夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「汚れなき祈り」:ルーマニアの質素な修道院で実際に起こった悪魔祓い事件を、じっくりと説得力を持って描くフィクション

「汚れなき祈り」(原題:După dealuri)は、2012年公開のルーマニアのドラマ映画です。2005年にルーマニアで起きた事件を元に、人里離れた質素なルーマニア正教会修道院で悪魔祓いの犠牲となった若い女性の悲劇を描いています。第65回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でプレミア上映され、監督も務めたクリスチャン・ムンギウが脚本賞、本作が映画初出演となったコスミナ・ストラタンとクリスティーナ・フルトゥルが女優賞を受賞、第85回アカデミー賞外国語映画賞ではルーマニア代表に選ばれ、最終選考に残りました。

 

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監督:クリスチャン・ムンギウ

脚本:クリスチャン・ムンギウ

原作:タティアナ・ニクレスク・ブラン「Deadly Confession」

出演:コスミナ・ストラタン(ヴォイキツァ)

   クリスティーナ・フルトゥル(アリーナ)

   ヴァレリウ・アンドリウツァ

   ダナ・タパラガ

   ほか

 

【あらすじ】

ルーマニアの孤児院で育った後、国を出てドイツで暮らしていた若い女性アリーナ(クリスティーナ・フルトゥル)は、孤児院で一緒に育ったヴォイキツァ(コスミナ・ストラタン)に会うために、ルーマニアを訪れます。ドイツでヴォイキツァと一緒に暮らすことを願っていたアリーナでしたが、修道院の暮らしで神の愛に目覚めたヴォイキツァは、今の生活に満足していました。彼女を取り戻そうとするアリーナでしたが、次第に心を病んでいきます・・・。

 

今時、悪魔払いなどという事件が何故、起こったのかという珍しさだけではなく、ルーマニアの片田舎の質素な修道院での生活、会話や神への忠誠と世俗の葛藤、悪魔払いに至る必然など、じっくりと描かれており、見応えのある映画です。

 

食事の前の祈りや、休みの日に教会へ通うシーンなど、以前の映画にはキリスト教宗教的習慣に関わるシーンがよくでてきましたが、最近は眼にすることが少なくなってきました。一方、9.11等に関連して、イスラム教の習慣が散見されるようになってきています。恐らく、一般の市民生活におけるキリスト教的生活習慣が希薄になってきていることと、「メリー・クリスマス」を「ハッピー・ホリデー」に言い換えるほどの平等意識が背景にあるものと思われます。一方、2010年のキリスト教徒の人口は約21億7千万人、イスラム教徒は約16億人ですが、イスラム教はその人口が多く、さらに増加傾向にあるにも関わらずその宗教的生活習慣があまり知られておらず、敢えて映画で描く意味があるようです。

 

そんな中で、映画でたまに目にするお葬式以外のキリスト教的生活習慣など、すっかり忘れてしまっているわけですが、二時間半という大作のこの映画では、ルーマニアの人里離れた質素な修道院での生活や会話をじっくりと描き、事実に基づいたフィクションとして、悪魔払いに至る必然が描かれています。女性は精神病の疑いがあると診断されますが、治療に必要なお金が十分になく、病院もベッドが空いていない、神父は修道院の生活を乱すと受け入れに否定的でしたが、女性には引き取る身寄りがなく、ルーマニアの厳しい冬の寒空の下の放り出す訳にもいかないといった状況下で、修道院での生活を希望しながらも暴れる彼女を鎮める為に、頼りない兄の同意を得た上で止むなくといった流れで描かれています。神父や修道女たちにとって、背に腹は代えられられない中で最後の手段だったわけですが、善良で信仰心の厚い彼らも、病院で行われるように暴れる人を拘束してはならないということを理解できませんでした。この点に関して、クリスチャン・ムンギウ監督は次のように語っています。

私たちが、自分や他人に対して日々の習慣として何気なく受け入れていることで、実は知らぬまま相手をコントロールしたり、ダメージをあたえたりしていることがある。宗教映画として観るだけではなく、この映画を通して、そういうことにも気づいてもらえるとうれしい。(クリスチャン・ムンギウ監督)

 

修道女ヴォイキツァに扮するコスミナ・ストラタンの演技が印象的です。彼女は、修道女になりながらも俗世間への想い(孤児院で一緒に育ったアリーナへの想い)を捨てきれず、揺れ動く様を見事に演じています。彼女の起用の決め手になったキャスティング・テストに関して、クリスチャン・ムンギウ監督は次のように語っています。

彼女は、テストの最中に涙を流し始めたんだ。アプローチとして、必ずしもそんな必要はなかったが、彼女が生み出し、伝えようとしたエモーションは印象的だった。(クリスチャン・ムンギウ監督)

実際の演技では、修道女として十分に抑えが効いているのですが、修道服姿の彼女から溢れ出てくる表情は確かに豊かで愛らしく、説得力があり、違和感もまったくありません。

 

実際に起こった事件は、2005年にルーマニアの片田舎の修道院に友人を訪ねてやってきた当時23歳の女性が、悪魔祓いと伝えられる行為によって亡くなったものです。女性は修道院で発作を起こし、医師には統合失調症と診断されましたが、修道院では彼女の病が悪魔の仕業だと考えられました。彼女を救うために、悪魔祓いの儀式が二昼夜続けられ、その結果、急性心肺不全が原因で死亡、儀式に関わった神父と4人の修道女は、不法監禁致死罪で逮捕され、2008年の裁判の結果、神父たちには実刑が下されました。彼らは現在、出所していますが、再び僧衣を着ることは認められていません。

 

コスミナ・ストラタン(左)とクリスティーナ・フルトゥル(右)

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食事の準備をする修道女たち

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