夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ショート・ターム」:施設で働いた経験に基づくリアルな脚本・演出と、ブリー・ラーソンの体当たり演技が感動的なヒューマン・ドラマ

「ショート・ターム」(原題:Short Term 12) は、2013年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。デスティン・ダニエル・クレットンによる短編映画「Short Term 12」(2009年)を原作とし、クレットン脚本、監督、ブリー・ラーソンらの出演で、未成年者の短期保護施設を舞台に女性職員と子どもたちの交流を描いています。ロカルノ国際映画祭女優賞(ブリー・ラーソン)など、、世界中の映画祭で多くの賞を受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:デスティン・ダニエル・クレットン
脚本:デスティン・ダニエル・クレットン
出演:ブリー・ラーソン(グレイス)
   ジョン・ギャラガー・Jr(メイソン)
   ケイトリン・ディーヴァー(ジェイデン)
   ラミ・マレック(ネイト)
   キース・スタンフィールド(マーカス)
   ケヴィン・ヘルナンデス(ルイス)
   メローラ・ウォルターズ(ヘンドラー)
   ステファニー・ベアトリス(ジェシカ)
   リディア・デュ・ヴォー(ケンドラ)
   アレックス・キャロウェイ(サミー)
    フランツ・ターナー(ジャック)
   ダイアナ・マリア・リーヴァ(ベス)
   ほか

あらすじ

グレイスは問題を抱えるティーンエイジャーのためのグループホーム「ショート・ターム12」のケアマネージャーです。同僚のメイソンと長らく恋人関係にあるグレイスは、自身が妊娠していることを知りますが、すぐに中絶の予約を入れます。迷ったあげく、彼女はメイソンに妊娠していることを伝えると、メイソンは興奮を隠せません。

ホームではもうすぐ18歳になるマーカスという少年が、彼を虐待をしている母親の許へ帰らなければなりません。ホームに新しくやって来た自傷経験のある少女ジェイデンは、長く滞在するつもりがなく、他の入居者と距離を置こうとします。自分の誕生日に父親が約束通り迎えに来ず、ジェイデンはパニックを起こします。グレイスは、反省部屋に入れられたジェイデンに自分の自傷痕を見せます。その夜、ホームの皆が彼女の誕生祝いを開いている最中、ジェイデンは施設を抜け出します。ホームの職員は入居者を力づくで連れ戻すことが許されていないため、グレイスはジェイデンの後を追い、彼女の家に辿り着きます。家が留守だと分かり、2人はホームへ戻ります。ジェイデンは自分の作った絵本をグレイスに読み聞かせ、グレイスはジェイデンが父親による虐待を受けているのではないかと疑います。

メイソンの里親のパーティーに招かれたグレイスは、メイソンから求婚されますが、翌朝、グレイスは自身の父親が刑務所から釈放されることを知り、動揺、慰めようとするメイソンを拒みます。ホームに出勤したグレイスは、ジェイデンの父親がジェイデンを連れて帰ったことを知り、彼女を家に帰した上司に怒りをぶつけます。同じ日、グレイスはマーカスが自殺を試みて負傷しているところを発見します。憔悴したグレイスは、メイソンに結婚はできない、子供は産めないと伝えます。そして彼女はジェイデンの父親の家に忍び込み、寝ている父親をバットで襲おうとします・・・。

レビュー・解説 

実際に保護施設で就労した経験に基づき、虐待される子供たちの視点にぐいぐいと引き込むリアルな脚本・演出と、ブリー・ラーソンの多彩でパワフルな体当たり演技にこころ揺さぶられる映画です。

 

この映画では保護された子供達や施設の職員の対応が生々しく描かれていますが、デスティン・ダニエル・クレットン監督は保護施設での自らの就労経験について次のように語っています。

そこで働き始めたのは、仕事がなかったからなんだ。大学を卒業したあと5ヶ月ぐらい仕事がなく、友人が働いていた施設が唯一雇ってもらえた場所だった。僕は保護施設がどういう場所なのか分からないまま働き始めたけど、自分の経験は、映画でいうと新入りスタッフのネイトによく似ている。不安だったし、場違いのような気もした。結局2年間そこで働いたけど、最終的にその仕事が大好きになったよ。

