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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「レストレポ 〜アフガニスタンで戦う兵士たちの記録〜」:過酷な最前線の日常を捉えたドキュメンタリー。何故、戦場が恋しくなるのか?

アメリカ映画

「レストレポ 〜アフガニスタンで戦う兵士たちの記録〜」(原題: Restrepo)は、2010年の公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。セバスチャン・ユンガーとティム・ヘザリントン監督が、アフガニスタン東部「死の谷」と称される最激戦地で任務に就くアメリカ陸軍小隊に15ヶ月間密着し、タリバンとの銃撃戦や前哨基地を建設する兵士、現地の人々との交流、仲間との日常など戦場の真実を克明に映し出し出しています。83回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネート、第27回サンダンス映画祭アメリカンシネマ・ドキュメンタリー部門グランプリを受賞した作品です。

アカデミー賞最の式典に出席した6週間後に、監督の一人ティム・ヘザリントンリビアのミスラタで紛争を取材中に被弾し、40歳の若さで亡くなりました。前作で入れられなかったシーンを使って続編を作ろうとヘザリントンと話していたユンガーが、続編を編集、2014年に公開されました。日本では「レストレポ前哨基地 PART.1」、「レストレポ前哨基地 PART.2」のタイトルで、戦闘シーンから構成される本編と、兵士の内面のインタビューから構成される続編のDVDが出ています。

 

 レストレポ 前哨基地 Part.1 (Amazon

   レストレポ 前哨基地 Part.2(Amazon

 

目次

スタッフ・キャスト

監督:セバスチャン・ユンガー/ティム・ヘザリントン

あらすじ

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受けて米国主導で始まったアフガニスタンでのテロとの闘いは、ベトナム戦争の8年6ヶ月をはるかに超える米国史上で最長の戦争となりました。2007年5月末から2008年8月初頭までの約15ヶ月間、イタリアのヴィチェンツァに駐屯するアメリカ在欧陸軍の第173空挺旅団戦闘団第503空挺歩兵は、NATO国際治安支援部隊(ISAF)のミッションでアフガニスタン東部に派遣、先鋒隊として第2大隊のバトル中隊が最激戦地のコレンガル渓谷に配置されます。約150名から成るバトル中隊はさらに4つの小隊に分かれており、カメラはその第2小隊に密着。銃撃戦や現地の人々との交流、仲間たちとの日常を克明に映し出します。当初、兵士たちは渓谷中腹の基地に駐留していましたが、1日数十回にものぼるタリバン側からの銃撃を避けるため、敵が攻撃拠点にしていた尾根に新たな「レストレポ前哨基地」を完成させます。「レストレポ」は、配置早々に犠牲になった20歳の兵士の名前に由来します。

レビュー・解説 

よく撮影が許可されたと思われる最前線での、長期にわたる密着取材による臨場感溢れる映像がリアルです。そこには大義も名分もなく、ひたすら最前線の現実が映し出され、戦争の生々しい実感が一兵士の視線で生々しく伝わってきます。敵のいない銃後で戦争に論ずるだけでは得られない、戦闘の実感を伝える希有なドキュメンタリーです。

 

取材期間中にも、彼らの仲間が何人か戦死していき、ドキュメンタリーは彼らの動揺も映し出します。彼らは四六時中、狙われており、夜もおちおち眠れません。睡眠薬を飲んで寝ても、悪夢を見るだけのなので、却って眠らない方がいいという兵士もいます。そんな極限状態の中で、兵士の間にお互いを守るという強い絆ができていき、例え、自分が血を流しても仲間や部下を守ろうとするようになります。それは生死を共にする者だけが持つ強い信頼感で、家族や恋人同士以上のものであると言う兵士もいます。

 

村人達との交流では、戦闘に巻き込まれて村人が死んだと兵士達は責められ、鉄条網に絡まって助からない牛を安楽死させたとして損害賠償を求めれます。その一方で、村人達は供給された物資をタリバン横流したり、時には米軍に向けてロケット弾を撃ちます。中央政府は当てにならず、米軍とタリバンの双方にいい顔をしないと生き残れない村人達を相手に、兵士達はうまくやらなければなりません。兵士達は村人達に撃たれても、撃ち返す事ことができません。ドキュメンタリーは政治的な批判を加えることなく、こうした矛盾の中で生きる兵士を淡々と描いています。

 

