夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「スティーヴとロブのグルメトリップ」:スターとコメディアンが本人役で北イングランドのグルメ旅をする自虐的コメディ&ロードムービー

「スティーヴとロブのグルメトリップ」は、2011年公開のイギリスのセミドキュメンタリー形式のヒューマン・コメディ&ロードムービーです。本人役のスティーヴ・クーガンロブ・ブライドンが、北イングランドの一流レストランの絶品料理を一週間かけて食べまわるという、マイケル・ウィンターボトム監督のイギリスの連続TVシチュエーション・コメディ長編映画用に編集したものです。第二作の「イタリアは呼んでいる」が2014年に公開され、第3作は2016年にスペインを舞台に撮影開始の予定です。

 

 「スティーヴとロブのグルメトリップ」のDVD(Amazon

 

監督:マイケル・ウィンターボトム
出演:スティーヴ・クーガン(本人)
   ロブ・ブライドン(本人)
   マーゴ・スティリー(ミーシャ、スティーヴの恋人、冷却期間中)
   レベッカ・ジョンソン(サリー、ロブの妻、ロブとの間に子供が一人)
   ドーリャ・ガヴァンスキー(マグダ、初日の宿の受付、東欧出身)
   クレア・キーラン(エマ、スティーヴのアシスタント)
   マルタ・バリオ(ヨランダ、スティーヴを撮影するフォトグラファー)
   ベン・スティラー(本人、スティーヴの夢の中に出てくる)
   ほか

 

【あらすじ】

俳優のスティーヴ・クーガンは、恋人のミーシャのご機嫌をとるために、北イングランドのレストランを巡るグルメ旅というオブザーバー紙の仕事を受けます。ところが、ミーシャが冷却期間を置こうと言い出した為、同業者で友人とも言えるロブ・ブライアンを誘わざるをえなくなります。クーガンは大スターで一夜の恋には不自由しませんが、その実、仕事もプライベートも悲惨な状況です。一方、小さな子供がいるブライドンは、気さくで楽しそうです。二人は、マイケル・ケインや、ショーン・コネリーの真似をしながら、常に言い争い、特に魅力的な女性の前では、お互いを出し抜いて辱めようとします。時折出る、親しげで肩のこらない即興の冗談が、とげとげした雰囲気を和らげます・・・。

 

親しみやすく、おかしくて、時に洞察に富む作品で、必ずしも相性の良くない二人が耐えながら自虐的な旅を続けるのを見ているうちに、ミドル・エイジ・クライシスに入りかかる男たちのペーソスが滲み出てくるという、見ごたえのあるヒューマン・コメディ&ロード・ムービーです。

 

いずれも本人を演ずるのは、スティーヴ・クーガンロブ・ブライドン

 

スティーヴ・クーガン(左)とロブ・ブライドン(右)

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スティーヴ・クーガンは、コメディ・シリーズ「アラン・パートリッジ」シリーズで知られるイギリスの俳優・コメディアン・プロデューサー・脚本家です。グレーター・マンチェスター・ミドルトン出身のアイルランド系で、地元の演劇学校卒業後、スタンダップ・コメディアンとしてキャリアをスタートさせます、1995年から放送開始の「アラン・パートリッジ」で人気を博します。マイケル・ウィンターボトム監督、ロブ・ブライトンと、

  • 「24アワー・パーティ・ピープル」(2002年)
  • 「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(2005年)
  • 「スティーヴとロブのグルメトリップ」(2010年)
  • 「イタリアは呼んでいる」(2014年)

でコラボする一方、

などの映画に出演しています。

 

ロブ・ブライドンは、ウェールズ出身の俳優・コメディアン・テレビ/ラジオ番組の司会者・歌手で、BBCのコメディ番組「ロブの『この年、オレ年』」の司会者、同じくマリオンとジェフとそのスピンオフである「The Keith Barret Show」におけるキース・バレット役などで知られており、スティーヴ・クーガンやジュリア・デイヴィスとの共演が多いですが、他にも