それまでの僕は、島(マウイ島)育ちで世界観が狭かったし、人生経験も乏しくてね。苦境に直面している人を見るのも生まれて初めてで、どうしたらいいかわからなかった。でも、2年の経験は僕を変えたよ。それは自分の中にあった恐怖というものに向き合う経験だった。傷ついた子たちをさらに傷つけてしまうんじゃないかと恐かったし、傷つけられるのも恐かった。でも、子どもたちを知れば知るほど「思ったほど恐くはないんだな」と思えるようになってね。その人を知れば知るほど、わかればわかるほど恐怖は消えていく。そうしているうちに彼らとの絆が生まれて、自分を発見することにもつながったんだ。

その2年を通じて、僕は大きく成長し、大切なことを学んだと思う。例えば「謙虚さ」。子供たちにとって良いリーダーというのは、上から見下すのではなくて、同じ立場、同じ目線に立ってあげるということなんだ。(デスティン・ダニエル・クレットン監督)

 

その後、サンディエゴ州立大学の映画学科で学んだクレットンは、卒業プロジェクトとして「ショート・ターム」の基となった22分の短編「Short Term 12」を制作しました。同作は2009年のサンダンス映画祭で披露され、短編部門の審査員賞を受賞、卒業後、クレットンは男性が主役だった短編を女性を主役にした長編用脚本に改めました。彼は製作にあたり、さらに同様の施設について調査を行い、施設の職員や子供たちから直接聞いた話も脚本に取り入れています。

映画の中の出来事はどれも、自分が経験したことやほかのスタッフに起きたことをミックスしたり強調したものなんだ。キャラクターみんなが僕の一部だし、僕のなかのそれぞれ違った一面を反映していると言えるよ。たとえばグレイスの感じている恐怖とか、葛藤とか不安は自分の実感に基づいたものだ。新入りのネイトは、最初の2カ月で自分が感じたままを表している人物。グレイスの恋人のメイソンは、自分がこうありたいと思う人物だ。なぜって彼はいつだってポジティブだから。(デスティン・ダニエル・クレットン監督)

 

こうした彼の実体験に基づいた脚本に、体当たり演技で命を与えているのが、主人公のグレイスを演じたブリー・ラーソンです。彼女は、「ルーム」で第88回アカデミー賞主演女優賞を受賞しましたが、既にこの作品でその頭角を垣間見せています。グレイスには、

・入所者への細やかな配慮と職員に的確な指示が出来る優れたケア・マネージャー
・メイソンに愛される愛らしい女性
・父親による虐待の傷が癒えない女性

の三つの顔がありますが、ブリー・ラーソンの演じ分けの切れ味が素晴しいです。さらに彼女の演技を際出たせているのが、所長に対してぶつける怒りや、脱走する入所者を追って全力疾走するシーンです。グレイス自身深く傷ついているのですが、このパワーは観る者に勇気を与えてくれます。彼女の演技が人の心を揺さぶるのは、単なるケア・ワーカーではなく、強さも弱さも持ち合わせた一人の人間としての生きる姿勢を感じさせるからでしょう。

私はグレースではないけど、彼女の悪戦苦闘や抱える問題に心を通わすことはできる。でも、脚本を10ページも読まないうちにわかったわ、これは単なる20代の女性の話ではない、人間の話なんだって。

(撮影は)長いテニスの試合をしているようなものだったわ。でも試合前の1秒でベスト・プレーヤーになんかなれっこない。撮影はすぐに始まり、考えている暇なんかない、私はラインの内側に入る事を祈って、懸命にボールを打ち返したわ。

心に刻み付けられる体験だった、年齢や体型や人種や肌の色が違っても、みんな同じなんだって。誰もが辛い経験や美しい話など、物語を持っている。お互いを許し、理解することが大切で、それができれば私たちは大きな家族になれるんだって。(ブリー・ラーソン

 

