夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ミルク」:ゲイを描きながらも、人権に気づきを与える名作

「ミルク」(原題: Milk)は、2008年公開のアメリカの伝記映画です。自らゲイであることを公表しながら公職に就いた権利活動家ハーヴィー・ミルクの半生を描き、今日のアメリカの文化や政治に大きな影響を与えた彼の功績をたどります。第81回アカデミー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされ、主演男優賞と脚本賞を受賞しています。

 

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目次

スタッフ・キャスト 

監督: ガス・ヴァン・サント
脚本: ダスティン・ランス・ブラッ
出演: ショーン・ペン(ハーヴィー・ミルク)
    エミール・ハーシュ(クリーヴ・ジョーンズ)
    ジョシュ・ブローリン(ダン・ホワイト)
    ジェームズ・フランコスコット・スミス
    ディエゴ・ルナ(ジャック・ライラ)
    アリソン・ピル(アンネ・クロネンバーグ)
    ルーカス・グラビール(ダニネル・ニコレッタ)
    ヴィクター・ガーバー(ジョージ・モスコーニ)
    ほか

あらすじ

1972年、ハーヴィー・ミルク(ショーン・ペン)は、20歳年下のスコット・スミスジェームズ・フランコ)と恋に落ちます。サンフランシスコへ引っ越した2人は「カストロ・カメラ」という名のカメラ店を開業しますが、社交的性格のミルクを慕って、店には同性愛者やヒッピーたちが集まるようになります。まだ同性愛が市民権を得ていなかった時代、ハーヴィー・ミルクは社会の不平等を改革すべく行動を起こします。彼らを快く思わない保守的なカトリックの住人たちに対抗するため、ミルクは新しい商工会を設立し、「カストロストリートの市長」と呼ばれるようになります。1973年11月、ミルクはサンフランシスコ市の市政執行委員に立候補し、同性愛者を含む全ての人間の権利と機会の平等を訴えるが落選します。2年後も落選しますが、市長に当選したモスコーニ(ヴィクター・ガーバー)の知己を得ます。政治的活動の幅を広げていくミルクでしたが、恋人スコットとの間には別れが訪れます。1977年、3度目の立候補で初当選し、委員に就任したミルクは、同性愛者の教師をその性的指向を理由に解雇できるとする「プロポジション6号」の住民投票を巡って争うことになります。全米で同性愛者の権利剥奪が進む中、カリフォルニアでこれが成立すれば、同性愛者のみならず、全ての弱者に対する差別に拡大する恐れがありました。反対運動を繰り広げるミルクは、元大統領カーターや現職大統領レーガンの賛同も取り付け、見事否決を勝ち取ります。同性愛者支援に留まらず、黒人やアジア人、高齢者、児童、下級労働者等、様々な社会的弱者の救済のために活動、支持者は着実に数を増やし、社会からも理解が生まれ始めますが、同時に強い反発も生みました。ミルクを危険人物とみなす動きも生まれ、対立は激化、ミルクはいつしか身の危険を感じるようになり、テープレコーダーに遺言を記録し始めます。1978年11月27日、辞意撤回をモスコーニ市長に拒否された同僚の市政執行委員ダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)が拳銃を手に市庁舎へ侵入、市長とミルクを射殺しました。享年48歳、委員就任後、11ヵ月の出来事でした。同性愛者だけでなく、サンフランシスコの3万人を越える市民がカストロ地区から市庁舎までを行進し、その死を悼みました。

レビュー・解説 

今年(2015年)の6月、アメリカ合衆国最高裁判所は「法の下の平等」を根拠にすべての州での同性結婚を認める判決を出ましたが、この映画を見ているとそうした判決が簡単に出てきたのではなく、長い戦いの結果である事がわかります。一見、自由な国に見えるアメリカでも、ゲイに対する激しい弾圧や、ゲイへの公民権を制限する保守反動があり、ゲイの人権を守る為には身を挺して闘う必要がありました。カトリックを中心とした保守層から異質な物のとして排除される動きもリアルでこの問題が一筋縄で行かないことが実感されますが、主人公が弱者の為に闘う姿や、恋人と公務の狭間で悩む姿は、ゲイではない人と何ら変わりなく、共感を覚えます。そしても何よりも、自分がゲイであろうとなかろうと、人権に気づきを得られるのがこの映画の素晴らしいところです。

 