極限状態の戦場に彼らは二度と戻りたくないと言いますが、コレンガル渓谷から帰還後にPTSDに苦しみ、パニック障害アルコール中毒などになっている兵士たちの姿を実際に見たユンガーは、本作公開時に TED Talks に出演し、「なぜ退役軍人は戦争が恋しくなるのか」という演題で、アメリカ社会が抱える帰還兵の問題について講演しています。兵士たちが懐かしむのは、普通の社会で生まれる友情とは異なる仲間たちとの強い絆であり、一般社会に戻ってきて感じる疎外感が彼らを苦しめていると、その中でユンガーは述べています。

 

決して戦争を支持している訳ではありませんが、徹底的に戦場を描く事により、はからずも平和なはずの銃後の世界で絆や信頼が得られない現代社会の矛盾を風刺する力を持った、すばらしいドキュメンタリーです。

小隊を監視する人が誰もいなかったので、兵士たちとは非常に親しくなりました。彼らのバックグラウンドはさまざまで、入隊理由もバラバラです。親元を離れたくて入隊したとか、通過儀礼としての体験や新しい人生を求めて入隊したとか。多かったのは、あまり選択肢がない中で軍隊が条件的に一番良かったという兵士です。アメリカ全土から集まって来ていましたが、テキサス州カリフォルニア州出身が多かったです。グアムのような遠方出身者もいました。(ティム・ヘザリントン監督)

 

滞在を重ねるごとに、よりリラックスできて居心地がよくなりました。兵士たちに、政治的なドキュメンタリーを撮ろうとしていないことが、徐々に伝わったからでしょう。われわれが兵士たちと同じように危険な目に遭い、苛酷な環境に耐えているのも、彼らは見ていますし。ティムは戦闘中に足を骨折し、僕はアキレス腱を切り、銃撃戦で吹き飛ばされたこともあります。それでも、コレンガルに戻り続けましたから。(セバスチャン・ユンガー監督)

 

われわれが伝えたかったのは、戦争の政治的な側面ではなく、兵士たちの体験だったので、それ以上のことを描かないよう制限しました。例えば、司令官に「なぜコレンガル渓谷に展開することにしたのか?」とは質問しませんでした。戦う兵士たちには選択の余地がないことだからです。実際にコレンガルで戦っている人間だけを映すことを信条にしていたので、もちろんティムと僕も出てきませんし、外部のナレーターも使いませんでした。(セバスチャン・ユンガー監督)

 

僕らはジャーナリストであり、世論を「誘導」すべきではないと思っています。それは「擁護」と呼ばれるもので、メディアの世界において確かにありますが、ジャーナリストとしてわれわれがやりたいことではないのです。(ティム・ヘザリントン監督)

 

アフガン戦争について

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を受けて米国主導で始まったアフガニスタンでの「テロとの闘い」は、ベトナム戦争の8年6ヶ月をはるかに超える米国史上で最長の戦争となり、2014年末までに米軍兵だけで約2200人、NATO国際治安支援部隊ISAF)全体で約3500人の死者が出ています。今なお、反政府武装勢力の鎮圧には至っておらず、2015年10月にオバマ政権は、2016年末までに予定していた米軍の完全撤退の見直しを迫られました。

 

コレンガル渓谷について

アフガニスタン北東部のクナル州にある全長約10kmのコレンガル渓谷は、2005年6月に起きた米海軍特殊部隊 Navy SEALs 史上最大の悲劇「レッド・ウィング作戦」の舞台になった場所でもあります。タリバン幹部殺害のための作戦でしたが、派遣されたSEALs隊員4人のうち3人が敵に殺され、救出に来たヘリも撃墜、搭乗兵16人全員が死亡しました。この事件の翌年から米軍はコレンガル渓谷に駐屯するようになりました。アフガン国軍と連携し、すぐ北にあるペック川渓谷に道路や学校や病院などを建設しつつ、武装勢力を掃討するのが目的でしたが、パキスタン国境に近いこの一帯はタリバンの重要拠点だったため、激しい戦闘が繰り返されました。アフガン内での爆撃の75%がコレンガル渓谷で起こっており、2010年4月に撤退するまでの4年間で42人の米兵が戦死しています。

撮影地(グーグル・マップ) 

レストレポ前哨基地が設営されていた場所

関連動画(TED)

セバスチャン・ユンガー:なぜ退役軍人は戦争が恋しくなるのか

関連作品 

アフガン戦争を描いた映画のDVD(Amazon

  「グアンタナモ、僕達が見た真実」(2007年)

  「アルマジロ」(2011年)

  「ローン・サバイバー」(2014年)

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