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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」:犬を愛する少女と反乱を起こす犬たちをリアルかつスリングに描き、弱者の疎外を問う現代の寓話

「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」(原題:Fehér isten、英題:White God)は、2014年公開のハンガリー・ドイツ・スウェーデン合作のサスペンス&ドラマ映画です。雑種犬に重税が課せられる法律により飼い主の少女と離ればなれになった犬が、保護施設に入れられた犬たちを従えて起こす反乱を描いています。第67回カンヌ国際映画祭で。「ある視点」部門グランプリとパルム・ドッグ賞をダブル受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:コーネル・ムンドルッツォ
脚本:コーネル・ムンドルッツォ/ヴィクトリア・ペトラニ
出演:ジョーフィア・プショッタ(リリー)
   ジョテール・シャーンドル(ダニエル)
   ルーク/ボディ(ハーゲン)
   ほか 

あらすじ

雑種犬に重税を課すという悪法が施行されたある街で、13歳のリリー(ジョーフィア・プショッタ)は、理解のない父親(サンドロ・ゾター)によって愛犬ハーゲン(ルーク/ボディ)を捨てられてしまいます。ハーゲンを取り戻そうとリリーは必死に探し回りますが見つかりません。一方、主人を失ったハーゲンは安住の地を求めて街を彷徨います。人間に捨てられ、裏切られたかつての「人類最良の友」は次々と保護施設へと送られていく中、ハーゲンは虐げられてきた施設の犬たちを従え、人間に対し反乱を起こし始めます・・・。

レビュー・解説

犬を愛する少女と人間に阻害され反乱を起こす犬たちを目を見張るパフォーマンスで描き、人間のマイナリティに対する疎外の責任を問う、リアルでかつファンタジックな作品です。

 

コーネル・ムンドルッツォ監督は、「マイケル・K」(1983年)、「恥辱」(1999年)で英国の権威ある文学賞であるブッカー賞を二度も受賞、さらに2003年にノーベル文学賞を受賞した南アフリカ出身の作家、J・M・クッツェーの影響を強く受けています。彼の小説「恥辱」は、関係をもっていた女学生にセクハラで訴えられた英文学の大学教授が大学を辞して田舎にこもり、「恥辱」に耐える話で、白人上位・男性上位の古い価値観が彼の古い文学観と共に崩れていく物語と解釈されています。

南アフリカ出身の)彼の描く世界と、彼が語る追放、縄張り、人種差別、植民地政策、国による再分配は、私の生まれた東ヨーロッパの現実だと感じた。この映画の考えにとても近いが、遠い部分もあり、全く同じではない。私は「恥辱」を舞台劇にし、彼の作品をすべて読んだ。(コーネル・ムンドルッツォ監督)

 

「恥辱」の主人公である元大学教授は犬の収容施設に職を得ますが、この本から最も疎外された人間の下に搾取される知的で分別のある動物がいることに気付いたムンドルッツォ監督は、ブタペストの犬の収容施設を訪れます。

ブタペストの犬の収容施設に行き、そこで見たことにとても心を動かされ、二週間もショックを引きずった。柵の向こうで犬たちがじっと死を待っていることをひどく恥じたんだ。これを是非、映画にしたいと思い、テーマを見つけて、ものすごい勢いで脚本を書き始めたよ。とても心動かされていたから、一ヶ月で脚本を書き上げてしまったんだ。(コーネル・ムンドルッツォ監督)

当初は犬だけの物語にするつもりでしたが、阻害された犬の鏡として反抗的な少女を主人公にすることをムンドルッツォ監督は思い立ちます。社会的な圧力に直面し純粋さを保つのが難しくなる、13歳の少女です。「恥辱」で収容所の犬が元大学教授の伏線となり、彼の疎外が強調されるのと似た構造で、本作は社会が犬や少女に与える圧力をより明確に浮かび上がらせています。

 

劇中に使われているジプシー音階風の主題を持つハンガリー狂詩曲(第二番)も重要な意味あいを持っています。作曲したフランツ・リストハンガリー生まれですが、両親はドイツ人、ハンガリー語は解せず、最も長い活動地もドイツで、ドイツが先住民のキリスト教化(後の領土拡大)の為に進めていた、いわゆる東方植民の系譜でした。しかし、彼はハンガリーに旅をし、自由をテーマにした曲を書き、マイナリティにアイデンテティを見出します。

