夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「アルマジロ」:ヘルメットカメラが捉えた激しい戦闘と前線に立つ若者の心理に現代の戦争が浮かび上がる、緊迫感溢れるドキュメンタリー

アルマジロ」(原題:Armadillo)は、2010年公開のデンマークドキュメンタリー映画です。ヤヌス・メッツ監督が、国際平和活動(PSO)の一環でデンマーク陸軍からアフガニスタン南部のアルマジロ前線基地に派遣された若い新兵たちを、7か月間に渡って密着取材したものです。2010年カンヌ国際映画祭批評家週間グランプリを受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ヤヌス・メッツ
出演:メス
   ダニエル
   キム
   ラスムス
   小隊長ラスムス
   ほか

あらすじ

2009年、クデンマーク陸軍近衛驃騎兵連隊の兵士メスやダニエルらは10日間の訓練の後、国際平和活動(PSO)の名の下にアフガニスタンのヘルマンド州ゲレシュク付近のアルマジロ前線基地へと向かいます。アルマジロ前線基地はNATOが統率する国際治安支援部隊ISAF)の一つでイギリス軍とデンマーク軍が駐留しています。イギリス同様、ISAF支援国であるデンマークは警戒エリアでパトロールを担当しています。平和な都市生活から前線基地での軍務についた彼らは、タリバンの拠点まで約1キロの場所で穏やかな日々を送りますが、偵察活動という戦争の日常の中、やがてタリバンとの交戦を繰り返すうちに若い兵士たちは興奮状態に陥っていきます・・・。

レビュー・解説

初めて前線に送り込まれた若い兵士たちの心情と、兵士のヘルメット・カメラで捉えたタリバンとの激しい交戦シーンが現代の戦争をリアルに浮かび上がらせる、緊迫感溢れるドキュメンタリー映画です。

 

暴力的で血なまぐさい実戦を経験した若い兵士たちは、戦闘の様子や戦友との強い絆や一体感について生き生きと話し、緊迫した戦地を懐かしく思っては戦地へ戻りたがるといいます。これを不思議に思い、兵士たちと同じ目線で映画を撮りたくなったというヤヌス・メッツ監督は、このドキュメンタリーで、

・初めて前線に派遣された普通の若者が好戦的になっていく様子

・ヘルメット・カメラによるタリバンとの激しい交戦シーン

・深い傷を負って這いずり回るタリバン兵を銃の掃射で殺害した疑惑

・任務を終え帰国後、多くの兵士が再度、前線に復帰すること

を描いています。

 

彼らが従事する国際平和活動(PSO:Peace Support Operations)は、日本人にとっても馴染みの深い国際平和維持活動(PKO)を含む、国連が定義する広範な活動で、以下を含みます。

  • 平和創造(PM:Peacemaking )
  • 平和構築(PB:Peacebuilding )
  • 平和維持(PK:Peacekeeping)
  • 平和強制(PE:Peace Enforcement)
  • 紛争予防(CP:Conflict Prevention )
  • 人道的活動(HO:Humanitarian Operations )

国際社会の承認が必要などの制約はありますが、中には武装した軍隊が行う活動もあり、戦闘も伴います。国際平和活動という穏やかな名称とは裏腹に、アルマジロで激しい戦闘が行われているこの為です。なお、アフガン紛争に関しては、日本も海上自衛隊の補給艦と護衛艦をインド洋に派遣、多国籍軍に燃料補給するとともに、アフガン難民に救援物資を運搬しました。

 

一人の兵士は、初めての戦場に向かう前に「沢山のことを学べる。大きなチャレンジだし、冒険でもある。」と危険な戦場に行く理由を家族に説明しますが、そこには好戦的な様子は見られません。むしろ、どこにもいるような内気な青年の風情です。それが戦地に赴き、戦闘を繰り返すうちに、精悍な面持ちに変わっていきます(ドキュメンタリーではタリバンとの交戦が、2-3回、描かれていますが、派遣期間には30回以上の交戦があった)。

 

