夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「レッドタートル ある島の物語」:無人島を舞台に人間と自然のかかわりを繊細で美しい映像と音楽で描いた、神話的アニメーション映画

レッドタートル ある島の物語」(原題:The Red Turtle、仏題:La Tortue rouge)は、2016年公開の日本・フランス・ベルギー合作のアニメーション映画です。スタジオジブリ初の国外との共同製作による作品であり、オランダ出身のアニメ作家、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督・共同脚本で、不思議な無人島にたどり着いた男が体験する出来事を、美しい映像と音楽とともに全編セリフなしで描いています。第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門特別賞を受賞、第89回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
脚本:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット/パスカル・フェラン
原作:マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
出演:男
   女
   息子
   (全編を通して息遣いや叫び声はあるが、台詞はなく、声優のクレジットもない)

あらすじ

  • 嵐の中、荒れ狂う海に放り出された男が目を覚ますと、そこはウミガメやカニ、鳥たちが暮らす不思議な無人島でした。男は竹で作った筏で何度も無人島からの脱出を試みますが、何者かに筏を壊され、ことごとく脱出を阻まれます。男は絶望しますが、死んだアシカを見て、再び島から脱出することを決意します。
  • 巨大な筏を作って海に出た男の前に、赤い大きなウミガメが現れ、再び筏が壊され、男は島に戻ります。赤いウミガメが筏を壊したと思い込んだ男は、激しく怒り、浜辺で見つけた赤いウミガメをひっくり返して、放置します。赤いウミガメは死んでしまい、男は後悔しますが、ウミガメの甲羅の中に意識のない1人の女が現れます。男は女を必死に看病し、目覚めた女と男は恋に落ちます。
  • 数年後、無人島では息子に恵まれた三人家族が幸せな生活を送っています。島に漂着した瓶を見つけた息子に、父親は島の外の世界の絵を描いて見せます。さらに数年後、突然津波が島を襲い、三人は津波に飲み込まれますが、なんとか再会を果たします。その後、失くした瓶を再び発見した息子は、外の世界へ旅立つことを決意、3匹のウミガメと共に島を出ていきます・・・。

レビュー・解説

81分、全編セリフなしという大胆な構成で、無人島を舞台に人間と自然のかかわりを繊細で美しい映像と音楽で描いた、神話的スケール感のアニメーション映画です。

 

スタジオジブリのプロデュースですが、必ずしもジブリの作風を踏襲するものではなく、短編アニメ映画作家であったマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督独自の作風が長編アニメーションに発展した作品です。81分、全編セリフなしの大胆な構成ですが、開始するやいなや、繊細で美しい映像と音楽に魅了され、引き込まれます。一瞬、意外なストーリー展開に戸惑いますが、女が自然の慈愛のメタファーであることに気がつくと、神話的なスケール感で人間と自然の関わりを描いた作品であることがわかります。文明が進化すると自然への畏怖が薄れ、人間中心の世界観になりますが、本来、人間は自然の一部であることを思い起こさせる作品です。

 

無人島からの脱出をことごとく阻まれる男は、赤い亀に出会う

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やがて女が現れ、男は恋に落ちる

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子供が生まれ、三人で暮らす

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男は息子に島の外の暮らしを絵に書いて教え、成長した息子は島を出て行く

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自然の描写が美しい

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ヴィット監督は、以前から無人島を舞台にした作品を考えていましたが、短編に収まらず、実現しませんでした。たまたま、ジブリスタジオから長編制作の声がかかり、かねてから考えていたアイディアを実現したのが本作です。

子供の頃、沢山の童話を読みました。ヨーロッパの有名なものだけではなく、他の大陸のものにも、心を奪われました。ギリシャローマ神話や、他の文明の神話も読みました。私は、生来、神話や寓話、童話が好きで、創作も極めて自然にその方向に向かいました。

私を強く印象づけた一冊の本があります。それは、ラフカディオ・ハーンの「Kwaidan」(怪談)です。「この本に触発されるものがあるかもしれない」と、スタジオジブリから戴きました。それは日本の童話集ですが、極めて暗い内容の為、怪談と呼ばれています。自然に近く、とても強烈で感動的な話に触発されました。この映画に取り込んだ話はありませんが、この本の感覚に魅了されました。(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)

ラフカディオ・ハーンの「Kwaidan」の「雪女」は自然の畏怖と慈愛のメタファーですが、本作に登場する女と少しばかり重なる部分があります。なお、日本に浦島太郎伝説のように亀が出てくる童話があることを後に知り、ヴィット監督は驚いたといいますが、本作はこれに影響を受けたものではありません。

 

本作のストーリーはシンプルですが、脚本は試行錯誤を重ねながら時間をかけて書かれており、制作に8年と長い期間がかかった理由のひとつになっています。

時間を贅沢に使わなければ、この映画の脚本を書くことができませんでした。もし、急いで脚本を書いて、制作を始めていれば、この映画は失敗していました。私は時間をかけて脚本を書き、何度も書き直しました。人々の声をフィードバックし、最終的には共同で脚本を書いてくれる人を頼みました。いろんなことに磨きをかける必要あったのです。基本となる話は強いものですが、鍵となる部分の流れがよくありませんでした。共同脚本のパスカル・フェランが、全てをより強いものにしてくれました。(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)

 

