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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「アリスのままで」:若年性アルツハイマーで言葉を失う女性言語学者を、傷心と勇気の両面から心をこめてリアルに描いたヒューマンドラマ

アメリカ映画

「アリスのままで」(原題: Still Alice)は、2014年公開のアメリカのヒューマン・ドラマ映画です。若年性アルツハイマーと診断された50歳の言語学者の苦悩や葛藤、家族との絆を描いたリサ・ジェノヴァの同名のベストセラー小説を原作に、リチャード・グラツァー/ワッシュ・ウェストモアランド監督、ジュリアン・ムーアの主演で映画化したもので、妻を必死に支えようとする夫をアレック・ボールドウィンが演じています。第87回アカデミー賞で主演女優賞(ジュリアン・ムーア)を受賞した作品です。

 

  「アリスのままで」のDVD(Amazon

 

監督:リチャード・グラツァー/ワッシュ・ウェストモアランド
脚本:リチャード・グラツァー/ワッシュ・ウェストモアランド
原作:リサ・ジェノヴァ「アリスのままで」
出演:ジュリアン・ムーア(アリス・ハウランド、コロンビア大学言語学科教授)
   アレック・ボールドウィンジョン・ハウランド、アリスの夫)
   クリステン・スチュワート(リディア・ハウランド 、アリスの次女、女優志望)    ケイト・ボスワース(アナ・ジョーンズ 、アリスの長女、遺伝子検査陽性)    ハンター・パリッシュ(トム・ハウランド 、アリスの長男、若手医師)
   シェーン・マクレー(チャーリー・ジョーンズ、アナの夫)
   ほか

 

【あらすじ】

ニューヨークのコロンビア大学で教鞭をとる50歳の言語学者アリス(ジュリアン・ムーア)は、キャリアを積み学生たちから慕われる一方、家族にも恵まれ、まさに円熟期を迎えていました。しかし、大学での講義中に言葉が思い出せなくなったり、ジョギング中に家に戻るルートがわからなくなるなどの異変が頻繁に現れるようになったため受診したところ、若年性アルツハイマー病だと診断されます。徐々に記憶が失われていく中、家族からサポートを受けながら、アリスは懸命に自分の運命と戦っていきます・・・。

 

若年性アルツハイマーというデリケートなテーマを、言語学者が言葉を失っていくという過酷な設定で描いていますが、優れた原作と、自ら不治の病と闘うリチャード・グラツァー監督の脚本とディレクション、そしてアカデミー主演女優賞を受賞したジュリアン・ムーアのいぶし銀のような演技が、傷心と勇気の両面からリアルに、かつ心のこもった見事なヒューマン・ドラマにしています。

 

若年性アルツハイマーを扱った映画には「私の中の消しゴム」(2004年、韓国)や「明日の記憶」(2006年、日本)があり、いずれも素晴しい名作ですが、「アリスのままで」は恐らく、最もリアルで洗練された作品でしょう。アルツハイマーになった患者自身の反応や、家族の対応に必ずしも正解はないでしょうが、本作の展開にはとても説得力があります。原作の著者リサ・ジェノヴァは神経科学者であり、米国アルツハイマー協会のコラムニストでもあります。長年の研究で出会った人々をヒントに描いたという原作のリアリティは、まるで近親者によるノンフィクションのようだとも言われています。この原作について、ワッシュ・ウェストモアランド監督は次のように語っています。

説得力があり、リサ・ジェノヴァの率直で偽りのない文章は感情的にも理解しやすかった。読み続ける中で、これを映画にするならば、この快活さと遠慮のなさをそのまま生かすべきだと悟った。

 

この映画の企画があがった当時、リチャード・グラツァー監督は筋萎縮性側索硬化症(ALS)を悪化させており、ワッシュ・ウェストモアランドのサポートを得て完成させましたが、リチャードは撮影の際に「人生で健康状態がもっとも下降している時期であり、同時にクリエイティブの面でもっとも満足のいく時期」と明かしたと言います。この映画の中盤で、アリスが同じ病気の人たちの前で行う感動的なスピーチがありますが、このスピーチに関してジュリアン・ムーアは次の様に語っています。