などに出演しています。

 

冒頭、スティーヴがロブを旅に誘う電話の声で映画が始まります。スティーヴは正直な、ロブは軽い話し方ですが、最初から二人の話は微妙にずれています。

・・・
STEVE: Er, well, Mischa is unavailable. You, you've met Mischa. Have we?
ROB: Er, is she your assistant?
STEVE: No, it's Emma. No, no, no. Er Mischa is my girl friend.
ROB: Oh, yeah, yeah, an Australian girl.
STEVE: No, God, no. Ages ago.
・・・
ティーヴ:えーと、ミーシャは都合が悪いんだ。ミーシャに会ったことあるよね。
ロブ:えーと、アシスタントの?
ティーヴ:いや、それはエマだ。いや、違う、違う。ミーシャは俺の恋人だよ。
ロブ:そう、そう、そう、オーストラリの娘。
ティーヴ:いや、違う、違う。それは昔の話だ。
・・・

 

二人は必ずしも相性が良くないのですが、コミッションが入るというので一緒の旅に出る事になります。相性が良くないと言っても、そこは大人ですから大喧嘩するまではいかず、時には二人でハモったりしながら旅を続けるわけですが、二人の間の微妙な空気感が見どころです。また、この映画には脚本のクレジットがなく、ほとんどが二人の即興で演じられています。

 

ティーヴとロブが脚色された本人役をやるのはこれが初めてではなく、マイケル・ウィンターボトム監督の「トリストラム・シャンディの生涯と意見」 (2005年)での二人の即興のパフォーマンスに端を発しています。スティーヴとロブの実際の姿を誇張することによりコメディになったと、スティーヴ・クーガンは語っています。

I like playing with the fact that it might be me, to give it a bit more edge. So some of the conversations with Rob are funny, but some of them are very uncomfortable. They're sort of genuine arguments. It's a sort of an exaggeration of real life.(僕は自分自身かもしれない役を演じるのが好きなんだ。ほんの少しばかり、エッジを効かせるんだ。ロブとの会話は面白いものもあるけど、気まずいこともある。それは、単なる言い争いみたいなものなんだ。実生活を誇張しているようなものなのさ。) (スティーヴ・クーガン)

 

二人が旅する場所は、北イングランド湖水地方国立公園とヨークシャーデイルズ国立公園周辺のホテルやレストラン、景勝地などです。この一帯は、マンチェスターなどの都市が大規模工業化へと動いた産業革命の中心でしたが、都市郊外にはイングランド有数の魅力的な田園風景が広がっています。ドライストーンウォールで区切られた起伏に富んだ緑の平原で有名なヨークシャーデールズは、典型的な英国のカントリーサイドです。また湖水地方国立公園は、氷河時代の痕跡が色濃く残り、渓谷沿いに大小無数の湖が点在する地域で、イングランド有数のリゾート地・保養地としても知られ、ピーターラビットの作者ビアトリクス・ポターや、詩人ワーズワースといった作家、詩人、画家などの多くの著名人を惹きつけてきました。これらの風景を楽しむだけでも、この映画を見る価値があります。

 

ヨークシャーデールズの風景

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湖水地方の風景

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二人はこの地方の宿屋に宿泊し、宿やレストランで与太話をしながらいろいろな料理を食べます。日本で言えば老舗旅館や料亭の高級料理といったところでしょうか。

 

「ザ・イン・アット・ホワイトウェル」(The Inn at Whitewell)

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初日の宿。スティーヴはトマトのスープ、ロブはホタテを注文します。二人はマイケル・ケインの真似を競います。スティーヴは大スターで格が上ですが、ロブは一貫して得意なモノマネで攻めます。

「ザ・イン・アット・ホワイトウェル」(The Inn at Whitewell)(グーグル・ストリートビュー)

 

「ル・アンクリューム」(L'Enclume)