本作には、自然の畏怖として津波が描かれています。シナリオが完成したのは、東日本大震災が起きる2年前でした。

私がこの作品で一番伝えたかったのは、人間が自然と真剣に向き合い、尊重する心を持つ、ということ。それを南の島に漂流した男の人生に重ね合わせたかった。津波は残酷な一面もありますが、自然現象としてある種の美しさも感じていたので、作品にとって不可欠なものでした。ところが2011年、東日本大震災が起こり、わたしの心は激しく動揺しました。(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督)

津波のシーンを残すべきかどうか、ヴィット監督は自問し、津波のシーンを削除することをスタジオジブリに提案したそうです。これに対し、この映画は自然対人間を描くものではなく、「人間は自然の一部なのだ」ということをテーマにしているので、残すべきだと、ジブリは答えました。

自然は美しいものでもあり、怖いものでもある。作品に普遍性が求められる以上、その両面をしっかりと描くべきだと思っています。ただ今回は実際に津波が起きて、甚大な被害が出たので、配慮の問題は相当悩みましたが、マイケルは自然現象として尊厳を持ってきちんと描いていた。作品にとっても必要不可欠なシーンだったので、最終的にカットすべきではないという結論に達しました。(鈴木敏夫、プロデューサー)

 

インタビューを読むにつけてもヴィット監督の誠実な人柄が伺われますが、本作で伝えたいことに関して、彼は次のように語っています。

本作は教訓的な話ではありません。私は、教訓的な映画は見るのも作るのも嫌いです。そういう意味でのメッセージは本作にはありません。エコロージーに関するメッセージも込めたつもりもありませんが、ある意味、そうした部分はあるかもしれません。エコロジーが自然への畏敬に基づくものであること考えれば、自然に対する深い畏敬の念と関わりを美しく描くことは、エコロジーのメッセージにも似たものです。

映画を制作しながら、自分は何を伝えたいのか自問しました。これだという、深みのある真の答えを見つけることができませんでした。しかし、制作を終え、作品を見た時に、もし、観客がこの映画を観て、如何に自然と関わっているか感じてくれれば・・・、植物や愛らしい動物とだけではなく、もっと深く自然と関わっている、さらに言えば、我々ひとりひとりが自然であり、観客自身が自然と深くつながっていると感じてくれれば、とても素晴らしい、とても素晴らしいです。観客の心の中に微妙な何かが生まれてくれればと、思います。(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督) 

 

スタジオジブリ初の国外との共同製作は、2006年に当時の社長でプロデューサーであった鈴木敏夫が、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督に長編映画を作ってみないかと声をかけたことがきっかけです。鈴木は、アカデミー短編アニメーション映画賞を受賞したヴィット監督の「岸辺のふたり」(2000年)を観て感動し、彼の長編アニメーションを見てみたいと声をかけたと言います。彼がヴィット監督に宛てたメールには、

という二つの質問が書かれていました。二つめの質問に面食らい、信じられなかったヴィット監督は、ひとつめの質問にのみ答え、二つ目の質問に関してはどういう意味かわからないと説明を求める返事を書いたそうです。長編映画の制作が初めてだったヴィット監督は、ジブリからアドバイスを得ることを条件に本作を制作することになりました。コミュニケーションを円滑にする為に来日、小金井市に一ヶ月ほど住んでシナリオと絵コンテを作成、メンターである高畑勲らのチェックを受けた上で、絵コンテを完成させ、フランスに戻って本格的な製作に入りました。

 

批評家には非常に高い評価を得た本作ですが、残念ながら興行成績は振るわなかったようです。ジブリスタジオのプロデュースでありながら、娯楽目的ではなく、ヴィット監督が自身の内面を深く掘り下げ、低予算で実現した、いわばインディーズ系のアニメーション映画ですので、やむを得ない部分もありますが、本作の高い芸術性を見るにつけても、鈴木敏夫プロデューサーの大胆な目利きが素晴らしいです。

 

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット(1953年〜)は、主にイギリスを拠点として短編アニメ映画を中心に活動する、オランダ出身のアニメ作家、アニメーター、イラストレーターです。大学卒業後、フリーランスのアニメ作家、アニメーターとして活躍し、ディズニーのアニメ映画「美女と野獣」(1991年)、「ファンタジア」(2000年)に参画する一方、ユナイテッド航空AT&Tネスレフォルクスワーゲン、ハインツなどグローバル企業のCMを手がけ、数々の賞を受賞しています。1990年代より、短編映画の監督を務め、「お坊さんと魚」(1994年)でセザール賞短編アニメーション映画賞を受賞、アカデミー短編アニメーション映画賞にノミネートされます。「岸辺のふたり」(2000年)でアカデミー短編アニメーション映画賞を受賞、本作でカンヌ国際映画祭ある視点部門特別賞を受賞、アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされています。絵本の制作も手掛けており、「岸辺のふたり」を絵本化するとともに、絵本作家テオとともに「オスカーとフー」を共同制作しています。

サウンドトラック

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1.Love in the sky
2.Flying with the turtles
3.The girl
4.The tsunami
5.White hair
6.She is dead
7.The baby
8.Despair
9.Baby's fall
10.L'au revoir
11.The first raft
12.The red turtle
13.I will stay with you
14.The fall
15.The dream
16.I've found Dad
17.Where is she?
18.He has to go
19.Anger
20.Second raft

 

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