夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」:貴族の邸宅と居並ぶ名車、アクション、ロマンスを交え、尊厳死を洒脱に描くコメディ

「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」(原題:De surprise、英題:The Surprise)は、2015年公開のオランダのロマンティック・コメディ映画です。マイク・ファン・ディム監督・脚本、イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ、ジョルジナ・フェルバーンら出演で、一度は人生を諦め、自殺ほう助を裏稼業とする葬儀屋に助けを依頼した富豪の息子が、同じ目的を持った女性との出会い、人生を見直そうとする姿を描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:マイク・ファン・ディム
脚本:マイク・ファン・ディム
原作:ベルカンポ「De surprise」
出演:イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ(ヤーコブ)
   ジョルジナ・フェルバーン(アンネ)
   ヤン・デクレール(ムラー)
   ヘンリー・グッドマン(Mr.ジョーンズ)
   ほか

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あらすじ

  • オランダの貴族で大富豪の一人息子ヤーコブ(イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ)は広大な敷地にあるお城に住み、高級車を何台も所有していますが、幼いころ父を失って以来、感情がなくなり、楽しみのない人生に嫌気がさしています。母も失い天涯孤独の身になったヤーコブは葬式を済ませ、巨額の資産を慈善団体へ寄付、自殺を試みますが、邪魔が入り死ぬことができません。彼が幼い頃から家に仕える庭師のムラー(ヤン・デクレール)は、普段と様子の違うヤーコブを訝りますが、彼の密かな願いは見抜けません。
  • そんな折、自殺にピッタリの断崖絶壁を訪れたヤーコブの目の前に車が現れ、運転手と車いすの老人が崖に向かいますが、数分後、崖から戻ってきた車いすは空という、とんでもない光景を目撃します。現場に残されたマッチ箱に記された謎の会社「エリュシオン」を訪ねて、ヤーコブはベルギーへ向かいます。その会社は「最終目的地への特別な旅」、即ちあの世への旅のプランを提案する旅行代理店で、葬儀屋が裏稼業として営む、事故に見せかけた自殺幇助サービスの店でした。
  • 社長のジョーンズ(ヘンリー・グッドマン) は彼の願望を察し、いつ、どのように旅立つかおまかせの「サプライズ」コースを提案します。成功率100%、解約不可というそのコースをその場で契約し、棺を物色していたヤーコブは、同じコースを申し込んだアンネ(ジョルジナ・フェルバーン)と出会います。その後、何度か会ううちに少しずつ気持ちが芽生え、もう少し生きていたくなったヤーコブとアンネは、謎の代理店の激しい追跡をかわしながら逃避行の旅に出ますが、思いもよらないサプライズが待ち受けています・・・。

レビュー・解説

尊厳死や自殺幇助を扱いながら、思わず羨ましくなるような貴族の大邸宅と居並ぶ名車の数々に、アクションとユーモア、そしてロマンスを交え、生と死の尊厳を洒脱に描く、稀有なコメディです。

 

おしゃれな邦題ですが、何を隠そう、「ブリュッセルの代理店」とは望む形で自殺幇助を請け負う店で、生きている意味を感じない主人公が自殺幇助を依頼する物語です。ミシェル・フランコ監督の「ある終焉」(2016年)など、尊厳死や自殺幇助を扱った映画はどうしても重くなってしまいますが、本作は、思わず羨ましくなるような貴族の大邸宅や居並ぶ豪華な車やクラシック・カー、アクションとユーモア、そしてロマンスを交えて、生と死の尊厳を洒脱に描く、稀有なコメディです。

 

この作品の生命線となる主人公のヤーコブをイェルン・ファン・コーニンスブルッヘが好演、エキセントリックなだけでなく、悲劇的なまでに孤独だが子供のように屈託がなく、人懐こいというキャラクターを見事に演じています。脚本を書く際に、「チャンス」 (1979年)のピーター・セラーズや、「トゥルーマン・ショー」(1998年)のジム・キャリーが思い浮かんだというマイク・ファン・ディム監督は、この役柄にはロビン・ウリアムズのように普通の役者ではないコメディアンが必要と考えました。オランダのテレビ番組でコーニンスブルッヘが子供のような純真さを演じるのを見たディム監督は、ヤーコブを演じるのは彼以外にいないとアプローチしました。オランダではテレビ・ショー番組での彼のイメージが強い為、減量によってイメージを変えていますが、ディム監督をして「コーニンスブルッヘがいなければこの映画はなかった」と言わしめる素晴らしいパフォーマンスを見せています。

