夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「フィアレス」:航空機事故の現場を再現した迫力映像と、心の傷を負った生存者の深い哀しみが際立つヒューマンドラマ

「フィアレス」(原題:Fearless)は、1993年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。1991年にラファエル・イグレシアスが発表した同名小説を原作に、ピーター・ウィアー監督、ラファエル・イグレシアス脚本、ジェフ・ブリッジスイザベラ・ロッセリーニら出演で、飛行機事故から奇跡的に生還したことを契機に死の恐怖から開放された男の行動を通して、生と死の意味を問いかける異色の作品です。第66回アカデミー賞助演女優賞(ロージー・ペレス )にノミネートされた作品です。日本でのビデオ・タイトルは、「フィアレス/恐怖の向こう側」。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ピーター・ウィアー
脚本:ラファエル・イグレシアス
原作:ラファエル・イグレシアス
出演:ジェフ・ブリッジス(マックス・クライン)
   イザベラ・ロッセリーニ(ローラ・クライン)
   ロージー・ペレス(カーラ・ロドリゴ
   トム・ハルス(ブリルスタイン)
   ジョン・タトゥーロ(ビル・パールマン
   ベニチオ・デル・トロ(マニー・ロドリゴ
   ほか

あらすじ

大勢の犠牲者を出した飛行機墜落事故に遭遇しながらも、奇跡的に生還した建築家のマックス(ジェフ・ブリッジス)は、その日から別人のように生をひたすら謳歌し、ポジティブなります。苺アレルギーも、飛行機恐怖症もなくなり、生き生きとした表情で、死に直面した瞬間に見た不思議な光を追い求めて往来の激しい車道を突っ切ったり、高いビルに登ったりと、奇行を繰り返すようになります。妻のローラ(イザベラ・ロッセリーニ)は不安な思いで見守りますが、事故現場で多くの生存者を誘導して助けた彼を、マスコミは救世主のように書き立てます。一方、同じ事故で赤ん坊を死なせたカーラ(ロージー・ペレズ)はショックから立ち直れずにいます。航空会社から派遣された精神科医のビル(ジョン・タトゥーロ)は、まったく対照的な症状を示す2人を接触させてみます。最初はかたくなだったカーラも、いつしかマックスだけには心を開くようになります・・・。

レビュー・解説 

悲惨な航空機事故が生存者の心理や家族関係に与える影響を、生存者同士の関係とともに描いた本作は、実際の事故現場を再現した迫力の映像と、事故がもたらす深い悲しみを演じる俳優のパフォーマンスが際立つ作品です。

 

原作者のラファエル・イグレシアスは、20歳の頃、車が横転する事故に遭い、死にかけたそうです。幸い、ほとんど怪我もなく、歩いて現場を後にすることができましたが、心は穏やかではなく、日常生活に適応するまで数日、かかったといいます。後にこの経験を作品にすべくモチーフを求めていたところ、1989年のユナイテッド航空232便の事故の記事を目にします。

事故当初の新聞記事の一文を読んだんだ。「ある男性は墜落の数分前に席を替わって、ある少年の隣に座った。ある女性は赤ちゃんを抱いていたが、事故の衝撃で彼女の腕から引き離されてしまった。」そこから、彼らの人生がどうだったか、想像したんだ。(ラファエル・イグレシアス)

 

原作者が書いた映画用の脚本は大胆なもので、二つの映画が盛り込まれているような内容だったと言います。最初の25ページは飛行機を良く知る男の視点で、油圧を失った飛行機は着陸できたとしてもハンドルもブレーキも効かず、このまま死んでしまうだろうといった、知識と感情のせめぎ合いが描かれていました。後半は打って変わって、生き残った人間が後の人生を如何に生きるかを描いていました。如何に一本の映画にするか、ピーター・ウィアー監督は見当がつかなかったと言います。結局、ウィアー監督は事故の現場をリアルに再現することにより恐怖とインパクトを演出しながら、事故後の生存者の生き様にフォーカスしています。

 

ユナイテッド航空232便の緊急着陸事故は、1989年7月19日にアイオワ州上空を巡航中のDC−10型旅客機が、機体尾部の第2エンジンのファンブレードを破断、三重の油圧操縦系統がすべて破壊され、エンジン出力以外の操縦がすべて不能となったまま、アイオワ州のスー・ゲートウェイ空港に緊急着陸するも大破、乗員乗客296人中111人が死亡した悲惨な事故です。油圧系統がすべて破壊された事故には、御巣鷹山に墜落し乗員乗客524人中520人が死亡した日本航空123便の事故がありますが、この事故の教訓から油圧が抜けた場合の操縦法を研究していた訓練教官がたまたまユナイテッド航空232便に搭乗しており、彼が事故機のエンジン推力を操作するという幸運に恵まれました。本事故を調査した国家運輸安全委員会 (NTSB) はクルーの行動を「期待以上」と評価、また、機長以下4名はアメリカ航空界で最も栄誉あるポラリス賞を受賞しました。

 

映画ではアイオワ州のスー・シティで起こった事故の現場を、カリフォルニア南部の畑に再現、

  • 85エーカーのトウモロコシを育て、事故機がえぐった溝をブルドーザーで掘る
  • ロングショットで事故現場を広く映すことができる様に、隣接する綿花畑も買収
  • カーン郡とベーカーフィールド消防署から40人を動員、エキストラを140人雇う
  • 町のメイン・ストリートのひとつを一週間、閉鎖
  • 地域電力会社を説得、幾つか鉄塔を解体し、800mの電線を使って大事故を演出
  • 600個のスーツケースと、地元の質屋で購入した内容物を周辺にばらまく

