夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「父の祈りを」:北アイルランド問題を背景に、愚直な父と放蕩息子の絆、冤罪とテロリズムへの怒りを描いた社会派ヒューマン・ドラマ

父の祈りを」(原題:In the Name of The Father)は、1993年公開のイギリス・アイルランドアメリカ合作の社会派ヒューマン・ドラマ映画です。1974年にIRA暫定派によって実行されたロンドンでのテロ事件であり、英国の司法界史上最大の汚点とされるギルドフォード・パブ爆破事件に関し、冤罪で逮捕されたアイルランド人ジェリー・コンロンの回想記「Proved Innocent」を元に、ジェリーとその父親の再審への長い戦いを、ジム・シェリダン監督、ダニエル・デイ=ルイスピート・ポスルスウェイトエマ・トンプソンらの出演で描いています。第66回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)、助演男優賞ピート・ポスルスウェイト)、助演女優賞エマ・トンプソン)、脚色賞、編集賞の7部門にノミネートされた作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ジム・シェリダン
脚本:ジム・シェリダン/テリー・ジョージ
原作:ジェリー・コンロン
出演:ダニエル・デイ=ルイス(ジェリー・コンロン)
   ピート・ポスルスウェイト(ジュゼッペ・コンロン)
   エマ・トンプソン(ギャレス・ピアース)
   ジョン・リンチ(ポール・ヒル
   ビーティ・エドニー(キャロル・リチャードソン)
   マーク・シェパード(パディ・アームストロング)
   ドン・ベイカー(ジョー・マクアンドリュー)
   コリン・レッドグレイヴ(ロバート・ディクソン)
   ジョン・ベンフィールド(バーカー看守長)
   ジョー・マクパートランド(チャーリー・バーク)
   サフロン・バロウズ(ジェリーと親しむ女)
   ほか

あらすじ

1974年の北アイルランド。定職につかず遊んでいるジェリー・コンロン(ダニエル・デイ=ルイス)はIRAを挑発したことで、彼らから目をつけられます。父ジュゼッペ(ビート・ポスルスウェイト)はほとぼりが冷めるまで、息子をロンドンへ送り出します。友人のポール(ジョン・リンチ)と合流したジェリーは、ヒッピーのパディ(マーク・シェパード)の寝ぐらに転がり込みますが、彼らと喧嘩して決別します。公園のベンチで寝ていたチャーリー(ジョー・マクパートランド)というホームレスの老人になけなしの小銭を恵んだ彼らは、高級娼婦の部屋へ忍び込んで金を盗みます。

その頃、ロンドンから約50キロ離れたギルフォードでパブが2軒爆破されます。久々に北アイルランドの実家に帰ったジェリーは、例の爆破をIRAの犯行とにらむ警察に容疑者として逮捕され、ロンドンに連行されます。ヒッピー仲間のポールやパディ、キャロル(ビーティ・エドニー)も逮捕され、テロリスト防止法によって、何らの容疑もないにもかかわらず彼らは勾留、ジェリーの父や叔母一家も同様に逮捕されます。当局は厳しい尋問を繰り返しますが、当夜のアリバイを証明する者は現れません。拷問まがいの恫喝と暴力に屈したジェリーとポールは白紙の供述書に署名してしまいます。2人は無期懲役、父ジュゼッペは12年の懲役刑を宣告され、父子は同じ刑務所に投獄されます。

ジュゼッペは一縷の望みを託し、再審を訴え続けて市民団体に手紙を書き続けますが、ジェリーはふてくされて無為な日々を送ります。ある日、IRAの闘士ジョー(ドン・ベイカー)が刑務所に送られ、例の爆破は自分の犯行で当局は真相を知りながら隠していると告白します。無実を証明したいというジョーの協力を断固として拒絶した父ジュゼッペは、次第に健康を害し、獄中で無念の死を遂げます・・・。

レビュー・解説

アイルランド出身のジム・シェリダン監督ならではの脚本・演出と蒼々たるオスカー級俳優の好演で、愚直な父と放蕩息子の絆を軸に、冤罪とテロリズムへの怒りを描いた、見応えのある社会派ヒューマン・ドラマです。

 