アルマジロの前線では死傷者も出ます。地雷を踏んだ仲間は、両足と股間を損傷、両足切断の手術を受けます。さらに、デンマークから派遣された兵士が三人、爆弾による攻撃で死亡します。同様の攻撃が基地に及ぶのを未然に防ぐため、部隊は先手を打つことに事を決めますが、進軍中にタリバンと交戦状態となり、仲間の一人が腕を、もう一人が腿を撃たれます。

 

タリバンとの交戦は兵士のヘルメットに装着されたカメラで撮影されていますが、ここで問題のシーンとなります。わずか、10メートルほど先の溝にタリバンが潜んでいることがわかり、これを手榴弾で攻撃、続いて銃で掃射します。前後の会話から、深い傷を負って這いずり回るタリバン兵を、銃の掃射で殺害した疑いが示唆されます。ジュネーブ諸条約では、降伏者、捕獲者、負傷者、病者、難船者、衛生要員、宗教要員、文民の非戦闘員は、保護対象であり、攻撃することは禁止されています。これを無視して危害を加えることは戦争犯罪になりますが、映画には証拠となる映像はありません。

 

実際に戦争犯罪なのかどうかは別にしても、若者たちの発言は赤裸々です。

家の人が理解に苦しむと思う。僕らの行動を・・・、なぜ人の命を奪うのか。(メス)

部外者は鼻で笑って俺たちのことを病んでいるだの、人殺しだの言うだろうけど、俺は正しいことをやった。みんなそうだ。(ダニエル)

なんか、あいつらガンガン殺っても、もう罪の意識とか感じないかも。まだ野良犬を殺した方が悪いことしたと思いそう。(キム)

俺はあの子の死(発射した爆弾に巻き込まれて死亡)でもう悩まない。派遣されて来たんだ。故意にやったんじゃない。任務を遂行したんだし、また同じことも起こる。仕方ない。(ラスムス)

負傷した時、ものすごい爆発音がして砂と埃の世界になった。口の中が石と血だらけで、他のことはよく覚えていない。搬送中のヘリの中で意識が戻って、今どんな姿?また戻れるのか?ともかくアルマジロに戻って、みんなの前で「俺は死なねぇぜ」っていうんだ、とか考えていた。(小隊長ラスムス)

これほどまでにアグレッシブな若者たちをヤヌス・メッツ監督は「戦争中毒」と呼び、「彼らは安全の維持の為に派遣されたことは理解しているが、彼らにとって安全を維持するというのは敵兵を殺すことだ。」と、やや若者たちに批判的なスタンスを感じます。

 

仲間に死傷者出て若者たちの生命が脅かされる状況は彼も描いていますが、「レバノン」(2010年)の監督のサミュエル・マオズは、自身のイスラエルレバノン侵攻従軍経験踏まえ、これを「戦争の罠」と呼んでわかりやすく説明しています。

これは戦争の罠です。生きるためには殺すしかないのです。普通の人は殺すことができません。サイコパスにでもならなければ殺せません。戦争の罠は、人々をこの状況に落とし込むことです。後は、時間の問題、1日か2日で生まれ変わります。我々の最も原始的な生存本能が働き、麻薬のようにすべてをコントロールします。抵抗できません。最初に味覚をほとんど失います。好き嫌いを言わずになんでも食べる必要があるからです。そして、視覚と聴覚が鋭敏になります。それから、わずか30分しか眠る必要がないことに気づきます。人の道など考えません、これが戦争の罠です。国の為や家族の為に戦っているのではない、自分自身の為に戦っているのです。(サミュエル・マオズ

 

彼らがアルマジロでの任務を終えて帰国し、映画は終わりますが、最後にテロップが出て、

とその後の彼らが取った道が示されます。多くの死傷者が出る危険な戦地に何故、多くの若者が戻るのか、その理由について、ヤヌス・メッツ監督は次のように語っています。

兵士たちが帰国後に陥る心的外傷後ストレスです。彼らは、トラウマによるストレスのさなか、それを押さえ込もうとしますが、同時に大量のアドレナリン類が分泌されます。馬鹿げた例えですが、ローラー・コースターのようなものです。終わってしまえば、ほっとして汗が吹き出て、ヒステリックに笑い飛ばします。極端な例ですが、これがドラッグのように作用する人もいます。兵士にもそういう人がいます。「これは何度も繰り返さなければならないことだ」と、言い聞かせなければならないからです。これは若い人にとって、とても重要な視点です。私たちが探し求めているもの、気にかける人々への強い愛情や友情です。これが戦争に行けば、何百倍にもなる。兵士たちがいつも戦争で培った友情を口にし、そのようなことは二度とないと言うのはその為です。生きているという強い実感、それが兵士達が戦場に戻る理由のひとつです。(ヤヌス・メッツ監督)