リチャード・グラッツァーとウォッシュ・ウェストモアランドと一緒に打ち合わせをしていたとき、私はそのスピーチのシーンがしっくりきていないと感じたの。それで彼らが書き直した。そして、3回目の修正版を読んだとき、まさに完璧だって感じたわ。それはリチャードが書いたものだった。リチャードは自分自身が体験していること全てをそのスピーチに注ぎ込んだのよ。

 

スピーチの中でアリスは、アルツハイマー病で記憶を失っていく患者の奇妙な行動とままならない言葉は、愚かで出来損ないで滑稽で、他の人々が患者を見る目と、患者が自分自身を見る目を変えてしまうと語ります。しかし、これは決して患者ではなく、あくまでも病気であり、記憶を失ったからと言って患者の人間としての本質は変わらないはずなのです。タイトルの「アリスのままで」(Still Alice)はここに由来します。

 

また、次女で役者を志す次女のリディアが、母アリスに読み聞かせる戯曲「エンジェルス・イン・アメリカ」の一節も、感動的な素晴しい引用です。

 

本作でアカデミー賞の主演女優賞を受賞したジュリアン・ムーアですが、彼女はそれまでに主演女優賞に2回、助演女優賞に2回、ノミネートされていました。最後にノミネートされたのが2002年の「めぐりあう時間たち」ですので、12年ぶり、5回目のノミネートでようやくオスカーを手にしたことになります。「アリスのままでは」では、米アカデミー賞の他にゴールデングローブ賞、英アカデミー賞の主演女優賞も受賞していますが、彼女は2002年「エデンより彼方に」でベネチア、2003年「めぐりあう時間たち」でベルリン、2014年「マップ・トゥ・ザ・スターズ」でカンヌの女優賞を受賞しており、これらの6つの世界的な映画祭を全て制覇した初めての女優になります。

 

「今回のように自分の人生や家族に悩まされる平凡な男を演じたいと思っていた」というアレック・ボールドウィンの出演は、長く親交のあるジュリアン・ムーアの声がけで実現しましたが、彼はこれまで、「恋するベーカリー」でメリル・ストリープと、「ブルージャスミン」でケイト・ブランシェットと、名だたるオスカー女優と共演しており、本作でのジュリアンのオスカー受賞も自分のことのように嬉しいのではないかと思います。

 

わがままと言われ、ちょっと痛い感じだが、最後に重要な役割を果たす次女を演じたクリステン・スチュワートは、個性的で素晴しいパフォーマンスを見せています。彼女に関して、両監督は次のように語っています。

クリステンとの仕事は、まるでマーロン・ブランドと仕事をしているみたいだった。思いやりがあり、勇敢で正直。彼女は絶えず自分を疑うので、自分がどんなに素晴らしいかに気づく最後の人なんだ。だから彼女は天才なんだと思う。(リチャード・グラツァー監督)

クリステンとジュリアンが台本の読み合わせを初めてした時、まるで魔法を見ているようだった。私とリチャードはふたりとも「ケミストリーだ!魔法だ!」って思ったよ。(ワッシュ・ウェストモアランド監督)

彼女は「トワイライト」シリーズのベラ・スワン役で知られていますが、「アクトレス〜女たちの舞台〜」(2014)でその演技力が高く評価され、フランスのアカデミー賞に相当するセザール賞にノミネート、アメリカ人女優としては史上初となる助演女優賞を受賞という快挙を成し遂げています。

 

