夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「コンプライアンス 服従の心理」:電話でマクドナルドの女性従業員を裸体検査させた信じ難い事件はどのように起こったか?

コンプライアンス 服従の心理」(原題:Compliance)は、2012年公開のアメリカのドラマ/クライム・サスペンス映画です。2004年にケンタッキーで起こった、警察官を名乗る男の電話により窃盗の濡れ衣を着せられたマクドナルドの女性従業員が裸にされた事件(ストリップサーチいたずら電話詐欺)を基に、善悪の判断を越えて権威に服従してしまう人間の心理を描いています。映画でファースト・フード店の女性店長を演じたアン・ダウドが、ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞助演女優賞を受賞しています。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:クレイグ・ゾベル
脚本:クレイグ・ゾベル
原案:マイケル・マーコウィッツ
出演:アン・ダウド(サンドラ)
   ドリーマ・ウォーカー(ベッキー
   パット・ヒーリー(ダニエルズ)
   ビル・キャンプ(ヴァン)
   フィリップ・エッティンガー(ケヴィン)
   ジェームズ・マキャフリー(ニールス )
   アトキンソン(マーティ - アシュリー)
   ほか

あらすじ

朝からトラブル続きのある金曜日、賑わいを見せるファストフード店の店長サンドラ(アン・ダウド)は、警察官を自称するダニエルズ(パット・ヒーリー)から電話を受けます。ダニエルズはサンドラに、女性店員ベッキー(ドリーマ・ウォーカー)に窃盗の疑いがかかっていると告げます。サンドラはベッキーを呼び出しますが、ベッキーは盗んではいないと主張します。ダニエルズは、「身体検査をすれば、ベッキーを拘置せずにすむ」とサンドラに迫ります。やむなく従ったサンドラでしたが、ダニエルズの要求は次第にエスカレートしていきます・・・。

レビュー・解説 

一本のいたずら電話で女性店長が女性従業員の服を脱がせたと聞くと、そんな事はあり得ないと思うのが通常の反応かと思いますが、この映画はそのあり得ないことが如何にして起こったか描いており、そういう立ち場に追い込まれていく女性店長をアン・ダウドが見事に演じています。

 

米国では類似の事件が約10年にの間に70件も起こっていました。これはあり得ない話ではなく、人間は権威に服従するという心理を突いた、実際にあり得る話なのです。また、服従の心理は、この種の事件に留まらず、人間の良心、思いやり、道徳観、倫理観を麻痺させ、様々な罪を犯させる、危険なものなのです。

 

東欧地域の数百万人のユダヤ人を収容所に輸送する責任者であったアイヒマンの裁判で、彼は人格異常者などではなく、真摯に職務に励む、一介の平凡で小心な公務員という人間像が明らかになりました。そこで、「アイヒマンはじめ多くの戦争犯罪を実行したナチス戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか。それとも普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもあのような残虐行為を犯すものなのか」という疑問が提起され、これを検証する実験が行われました。

 

実験で得られた服従率は最大93%で、人間の行動選択は「相手の権威性の有無」、「自分と相手との上下関係」、「権威者の指示の強さや内容」、「指示・命令を実行する環境」などの要因に大きく左右され、自らの「善悪の分別、他者への思いやり、道徳観や倫理感」に従った行動選択が実際にはできないことのほうが多いことを示すものでした。実験の詳細に興味のある方は「ミルグラム実験服従実験)」をご参照ください。

 

映画では、ダニエルズは警官と自称し、ベッキーの身体検査をするか、拘置するかを決定する権限が自分にあることをちらつかせ、さらに自分を敬称で呼ぶ事を求め、権威を誇示、優位に立ちます。また、ベッキーが身体検査された狭い事務室は閉鎖的環境で、権威による指示が実行されやすい環境でした。まさに女性店長は、服従の心理の罠にはまってしまったのです。

 

服従の心理の罠にはまったとはいえ、これは必ずしも法の裁きを免れる理由にはなりません。実際の事件の舞台となったマクドナルでは、会社の内規を破ったとして店長は解雇、副店長は配置転換となった上、

女性店長:  懲罰的賠償金40万ドル、損害賠償10万ドル
マクドナルド:懲罰的賠償金500万ドル(不服として上訴、原告が取り下げて和解)
       原告弁護士費用240万ドル
       損害その他賠償金110万ドル(損害賠償は犯人と折半)

の判決が下っています。因みに、ミルグラム実験のきっかけとなったアイヒマンには、死刑判決が下され、執行されています。

 

後になって女性店長の非を指摘するのは容易いのですが、この事件が怖いのは、いつ自分が女性従業員の立ち場に立たされるかわからないだけではなく、いつ自分が女性店長の立ち場に立たされるかわからないことです。自分は騙されないと思う方も、人間は権威に弱いということを自覚しておいた方が良いでしょう。例えば交通整理する警官の指示に警察手帳を提示させ身分を確認してから従う人はいません。もちろん、そこには偽警官である可能性と、指示に従う事で負うリスクを天秤にかけた判断があるべきですが、慣れはこうした判断をスキップさせ、制服を着た警官の指示に無条件で従う回路を脳内に作ります。そして、こうした回路ができてしまっていることを自覚している人は少ないのです。また、一旦、服従の心理に陥ると自制がききにくいことも、ミルグラムの実験は示しています。

 

もうひとつこの問題を難しくしているのは、社会は権威に服従することを前提に成り立っており、不服従の場合はそれなりの代償を覚悟する必要があるということです。映画では、店長は指示に従わなければ女性従業員を拘置すると脅され、女性従業員はすべて記録に残すと脅されます。我々も市中で警官の指示に従わないと、法的懲罰を受ける可能性があります。会社ぐるみの不正の場合は、会社を辞めるという代償を払わなければ不正を告発できないでしょう。ドイツ軍では国家への忠誠宣誓を拒否できますが、その代わり出世しないという代償を払います。

 

服従の心理が人間生来のものであり、我々は行動は基本的に慣れの上に成り立っているので、こうした事件を全く無くすのは難しいのですが、個人として心がけることができるのは、

  • 権威の信憑性を見極める
  • 無条件の隷属関係を避ける
  • 指示の強さや内容の合理性を見極める
  • 服従と不服従のメリット・デメリットを見極める

といったことでしょうか。判決後、マクドナルドは店長にいたずら電話と従業員の権利に関するトレーニングプログラムを受けさせるようにしましたが、事件に巻き込まれた2人の店長と部下の3人の従業員は以前から行われていたこのようなトレーニングの内容をうまく思い出せなかったと言われています。むしろ、権威、服従、権利に関する一般的なソーシャル・スキル・トレーニングの方が有効かもしれません。

 

なお、映画では犯人像がほとんど描かれていませんが、実際の事件で逮捕されたのは刑務所・収容所の民間運営会社刑務員でした。その自宅からは、何十もの各市警への願書、何百もの警察関連雑誌・警官を模したコスチューム・ピストルやそのケースも押収され、容疑者は警官になること、あるいは警官になっている自分を想像しながら犯行に及んだのではないかと推測されました。

 

女性店長を演ずるアン・ダウド

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被害にあった女性従業員を演ずるドリーマ・ウォーカー

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実際の事件が起こった事務室の防犯カメラ映像と、店長、女性従業員のインタビュー

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品 

ミルグラム実験の報告書Amazon

  スタンリ・ミルグラム著「服従の心理」

 

贋作や詐欺を描いた映画のDVDの(Amazon

  「スティング」(1973年)

  「オーソン・ウェルズのフェイク」(1973年)

  「グリフターズ/詐欺師たち」(1990年)

  「ユージュアル・サスペクツ」(1995年)

「スパニッシュ・プリズナー」(1997年)

  「オーシャンズ11」(2001年)

  「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002年)

  「マッチスティック・メン」(2003年)

  「ザ・ホークス ハワード・ヒューズを売った男」(2006年)

  「トスカーナの贋作」(2010年)

  「アメリカン・ハッスル」(2013年)

  「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)

  「お嬢さん」(2016年)

    「ある女流作家の罪と罰」(2018年) 

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