夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「カルテル・ランド」:一筋縄ではいかない麻薬戦争の実態を、荒々しく、生々しく、そして苦々しく描いたドキュメンタリー

カルテル・ランド」は、2015年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。マシュー・ハイネマン監督、キャスリン・ビグロー制作総指揮で、麻薬カルテルの横暴から人々を守る為に、メキシコで市民による自警団を結成した一人の外科医と、麻薬カルテルの侵入を防ぐ為にアメリカ側で国境警備の自警団を結成した男の、二つの視点から麻薬カルテルとの戦いを追っています。2015年サンダンス映画祭のドキュメンタリー部門で最優秀撮影賞と最優秀監督賞を受賞、第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:マシュー・ハイネマン
製作:キャスリン・ビグロー/モーリー・トンプソン/マシュー・ハイネマン
   /トム・イェーリン
撮影:マシュー・ハイネマン
出演:ティム・ネイラー・フォリー(自警団「アリゾナ国境調査隊」リーダー)
   ホセ・マヌエル・ミレレス博士(メキシコ、ミチョアカン州自警団のリーダー)
   ほか

あらすじ

麻薬カルテルテンプル騎士団」による抗争や犯罪が横行するメキシコ・ミチョアカン州では、腐敗し切った警察は当てにならず、一般市民を巻き込んだ殺戮が繰り返されていました。外科医のドクター・ホセ・ミレレスはそんな過酷な状況に耐えかね、銃を手に市民たちと自警団を結成します。彼の行動は大きなムーブメントを巻き起こし、各地で人々が武装蜂起し、ギャングや密売人たちを追い詰めていきます。ミレレスは自警団のリーダーとして一躍正義のヒーローに担ぎ上げられますが、組織は肥大化し、次第にコントロールを失っていきます・・・。

レビュー・解説

残忍な麻薬カルテルと市民による自警団との戦いを、アメリカとメキシコの両側から市民の目線で追う本作は、一筋縄ではいかない麻薬戦争の実態を、荒々しく、生々しく、そして苦々しく描いたドキュメンタリーです。

 

本作のユニークな点は、警察や軍などの官僚的な大組織ではなく、市民による自警団と麻薬カルテルの戦いを描いている点です。ミチョアカンは、何十年もの間、連邦政府に放ったらかしにされ、地元警察を抱き込んだ麻薬カルテルのやりたい放題になっていました。警察には任せておけないと、外科医のホセ・ミレレス博士が自警団を立ち上げるのですが、カリスマ性のある彼が率いる活動が脚光を浴び、これが各地に飛び火、数多くの自警団が組織されます。

 

メキシコ政府は2006年以降、積極的な麻薬カルテル掃討作戦を開始、いわゆる麻薬戦争の火ぶたが切られたのですが、自警団は政府の面目を潰す存在ですので、政府はこれを武装解除しようとします。ところが、これまでミチョアカンをないがしろにしてきた軍を市民は信用しません。重装備の兵士や車両、ヘリまで出動して、自警団を武装解除しようとする軍を、集結した市民が追い返す序盤のシーンは圧巻です。

 

マシュー・ハイネマン監督自身も振り返っていますが、自警団のように小さくて柔軟な組織は、一度、リーダーの信頼を得ると、何でもオーケーになります。かくして、本作は迫力ある銃撃戦や、捕虜の拷問のシーン、さらには麻薬を製造するシーンや、リーダーが若い女性を口説くシーンまで、生々しくカメラに収めた、他に類を見ないドキュメンタリーになっています。官僚的な軍や警察に同行したドキュメンタリーでは絶対にありえないシーンの数々です。

 

ハイネマン監督は、ローリング・ストーン誌に掲載されたアリゾナ国境調査隊の記事を読んで、ドキュメンタリー制作を思い立ったといいます。そうしているうちに、彼の父親がウォールストリート・ジャーナルに掲載されたホセ・マヌエル・ミレレスと自警団の記事を彼に送りました。これもドキュメンタリーにしたいと思った彼は記者に電話します。ホセは興味深い人物と聞いてドキュメンタリー作家の血が騒いだ彼は、すぐにホセに会います。 