フランツ・リストはドイツ人だが、ハンガリーを旅してそこを愛し、自由をテーマにした曲を書き始め、マイナリティにアイデンテティを見出し始めた。ハンガリー狂詩曲はそういう曲だ。自由の曲、マイナリティの曲、彼らの革命の曲なんだ。

ハンガリー国粋主義者たちは、何の自由の意味もなくこの曲を使う。だから私は、この曲を繰り返して使うことにより、この曲の精神を主張したかったんだ。(コーネル・ムンドルッツォ監督)

落ちぶれた指揮者が子供たちにハンガリー狂詩曲を演奏させるシーンや、またアニメ「トムとジェリー」のトムがこの曲を演奏するシーンも挿入されていますが、これらの演奏は曲の真の意味を解さぬ空虚なもので、蓄積されていく犬の怒りに対置されています。

 

映画の最後の40分は、映像のトーンががらっと変わります。

暴動を描いているんだ。これは、今のヨーロッパが抱いている暴動への恐怖だ。彼らは恐怖を抱いてしかるべきなんだ。これを表す象徴的な映像をずっと探していた。我々が他の人種、敵対者、マイナリティと共にあることを拒否した時、その先にあるものが見えるようにね。

問題は誰と連帯するかだ。トルコやハンガリーやメキシコでは、人々は犬と一緒に走ると思う。実に簡単だ。でも、もしドイツやフランスなどに住んでいるならば、正反対かもしれない。視点の問題だ。常に視点の問題だよ、世界のどこから見るのかというね。(コーネル・ムンドルッツォ監督)

 

ヨーロッパというと支配する側のイメージですが、ムンドルッツォ監督の生まれ育ったハンガリーは、必ずしもそうではありません。ハンガリーは、ヨーロッパのほぼ中央、東ヨーロッパの山岳地帯の中に盆地状に開けた平原にあります。遊牧に適しているため、かつてヨーロッパに繰り返し侵入したアジア系遊牧民集団の多くは、ここに根拠地を置きました。やがてハンガリーキリスト教世界の一員となり、スラブ人などの周辺民族や、周辺諸国の影響を受けます。16世紀にはトルコとの戦いに破れ、1世紀半ほどトルコの支配を受けます。1867年にはオーストリア・ハンガリー帝国という二重帝国となって、ハプスブルクに支配されます。その後、二度の世界大戦に破れますが、第二次世界大戦ではナチに攻められ、ユダヤ系の人々がアウシュビッツに送られます。ナチから解放されるも束の間、今度はソ連に支配されます。1956年に革命を起こしますが、失敗、1989年に開放されるまで、ソ連の支配が続きました。

 

原題の「Fehér isten」(英題:White God)は、「白い神」を意味し、中南米など世界の古代文化において、現地に来訪した白人が神性として住民の信仰を得たという考え方や神性そのものを指します。この説は白色人種による神格の存在へと拡大解釈され、白人至上主義の根拠とされるに及びました。本作にこの言葉を使用した理由について、ムンドルッツォ監督は次のように語っています。

犬を、彼ら自身の神に仕える、永遠に疎外された者として描きたかった。私はずっと神の特質について興味を覚えていた。神は白人なのか?それとも人々は各々の神を持つのか?白人は植民し統治することしかできないことを、数え切れないほど証明してきた。タイトルの言葉は多くの矛盾を孕んでいる。だから、素晴らしいと思ったんだ。(コーネル・ムンドルッツォ監督)

 

また、映画の冒頭、オーストリアの詩人、リルケの「恐ろしい物事は愛を必要とする」という言葉が引用されます。この言葉を引用した理由について、ムンドルッツォ監督は次のように語っています。

この映画は、マジョリティと彼らが作り出すマイナリティを映し出している。私たちがモンスターを作り出し、それにモンスター、野良犬、マイナリティなどとレッテルを貼るんだ。リルケの言葉はこれに抗うもので、自身がマイナリティであろうがなかろうが、我々はそれに責任があるという、革命的な言葉だ。この言葉で、この映画がどんな映画なのか最初に訴えたかったんだ。(コーネル・ムンドルッツォ監督)

 

