夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「ディーパンの闘い」:内戦に敗れ、フランスに逃れたスリランカの元兵士とその偽装家族の苦難を描く、リアルで見応えのあるドラマ

ディーパンの闘い」は2015年公開のフランスのクライム・サスペンス&ドラマ映画です。ジャック・オーディアール監督・共同脚本、アントニーターサン・ジェスターサン、カレアスワリ・スリニバサンら出演で、内戦下のスリランカを逃れ、偽装家族としてフランスにやってきた元兵士のディーパンと女と少女が、新たな土地で苦難に立ち向かう姿を描いています。第68回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞した作品です。

 

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目次

スタッフ・キャスト

監督:ジャック・オーディアール
脚本:ノエ・ドプレ/トーマス・ビデガン/ジャック・オーディアール
出演:アントニーターサン・ジェスターサン(ディーパン)
   カレアスワリ・スリニバサン(ヤリニ)
   カラウタヤニ・ヴィナシタンビ(イラヤル)
   ヴァンサン・ロティエ(ブラヒム)
   ほか

あらすじ

内戦下のスリランカを逃れた元兵士ディーパン(アントニーターサン・ジェスターサン)は、フランスに入国するため、赤の他人の女ヤリニ(カレアスワリ・スリニバサン)と少女イラヤル(カラウタヤニ・ヴィナシタンビ)とともに家族を装います。3人は辛うじて難民審査を通り抜け、ディーパンはパリ郊外の集合団地の管理人の職を得、3人はその一室に住まいを得ます。昼間は外で家族を装い、夜は一つ屋根の下で他人に戻る彼らがささやかな幸せを掴もうとしたとき、新たな暴力が襲いかかります。一度は戦いを捨てたはずのディーパンでしたが、愛のため、家族のために立ち上がります・・・。

レビュー・ 解説

内戦に敗れ、スリランカからフランスに逃れた元兵士とその偽装家族、暴力的なフランスの裏社会といった刺激的な題材に、タミル語スリランカの文化風習と家族愛を絡めた、リアルで見応えのあるドラマです。

 

移民の多いパリやロンドンで彼らが実際どのような生活をしているのか興味深いのでせすが、さらに偽装家族というスリリングな設定に心を鷲掴みされます。そして主人公が「タミル・イーラム解放のトラ」の元兵士だと知り、とどめを刺されます。暴力的なフランスの裏社会を含めて非常に刺激的な設定ですが、ジャック・オーディアール監督は、タミル語の会話やスリランカの文化風習を交えて彼らのフランスでの生活、そして彼らに芽生える家族愛を丁寧に描くことにより、リアルで見応えのあるドラマに仕立て上げています。

 

スリランカはインドの南にある人口2000万ほどの島国で、1983年から2009年にかけて内戦がありました。人口の7割がシンハラ人、2割がタミル人という構成ですが、イギリスから独立後にシンハラ人優遇政策がとられたことにより、民族間の対立が高まりました。やがて「タミル・イーラム解放のトラ 」の前身となる組織が結成され、テロ活動が行われるようになりました。その後、何度か停戦や和平交渉が行われましたが、最終的に中国やパキスタンから資金面・軍事面で大規模な援助を受けたスリランカ政府が停戦協定を破棄、海軍、空軍を含めて総力戦を展開し、「タミル・イーラム解放のトラ 」を殲滅しました。スリランカ政府はテロ殲滅のモデルケースとして国際社会に売り込んでいますが、いまだレイプ、性的虐待、拷問など、政府・軍・警察等によるタミル系住民迫害が続いていると言われ、国連など議論されています。

 

さらに驚いたことにジャック・オーディアール監督は、実際の「タミル・イーラム解放の虎」の元兵士をディーパン役に起用しています。アントニーターサン・ジェスターサンは、16歳の時に「タミル・イーラム解放の虎」に入隊、訓練を受けて19歳まで少年兵として戦いました。その後、タイに逃亡、4年を過ごし、フランスに政治亡命をします。様々な職を転々しながら、短編小説・戯曲・政治論文・文芸批評などを発表、インドとスリランカ、そしてタミル人国外離散者の間に幅広く読者を得ています。映画同様、彼は非常に無口な人ですが、リハーサルを終え、撮影直前になって、「全部知ってる。私の人生そのものだ。」と言って、ジャック・オーディアール監督を驚かせたそうです。

 

パリにも小さなタミルのコミュニティがあると言いますが、そんな悲惨な歴史を反映してか、非常に用心深く、オーディアール監督もなかなか信じてもらえなかったそうです。また、「タミル・イーラム解放の虎」の兵士と一般人の間には距離があり、元兵士のアントニーターサン・ジェスターサンが映画に出るなら、この話から降りるといった風だったそうです。こうした兵士と一般人の距離は、映画でもディーパンとヤリニの関係に反映されています。