記事を読んだ瞬間、国境を挟んで双方の自警団を並行して描いたドキュメンタリーにしたいと思った。政府や制度がうまく働かず、市民が自分たち自身を守らなければならなくなった時に、何が起こるか知りたかったんだ。(マシュー・ハイネマン監督)

  

彼は紛争のレポーターではなく、前作も医療保険をテーマとしたものでした。そんな彼がこのような大作をものにできたのは、確かな撮影技術と柔軟な姿勢でした。ドキュメンタリーは凄いシーンの連続ですが、どれもみな無理やり掴んだというよりは、シーンの方から彼の元にやってきたいう感じの自然さがあります。

アルバート・メイスルズ(ドキュメンタリーの祖と言われる作家)がかつてこう言いました。「当初計画した通りに物語が終わったとしたら、そこに至る道のりで人に耳を貸さなかったということだ。」これは人生にとっても、映画作りにとってもいいアドバイスだと思いますし、「カルテル・ランド」の製作中にほとんど毎日考えていたことです。(マシュー・ハイネマン監督)

さらに、彼は人懐っこい性格で、スペイン語が話せないにもかかわらず、撮影地の住民とすぐに仲良くなったそうです。本作のプロデュースをしたキャサリン・ピグロー監督が、彼をインタビューするビデオを見たのですが、確かに偉ぶったところのなく、優しそうで、とっつきやすい印象です。

 

作中、何度も銃撃シーンがありますが、戦場経験のない彼はカメラを覗いていると怖い気持ちが落ち着いたと言います。突然銃撃を受け、車から飛び出して車の陰に這いつくばって応戦するシーンがあるのですが、暑くて防弾ベストを脱いでいる時にスクランブルがかかり、そのまま飛び出した彼は防弾ベストなしでこのシーンを撮影しています。フレームの中に被写体を収めよう必死で、それで気持ちを鎮められたという彼ですが、若い女性のインタビューで真の恐怖を感じたといいます。

その女性は夫と一緒に誘拐されたんだけど、隠れ家に連れて行かれて、彼女の眼の前で夫は切り刻まれ燃やされたんだけど、彼女を見ていて恐ろしくなった。すぐ近くにいるのに、目の中がすごく虚ろなんだ。まるで魂を抜かれたように。彼女の体験談を聞いて、同じ人間の仕業とは思えなかった。何よりも心に突き刺さった。銃撃戦に居合わせるより、精神的にきつかった。テンプル騎士団は最後にこう告げたらしい。殺さず廃人にするのは彼女への「思いやり」と。(マシュー・ハイネマン監督)

筆者注:映画の中では、死体の転がる穴の中で弄ばれた挙句、殺さないのは「この記憶を抱え、一生、苦しみ続ける拷問」と言われたと証言されており、監督の言う「思いやり」は痛烈な反語です。

 

監督がインタビューで話していることで、一つ、興味深かったのが、麻薬カルテルの支配する世界が境界のない世界だということです。これは、

  • 戦場のようにここから先が危険地帯というのではなく、街中に死体が転がり、レストランで食事中に隣のテーブルに座った人が誘拐されたりするのが日常。
  • 日中、銃撃戦があっても、閉じこもることなく、夜には街に繰り出す。
  • 善悪の境界もはっきりしない、麻薬カルテルテンプル騎士団も最初は自警団だった。
  • ミレレスの自警団にも悪さをするメンバーが現れ、麻薬カルテルがメンバーとして潜り込むようになった。
  • リーダーが撮影に人をつけてくれるが、敵なのか味方なのか、よくわからない。

といったことです。「ベルファスト71」のアイルランド紛争の最前線や、「レストレポ」のアフガニスタン紛争の最前線、「レバノン」のレバノン侵攻、その他「ハート・ロッカー」などイラク戦争を描いた映画にも、白黒のはっきりしない、境界のあいまいさが描かれています。土地を離れて生きることができない人々、地縁社会で暮らす人々にとって、善悪、敵味方の理想論は意味がなく、グレイな人間関係の中で日常生活の折り合いをつけていくしかないということなのかもしれません。