ムンドルッツォ監督は特定の事件をモデルにしているわけではありませんが、彼の主張をイスラム過激派に当てはめると、彼らがテロ事件を繰り返すのは欧米諸国がアラブ諸国に対して植民的政策、統治を繰り返してきた為に、彼らが反乱を起こしテロという恐怖を引き起こしているという解釈になります。また、経済的インパクトもあり、欧米諸国に反移民の機運が高まりつつありますが、この映画はそれにタイムリーに警鐘を鳴らすものとしてカンヌ国際映画祭で高く評価されることになります。

 

本作でまるで人間のような細やかな表情を見せる主役、ハーゲンを演じたのは、アリゾナ出身のルークとボディの兄弟犬で、カンヌ国際映画祭で「パルムドッグ賞」を受賞しています。本作のドッグトレーナーのテレサ・アン・ミラーによると、

  • ハーゲンの役を二匹の個性によって演じ分けさせ、細かい顔の表情はトレーナーが見本を見せ、その顔真似で表現させた
  • 二匹から様々な表情を引き出す為に最も大事にしたのは絶対的な絆を深めることで、「あなたは私にしっかり守られてるんだよ」と信じてもらえるようした

とのことですが、人間と犬の協調のあり方を伺わせるエピソードです。

 

<ネタバレ>

リリーはオーケストラの一員で、トランペット担当です。彼女がトランペットを吹く姿は堂に入って凛々しいのですが、何故、彼女がトランペット吹きという設定なのか、その理由がエンディングで明らかになります。反乱を起こして彼女に襲いかかろうとする犬たちに、犬を愛する彼女がトランペットで「ハンガリア狂詩曲」を吹いて聞かせると、犬たちは次々と地に伏せます。実はこれはグリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」をモデルしており、リリーは笛をトランペットに持ち替えた設定なのです。やがて彼女もトランペットを置いて、地に伏せ、続いて彼女の父も犬たちを追い払う為に持っていた火を置き、地に伏せます。犬が地に伏せる行動をとるのは、

興奮しすぎた自分の気持ちを鎮め、落ち着かせる

争いたくないという危険回避の気持ちの表れ 

と言われていますが、犬を愛するリリーが犬たちを鎮める様は、まさに映画の冒頭にムンドルッツォ監督が引用したリルケの言葉、「恐ろしい物事は愛を必要とする」を体現するエンディングです。

因みに「ハーメルンの笛吹き男」は動物を動かすだけではなく、村の子どもたちをも動かし、連れ去ってしまいます。このくだりに隠された歴史的な出来事については様々な説明がありますが、東ヨーロッパの植民地で彼ら自身の村を創建するために若者達が村を見捨て去ったとする説が最も広く支持されています。フランツ・リストの出自同様、東ヨーロッパへの移民が珍しいことではなかったことを感じさせる解釈です。

<ネタバレ終わり>

 

ジョーフィア・プショッタ(リリー)

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本作が映画デビュー作で初主演。犬とコミュニケーションがとる少女を繊細かつ力強く演じている。

 

ジョテール・シャーンドル(ダニエル)

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ハンガリー出身の俳優。1980年代から、ハンガリーの作品を中心に多くの映画に出演している。「サウルの息子」(2015年)にも医師役で出演している。

 

ルーク/ボディ(ハーゲン)

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ルークとボディの二頭の兄弟犬がハーゲンを演じている。彼オーナーがちょうど彼らを収容施設に送ろうとしている時に、アリゾナ州のトレーラーハウスで見出された。

 

犬たちが反乱を起こす

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CGを使用せず、撮影には250頭以上の犬が出演した。多くは保護施設から調達され、撮影後はすべて里親に引き取られた。

動画クリップ(YouTube

トレーナーのテレサ・アン・ミラーによる犬の演技指導の様子

 

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関連作品

ムンドルッツォ監督が影響を受けた小説Amazon

  J.M. クッツェー著「恥辱」

 

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リスト:ハンガリア狂詩曲集 

 

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  「ヴェルクマイスター・ハーモニー」(2000年)

  「タクシデルミア~ある剥製師の遺言~ 」(2006年)

  「ニーチェの馬」(2011年)

サウルの息子」(2015年)

  「リザとキツネと恋する死者たち」(2015年)

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