ジム・シェリダン監督は1949年にアイルランドに生まれ、カトリック系の学校で教育を受けた後、1981年にカナダ、その後アメリカに移住しています。自らの半生を重ねるかの様に、アイルランド問題や移住を背景に家族を描いた作品を数多く手がけています。1969年から1970年にかけて、アイルランド北アイルランドの統一を目指すIRAに組織内部での方向性の違いが顕在化、武装闘争主義の一派と、政治的統一を目指す一派が分裂しました。前者が「IRA暫定派」となり、1971年に導入された治安当局による一斉拘留や、1972年に発生した「血の日曜日事件」など、イギリスによるアイルランドへの暴力的抑圧を背景に規模を拡大させ、プロテスタント武装組織や北アイルランドに駐留するイギリス軍や北アイルランド警察(ほとんどがプロテスタント)にゲリラ攻撃を加えました。やがて、IRA暫定派は戦線をイギリス本土にも拡大し、数々のテロ事件を行なうようになります。コンロン親子が冤罪を被せられたギルフォードでのパブ爆破は、そんな流れの中で起きた事件です。

 

邦題は「父の祈りを」は宗教的なものを連想させますが、映画では宗教的な描写はほとんんどありません。原題の「In the Name of the Father」は、カトリックの祈り「In the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Spirit 」(父と子と精霊の御名において)らの引用です。ここで the Father は創造主である「父なる神」、the Son は「神の子」であるイエス・キリスト、 Holy Spirit は人々と神を結ぶ付ける「聖霊」を意味しますが、この映画では Father にジェリーの父ジョゼッペをかけています。

 

ジョゼッペは獄中で寝る前に「Hail Mary, full of grace, the Lord is with thee〜」( アヴェ・マリア、恵みに満ちた方、主はあなたとともにおられます〜)と祈りますが、これもカトリックの祈りです。愚直な父ジョゼッペを支えているものが、カトリックの教えであることは想像に難くありませんが、かつての北アイルランド紛争にはプロテスタント vs カトリックの宗派対立の側面があり、荒っぽい言い方をすればIRAカトリック側で、ジョゼッペも息子が騒ぎを起こせばIRAにお目こぼしを頼みに行くような関係にあることは念頭に入れておいた方が良いでしょう。一方、現在の北アイルランドでは無宗教の層が増え、北アイルランド問題を「宗教問題」とするのは誤りと言われていますが、映画では息子のジェリーはまさに無宗教層として描かれており、また、宗教的な対立も全く描かれておりません。

 

そんな時代を背景に、この映画が何よりも時間を割いているのがコンロン父子の関係です。ジョゼッペは愚直な親で、冒頭、息子のジェリーが盗みで騒ぎを起こしIRAに目を付けられると、IRAにお目こぼしを頼みに行きます。ほとぼりが冷めるまでとジェリーをロンドンに送り出し、決して裕福な生活ではないのにもかかわらず、息子のロンドンでの生活費も心配します。ジェリーが逮捕されると釈放を嘆願する為にロンドンまで駆けつけけ、自らも冤罪に巻き込まれ投獄されると、獄中で地道な嘆願活動を始めます。一方、主人公のジェリーは、ホームレスになけなしの金を恵むなど気はいいのですが、定職も無く盗みを繰り返す能天気な若者です。獄中で父が行う嘆願活動にも冷ややかで、父が寝る前にお祈りするかたわらでドラッグでハイになり、茶々を入れるような馬鹿息子です。それでも実直な父は息子を見捨てることなく、ひたすら思い続けます。

 

アイルランド出身で事情を良く踏まえたジム・シェリダン監督の脚本、演出の元、馬鹿息子が成長して行く様を演ずるダニエル・デイ=ルイス、息子を思い続ける愚直な親を演ずるピート・ポスルスウェイト、そして少ない出番ながらクライマックスに向けて重要な役割を果たすエマ・トンプソンの演技が素晴しいです。受賞こそ逃しましたが、第66回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)、助演男優賞ピート・ポスルスウェイト)、助演女優賞エマ・トンプソン)、脚色賞、編集賞の7部門にノミネートされたことが、この映画の素晴しさを物語っていると言ってよいでしょう。

 

ダニエル・デイ=ルイスは、「マイ・レフトフット」(1989年)、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)、「リンカーン」(2012年)と、史上最多の三度もアカデミー主演男優賞を受賞した演技派のイギリス出身の俳優で、ジム・シェリダン監督も絶賛、何度かタッグを組んでいます。ピート・ポスルスウェイトはイギリスの俳優で、脇役ながら個性的な役をやることが多く、舞台出身の演技力はスティーブン・スティルバーグ監督をして、政界最高の役者と言わしめたほどです。

 

