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夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「アンディフィーテッド 栄光の勝利」:スポーツ・ドキュメンタリーの枠を超え、格差社会の厳しさを描き出す

「アンディフィーテッド 栄光の勝利」(原題:Undefeated)は、2011年公開のアメリカのドキュメンタリー映画です。テネシー州メンフィス、マナサス高校のアメフト・チーム 「マナサス・タイガース」の1シーズンに密着、2004年にボランティアでコーチを請け負ったビル・コートニーが選手たちの私生活にまで踏み込んで、結成以来未勝利である弱小チームを無敗(undefeated)のチームへと変えていく様を描いています。第84回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した作品です。

 

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監督:ダニエル・リンゼイ/TJ・マーティン

出演:ビル・コートニー

   O.C.ブラウン

   モントレイル・マネー・ブラウン

   チェイヴィス・ダニエル

   ほか

 

【あらすじ】

110年の歴史を持つメンフィスのマナサス高校のフットボール部の評判は、決して良いものでありませんでした。彼らは一度もプレイオフで勝利した事がなく、、2004年にビル・コートニーがボランティアでコーチを請け負うまでは、誰もがこれを変えられるとは思っていませんでした。ビル・コートニーはフットボール・ファンの実業家で、マナサス高校のフットボール・チームに彼が何かできるのではないかと考えました。彼はボランティアを申し出、救いようのなかったチームを、希望の持てるものに変え始めました。フィルム制作者のダニエル・リンゼイとTJ・マーティンは、2009年のシーズンを通してビル・コートニーを追い、それぞれに問題を抱える3人の選手にも焦点を当てながら、チームに勝利をもたらそうとする彼の努力と、白人の実業家である彼と貧困と犯罪という負のサイクルに苦しむ地域で育つの黒人プレイヤーとの複雑な関係を描いています。

 

単なるスポーツ・ドキュメンタリーに超えて、格差問題を問いかける、見応えのある映画です。冒頭、フットボールで成功しているプレーヤーが、後輩の高校生プレーヤー達に話しかけます。「君たちのうち、両親が大学を出ている人?」、誰も手を挙げません。「家族や親戚が牢屋に入っている人?」、全員が手を挙げます。プレーヤーは全員が黒人です。かつてはタイヤ産業で栄えた街ですが、今は寂れて荒れている、そんな街の高校のフットボール・チームが舞台です。TJ・マーティン監督は、この点に関して次のように語っています。

このメンフィスの北部は、アメリカで最も犯罪の多い地域としてフォーブス誌で取り上げられたことがあるほど、暴力的な場所なんだ。実はこの映画を撮影する際に、青春時代のスポーツ作品を描く以外に、学校の教育にも触れようと思っていたんだ。犯罪は教育システムの欠落から起きているからね。だから、この映画では選手たちの教育を通して、より印象深い選手の個性が観られるんだ。それが、(観賞後に)観客の間で教育について会話するきっかけになればよいと思っているんだ。(TJ・マーティン監督)

 

アメリカは厳しい格差社会です。公立高校のアメフト・チームに活動費の予算はほとんどつきません。彼らは好きなフットボールを続ける為に、強豪チームと有料の遠征試合をして、活動費を稼ぎます。しかしながら、こてんぱんに負け続ける為に、彼らは次第にやる気を無くしていき、最悪、フットボールを止めて、貧困と犯罪の罠に嵌っていきます。ビル・コートニーはこの悪循環を絶つ為に、自ら経営する会社からフットボール・チームに投資し、活動費を捻出します。さらに、プレイヤー全員の私生活にまで入り込んで、人間性、規律、チーム第一(コミットメント)といった精神を教え込むとともに、有能な選手の大学進学を後押しします。ダニエル・リンゼイ監督は、この点に関して次のように語っています。

まず最初に、ビルが黒人の高校生プレイヤー達に指導していた際に、これまでのコーチとは違う印象を受けたんだ。プレイヤーの多くは父親のいない家庭に育ち、彼がプレイヤーたちの父親的な存在になっていく。ビル自身も、彼が4歳のときに父親が出ていってしまった経験を持っているんだ。この彼の過去が、このチームをコーチしていく上で、大きな意味合いを持ってくることになるんだ。(ダニエル・リンゼイ監督)

 

練習を積んだとしても、彼らは常に勝てるわけではありませんし、スカウトされて大学に進学できるプレイヤーは極めてわずかです。しかしながら、ビル・コートニーの教える哲学は、彼らのその後の人生にも通用するものです。

  • 人間性を形成してこそ初めていい選手になれる。勝ちはおのずとついてくる。規律と信念のある若者は、試合でも人生でも勝てるものだ。その考えを逆転させ、アメフトを土台にし、人間性を形成できるかというと、それは全く違う。アメフトは人間性を露呈させるだけだ。
  • 人間の価値は勝利ではなく、失敗とのつきあい方で決まる。
  • 正しい事をしていれば誰かが気づいてくれる、助けてくれる。だが、止めれば、人々はすぐに去っていく。
  • 学んで得たものを大事にして生きろ。人間性、規律、特にこれだけは忘れずに覚えていて欲しい。人間性が出るのは、今、この時だ。勝利は皆、受け入れられる。だが、痛みを伴う敗北は対処しにくい。マナサス・タイガースは俺の誇りだ。立ち上がるか?

 

<ネタバレ>

故障で十分に活躍できずにシーズンを終了するプレイヤーに大学の学費を援助するという篤志家が現れ、嬉しさのあまり、彼が泣き崩れるシーンが印象的です。彼はフットボール・チームのマネージャーとして、大学に進学しますが、これは極めてまれなケースでしょう。

<ネタバレ終り>

 

映画では、それぞれ問題を抱える三人のプレイヤーも描いていますが、描ききれなかったケースについて、ダニエル・リンゼイ監督は以下のように語っています。

撮影当初は、マネーとO・Cを中心に描いていこうと思ったが、撮影途中でチームに影響を与えているチェイヴィスを外せないと思ったんだ。ただ、残念だったのは編集でホアキン・コリンズ選手を外さなければいけなかったことだ。彼は、4年間で16~17件ものフォスターズ・ホーム(子どもを育てられない家庭に対して一時的に提供される養育家庭)でたらい回しにされていて、18歳になったらフォスターズ・システムが有効せず、ホームレスになってしまったんだ……。すごく感傷的なものだが、映画のストーリーとしてテンポを遅らせてしまうため、省くしかなかったんだ。(ダニエル・リンゼイ監督)

 

誰が彼らの面倒を見るのか、誰が彼らを導くのか、ビル・コートニーの素晴しさが際立てば、際立つほど、アメリカの格差社会の厳しさが浮かび上がるという、希有なスポーツ・ドキュメンタリーです。

 

ビル・コートニー

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マナサス高校とグランド

 

ビル・コートニーの著作

  Bill Courtney "Against the Grain: A Coach's Wisdom on Character, Faith, Family, and Love"

  Bill Courtney "Against the Grain: A Coach's Wisdom on Character, Faith, Family, and Love" (電子書籍版)

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アンディフィーテッド 栄光の勝利(字幕版)

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  • ダニエル・リンゼイ & TJ・マーティン
  • ドキュメンタリー
  • ¥2000

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アンディフィーテッド 栄光の勝利(字幕版)

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