リチャード・グラツァー監督のALSを鑑み、出演者のジュリアン・ムーアアレック・ボールドウィンクリステン・スチュワートがアイスバケットにチャレンジしています。言葉を失いながらもiPadの合成音声で生き生きと存在感を示し、情熱あふれるディレクションを行なっていたリチャード・グラツァー監督ですが、残念なことにその後ALSが悪化、アカデミー賞の授賞式に出席できないまま逝去、本作が遺作となってしまいました。

 

ジュリアン・ムーア(アリス・ハウランド)

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アレック・ボールドウィンジョン・ハウランド)

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クリステン・スチュワート(リディア・ハウランド)

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アイスバケット・チャレンジ(YouTube

ジュリアン・ムーア

アレック・ボールドウィン

クリステン・スチュワート

 

「アリスのままで」の撮影地(グーグルマップ)

アリスが教えていたコロンビア大学

アリスが住んでいた家

 

アリスのスピーチ

ALICE: Good morning. It’s an honor to be here. The poet Elizabeth Bishop once wrote: 'the Art of Losing isn't hard to master: so many things seem filled with the intent to be lost that their loss is no disaster.' I'm not a poet, I am a person living with Early Onset Alzheimer’s, and as that person I find myself learning the art of losing every day. Losing my bearings, losing objects, losing sleep, but mostly losing memories...

(She knocks the pages from the podium. )

ALICE: I think I’ll try to forget that just happened.

(Warm laughter from the crowd - they’re with her!)

ALICE: All my life I’ve accumulated memories - they’ve become, in a way, my most precious possessions. The night I first met my husband, the first time I held my textbook in my hands. Having children, making friends, traveling the world. Everything I accumulated in life, everything I’ve worked so hard for - now all that is being ripped away. As you can imagine, or as you know, this is hell. But it gets worse. For who can take us seriously when we are so far from who we once were? Our strange behavior and fumbled sentences change other’s perception of us and our perception of ourselves. We become ridiculous, incapable, comic. But this is not us, this is our disease. And like any disease it has a cause, it has a progression, and it could have a cure. My greatest wish is that my children, our children - the next generation - do not have to face what I am facing. But for the time being, I’m still alive. I know I’m alive. I still have people I love dearly. I still have things I want to do with my life. I rail against myself for not being able to remember things - but I still have small moments in the day of pure happiness and joy. And please do not think I'm suffering. I am not suffering, I am struggling, struggling to be a part of things. Stay connected to who I once was. So, 'live in the moment' I tell myself. It's really all I can do, live in the moment. And not beat myself up too much for mastering the art of losing. One thing I will try to hold onto though is the memory of speaking here today. It will go, I know it will. It may be gone by tomorrow. But it means so much to be talking here, like my old ambitious self who was so fascinated by communication. Thank you for this opportunity. It means the world to me. Thank you.

アリス:おはようございます。ここに立てて光栄です。かつて、詩人のエリザベス・ビショップは、「失うことをマスターするのは 難しくない。数多くの意味を持つことは失われるものであり、それは災難ではない。」と書きました。私は、詩人でありません。私は、初期のアルツハイマー病と共に生きる人間であり、自分自身が毎日失うことを学んでいるのに気づいている人間です。方向感覚を失い、目標を失い、睡眠を失い、そして何よりも記憶を失っています。

(演壇から原稿をバラまいてしまう)

アリス:今、起こったことも忘れてしまいそうです。

(聴衆から暖かい笑いー彼女は彼らの心を掴んだ)