ゲイを扱う洋画は多いのですが、意外にその見方が難しい。ゲイと聞いただけで拒否反応を示す人も少なくないですが、ゲイではない人にとってゲイそのものに感情移入するのには難しいものがあります。とりもなおさず、これがゲイをめぐる人権問題の解決を難しくしているのではないかと思われます。この映画を15年がかりで実現したガス・ヴァン・サントは監督は、単にゲイの世界を描くのではなく、弱者の権利の為に闘う姿、公私の狭間で悩む人間的な姿を通して、より幅い広い層の共感できる様に描いています。リサ・チョロデンコが監督した「キッズ・オールライト」も同様で、ゲイのカップルを通して家族を描く事により、幅広い層の共感を得ています。ガス・ヴァン・サントリサ・チョロデンコもゲイであることを公表していますが、自分たちが苦労したからこそ、どうしたら共感が得られるのかよく知っているのかもしれません。ショーン・ペンも、ジェームズ・フランコもゲイと思わせるような、わざとらしくない、自然な演技です。いつもながら、役者の凄さに感心します。ショーン・ペンの演説シーンは少ないのですが、彼の演説はいつもながら素晴らしいです。

 

ちなみにアメリカの最高裁の判決は9人の裁判官のうち賛成が5人、反対が4人、という僅差でした。また、カトリック教会の総本山であるローマ教皇庁バチカン市国や、政教一致イスラム国家であるサウジアラビアなどのように、同性結婚や異性装に否定的な見解を表明している国や地域、団体なども存在します。 欧州評議会は「同性カップルの法的承認は、異性の婚姻にも子どもにも何ら悪影響を与えない」、「同性愛は不道徳であるという主張は宗教的ドグマによる主観的なもので、それらは民主的社会に於いて他人の権利を制約する理由とならない」と反論していますが、この問題が依然として全面解決したわけではなく、人権問題の難しさを示しています。差別を無くする為には、彼らはまだまだ闘いつづける必要があるかもしれません。

 

部落問題などありましたが、多民族国家で常に人種問題を抱えているアメリカと異なり、単一民族・均質文化の日本人の差別や人権に対する意識は低いと言わざるを得ません。少なくても様々な人権施策は欧米に比べて遅れている事は否めませんし、ゲイの問題も例外ではありません。何でも先を走れば良いというわけではないですが、「高齢化社会シルバーデモクラシー、高齢者の選挙権を剥奪すべき」という人権に関して極めてレベルの低い意見がまかり通るのは如何なものかと思います。そもそも、高齢化社会は移民や女性に対する権利問題を真剣に考えて来なかったせいでもあるのですが、欧米にはかつて見られなかったほどの高齢化社会を迎え、日本は初めて人権問題の自己解決能力を問われているのかもしれませんね。

 

MILK: A gay official is needed not only for our protection, but to set an example for younger minorities of all kinds, to say that the system works. We gotta give em’ hope. We gotta give em’ HOPE!

ミルク:ゲイの代表は我々自身を守る為だけに必要なのではない。より歴史の浅いすべてのマイノリティに政治が機能する事を示すのだ。彼らにも希望を与える必要があります。希望を!

 

MILK: In the declaration of independence it is written "All men are created equal and they are endowed with certain inalienable rights." For Mr. Briggs and Mrs. Bryant and ALL the bigots out there, no matter how hard you try, you cannot erase those words from the declaration of independence. No matter how hard you try, you cannot chip those words from off the base of the statue of liberty. That is what America is. Love it or leave it.

ミルク:独立宣言には、「すべての人は生まれながらにして平等であり、侵されざるべき権利を与えられている」と書かれている。ブリッグス氏とブライアント夫人、そして全ての偏狭な人々は、いくら頑張っても独立宣言からこの言葉を消す事ができない。いくら頑張っても、この言葉を自由の女神の足元から削り取ることはできない。それがアメリカだ。アメリカを愛せよ、さもなくば去れ。

 

ミルクとともに活動した写真家ダニエル・ニコレッタ(ウェブ・サイト)

dannynicoletta.com

ミルクとともに活動したクリーブ・ジョーンズ(ウェブ・サイト)

www.clevejones.com

撮影地(グーグルマップ)

ミルクとスコットが開いた「カストロ・カメラ」があった場所

 

 「ミルク」のDVD(Amazon

関連作品 

ガス・ヴァン・サント監督作品のDVD(Amazon

  「マイ・プライベート・アイダホ」 (1991年)

「誘う女」(1995年)

    「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(1997年)

 

ショーン・ペン出演作品のDVD(Amazon

  「カリートの道」(1993年)

  「デッドマン・ウォーキング」(1995年)

  「ミスティック・リバー」(2003年)

  「21グラム」(2003年)

  「フェア・ゲーム」(2010年)

  「ツリー・オブ・ライフ」(2011年)

 

LGBTを描いた映画Amazon

  「愛についてのキンゼイ・レポート」(2004年)

  「キッズ・オールライト」(2010年)

  「アデル、ブルーは熱い色」(2013年)

  「パレードへようこそ」(2014年)

  「人生は小説よりも奇なり」(2014年)

  「キャロル」(2015年)

  「タンジェリン」(2015年)

  「ムーンライト」(2016年) 

  「BPM ビート・パー・ミニット」(2017年)

  「君の名前で僕を呼んで」(2017年)

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