「ミラーズ・クロッシング」(原題: Miller's Crossing)は、1990年公開のアメリカのギャング映画です。ジョエル・コーエン/イーサン・コーエンのコーエン兄弟共同脚本・制作、ジョエル・コーエン監督で、1920年代、禁酒法時代のアメリカ東部の街を舞台に、アイルランド系とイタリア系ギャングの抗争を斬新かつなスタイリッシュな映像で描いています。興行的には失敗と言われますが、ソフトの売り上げは大きく、また90年代を代表するギャング映画のひとつと言われるなど、評価の高い作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:ジョエル・コーエン
脚本:ジョエル・コーエン/イーサン・コーエン
出演:ガブリエル・バーン(トム・レーガン)
マーシャ・ゲイ・ハーデン(ヴァーナ・バーンバウム)
アルバート・フィニー(レオ)
ジョン・タトゥーロ(バーニー・バーンバウム)
ジョン・ポリト(ジョニー・キャスパー)
J・E・フリーマン(エディ・デイン)
スティーヴ・ブシェミ(ミンク)
ジョン・マコーネル(ブライアン)
マイク・スター(フランキー)
アル・マンシーニ(チクタク)
マイケル・バダルコ(キャスパーの運転手)
フランシス・マクドーマンド(市長秘書)
ほか
あらすじ
1929年、禁酒法時代のアメリカ東部のある街、アイルランド系のボス・レオ(アルバート・フィニー)と、その右腕でインテリのトム・レーガンは、主従関係を越えた友情で結ばれていました。ある日、イタリア系のボス・キャスパー(ジョン・ボリト)が、レオとトム(ガブリエル・バーン)のもとを訪ね、レオの庇護下にあるバーニー(ジョン・タトゥーロ)が八百長ビジネスをメチャクチャにする裏切り者なので消せと迫ります。レオの高級クラブで働くバーニーの姉ヴァーナ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)を愛するレオは、トムの忠告には耳を貸さずその要望を一蹴、街に不穏な空気がたちこめます。
一方、バクチで負けが込んだトムは、お互いに惹かれるものを感じていたヴァーナと一夜を共にします。翌朝、ヴァーナを尾行していたレオの用心棒ラグが何者かに殺された死体となって発見されます。ラグの殺害をキャスパーの仕業と見たレオはアジトを急襲、逆にレオも自宅でキャスパー一味の狙撃を受けます。すさまじい炎と銃弾のなかで殺し屋を仕留めたレオに、トムはヴァーナとの情事を告白、トムはレオのもとを叩き出されます。同じくレオに捨てられたヴァーナからバーニーの居所を聞き出したトムは、キャスパー側に寝返ります。バーニーを捕らえたトムは、忠誠の証として「ミラーの十字路」(ミラーズ・クロッシング)でバーニーを殺すように命じられます・・・。
レビュー・解説
緻密なストーリー構成もさることながら、独特なスタイリッシュさが際立つ本作は、コーエン兄弟によるシャープなセリフ、印象的な映像、強烈な個性を放つ登場人物が特徴的な作品です。
冒頭、深い森の中で枯葉の上に落ちたツバ付きの帽子が風に飛ばされていくシーンが映し出されます。コーエン兄弟は最初にこのシーンが頭に浮かび、それを映画に膨らませていったといいます。ツバ付きの帽子はステータスにあるギャングの定番ファッションですが、これと深い森の組み合わせは、スタイリッシュながら意表をつく、特徴的なオープニングです。
物語の中では本作の舞台は明らかにされていませんが、恐らく1920年代後半のニューヨークと思われます。コーエン兄弟の作品には「ブラッド・シンプル」、「ファーゴ」、「ノー・カントリー」など、自然のある田舎を舞台にした作品が少なくありません。ハードボイルドと言えば舞台は都会と相場が決まっていますが、これがコーエン流ハードボイルドを大きく特徴づけています。本作の舞台は恐らくニューヨークですが、冒頭や重要なシーンやタイトルのミラーズ・クロッシング(ミラーの十字路)を深い森の中の持ってきているのは、コーエン兄弟の美学と思われます。
プロットはダシール・ハメットの「血の収穫」*3や「ガラスの鍵」*4を元にしたと言っていいほど、強い影響を受けています。虚無的、悲観的、退廃的傾向の犯罪映画であり、ファム・ファタール(男を惑わす運命の女、魔性の女)も登場するなど、フィルム・ノワール風に仕立て上げらています。これもコーエン兄弟作品の特徴で、後に撮られた「バーバー」はよりこの傾向を強くしています。