「ルーム」でアカデミー賞主演女優賞を受賞後、ブリー・ラーソンは「情熱があったからこそ(女優を)やってこられた」と語っていますが、子供の頃から演じている彼女はとびきり可愛いわけでも、個性的なわけでもなく、なかなか役を貰えなかったそうです。また、オーディションでは、色気がないとか、受け答えが真面目で面白くないという理由で落とされること多かったとか。そんな彼女の演技を観ていると、ひたすら真面目に演技に取り組んできた人柄がでているのかなと思われます。彼女は本作で注目を浴びるようになりましたが、「ルーム」のレニー・アブラハムソン監督はこの作品の彼女の飾らない演じ方を観て、彼女を起用したそうです。

 

実体験に基づく優れた脚本と演出、そしてブリー・ラーソンの熱演は、グレイスのように悩みながらも頑張っている人が、映画の中だけではなく我々の身近にもいる、そんな気にさせてくれる映画です。

観客とのQ&Aでは、実際に虐待を受けていたり、痛みを抱えている子たちから強いコメントが寄せられることが多くてね。映画と自分の人生とがいかに共鳴したかって話を聞いて、何度も泣かされたよ。とくに印象的だったのが、あるQ&Aセッションで後ろのほうに座っていた16歳の女の子。最後の最後に手を上げて、話し始めた。「数年前まで、私はジェイデンでした。人生のどん底からはい上がろうとしていたんだけど、誰も自分を愛してくれないんじゃないかと悩んでいた」。そして、隣の女性を指さして「これが私のグレイスです」って言ったんだ。僕は希望というものを感じたよ。」(デスティン・ダニエル・クレットン監督)

 

ただ映画を作るのが好きで作ってきたというデスティン・ダニエル・クレットン監督も、今般、晴れて「ルーム」でアカデミー主演女優賞を受賞したブリー・ラーソンも今後が楽しみです。

 

ブリー・ラーソン(グレイス)

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入所者への細やかな配慮と職員に的確な指示が出来る優れたケア・マネージャー。

 

ジョン・ギャラガー・Jr(メイソン)

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やさしく笑いをふりまく存在。グレイスを補完している。

 

ケイトリン・ディーヴァー(ジェイデン)

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入所者の一人。ケイトリンはなかなかの演技力でテレビや映画に結構、出演している。

 

グレイスは恋人に愛される存在でもある

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グレースはかつて父親に虐待された傷を負っている

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全力で入所者を追いかけるグレース

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上司に怒りをぶつけるグレース

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ジェイデンが書いた絵本

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虐待を絵本で伝えようとする。足を失っていくタコの絵が泣かせる。

動画クリップ(YouTube) 