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ミシェランの星付きレストラン。写真は、アーティチョークと裏ごしした羊のチーズのムース、揚げたアーティチョーク添え。一品一品、説明しながら給仕される本格的なレストランですが、ロブは密かに説明を茶化します。

「ル・アンクリューム」(L'Enclume)(グーグル・ストリートビュー)

 

「ヒッピング・ホール」(Hipping Hall)

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写真はロブがオーダーした鳩とラム。ロブの選択の方が変化に富んでおりで、スティーヴはしばしば、「それはなんだ」と聞きます。

「ヒッピング・ホール」(Hipping Hall)(グーグル・ストリートビュー)

 

「ホルベック・ギル」 (Holbeck Ghyll)

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写真はラムと小海老。フォトグラファーのヨランダとアシスタントのエマと、ここで落ち合います。ロブはヨランダに、得意のマイケル・ケインの真似をしてみせますが、スペイン語の吹き替えで映画を見ているヨランダは誰の真似をしているのかわかりません。

「ホルベック・ギル」 (Holbeck Ghyll)(グーグル・ストリートビュー)

 

「ザ・ヨーク・アームズ」(The Yorke Arms)

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ミシェランの星付きレストラン。写真はラムのマトンプディング添え。羊の放牧が盛んな地域で、海も近い事から、ラムやホタテが一般的なメニューのようです。

「ザ・ヨーク・アームズ」(The Yorke Arms)(グーグルス・トリートビュー)

 

「ザ・エンジェル・アット・ヘットン」(The Angel at Hetton)

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 屋外のテラス席で、朝日を浴びながら食べます。美味い!とスティーヴが最高のリアクションを見せます。「イギリスで美味しい食事がしたければ、1日に3回朝食を取ればいい」というサマセット・モームの言葉を引き合いに、イングリッシュ・ブレックファストは、しばしば「イギリス料理で一番美味しい料理」と言われます。イギリス料理はシンプルな方が美味しいのかもしれません。皮付きのまま焼いたジャケット・ポテトもシンプルで美味しいイギリス料理です。

「ザ・エンジェル・アット・ヘットン」(The Angel at Hetton)(グーグル・ストリートビュー)

 

この他、二人は景勝地も訪れます。

 

ダヴコテージ(Dove Cottage)

1799年~1808年の10年間、詩人・ワーズワースが住んでいた家。かつては宿屋だった建物で、隣接して、博物館とショップがあり、博物館ではワーズワースの詩作ノートや書籍などを展示しています。閉館間際に訪れた為、スティーヴは入館を断られてしまいます。

ダヴコテージ(Dove Cottage)(グーグル・ストリートビュー)

 

マルハム・コーヴ(Malham Cove)

石灰岩の断崖で有名な観光名所。高さ80m、幅300mで、頂上に上ることができ、亀裂の入った石灰岩が平坦に広がっています。一帯にあった氷河が融け、その水が断崖の上を平らに浸食しましたが、1万2千年前の温暖化で水位が低下し、コーヴの下を流れるようになったと言われています。スティーヴはここで薀蓄を語り、ロブに嫌われます。一人でコーブの上に登ったスティーヴは、見知らぬ男に薀蓄を傾けられ、うんざりします。

Mマルハム・コーヴ(Malham Cove)(グーグル・ストリートビュー)

 

ボルトン・アビー(Bolton Abbey)

宗教改革前のカソリック修道院で、英国国教会プロテスタント)が出来てから打ち壊され、そのままになっているなっている廃墟です。ここでロブがワーズワースボルトン・アビーの詩を暗誦、スティーヴを驚嘆させますが、何故、イアン・マッケランの声で暗誦したのかと、スティーヴが絡みます。

ボルトン・アビー(Bolton Abbey)(グーグル・ストリートビュー)

 

また、いわゆるトップ・スターではありませんが、中堅どころの女優たちが、中年男二人の物語を彩ります。

 

マーゴ・スティリー(ミーシャ、スティーヴの恋人、冷却期間中)