 

イェルン・ファン・コーニンスブルッヘ(ヤーコブ)

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1973年、オランダ生まれ。俳優、司会、コメディアン、バンドのヴォーカリスト、監督と多才。最低12キロというディム監督の要請に、17キロの減量で応えるという律儀な面を見せている。

 

ヒロインを演じるジョルジナ・フェルバーンも、可愛らしさだけではなく、純真さや大胆さ、多芸さなどを見せる多彩なパフォーマンスが際立っています。本作は当初、ヒロインにスカーレット・ヨハンソンを起用し、アメリカでの制作することが考えられましたが、コメディ路線のディム監督は彼女を推すプロデューサーと合意できず、母国に持ち帰って制作することになりました。オランダではコメディを演じられる女優がほとんどおらず、さらに主役となるとより厳しい状況でしたが、ディム監督は数人の女優をオーディションに招き、スクリーンテストを行い、徐々にそのレベルを上げていきました。結局、最後に残ったのがフェルバーンでしたが、他の女優は彼女を羨んではいないだろうと、ディム監督は言います。彼女は三十代半ばで、プロデューサーはもっと若い女優を期待していましたが、ディム監督はフェルバーンにこだわりました。彼女は才能をフルに発揮、愛らしく多芸なヒロインを見事に演じ、主役のコーニンスブルッヘとの間に絶妙な雰囲気を醸し出しています。彼女は、オランダのアカデミー賞に相当するゴールデンカーフ賞の最優秀主演女優賞を受賞するほどの演技で、ディム監督の期待に見事に応えました。彼女はスタントを使わず、自分で車を運転していますが、ジャガーのFタイプを派手にアクセル・ターンさせて土煙の中を走り去る姿は、惚れ惚れします。

 

ジョルジナ・フェルバーン(アンネ)

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1979年、オランダ生まれ。本作でオランダのアカデミー賞に相当するゴールデンカーフ賞の最優秀主演女優賞を受賞している他、「人生はマラソンだ!」(2012年)で同賞の最優秀助演女優賞を受賞している。

 

主人公のヤーコブが唯一、心を許すのが庭師のムラーです。この役は当初、執事でしたが、カリスマ性を持って執事を演じる役者が見つかりませんでした。そこでディム監督は、カリスマ性のあるヤン・デクレールを起用、彼により合う庭師に脚本を書き換えています。デクレールは主人公を演じるコーニンスブルッヘと絶妙な雰囲気を作り出すだけではなく、アンネを演じるジョルジナとも通じ、二人の活躍を巧みに支えています。

 

ヤン・デクレール(ムラー)

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1946年、ベルギー生まれ。アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「アントニア」(1987年)と「キャラクター/孤独な人の肖像」(1998)に出演している他、「エンド・オブ・ザ・オーシャン 北極海と勇者の冒険」、「タイムクルセイド ドルフと聖地騎士団」(いずれも日本劇場未公開)などに出演している。

 

本作は、マイク・ファン・ディム監督が1990年頃に読んだ、オランダの作家ベルカンポの短編「De Surprise」を原作にしています。「De Surprise」は、自殺幇助を契約した男女が出会って恋に落ち、死から逃れようとするが、そうは簡単にはいかない中で、死に直面して初めて精一杯、生きることができる、毎日を人生最後の日のように生きるという話です。ディム監督は若い頃、悲観的で鬱に悩まされており、高所から飛び降りようと考えたこともありましたが、飛び降りようと高い橋に登り、もしそこに同じことを考えている女の子がいて恋に落ちたら、それは生きることの最も端的な形であることに気がつきました。脚本家であり、監督である彼は、この作品は脚色、パーソナライズに耐える、強力で普遍的な話だと考えました。

 