アリス:私が思い出を蓄積してきたこれまでの人生は、私の貴重な財産です。私が夫に始めて会った夜、初めて教科書を書き、子供を生み、友を得 、世界を旅して回り、私が一生懸命になったことすべてが、剥ぎとられていきます。ご存知の通り、あるいは想像に堅くなく、これは地獄ですが、もっと悪くなります。自分が今までの自分からかけ離れてしまった時、誰が真剣に対応してくれるでしょうか?奇妙な行動とままならない言葉は他の人々の我々の認識と、我々の自分自身の認識を変えてしまいます。我々は、馬鹿げた、出来損ないの、滑稽な存在になったしまいます。でも、これは我々自身ではありません、我々の病気なのです。そして他の病気同様、原因があり、進行します。治療法があればと思います。私の最も大きな願いは、私の子供たち、我々の子供達、次の世代が、私が顔をつきあわせていることに直面せずにすむことです。しかし、しばらくの間、私はまだ生きており、生きているということを知っています。私には心から愛する人々がいます。私には、まだやりたいことがあります。ものをわすれてしまう私自身を罵ります。でも、私にはまだ、純粋な幸せと喜びを感じるささやかな瞬間があります。私が苦しんでいると思わないでください。私は苦しんでいません、私は闘っています。様々なことがらの一部であろうとし続けています。だから、「今、この瞬間を生きる」と、私自身に言い聞かせています。それが、私にできるすべてです。日々、失うことを学んでいる自分をひどくむち打たない事です。私が忘れまいと思うことのひとつは、今日、ここで話したことの記憶です。それも消えてしまうことを、私は知っています。明日には消えてしまうかもしれません。でも、ここで話している事には大きな意味があります。かつて私が言語学に魅せられて、情熱を燃やしたように。この機会をありがとう。私にはかけがえのないものです。どうもありがとう。

 

リディアが読み聞かせた戯曲「エンジェルス・イン・アメリカ」の一節

LYDIA: Night flight to San Francisco; chase the moon across America. God, it’s been years since I was on a plane. When we hit 35,000 feet we’ll have reached the tropopause, the great belt of calm air - as close as I’ll get to the ozone. I dreamed we were there. The plane leapt the tropopause, the safe air, and attained the outer rim, the ozone, which was ragged and torn, patches of it threadbare as old cheesecloth, and that was frightening. But I saw something only I could see because of my astonishing ability to see such things. Souls were rising, from the earth far below, souls of the dead, of people who’d perished from famine, from war, from the plague, and they floated up like skydivers in reverse, limbs all akimbo, wheeling and spinning. And the souls of these departed, joined hands, clasped ankles and formed a web - a great net of souls. And the souls were three atom oxygen molecules of the stuff of ozone, and the outer rim absorbed them, and was repaired. Nothing’s lost forever. In this world, there is a kind of painful progress, a longing for what we’ve left behind, and dreaming ahead. At least I think that’s so.

リディア:サンフランシスコへの夜間飛行。月を追ってアメリカを縦断する。飛行機に乗ってから一年が過ぎた。35,000フィートに達し、そして成層圏に到達する。そこは穏やかな空気の層の帯。夢に見たオゾン層に近づく。飛行機は圏界面を超え、外縁に達する。そこではオゾン層が古いガーゼのように擦り切れていて、怖かった。でも私にしか見えないものを見た。私の驚くべき能力だ。遥か下の大地から魂が上っていく。飢えや、戦争や、疫病で死んだ人の魂が。彼らはスカイダイバーのように中に浮かび、両手を腰に当て、くるくる回っている。これら魂はやがて手を組み、足首を握って繋がり、くもの巣のような網を作る。魂はオゾンと同じ分子構造だから、外縁はそれを吸収して修復される。永遠に失われるものはない。この世界では、痛みを伴う進化があり、残してきたものに焦がれ、前に進む事を夢見る。少なくても私はそう思う。

 

「アリスのままで」の原作本Amazon

  リサ・ジェノヴァ著「アリスのままで」

  Lisa Genova "Still Alice"

 

若年性アルツハイマー病を描いた映画のDVD(Amazon

  「私の中の消しゴム」(2004年、韓国)

  「明日の記憶」(2006年、日本)

 

ジュリアン・ムーア出演作品

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クリステン・スチュワート出演作品のDVD(Amazon

  「アドヴェンチャーランドへようこそ」(2009年)

 「アクトレス〜女たちの舞台〜」(2014年)

 

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