エマ・トンプソンもイギリス出身で、5度のアカデミー賞ノミネート経験があり、「ハワーズ・エンド」(1992年)で主演女優賞を、「いつか晴れた日に」(2005年)で脚本家として脚色賞を受賞した多才な女優・脚本家ですが、大女優にありがちなギラギラした感じがなく、私の好きな女優のひとりです。彼女は実生活で人権活動家でもあり、もの静かな印象のギャレス・ピアースを演ずるには、まさに適役だったのではないかと思います。

 

実はこの映画がリリースされた後、ジム・シェリダン監督は、映画の内容が事実と異なると厳しい批判に晒されました。主な史実との相違点は、

  • ギルフォードの4人とマグアイア一家は映画のように一緒ではなく、実際は分離裁判が行われた。
  • 映画の獄中でジェリーと友人になり、「無実を証明しよう」と持ちかけるIRAのテロリストと彼にまつわる出来事は完全に架空である。
  • ジェリーと父ジョゼッペは刑期のほとんどを異なる刑務所で過ごし、映画のように同じ房で過ごすことはなかった。
  • ギャレス・ピアースは生前のジョゼッペに会っていない。また、彼女は裁判の準備はしたが、控訴院法廷に立つ資格はなく、立っていない。

 

ここは意見が別れるところかもしれません。ジム・シェリダン監督はイギリス法曹界最大の汚点と言われる冤罪事件を扱いながらも、父子の絆を軸にこれを描き、分かりやすさと時間短縮の為に法的制度面の正確さを犠牲にしています。ただ、架空のテロリストを登場させたのは別の理由でしょう。

  • 警察は冤罪である事を知っており、彼は無罪を証明できるとジェリーに持ちかけるが、ジョゼッペはこれを断固として拒否する。
  • テロリストは刑務所内で囚人の支持を集めるが、看守相手にテロ的事件を起こし、囚人たちが離れていく。

つまり、カトリックであるジョゼッペが面と向かってIRAテロリズムを拒否し、また囚人たちがテロリストから離れて行く様を描く事により、強い反テロリズムのメッセージを映画に込めているのです。

 

これらは、アイルランド生まれの、如何にも頑固なジム・シェリダン監督の描き方のような気がしてなりません。原題の「In the Name of the Father」の Father を同じ神の意を持つ God に置き換えれば、「神に誓って」という一般的な慣用句になります。ジム・シェリダン監督は1990年代に、人々が怒りを向けるべき矛先は宗教ではなく冤罪やテロリズムであることを、いわば「神に誓って」強く訴えている様にも思われます。現在に置き換えれば、「in the name of Allah」というタイトルだが宗教的描写は少なく、親子の絆、冤罪への怒り、テロリズムへの怒りを訴える映画を想像すれば、彼が成したことが分かりやすいかもしれません。

 

ダニエル・デイ=ルイス(ジェリー・コンロン)

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ピート・ポスルスウェイト(ジュゼッペ・コンロン)

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エマ・トンプソン(ギャレス・ピアース)

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動画クリップ(YouTube

  • オープニング〜
    ボノの「In the Name of the Father」がバックに流れる中、ギルフォードのパブの爆破シーンが映し出される。「In the Name of the Father」はこの映画に為に作られた曲で「In the Name of 〜」というフレーズが繰り返される。
  • 釈放されたジェリー・コンロン本人とギャレス・ピアース本人
    弁護士兼人権活動家のギャレス・ピアースは物静かな印象の女性。ジェリー・コンロンは2014年にガンの為、60歳で逝去。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品 

父の祈りを」の原作本Amazon

  ジェリー・コンロン著「父の祈りを

   

Gerry Conlon "Proved Innocent: The Story of Gerry Conlon of the Guildford Four"

 

ジム・シェリダン監督xダニエル・デイ=ルイスのコラボ作品のDVD(Amazon

  「マイ・レフトフット」(1989年)

  「ボクサー」(1997年)

 

ジム・シェリダン監督作品のDVD(Amazon

  「イン・アメリカ/三つの小さな願いごと」(2002年)

 

ダニエル・デイ=ルイスxピート・ポスルスウェイト共演作品のDVD(Amazon

ラスト・オブ・モヒカン」(1992年)

 

ダニエル・デイ=ルイス出演作品のDVD(Amazon

  「エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事」(1993年)

  「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」(2007年)

  「リンカーン」(2012年)

  「ファントム・スレッド」(2017年)

 

ピート・ポスルスウェイト出演作品のDVD(Amazon

  「ユージュアル・サスペクツ」(1995年)

  「ナイロビの蜂」(2005年)

  「インセプション」(2010年)

  「ザ・タウン」(2010年)

 

エマ・トンプソン出演作品 

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