しかしながら、当時はちょうどベルカンポが没した頃で、彼の資産が過大評価され、ディム監督は映画化権を取得することができませんでした。その後、1997年に公開された彼の長編デビュー作「キャラクター/孤独な人の肖像」でアカデミー外国語映画賞を受賞、ハリウッドから数多くのオッファーを受けますが、作りたい映画がなく、彼はオランダにとどまって、CMの監督を続けます。CMの仕事は満足のいくもので、彼は以降、長編映画を作ることがありませんでした。ところが、数年前にベルカンポの娘に連絡すると、彼を覚えていた彼女は「De suprise」の映画化に大喜びで、ディム監督は忘れることができなかったテーマで18年ぶりとなる長編映画第二作を実現しました。

 

ロマンティック・コメディの本作は、悪評高い執政官の父と息子との長年の確執と愛憎を描く人間ドラマの第一作と大きくジャンルが異なりますが、オランダの文芸作品が原作であること、時代に依存しない普遍的なテーマを扱っていることが、共通しています。さらに本作は、ロマンティック・コメディの顔をしながら、生と死の哲学的土台を持っています。また、ベルギーが舞台のように見える本作ですが、撮影はドイツ、ベルギー、アイルランドで行われ、言葉はフランス語、英語、ヒンディー語が使われるなど、オランダ映画らしくない、国際性、普遍性が演出されています。

 

余談になりますが、いくつかの国では、「患者に改善の余地がない耐え難い苦痛ある場合」など、薬物投与による積極的尊厳死が認められています。

  • オランダの場合、
    他に合理的な解決法がなく。患者の苦痛が耐えがたく、改善の見込みがないと2人以上の医師が認めた場合に限り
    を条件として、年間、5000人が積極的尊厳死を迎えています。これは、オランダの年間の死者の4%にあたり、その7割以上がガンと診断された人だと言われています。
  • 同じく積極的尊厳死が合法な国のひとつであるスイスでは、外国人への適用を制限していないため、国外からの尊厳死ツァーが存在すします。
  • アメリカでは、低所得者のガンは保険適用になりませんが、安楽死の為の薬剤は保険適用となります。

日本では基本的に積極的尊厳死は行われていませんが、少子高齢化による健康保険の財源圧迫が喫緊の課題となりつつあります。医療機関が高齢者の治療に不熱心という噂は既にありますが、欧米と異なり自殺に対する宗教的禁忌がない日本では、医療費削減の為に今後、尊厳死が拡大することになるかもしれません。

 

また、オランダ政府内には、

熟慮した末に自分の人生は完結したとの確信に至った人たちが、自身が選択した尊厳ある方法で生涯を終えられるようにすべき

という動きがあります。すぐに法制化されることはありませんが、積極的尊厳死を病的苦痛に限定しないこの考え方は、まさに本作が描いている世界に近いものです。世の中、そうした方向に動きつつあるようですが、本作はロマンティック・コメディを楽しみながらちょっとだけ尊厳死を考えてみる、良い機会になるかもしれません。

本作に登場する名車

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サウンドトラック

アグネス・オベル
・Brother Sparrow *3
アストラ・ピアソラ
・オブリヴィオン(忘却) *4
アントニオ・ヴィヴァルディ
四季 秋 アレグロ
・NISI DOMINUS, RV608
ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト
・レクイエム 第1曲 エテルナム
・レクイエム 第7曲 コンフターティス
・ヴァイオリン協奏曲 第三番 ト長調  K.216
・ディヴェルティメント ニ長調 K.136 アレグロ
トマゾ・アルビノーニ
 弦楽とオルガンのためのアダージョ ト短調
ハデヴィック・ミニス
・Inivite You *5
ヨハン・セバスティアン・バッハ
ブランデンブルグ協奏曲 第3番 ト長調






撮影地(グーグルマップ)

 

 

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関連作品

「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」の原作本(Amazon

  Belcampo "De surprise en andere bizarre verhalen"(オランダ語

マイク・ファン・ディム監督作品のDVD(Amazon

  「キャラクター/孤独な人の肖像」(1997年)

 

尊厳死を描いた作品のDVD(Amazon

  「カッコーの巣の上で」(1975年)

  「みなさん、さようなら」(2003年)

  「海を飛ぶ夢」(2004年)

  「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)

  「眠れる美女」(2012年)

  「ミエーレ」(2013年)・・・輸入版、日本語なし

  「ハッピーエンドの選び方」(2014年)

  「或る終焉」(2016年)

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