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アメリカの女優、脚本家。マイケル・ウィンターボトム監督の「9 Songs ナイン・ソングス」(2004年)に出演している他、「セレブ・ウォーズ 〜ニューヨークの恋に勝つルール〜」(2008年)など、イギリスとアメリカの映画20本ほどに出演しています。

 

レベッカ・ジョンソン(サリー、ロブの妻、ロブとの間に子供が一人)

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イギリスの女優、監督、脚本家。芸歴20年以上のベテランで、イギリス国立劇場、シャークスピア・カンパニー、ウェスト・エンドの劇場で主役を演じた経験があります。

 

ドーリャ・ガヴァンスキー(マグダ、初日の宿の受付、東欧出身) 

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ウクライナ出身の女優、脚本家、プロデューサー。ケンブリッジ大卒の才女。残念ながら、本作以外に日本で公開されてる映画への出演がほとんどありません。

 

 クレア・キーラン(エマ、スティーヴのアシスタント)

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イギリスの女優で、ローヤル・コート劇場の青年の部の元メンバーです。舞台に立つ一方で、BBCなど、テレビのシチュエーション・コメディで活躍しています。映画では、

  • 「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(2005年)
  • 「スティーヴとロブのグルメトリップ」(2010年)
  • 「イタリアは呼んでいる」(2014年)

で、スティーヴ・クーガン、ロブ・ブライトンと共演している他、

  • 「Pierrepoint: The Last Hangman」(2007年、日本未公開)
  • 「Mister John」(2013年、日本未公開)

などに出演しています。

 

マルタ・バリオ(ヨランダ、スティーヴを撮影するフォトグラファー)

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スペイン出身の女優、モデル。

  • 「スティーヴとロブのグルメトリップ」(2010年)
  • 「イタリアは呼んでいる」(2014年)

で、スティーヴ・クーガン、ロブ・ブライトンと共演していますが、残念ながら、それ以外に日本で公開されてる映画への出演がほとんどありません。

 

なお、スティーブとロブは旅の終わりにスティーヴの両親の家に立ち寄りますが、これは北イングランドマンチェスター出身のスティーヴ・クーガンのプロフィールをなぞるものでしょう。また、映画の中で、スティーヴに別れた妻から電話がかかって来て、彼は妻と暮らす息子と電話で話しますが、スティーヴは実生活で2002年に結婚、娘が誕生しますが、2005年に離婚しています。

 

物語はスティーヴの部屋から始まり、スティーヴの部屋で終わります。彼の住居はハートレイのジャム工場だった建物をマンションに改造したものの一区画で、ストリートビューで見える中央の棟の最上階(ペントハウス)の向かって右側です。映画の最初と最後に映し出される、タワー・ブリッジ、シティ・ホール、ロンドン・アイ、ガーキン(30セント・メリー・アクス)、カナリーワーフ、ストラタ・タワーなどのロンドンの風景は、この建物から望遠レンズで撮影されています。

スティーヴ・クーガンの部屋が撮影された場所(グーグル・ストリートビュー)

 

マイケル・ウィンターボトム監督xスティーヴ・クーガンxロブ・ブライトンのコラボ作品のDVD(Amazon

  「24アワー・パーティ・ピープル」(2002年)

  「トリストラム・シャンディの生涯と意見」(2005年)

       ・・・輸入盤、リージョン2、日本語なし

  「スティーヴとロブのグルメトリップ」(2010年)

  「イタリアは呼んでいる」(2014年)

 

マイケル・ウィンターボトム監督作品のDVD(Amazon

    「イン・ディス・ワールド」( 2002年)

  「グアンタナモ、僕達が見た真実」(2006年)

 

スティーヴ・クーガン出演作品のDVD(Amazon

  「ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-」(2007年)

  「トロピック・サンダー/史上最低の作戦」(2008年)

  「メイジーの瞳」(2012年)

  「あなたを抱きしめる日まで」(2013年)

 

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