タコとサメの話〜「ショート・ターム」

GRACE: You okay?
GRACE: Okay, I'll see you tomorrow.
JAYDEN: You wanna see a story I've been working on?
GRACE: Of course.
JAYDEN: It's a kids' story, so there aren't any big words.
GRACE: Okay.
JAYDEN: Once upon a time, somewhere miles and miles beneath the surface of the ocean, there lived a young octopus named Nina.
JAYDEN: Nina spent most of her time alone, making strange creations out of rocks and shells. And she was very happy.But then, on Monday, the Shark showed up.
JAYDEN: “What's your name?" said the shark. "Nina," she replied. "Do you want to be my friend?" He asked. "Okay, what do I have to do?" Said Nina. ”Not much," said the Shark, "Just let me eat one of your arms."
JAYDEN: Nina had never had a friend before, so she wondered if this was what you had to do to get one. She looked down at her eight arms, and decided it wouldn't be so bad to give up one. So she donated an arm to her wonderful new friend.
JAYDEN: Every day that week, Nina and the Shark would play together. They explored caves, built castles of sand, and swam really really fast. And every night, the Shark would be hungry, and Nina would give him another one of her arms to eat.
JAYDEN: On Sunday, after playing all day, the Shark told Nina that he was very hungry. "I don't understand," she said. "I've already given you six of my arms, and now you want one more?" The shark looked at her with a friendly smile and said, "I don't want one. This time I want them all." "But why?" Nina asked. And the shark replied, "Because that's what friends are for."
JAYDEN: When the shark finished his meal that night, he felt very sad and lonely. He missed having someone to explore caves, build castles and swim really really fast with. He missed Nina very much. So, he swam away to find another friend.
GRACE: Jayden, did your dad ever hurt you?
GRACE: Does he still hurt you?
グレース:大丈夫?
ジェイデン:今、書いている絵本を見たい?
グレース:もちろん。
ジェイデン:童話だから、難しい言葉はないよ。
グレース:ええ。
ジェイデン:むかし、海のはるか深いところにニーナというタコが住んでいました。
ジェイデン:ニーナはいつも一人で、岩や貝殻で不思議なものを作っていました。彼女は幸せでした。でも、月曜日にサメが現れました。
ジェイデン:「なんていう名前なの?」とサメは言いました。「ニーナよ」とニーナは答えました。「友達になりたい?」とサメは訊きました。「いいわよ。どうすればいいの?」とニーナは言いました。「大したことはない。キミの足を一本、食べさせてくれ。」とサメは言いました。
ジェイデン:それまでニーナには友達がいなかったので、それが友達を得る為に必要なことなのかと不思議に思いましたが、彼女は自分の8本の足を見下ろし、一本くらいなくても平気と思うことにしました。そう、彼女は一本の足を彼女の素敵な新しい友達にあげたのです。
ジェイデン:その週、ニーナとサメは毎日、朝から晩まで一緒に遊びました。ほら穴を探検したり、砂のお城を造ったり、とても早く泳いだりしました。そして、サメは毎晩、お腹を空かせ、ニーナは彼女の足を一本ずつ食べさせてあげました。
ジェイデン:日曜日、一日中、遊んだ後、サメはニーナにとてもお腹が空いたと言いました。「どうして?もう6本もあげたのに、もう1本欲しいの?」とニーナは訊きました。サメは彼女に親しげに笑いかけながら、「今度は一本じゃなくて、全部欲しい」と言いました。「でも、どうして?」とニーナが訊くと、「それが友達ってものさ」とサメは答えました。
ジェイデン:サメがその夜の食事を終えた時、彼はとても悲しくて寂しい気持ちになりました。彼は誰かと、ほら穴を探検したり、砂のお城を造ったり、とても早く泳いだりできなくなったのです。彼は、ニーナを失ってとても残念でした。なので、サメは新しい友達を見つける為に泳ぎ去って行きました。
グレース:お父さんに傷つけられたの?
グレース:お父さんは、まだ傷つけるの?

 

上司に怒りをぶつけるグレイス

GRACE: Okay, Jack. Jack I'm sorry. Please. Cancel the pass until we figure this out. Because I know her, and I know that things are not good at home.
JACK: And how do you know that? Because she read you a children's story?
GRACE: Don't fxxk with me Jack. I am on the floor every day with those kids. And last night, that girl sat next to me and she cried and she tried to tell me the only way that she knew how.
JACK: Grace, you are a line staff. It's not your job to interpret tears. That's what our trained therapists are here for.
GRACE: Then your trained therapists don't know shit!
グレース:わかったわ、ジャック。ごめんなさい。お願い、はっきり分かるまで許可を取り消して。私は彼女を知っている、彼女を自宅に帰すのは良くないわ。
ジャック:どうしてそれがわかるんだ。彼女が絵本を読むの聞いたからか?
グレース:私をバカにしないで。私は毎日、子供達と同じフロアにいるのよ。昨日の夜、彼女は私の隣に座り、泣きながら、私に伝えようとしたのよ、彼女が知っているたった一つの方法で。
ジャック:グレース、君は現場の職員だ。涙の理由を解釈するのは、君の仕事ではない。その為に訓練されたセラピストがここにいるんだ。
グレース:だとすれば、あなたの訓練されたセラピストは何もわかっちゃないわ。

 

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関連作品 

ブリー・ラーソン出演作品のDVD(Amazon

  「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」(2010年)

  「21ジャンプストリート」(2010年)

  「ドン・ジョン」(2013年)

 

「The Spectacular Now」(2013年、日本未公開)・北米版、リージョン1,日本語無し

「ルーム」(2015年)

  

「エイミー、エイミー、エイミー!こじらせシングルライフの抜け出し方」(2015年)

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*2: