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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「キャラメル」:欧化されながらも、捨てきれない教えとの間で葛藤するアラブ女性をコミカルに描く

「キャラメル」(アラビア語原題: سكر بنات ラテン表記: Sukkar Banat 英題: Caramel)は、2007年公開のレバノンのロマンティック・コメディ/ドラマ映画です。ナディーン・ラバキー監督・主演・共同脚本で、レバノンの首都ベイルートにあるヘア・エステサロンを舞台に、アラブの女性たちの恋愛、結婚などの様々な人生観を、甘苦く、ユーモラスに描いています。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督:ナディーン・ラバキー
脚本:ナディーン・ラバキー/ジハード・ホジェイリー/ロドニー・アル=ハッダード
出演:ナディーン・ラバキー(ラヤール、ベイルートのヘアエステサロンのオーナー)
   ヤスミーン・アル=マスリー(ニスリン、サロンのヘア担当、婚約する)
   ジョアンナ・ムカルゼル(リマ、サロンのシャンプー担当、女性客に惹かれる)
   ジゼル・アウワード(ジャマル、客、女優志望だがオーディションに落ち続け)
   シハーム・ハッダード(ローズ、老いた姉の面倒をみる近所の仕立て屋)
   ほか

あらすじ

レバノンの首都ベイルートで小さなヘア・エステサロンを経営するラヤール(ナディーン・ラバキー)は妻のいる恋人を持つ30歳の独身女性です。サロンで働くスタッフは、28歳で恋人との結婚を控えたヘア担当のニスリン(ヤスミーン・アル=マスリー)と、長い黒髪の女性を気に留める24歳でシャンプー担当のリマ(ジョアンナ・ムカルゼル)の2人です。常連客のジャマル(ジゼル・アウワード)は女優志望の主婦ですが、オーディションに落ち続けで、ニスリンに八つ当たりしています。サロンの向かいの住人ローズは、老いた姉の世話の為、半ば人生を諦めています。

ある日、ラヤールは恋人の誕生日を2人で過ごすために、ホテルに予約を入れようとしますが、レバノンでは未婚の女性がホテルに泊まることが認められていない為、ことごとく断られてしまいます。ようやく場末の安ホテルを押さえて、薄汚れた部屋を隅々まで掃除、飾りつけ、手作りのケーキを並べて、恋人を待ちますが、「妻と別れられない」というメールが送られてきます。失意に沈むラヤールのもとにニスリン、リマ、ジャマルがやって来ると、信心深いふりをしながら不倫を続け、家族にウソをついている自分を恥じたラヤールは涙を流します。厳格なイスラム教徒の家庭で育ち、婚約者に真実を告げられずに自分が処女であると嘘をついていたニスリンも、その姿を見て泣き出します。

やがて、ラヤールは恋人への未練を断ち切るかのように彼の妻と対峙し、ニスリンは結婚の為に一大決心、リマは度々訪れる長い黒髪の女性に惹かれていきます。ジャマルは年齢とともに訪れる衰えをなかなか受け入れる事ができません。ローズは、老齢の紳士とデートする為にヘアに手入れをします。そして、様々な思いを胸に、女性たちが心待ちにするニスリンの結婚式が迫ります・・・。

レビュー・解説 

レバノンの女性の息づかいを感じさせる、機微に富んで魅力的なコメディ・ドラマです。本作の監督・主演・共同脚本を務めたナディーン・ラバキーは、レバノンの気鋭の監督・女優で、カンヌ映画祭のレジデンス制度を受け、初の長編映画監督作品となる本作の脚本を共同執筆しました。これが世界130ヶ国で上映される話題作となり、2008年のアカデミー賞外国語映画賞レバノン代表となりました。また、日本で劇場公開された、初めてのレバノン映画のようです。

 

レバノンは人口400万人余りの小国で、その95%がアラブ人です。公用語アラビア語ですが、フランス統治時代に広まったフランス語が教育やメディア、ビジネス等で日常的に使用され、準公用語的な地位を占めており、フランス語圏に分類されます。英語も通用します。国民の約40%がキリスト教、約55%がイスラム教の信者で、憲法により、宗派ごとに政治権力を分散する体制が取られており、国会の議員数も各宗派人口数に応じて定められています。また、首都のベイルートの美しい街並は、「中東のパリ」とも言われています。

 

政治的に緊張していることが多いレバノンですが、本作に政治的なメッセージはありません。外見は欧化しているものの、内面では中東文化を引きずっているレバノン女性を描きたかったと、ナディーン・ラバキー監督は語っています。彼女達は自分の好きな仕事をし、解放されたいと願っていますが、心の深いところで宗教や教育に縛られ、夫や家族を喜ばせなければならないという考えから逃れられません。良心の傷み無くして、解放される事がないのです。こうした内面の戸惑いを、コミカルに暖かい眼差しで、描ききったところがナディーン・ラバキー監督の素晴しいところですが、こうした葛藤がレバノン固有のものと思い込んでいた彼女は、映画公開後、各国の観客から共感が寄せられ驚いたと語っています。女性の解放と束縛は、洋の東西を問わない、普遍的なテーマなのかもしれません。

 

タイトルの「キャラメル」は、砂糖、レモン汁、水を煮詰め、水飴状にしたもので、甘味と塩気と酸味があり美味しいのですが、中東ではムダ毛処理にも使います。熱いキャラメルを皮膚に塗って固め、ムダ毛と一緒に剥がすのですが、甘くて美味しいキャラメルも、人を焦がし痛めつけるという意味が、タイトルに込められています。

 

ナディーン・ラバキーは2005年に他の監督の映画の主演を務めていますが、他の出演者は素人の俳優です。ナディーン・ラバキーも自身の監督作品で主演を務めることに不安がありましたが、他の出演者と話しながら、内面から演出できることを知ったと語っており、素人の俳優を使ったとは思えない素晴しい仕上がりになっています。

 

中東やレバノンについて、我々の多くは紛争のイメージしか持っていません。今年の11月12日、レバノンの首都ベイルートを襲った爆弾テロは、43人の一般市民の命を奪い、負傷者が239人以上という大惨事でしたが、世界の目は翌日のパリのテロに注がれ、ベイルートの事件は話題から消えていきました。これまで、ベイルートではテロが繰り返されて来ました。レバノン内戦(1975〜90年)中には誘拐事件や爆弾テロが頻発し、内戦終結後は要人がたびたび暗殺され、2005年からの10年間で20件以上のテロ事件が発生しています。「またか」という意識が我々の中にあるのかもしれません。

 

しかしながら、こうした紛争やテロはレバノンで生活している人々の一面でしかありません。狂信的な過激派やテロリストは、彼らのごく一部にしか過ぎません。これまでもテロや紛争の視点からレバノンを描いた映画はありましたが、紛争やテロとは無縁のこの映画は実は非常に貴重なのではないかと感じます。紛争やテロは抽象の世界で起きていることではありません。そこで生活している人たちを感じ、理解することは、紛争、テロや平和を論じることと同じくらい重要なのではないかと思います。

 

映画の最後に「我がベイルートに捧ぐ」というナディーン・ラバキー監督の献辞が出ます。レバノンの国民は世界中の人にレバノンを知って欲しいと思っており、この映画をとても歓迎してくれたと彼女は語っていますが、紛争やテロの場ではないレバノンを世界中に知らしめる機会を作った彼女の功績は大きいのではないかと思います。

 

冒頭、キャラメルを作って美味しそうに食べるシーンが映し出される

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ナディーン・ラバキー

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ナディーン・ラバキー(右) 、ヤスミーン・アル=マスリー(中央手前)、ジョアンナ・ムカルゼル(中央奥)、ジゼル・アウワード(左)

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余談ですが、映画のキャラメルのようにシュガーワックスを使った脱毛は、ブラジリアン・ワックスとも呼ばれ、欧米では一般的で男性も使い始めているようです。シュガーワックス自体は砂糖から簡単に作れるものですが、日本でも市販品が購入できます。

 

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