 

兵士が戦場に戻りたくなる理由を、アドレナリン中毒に帰するのは少々疑問が残ります。戦場に戻らなくてもアドレナリンを大量に分泌させる手段はいくらでもあります。むしろ戦友との絆が大きいと思われます。極限状態の中では、兵士の間にお互いを守るという強い絆ができ、たとえ自分が血を流しても仲間や部下を守ろうとするようになります。それは生死を共にする者だけが持つ強い信頼感で、家族や恋人同士以上のものだと言う兵士もいるほどです。アフガニスタンの別の前哨基地のドキュメンタリー映画「レストレポ」(2010年)を監督したセバスチャン・ユンガーも、兵士たちが懐かしむのは普通の社会での友情とは異なる仲間たちとの強い絆であり、一般社会に戻ってきて感じる疎外感が彼らを苦しめると語っています。

 

ここまで赤裸々なドキュメンタリーの公開を許したデンマーク軍のオープンな情報公開に驚きますが、ドキュメンタリーが個人を特定できる形で交戦規則違反の疑惑を描いている点については、評価が分かれるのではないかと思います。軍もオープンになり、戦場の生々しいドキュメンタリーをかくもリアルに観ることができる時代になりましたが、交戦規則の遵守徹底を願うせよ、兵士個人を責めたところで戦争はなくなりません。むしろ、彼らをそうした場所に送り込む戦争そのものに目を向けていく必要があるでしょう。

 

2010年にテロ対策特別措置法が失効した為、日本は現在、アフガニスタン紛争に関して国際平和活動を行っていません。これまで日本はアメリカの傘下で反戦だけを唱えていれば良かったのですが、EUや中国が台頭する中、世界の警察と言われたアメリカの影響力がやや衰えているようでもあります(特に9.11以降)。一方で、世界各地でテロ事件が続発、日本人も犠牲になっています。また、南シナ海東シナ海では領海の問題がくすぶり、北朝鮮は核ミサイルで武装する動きです。反戦を唱えるのは容易ですが、こうしたドキュメンタリーを観れば観るほど、単に反戦を唱えるのではなく、日々刻々変化する国際情勢の中でどうしたら紛争をなくし平和を実現できるのか、その現実解を問われているような気がしてなりません。

 

避難する住民たち

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交戦があるたびに住民は村から避難する。

 

爆弾で負傷した小隊長

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デンマークの病院で治療を受けたが、その後、アルマジロ全身基地に復帰した。

 

仲間の兵士が地雷を踏む

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両足、股間、腹部を損傷、呼吸困難に陥るも、幸い内蔵を損傷しておらず、一命をとりとめた。手術で両足を切断。

 

地雷の探知

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タリバンが隠れた民家に踏み込む前に、地雷が仕掛けられていないかチェックする。罠かもしれないのだ。連合軍は、地雷や車などに仕掛けられた様々な爆弾に悩まされているという。

 

民家に隠れたタリバンを捜索する兵士たち

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いつ撃たれるかわからない、緊迫する一瞬。

 

腕を撃ち抜かれた兵士

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直後で興奮しているのか、それほど痛がっていない。この後、ヘリコプターで搬送された。骨を損傷したのか、回復した腕には大きな手術痕が残っていた。

 

腿を撃たれた兵士

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この兵士も直後で興奮しているのか、それほど痛がっていない。この後、ヘリコプターで搬送された。腿から尻に回った弾丸を手術で摘出した。

撮影地(グーグルマップ)

アルマジロ前線基地(アフガニスタン

現在はブドワン(Budwan)前線基地と名称が変わっている。

 

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関連作品

アフガン紛争(2001年〜)を題材にした映画

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