていません。本書では、作家の池澤夏樹もアレンのジョークを紹介していますが、EMブックスの「ウディ・アレン*1スタンダップ時代の有名なネタの多くが収録されているようです。

 

その人生の流れを振り返ると、普通のユダヤ人女性から(最初の妻)から裕福なユダヤ女性(二番目の妻)へと変わり、中産階級的なアングロサクソン系(ダイアン・キートン)からハリウッド名門のアングロサクソン系(ミア・ファロー)へと、パートナーの社会的なポジションも動き、それによってアレン自身も成長していった。そして、今は女優とは客観的な距離を保つことで、むしろ、自分の世界を自由に追求できるようになったのだろう。(おおもり・さわこ、映画評論家)

ダイアン・キートンミア・ファローとの関係がアレンの作風に大きな影響を与えたことは広く知られていますが、おおもり・さわこはその前後の女性や女優を含めて、網羅的にかつ鋭く考察しています。

 

スカーレット・ヨハンソンケイト・ブランシェットは別格としても、ナオミ・ワッツシャーリーズ・セロンマリオン・コティヤールたちは意外に小粒に見えた。みな、実力派なのだが、アレンと同世代的に共闘してきた女優たちに比べ、何か埋めがたい距離が感じられるし、ひとつ「膨らみ」にかける印象である。(渡辺幻、ライター/編集者)

ウディ・アレンの映画で開花したと言える女優は、「魅惑のアフロディーテ」(1996年)と「ギター弾きの恋」( 1999年 )でアカデミー助演女優賞のノミネートされたミラ・ソルヴィーノサマンサ・モートンあたりまででしょう。2000年以降のアレンの作品で際立ったいる女優は、

と、既に確立した女優ばかりです。元よりアレンは演技指導しない監督として知られていますが、おおもり・さわこの考察にもあるように、ミア・ファローとの決別以降、徐々に女優と客観的な距離を保つようになり、演技は女優次第という傾向がより強くなっているのかもしれません。そういう意味では「ワンダー・ホイール」(2017年秋公開予定)のケイト・ウィンスレットは、ケイト・ブランシェット同様、傑出した女優として素晴らしいものを見せてくれそうです。

 

ウディ・アレンは)音楽が好きだから、音楽が映画を甘やかすことを知っている。だから、そう簡単には好き勝手にまかせない。ドラマチックな音楽がいきなり流れて恋する男女が抱き合ったり、問題が解決されたするなんてごめんだね。

音楽は物語を左右させるものではなく、ただ楽しく、切なく、楽しいものとして鳴り、登場人物たちの時間を先に進めるもの。

圧倒的にロマンチックなメロディに、いかに身を任せないないで物語を作ろうか。そういう命題に挑むアレンが透かして見えてきたら、この映画(「マンハッタン」)がもっと好きになった。(松永良平、音楽ライター)。

ウティ・アレン自身、クラリネット奏者ですが、サウンドトラックの使い方がストイックであるという指摘です。確かに、彼の作品では音楽が鳴っていないことも多い一方、「マンハッタン」(1979年)や「それでも恋するバルセロナ」(2008年)、「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年)などでの音楽の使い方は絶妙です。また、本書では映画評論家の故淀川長治が、アレンのミュージカル映画「世界中がアイ・ラヴ・ユー」(1996年)における選曲を絶賛しています。

 

ウディ・アレン映画のサウンドトラック集

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1960年代後半ーユダヤ人は差別される存在。ユダヤ人には独自の文化がある。
1970年代後半 ーユダヤ人には独自の文化がある。移住してきたばかりの頃が懐かしい。
青山南、翻訳家、エッセイスト、米文学研究者、文芸評論家、絵本作家、早稲田大学文化構想学部教授)

ウディ・アレンは何冊かの短編集を執筆しており、青山南は作家としてのウディ・アレンを批評しています。青山の時代分析に従うと、1970年代にユダヤ人作家として認知されるようになったアレンは、「差別されるユダヤ人」から、「昔を懐かしむユダヤ人」に変化する端境期の作家と言えます。アレンの作品にはユダヤ人であることのコンプレックスや自虐ネタが多いと言われますが、彼のネタには必ずしもトゲがないことに通じる様でもあり、興味深いです。

 

1935年生まれですでに八十歳を過ぎたウディ・アレンは長年に渡ってほぼ年に一作という驚異的なペースで映画を撮り続けてきたが(そのせいで彼はアメリカではときに「ワーカホリックな監督」と揶揄されることもある)、アレンの場合、監督だけではなく、大半の作品で脚本も自分で書いているので、その頭のなかには余人の想像を絶するほどの豊穣な言語世界と鋭い言語感覚が存在していると考えられる。(井上一馬、エッセイスト、翻訳家)

アレンの才能は多岐に渡りますが、強いてひとつだけ挙げるとすれば、脚本の執筆であることに疑いはありません。映画という形で彼の作品に接することが多い為、ついつい見落としがちですが、脚本執筆における彼のアイディアの豊富さ、セリフの適確さ、そして書くスピードは常軌を逸しています。

 

いわゆる映画評論家だけではなく、コメディ研究家によるスタンダップの批評、女性の目から見た女優との関係、音楽ライターによるサウンドトラックの批評、文学研究者による短編の批評など、様々な視点をカバーしており、ウディ・アレンの人物像や作風をより立体的に眺めることができる一冊です。

 

 河出書房新社ウディ・アレン」(Amazon

関連作品

ウディ・アレンに関する包括的ドキュメンタリー映画のDVD(Amazon

「映画と恋とウディ・アレン」(2011年)

 

ウディ・アレンの著作Amazon

「これでおあいこ」ウディ・アレン短篇集(1971年)

「羽根むしられて」ウディ・アレン短篇集(1975年)

「ぼくの副作用」ウディ・アレン短篇集(1980年)

  「ウディ・アレンの漂う電球」(1982年)・・・戯曲本

  

ウディ・アレンの浮気を終わらせる3つの方法」(2005年)・・・一幕劇集

  「ただひたすらのアナーキーウディ・アレン短篇集(2007年)

ウディ・アレンの映画術」(エリック・ラックスと共著、2009年)

 

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ウディ・アレン (EMブックス)

ウディ・アレン (EMブックス)

 

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Woody Allen, from Manhattan to Midnight In Paris - Various ArtistsiTunes

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Woody Allen, from Manhattan to Midnight in ParisAmazon MP3)