 

スリランカの内戦について知る人は少ないのですが、オーディアール監督も例外ではなく、脚本家のノエ・ドプレに紹介されたドキュメンタリー映画「No Fire Zone: In the Killing Fields of Sri Lanka」(日本未公開)を見て、初めて知ったといいます。「No Fire Zone: 〜」は、かつてのスリランカの盟主国だったイギリスのBBCが調査したドキュメンタリーで、スリランカ内戦の最後の数週間に政府軍の砲撃や超法規的処刑により、「タミル・イーラム解放の虎」の司令官の12歳の息子を含む数千人のタミル人の殺戮を捉えたものです。オーディアール監督はこのドキュメンタリーを見てスリランカに興味を覚え、構想を膨らませていったと言います。

 

オーディアール監督は、こうしたバイオレントな題材を扱う一方で、ディーパン一家の食事や、日常生活を丁寧に描写していますが、彼はこれについて次のように語っています。

パリのレストランで食事をしていると、移民の人たちが薔薇の花や、おもちゃなんかを、テーブルをまわって売りに来る。よくみかける光景だけれど、そもそも彼らはなぜパリにやって来たのか。普段は、どんな生活をしているのか。そこにとても興味をひかれたんだ。彼らの食事風景や、日常の何気ない描写をたくさん入れたんだ。この描写があったからこそ、ディーパンたちの持つ美しさというものが生まれたと思う。(ジャック・オーディアール監督)

 

この映画の製作後、パリを始め、各地でテロ事件が起きるなど、世界的に移民問題の深刻さがクローズアップされましたが、本作はそうしたテロ問題にフォーカスしたものではないと、オーディアール監督は語っています。

私たちは移民を、顔も、名前も、身分、意識も、夢もない人々として見がちです。彼らの暴力的な経験はどこに行ってしまったのでしょう?私は、彼らに名前と顔と形、そして彼ら自身のバイオレンスを与えたかったのです。実に単純な映画なのです。

しかし、これは何らこの作品を貶めるものではありません。むしろその確かな描写は、もしオーディアール監督がテロ事件を踏まえた作品を作ったならば、それは一体、どんな作品になるのだろうかと、さらに期待を膨ませる作品です。

 

アントニーターサン・ジェスターサン(ディーパン) 

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16歳の時に「タミル・イーラム解放の虎」に入隊、訓練を受けて19歳まで少年兵として戦いました。その後、タイに逃亡、4年を過ごし、フランスに政治亡命。様々な職を転々しながら、短編小説・戯曲・政治論文・文芸批評などを発表、インドとスリランカ、そしてタミル人国外離散者の間に幅広く読者を得ています。

 

カレアスワリ・スリニバサン(ヤリニ)

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南インドのチェンナイ(旧マドラス)に生まれで、タミル語を話す。数多くの劇団で経験を積み、現代劇を中心に現代向けにアレンジされた古典劇などにも出演、監督や技術者を務めることもあり。インドを拠点に活動しており、本作が映画初出演。

 

カラウタヤニ・ヴィナシタンビ(イラヤル)

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演技未経験で、オーディションで選ばれ、本作が映画デビュー作。

 

ヴァンサン・ロティエ(ブラヒム)

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フランス出身の俳優。経験豊富で、一見、優しげなドラッグの売人をなかなかうまく演じている。

 

おもちゃを売るディーパン。

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集合住宅の管理人になる前は、パリの街角でおもちゃを売っていた。おもちゃ売りは移民の典型的な仕事のひとつ。

 

タミル・コミュニティのピクニック

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タミル・コミュニティとつながりができて、心が和らぐようになるが・・・。

 

インド象

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時折、インド象のイメージが挿入される。ディーパンの故郷スリランカと、内に秘めたバイオレンスを象徴している。

撮影地(グーグルマップ)

 

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関連作品

ジャック・オーディアール監督作品のDVD(Amazon

  「リード・マイ・リップス」(2001年)

  「真夜中のピアニスト」(2005年)

  「預言者」のDVD(2009年)

  「君と歩く世界」(2012年)

 

移民を描いたフランス映画Amazon

  「トリコロール/白の愛」(1994年)フランス・ポーランド・スイス合作

  「憎しみ」(1995年)

  「クスクス粒の秘密」(2007年)フランス・チュニジア合作

  「パリ20区、僕たちのクラス」(2008年)

  「預言者/アンプロフェット」(2009年)

  「パリ警視庁:未成年保護部隊」(2011年)

  「最強のふたり」(2011年)

  

ル・アーヴルの靴みがき」(2011年)フィンランド・フランス・ドイツ合作

  「ある過去の行方」(2013年)

 

移民を描いた映画のおすすめ

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