ハードボイルドと言えば、ダシール・ハメットのタフで非情な主人公や、会話や比喩の妙味、独特の感傷的味わいを持つレイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウを連想しますが、本作の登場人物はいずれとも異なり、強烈な個性の持ち主で、これもコーエン兄弟作品を特徴づけるものです。演ずる俳優も、以降コーエン組として常連となるジョン・タトゥーロ、ジョン・ポリト、スティーヴ・ブシェミが初めて起用された作品で、デビュー作「ブラッドシンプル」の成功を受けて、その後の作品の方向性を作ったと言えます。
作品名 | フランシス・ マクドーマンド |
スティーヴ・ ブシェミ |
ジョン・ ポリト |
ジョン・ タトゥーロ |
ジョン・ グッドマン |
ブラッド・ シンプル 1984年 |
◯ | ||||
赤ちゃん泥棒 1987年 |
◯ | ◯ | |||
ミラーズ・ クロッシング 1990年 |
◯ | ◯ | ◯ | ◯ | |
バートン・ フィンク 1991年 |
◯ | ◯ | ◯ | ◯ | |
ファーゴ 1996年 |
◯ | ◯ | |||
ビッグ・ リボウスキ 1998年 |
◯ | ◯ | ◯ | ◯ | |
バーバー 2001年 |
◯ | ◯ |
登場人物も演ずる俳優も個性的です。
この映画の主人公。見た目は渋くて格好良く、どこかしら優しさも漂わせているが、喧嘩がとても弱く、殴り倒されてばかりいる。ギャンブルで借金を抱えており、返済を迫られている。頭がいいとボスに可愛がれているが、ボスの女と一夜を共にしたことから、追い出されて、ギャング間の抗争に巻き込まれていく。
アルバート・フィニー(レオ)
トムのボス。やり手だが、ゴッドファーザーのドン・コルレオーネほどの凄みはない。自宅を敵対するギャングに襲われた際には銃を手に、確かな腕を見せる。
マーシャ・ゲイ・ハーデン(ヴァーナ・バーンバウム)
トムにとってのファム・ファタール(男を惑わす運命の女、魔性の女)。ボスの女だが、トムと惹かれあっている。出来の悪い弟、バーニーを気にかけている。
ジョン・タトゥーロ(バーニー・バーンバウム)
出来の悪いチンピラだが、レオの女マーシャの弟ということで、レオに守られている。
ジョン・ポリト(ジョニー・キャスパー)
ギャングのボス。熱いが、少々軽い。バーニーがキャスパーのいかさま賭博に乗っかって小金を稼いでおり、賭博が儲からないとレオに苦情を言いにくるが、レオに断られる。
スティーヴ・ブシェミ(ミンク)
出番がほとんどないまま殺されてしまう役だが、本作を機会にコーエン組として以降の作品の常連となる。
セリフも切れ味があります。冒頭のシーンがトムの夢であることが中盤に明かされますが、その時のヴァーナとトムのやり取りです。
Verna: What was it?
Tom: Just a dream. I was walking in the woods, don't know why. . . The wind came up and blew my hat off. . .
Verna: And you chased it, right? You ran and ran and finally you caught up to it and picked it up but it wasn't a hat anymore. It had changed into something else--something wonderful.
Tom: No. It stayed a hat. And no I didn't chase it. I watched it blow away. . . Nothing more foolish than a man chasing his hat.ヴァーナ:何を考えてるの?
トム:見た夢のことだ。何故か、森の中を歩いていた。風が吹いて俺の帽子を飛ばした。
ヴァーナ:それを追いかけたんでしょ?走って走ってやっと追いついて、拾い上げるとそれはもう帽子じゃなかった。なんか他のものに変わってる。なんか素敵なものに。
トム:いや、帽子のままだ。追いかけもしなかった。飛んでいくのを見てただけさ。男が帽子を追いかけるほど馬鹿なことはない。
二人の価値観の差が如実に出ています。トムの答えは身も蓋もないのですが、これがトムのスタイルであり、その後の展開や、エンディングを暗示しています。
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