などが行われました。現場での準備には10日かかり、事故現場再現のための費用は200万ドルにのぼりました。

 

事故機に搭乗していたマックスとカーラには、PTSDの兆候が見られます。

  • マックス:異なった性格の表出(重篤な戦争のトラウマに晒される帰還兵に共通する兆候)、妻や息子との間に距離ができる、友人との関係に軋轢が生じる、事故に没頭するなど
  • カーラ:生存したことへの罪悪感、自分の赤ちゃんを救えなかったことへの自責の念に取り憑かれるなど

タイトルの「フィアレス」は「怖いもの知らず」の意味で、マックスも事故によって「怖いもの知らず」になったように見えますが、PTSDは恐怖が蘇るものであり、無くなるものではありません。興奮している事故直後は恐怖感が麻痺するようなこともあるのかもしれませんが、事故後にマックスが恐怖体験を意図的に作り出すのは不可解です。こうした行動は被害者の性格による部分もあり、その理由を一般的に説明するのは難しいようなのですが、彼の場合は自分は死んでいる、あるいは自分は不死身だと思い込み、新たな恐怖体験でそれを証明することにより、蘇る事故の恐怖や不安を和らげようとしているものと思われます。彼が見る光は、死や恐怖の象徴でしょう。彼は人知れず、蘇る事故の恐怖に苦しんでいるのです。

 

<ネタバレ>

家族や友人に距離を感じるマックスでしたが、同じ事故を経験したカーラには親近感を覚え、二人は一緒に出かけるようになります。マックスのショック療法でカーラは立ち直りますが、妻のローラを気にかけた彼女はマックスに別れを告げます。依然として立ち直ることのできないマックスは、イチゴを食べてアレルギー発作を起こします。死を覚悟したマックスに、事故の一部始終がゆっくりと蘇り、グレツキ交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」第1楽章レント~ソステヌート・トランキッロ・マ・カンタービレが流れます。音楽の力を実感する幻想的で感動的なシーンです。意識が遠のく中、妻の咄嗟の機転で息をぶり返したマックスは、事故後、初めて生きている喜びを実感し、妻と抱き合います。

<ネタバレ終わり>

 

ジェフ・ブリッジス(マックス・クライン)

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カリフォルニア州出身の俳優。60歳になるまで、米アカデミー賞に4回ノミネートされたが受賞に至らず、数年に渡り「ハリウッドで最も過小評価されている俳優」ランキングのトップに選ばれ、「無冠の名優」とも言われたが、「クレイジー・ハート」(2009年)で第82回アカデミー主演男優賞を受賞、翌年公開の「トゥルー・グリット」(2010年)でも主演男優賞にノミネートされた演技派俳優。本作でも、渋く味わいのある演技を見せている。

 

イザベラ・ロッセリーニ(ローラ・クライン)

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イタリア・ローマ出身の女優。父親は映画監督のロベルト・ロッセリーニ、母親はスウェーデン出身の女優イングリッド・バーグマン。容貌は母の面影を残す美しく、気品のある女優。本作では、夫の異変に戸惑う気丈な妻を好演。

 

ロージー・ペレス(カーラ・ロドリゴ

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ニューヨーク・ブルックリン出身の女優、ダンサー、振付師、声優。両親はプエルトリコ系。ダンスクラブで踊っているところをスパイク・リーが発掘、映画デビュー。ダンス番組等にダンサーとして出演する一方で、様々なアーティストの振り付もを行う。ブロードウェイ・デビューし、女優のキャリアを構築、本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされる。その後も様々な権威ある賞にノミネートされており、映画、テレビ、舞台など、幅広い分野で活躍。

 

トム・ハルス(ブリルスタイン) 

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ウィスコンシン州出身の映画・舞台の俳優。「アマデウス」でのヴォルフガング・アマデウスモーツァルト役でアカデミー主演男優賞にノミネートされた。本作では、飛行機会社から損害賠償を得るべくアドバイスする弁護士を演じるが、PTSDの兆候を示すマックスとことごとく対立する。

 

ジョン・タトゥーロ(ビル・パールマン

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ニューヨーク市ブルックリン出身の俳優・映画監督。両親はイタリア系。スパイク・リーコーエン兄弟ティム・ロビンス作品の常連としても知られる。コーエン兄弟監督の「バートン・フィンク」(1991年)でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞。プライベートではロバート・デニーロと親交が深い。本作では、事故の生存者をケアする精神科医を演じている。

 

ベニチオ・デル・トロ(マニー・ロドリゴ

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プエルトリコ出身の俳優。スペイン系、イタリア系の血をひく。本作は「ユージュアル・サスペクツ」で有名になる前の作品で、後のデル・トロほどパフォーマンスの押し出しは強くない。

 

撮影の為に再現された事故現場

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ビルの屋上の縁に立ち、恐怖を恐怖で打ち消そうとするマックス

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撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

「フィアレス」の原作本Amazon

  "Fearless" by Rafael Yglesias

 

ピーター・ウィアー監督作品のDVD(Amazon

  「いまを生きる」(1989年)

  「トゥルーマン・ショー」(1998年)

  「マスター・アンド・コマンダー 」(2003年)

 

ジェフ・ブリッジス出演作品のDVD(Amazon

  「ラスト・ショー」(1971年)

  「サンダーボルト」(1974年)

 > 「スターマン/愛・宇宙はるかに」(1984年)

  「フィッシャー・キング」(1991年)

  「ビッグ・リボウスキ」(1998年)

「ザ・コンテンダー」(2000年)

  「アイアンマン」(2008年)

  「クレイジー・ハート」(2009年)

  「トゥルー・グリット」(2010年)

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