 

自警団の武装解除に失敗した政府は、後半、武器と制服を支給する代わりに民兵組織として政府の指揮下に入るよう自警団に働きかけます。ホセは政府を信用しませんが、メンバーの中には政府の指揮下に入ることを希望する者もおり、この対応がホセのその後の運命を大きく左右することになります・・・。白黒のはっきりしない世界での出来事であり、政府が正しいとか、自警団が正しいとか言っても、あまり意味がないかもしれませんが、何よりも、政府、市民、周囲の国々が「現状は良くない」という認識を捨てずに、地道に取り組んでいくしかないのではないかと思います。

 

2006年以降、メキシコ政府は積極的に麻薬カルテル対策を進めていますが、東日本大震災の死者数より多い、2万人近くの人々が、「毎年」、麻薬戦争に巻き込まれて亡くなっています。メキシコの麻薬カルテルには、輸出統計総額の1割にも相当する産業規模があると言われています。貧しい人々が麻薬ビジネスの恩恵を受けている実態があるなど政治的インパクトも大きく、急には無くならないかもしれません。それでも底辺で苦しむ人を一人でも減らすための不断の努力が必要なのではないかと思います。これまで日本はかかる問題に無関心でいられましたが、テロ同様、きちんとした考えを示し、必要に応じて行動を起こすことが必要なのではないかと思います。

 

ティム・ネイラー・フォリー(アメリカの自警団「アリゾナ国境調査隊」のリーダー)

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ホセ・マヌエル・ミレレス博士(中央、メキシコのミチョアカン州の自警団リーダー)

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ソフト・ドラッグの合法化について

麻薬問題が根が深い理由のひとつは、その中毒性とともに、麻薬カルテルのように闇ビジネスの温床になることです。取り締まりを厳しくしてもメキシコなど他の国の麻薬カルテルが肥大するだけなので、アメリカで麻薬を合法化する事により海外の麻薬カルテルを縮小させ、凶悪犯罪を減らすことができるという意見も出てきています。

 

オランダでは、厳しい政策で薬物を完全に追放することは不可能という前提に立ち、国内政策に2つの原則を掲げています。

  • 薬物使用は公衆衛生の問題であり、犯罪ではない。
  • 薬物による害を減らす。このため、ハードドラッグ(コカインなど)とソフトドラッグ(マリファナなど)を政策上明確に区別する。

大麻などのソフトドラッグ使用者が多いオランダでは、ソフトドラッグは完全追放できないと考えられており、これを禁止法で抑えつければ、ソフトドラッグがハードドラッグと同じ闇市場に出回る結果、ソフトドラッグ使用者がハードドラッグ使用に走る機会を増し、薬物による害を増やすことになるというものです。行政がしっかり管理できる施設にのみソフトドラッグ販売を許可し、ソフトドラッグ市場とハードドラッグ市場を完全に分離、ハードドラッグが入ってこないようにソフトドラッグ市場を限定して厳格に管理したほうが薬物による害は少なくなるという考えられています。

 

日本には当てはまらないような気がしますが、オランダ同様の効果を狙ってか、アメリカでも一部の州にソフト・ドラッグ合法化の動きがでてきています。米調査機関のギャラップによる調査では、大麻の合法化に賛成するアメリカの成人の数は2000年代初頭に3分の1、09年には44%、12年には48%、そして13年には58%と推移し、世論が逆転しています。2016年初頭現在、コロラド州ワシントン州アラスカ州オレゴン州大麻が合法化されており、合法化する州は今後も増えると予想されています。うまくいけば、メキシコなどの麻薬カルテルの産業規模の縮小に貢献するかもしれません。

 

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関連作品

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    「トラフィック」(2000年)

  「ノーカントリー」(2007年)

  「悪の法則」(2011年)

  「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」(2013年)

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